🌏43)─3─防犯対策。世界常識は城壁都市で日本常識は城下町である。~No.142No.143 ⑨

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 日本と世界の防犯対策は違う。
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 2024年2月3日 MicrosoftStartニュース ニューズウィーク日本版「防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
 © ニューズウィーク日本版
 スペイン・モレリャ(モレージャ)の城壁に囲まれた街並み KarSol-Shutterstock
 <犯行動機はコントロールできないが、犯罪機会をなくすためにできることはある。犯罪を未然に防ぐには「場所で守る」発想が必要とされるが、そのヒントを日本の歴史的建築物からも探すことができる>
 京都市のアニメ制作会社「京都アニメーション」のスタジオが放火された事件(2019年)は、社員36人が死亡するという悲劇だった。この事件を審理した京都地裁は、先月、殺人罪に問われた被告に死刑を言い渡した。その後、弁護人は判決を不服として大阪高裁に控訴している。
 この判決をめぐる報道やコメントを見ると、日本への「犯罪機会論」の導入は、依然として低レベルにとどまっていると言わざるを得ない。というのは、報道やコメントの7割が犯人を非難するもの、そして3割が被害者に同情するもので、犯行現場(施設)に関するものが、ほとんどないからだ。こうした思考では、未来の犯罪を防ぐことはできない。残念ながら、被害者は無駄死にになってしまう。これでは、被害者が浮かばれない。
 では、犯行現場(施設)に関して、何をどう議論すべきか。
 犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。犯罪原因論が「なぜあの人が」というアプローチで、動機をなくす方法を探すのに対し、犯罪機会論は「なぜここで」というアプローチで、機会をなくす方法を探す。つまり、動機があっても、犯行のコストやリスクが高く、リターンが低ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。 
 防犯対策のグローバル・スタンダード
 犯罪機会論を分かりやすく図式化したものに、「犯罪トライアングル」がある(図1)。シンシナティ大学のジョン・エックが考案した。
 図1の内側の三角形は犯罪を発生させる要素で、①犯罪者、②被害者、③場所という3辺から成る。一方、外側の三角形は犯罪を抑止する要素で、①犯罪者の監督者、②被害者の監視者、③場所の管理者で構成される。
 防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
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 図1 犯罪トライアングル 出典:『犯罪は予測できる』(新潮新書
 前述したように、京アニ事件の報道やコメントは、「①犯罪者」に集中し、少しだけ「②被害者」に関心が向けられただけだ。しかし、「③場所」に注目しなければ、場所の犯罪誘発性は放置され、危険なままである。企業の社長や自治体の首長には、犯行の機会を減らす努力をしてもらわなくては困る。
 イギリスの「犯罪および秩序違反法」(1998年)には、犯罪機会論の施策を実施する義務が明示されている。犯罪機会論を採用していない自治体は被害者から訴えられると、内務省が警告するほどだ。
 犯罪機会論は、防犯対策における世界の常識、つまりグローバル・スタンダードである。そこでは「入りやすく見えにくい場所」が危険で、「入りにくく見えやすい場所」が安全だということが確立している。ところが、日本では犯罪機会論は普及していない。それはなぜなのか。実は、その答えは、日本の歴史の特殊性にある。
 ヨーロッパや中国に行くと、街の境界を一周する城壁が今も高くそびえている。かつて民族紛争が絶えず、地図が次々に塗り替えられていた国では、異民族による奇襲侵略を防ぐため、人々が一カ所に集まり、街全体を壁で囲むしかなかった。これが城壁都市の誕生だ。城壁都市は「入りにくく見えやすい場所」である。つまり、城壁都市こそ、犯罪機会論のプロトタイプ(基本型)なのだ。
 防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
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 スペインの中世城壁都市(アビラ) 筆者撮影
 防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
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中国の近世城壁都市(平遥) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館
 「都市づくり」と言えば、歴史的には、城壁都市の建設を指すのが海外では一般的。ところが日本では、城壁都市はついに現れなかった。その必要性がなかったからだ。四方の海が城壁の役割を演じ、しかも台風が侵入を一層困難にしたため、日本本土は建国以来一度も異民族に侵略されていない。そのため、日本では「城下町」はつくられても、大陸諸国にあるような「城中町」がつくられることはなかった。
 「天高く馬肥ゆる秋」に見る中国と日本の違い
 東京大学本郷和人教授も、『信長の正体』(文春文庫)で、「日本の古代の都の一大特徴は、城壁や城門を作らない点に求められると考えられる。平城京にも、平安京にも城壁はなかった。どうやら壁によって外敵の侵入を防御するという考え自体がなかったようだ」と述べている。
 争いが絶えなかった戦国時代でも、村人や町人は弁当持参で合戦を見物していたという。大陸諸国の人々のような危機意識はなかったようだ。
 「天高く馬肥ゆる秋」という中国の防犯標語も、日本に伝わると心地よい言葉になった。元来、この言葉は、肥えた蒙古馬に乗った北方民族が、秋の収穫期に襲来することを警戒するものだ。それが日本では、食欲増進のためのキャッチコピーになった。これも意識の違いの表れかもしれない。
 このように、海外では、領域性(入りにくさ)と監視性(見えやすさ)に配慮した都市づくり、つまり城壁都市づくりを、5000年にわたって経験してきた。そのため、犯罪機会論は西洋人のDNAに深く刻まれている。その結果、現在でも、公園やトイレのデザイン、あるいは都市計画や街づくりに、犯罪機会論が自然に盛り込まれている。
 防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
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 城壁都市の現代版に見える集合住宅(ウィーン) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館
 一方、日本では、領域性と監視性を組み込んだ都市づくりを経験してこなかった。この経験値の低さこそ、犯罪機会論の普及を阻害している最大の要因なのだ。
 ただし、前出の本郷教授は、「城の発達の度合いが中国やヨーロッパに比べて、相当遅れていたということかもしれない。石垣を積むということ自体は当時の日本の技術力からすれば十分に可能だったようで、 信長が作り始めると、瞬く間に石垣を備えた城が全国各地で築かれるようになった」と指摘している。
 つまり、日本人は城壁都市をつくれなかったのではなく、あえてつくらなかったのだ。とすれば、どこかの自治体、あるいは、どこかの企業が犯罪機会論を採用すれば、犯罪機会論が瞬く間に広がるかもしれない。
 実際、日本人が大好きな戦国時代の城は、「入りにくく見えやすい場所」の典型だ。つまり、犯罪機会論を忠実に実現している。例えば、敵が城内に入りにくくなるよう、堀や石垣をめぐらしたり、敵の動きが見えやすくなるよう、城外を一望できる天守や櫓を構えたりしている。石段も、一段の幅が歩幅と合わないように、つまり、一歩で上るには広すぎて二歩で上るには狭すぎるように設計されている。
 もちろん、自然の地形を巧みに利用した山城は、深い空堀や高い土塁があり、守りやすく攻めにくい。「天空の城」と称される竹田城もその一つだ。標高350メートルの山頂にあり、南北400メートル、東西100メートルに及ぶ。室町時代に土塁が築かれ、安土桃山時代に総石垣造りに改修された。
 防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
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 兵庫県朝来市竹田城 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館
 また姫路城も、犯罪機会論のアイデアとトリックを満載した城だ。例えば、天守閣に向かう道は途中から下り坂となり、攻め上がろうとする敵を、天守から遠ざかっているように錯覚させる。このトリックも、「入りにくい場所」にするテクニックである。
 防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
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 世界最大級の木造建築物、姫路城 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館
 戦国時代、殿様を守るのに、城を築かないで、刀を渡して事足りるとする家来はいなかったはずだ。しかし、今は、子どもを守るのに、防犯ブザーを渡して事足りるとする人ばかりである。なぜ「場所で守る」という発想を持たないのか。戦国時代のドラマや小説を楽しみながら、犯罪機会論に思いをはせてほしいと願う。
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