🍜目次)─18─縄文人の原初和食が日本民族の遺伝子を組み換え争いを忌む天性を生んだ。~No.1 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 当ブログは、歴史の定説を恣意的に書き替える為に作成している歴史修正主義民族主義のブログである。
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 縄文時代の平和は、原初の和食が作り出していた。
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 日本民族が自然の食材を創意工夫で利用して作り出した自然の旨み成分が、日本民族の性格・性質・体質を改造した。
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 日本民族とは、旧石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)の血を引く直系子孫である。
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2022-05-19
🍜2)─1─菜食主義の和食が腸を通じて日本人の脳を支配していた。~No.2 
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 日本民族は、数万年前の石器時代縄文時代から甚大な自然災害が多い日本列島に住み着き、奪い合う事もなく争いを起こさず、相互補完で、共存と共生、依存と自立、他力と自力で、自然を崇拝する民族宗教を信じながら、平和で穏やかに生きていた。
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 日本民族人間性は、数万年前の旧石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)から変わっていない。
 見た目が同じ日本人でも、現代の日本人と昔の日本民族は別人のような日本人である。
 現代の日本には、数万年前の石器時代縄文時代はもちろん数千年前の弥生時代古墳時代は存在しない。
 つまりは、昔の日本民族と現代に日本人は違う日本人である。
 別の日本人に変わったのは、戦後民主主義教育を受けた優等生のリベラル派・革新派と一部の保守派が日本を動かし始めた1980年代からである。
 彼らとは、超エリート層の高学歴の政治的エリートと進歩的インテリ達であり、反宗教無神論・反天皇反民族反日的日本人達である。
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 日本民族は、戦後民主主義教育の優等生であるリベラル左派が教える反民族的歴史教育が教えるような、殺し合いを好む血に飢えた人間ではないし、戦争ばかりしていた好戦的な人間でもなかった。
 つまり、日本民族は数万年の食生活のお蔭で漢民族中国人や朝鮮人・韓国人のような血を好む人間にならずにすんだ。
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 現代日本に流布している日本像・日本国像・日本人像の半分以上はウソで、特にキリスト教価値観・マルクス主義価値観・中華儒教価値観による天皇像・日本民族像は9割がウソである。
 日本は他国を侵略する可能性があるは、ウソである。
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💖39)─1─現代日本人は「困ってる他人・他国人を助ける」のが苦手。〜No.163No.164No.165No.167 

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 現代日本には、欧米系白人以外の外国人に対する差別が存在する。
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 2023年2月2日 MicrosoftStartニュース 現代ビジネス「日本人、じつはほかの国の人に比べて「困ってる他人を助ける」のがめちゃくちゃ苦手だった…!
 田中 世紀 の意見 
 「日本人は集団主義だ」「日本の会社は個人主義的でなく、お互いに助け合う雰囲気がある」
 © 〔PHOTO〕iStock
 こうしたイメージを持っている人は少なくないかもしれません。
 しかし、本当にそうなのでしょうか?
 日本人が「困っている人を助ける」ことについてどう考えているのか、オランダのフローニンゲン大学の助教授である田中世紀さんの著書『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』を抜粋、編集してお送りします。
 日本人は「困ってる人を助ける」か?
 海外に住んでもう10年以上経つので、外国人の知り合いから日本旅行のエピソードを聞かせてもらった経験がそれなりにある。概して日本はキレイで、現代と伝統のバランスがとれているなどと言われるから、こちらとしても誇らしい気分になる。
 中でもよく耳にするのが、日本では落とした財布が返ってくる、というものだ。本当に財布を落としたのか、都市伝説的な噂話をこちらの気分をよくするために言っているのかは定かでないが、かなり多くの友人から聞いたことがある。他にも日本について美談を聞くことは多く、「アメリカと違って、震災や災害のあとに暴動や略奪が起きない」、「ボランティアが多く、人助けの精神が残っている」などは典型的なものだ。こうした話は、日本人の多くも耳にしたことがあるのではないだろうか。
 だが、日本人の意識調査や行動動態の変遷を研究している私からすれば、こうした美談には違和感を覚えてしまう。本当に日本人は困っている人を助けるやさしい国民なのか?——残念ながら、答えは否だ。
 例えば、イギリスのチャリティーズ・エイド財団によって作成された2019年の「世界人助け指数」によれば、「人助け」の項目で126ヵ国中、日本は最下位。「寄付」の項目では64位、「ボランティア」の項目では46位となっている。右のような美談に反して、こうした調査によれば、日本はどうやら「他人にやさしくない国」らしい。
 こうした自分の信念とは違う話や事実を突きつけられると反論したくなるのが人の常で、天邪鬼の私もいろいろ反論を考えてみたくなる。例えば、考えられる一つの反論は、この調査団体の標本が一般的な日本人ではなく、たまたま「極端に他人にやさしくない日本人」を対象にした可能性があるのではないか、というものだろう。
 しかし、残念ながら、こうした「他人にやさしくない日本」像は、他の多くの調査(異なる標本抽出法、異なる年次)でも一貫して見られるのだ。
 少し古いが、2007年のアメリカのピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の調査では、「政府は貧しい人々の面倒を見るべき」という項目に「同意する」と答えた日本人は、調査対象の47ヵ国中、最低の59%だった。
 スペインが最高の96%で、ヨーロッパで日本とよく比較されるドイツでも、92%の人が「政府は貧しい人々の面倒を見るべき」だと答えている。日本人の4割は、自分自身が助けないだけでなく、政府も「他の困っている日本人を助けるべきではない」と考えているのだ。
 「内輪にやさしい国民」?
 これでも納得しない人がいるかもしれない。例えば、日本人は「他の国と違う人助けをしている」可能性が考えられるだろう。日本特殊論者の私の母親が言いそうなセリフだが、日本人の人助けのやり方は他の国の人助けとは違うのだ、と。
 確かに、「世界人助け指数」が元にしている質問の一つに「チャリティーに寄付したことがあるか」というものがあるが、チャリティーが盛んなアメリカなどと違って、多くの日本人はあまりチャリティーになじみがないかもしれない。
 もう一つの質問に「困っている見知らぬ人、あるいはまったく知らない他人を助けたことがあるか」というものもあるが、もしかすると日本人は、見知らぬ人ではなく、家族や友人、地域の住民など、知り合いしか助けない「内輪にやさしい国民」なのかもしれない。
 だが、これも孤独死の増加や自己責任論の高まりなどから推測するに、そうとは言いきれない。実際、地域の住民とのつながりに関して言えば、内閣府が2020年に行った「社会意識に関する世論調査」によると、10年前に比べて、地域の住民の間で「困った時に助け合うのが望ましい」と回答した人は8ポイント減少しており、逆に「世間話をする程度の付き合いが望ましい」と答えた人は14ポイント、「挨拶をする程度の付き合いが望ましい」も8ポイント増加している。
 また、仮に日本が「内輪にやさしい国」だったとしても、日本人はなぜ他の国の人と比べて見知らぬ人にやさしくないのか、という疑問は残る。
 「善きサマリア人の実験」
 もちろん、他人を助けたがらないからといって、日本人が悪い人というわけではない。よい人でも人を助けないことはあるからだ。
 社会心理学に有名な「善きサマリア人の実験」というものがある。プリンストン大学の心理学者ジョン・ダーリーとその学生のダニエル・バトソンが行った実験で(Darley and Batson 1973)、彼らは神学を学ぶ学生たちに新約聖書の一節(人助けのお話)についての説教を近くのビルに行って披露してくる、というミッションを与えた。
 ただし、この二人の研究者は途中で人が倒れている、という設定も用意しておいたが、学生はそのことを事前に知らされていない。さあ、弱者救済を夢見て勉学に励んでいる神学生たちは、はたして困っている人を助けるのか? それとも、本末転倒にもミッションを優先してしまうのか?
 この実験で分かったのは、急いでいる人は、どんなに徳が高い善人でも他人を助けないことがある、ということだ。実は、ダーリーとバトソンは一部の神学生に「あなたは遅刻している。会場で人が待っているから急いだほうがよい」と伝え、他の学生グループには「まだ時間はあるけれど、すぐ向かったほうがよい」と伝えていた。
 結果、まだ数分の余裕があったグループで立ち止まって人助けをしたのは63%だったが、急がないといけなかったグループで立ち止まったのは10%ほどでしかなかった。現代の日本人も、忙しすぎて、本当は助けたいのに助けないだけなのかもしれない。
 しかし、残念ながら、そうではない。善人の日本人が他人を助けないことには、他の構造的な要因もある、というのが『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』の一つの主張である。
 * 
 さらに【つづき】「日本人、じつは「他人を“信頼”する」のが、ほかの国の人に比べてめっぽう苦手だった…!」(2月3日公開)では、日本人と「信頼」について詳しくお伝えする。
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 数万年前の森の民・縄文人(日本土人)は、南の海の民、北の山の民、西の草原の民を温かく迎え入れていた。
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 戦前の日本は、同盟国ナチス・ドイツの非人道的外圧を拒否して、地球の反対から逃げてきた数万人のポーランドユダヤ人難民を助け守った。
 当時の世界常識は宗教的人種差別イデオロギーで、ユダヤ人は民族として嫌われ、差別され、迫害され、弾圧され、虐殺され、誰からも助けられる事が少なかった。
 唯一、昭和天皇と軍国日本・軍部・陸軍だけが国家として軍隊としてユダヤ人を助けていた。
 日本軍人は、親日派知日派を友・友人、親友と認めて助け、戦争をする時は戦友として味方として命を預け・背中を預けて共に戦った、反日派敵日派は敵として容赦なく殺した。
 困っている他人・他国人を人道貢献で助けるのは、昔の日本民族であって現代の日本人ではない。
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2023-01-30
💖目次)─8─近代天皇と軍部・陸軍の人道貢献・平和貢献。旭日旗は救済と希望の旗であった。~No.1 * 
天皇の御稜威・大御心・御聖慮。
2022-03-27
💖2)─1・A─光明皇后の慈愛。ハンセン病癩病)を癒やした人の子・光明皇后と神の子・キリスト。~No.2 
2017-03-17
💖2)─1・B─皇室の国際赤十字新月運動。シエラレオネ昭憲皇太后基金。~No.2・ @ 
2021-02-24
💖2)─2─皇室の私有財産の使い道。世界的な昭憲皇太后基金。~No.3 
2021-03-08
💖2)─3─皇室。日本赤十字社の戦争協力。従軍看護婦靖国神社の乙女。~No.4
2022-02-03
💖2)─4・A─太平洋戦争時。女性皇族は病院を慰問し患者を励まし勇気を与えていた。~No.5 
2021-09-14
💖2)─4・B─日本人の美徳。~No.5  
   ・   ・   ・   
日本の中国ヘの救援・支援。 
2019-05-11
💖3)─1─華北旱魃を救った明治天皇と明治政府。義和団事件。中国は西原借款の善意を踏み倒した。〜No.6No.7No.8No.9・  
   ・   ・   ・   
日清戦争
2019-07-06
💖4)─1─諸外国は観戦武官や新聞記者を日本に派遣して日清戦争を観察していた。~No.10No.11No.12No.13・ 
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日露戦争。世界ゼロ次世界大戦。
2017-08-15
💖5)─1─金沢の市民は、日露戦争で身内をロシア軍に殺されたが、怨みを忘れてロシア人兵士捕虜の面倒を見た。~No.14・ @ 
2021-02-15
💖5)─2─日露戦争習志野の捕虜。~No.15 
2018-01-24
💖5)─3─明治の日本人は、撃沈したバルチック艦隊の特務艦イルティッシュ号から敵兵235人を救助した。~No.16No.17・ @ 
2021-09-01
💖5)─4─日露戦争で沈没の輸送艦、映画に 「イルティッシュ号の来た日」。~No.17 
   ・   ・   ・   
2020-06-27
💖5)─5─日本人は朝鮮人アイヌ人を感染症から救っていた。~No.18No.19No.20No.21 
朝鮮、
アイヌ
 江戸時代のアイヌの人口は、記録上最大約2万6,800人であったが、天領とされて以降は感染症の流行などもあって減少した。
琉球
台湾、
満州
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シベリア出兵。集団的自衛権発動。
2017-08-14
💖6)─1─日本陸軍は、シベリアからポーランド人戦争孤児765人を武力で助け出した。~No.22No.23No.24No.25・ @ 
2019-10-27
💖6)─2─日本外務省・日本大使館の反ドイツ派は、帰国したポーランド孤児をナチスから助けた。~No.26・ 
2021-02-07
💖6)─3─ポーランド人蜂起部隊イェジキの子供兵士を陰で支えた反ドイツ派日本外交官。~No.27No.28No.29 
  ・  ・  
2017-08-17
💖7)─1─日本人軍国主義者は、シベリアのロシア人戦災児童約800人をロシア人共産主義者から救出した。~No.30・ @ 
2021-02-11
💖7)─2─ロシア人避難学童救出活動と日本シベリア派遣軍諜報機関。~No.31No.32No.33 
  ・  ・   
2020-03-13
💖8)─1─平明丸事件。日本陸軍はシベリアで救出したトルコ軍人捕虜約1,000人を本国に送り届けた。~No.34No.35No.36No.37・ 
   ・   ・   ・   
第一次世界大戦、日本が5大国の一国として国際連盟の常任事理国になった。
2017-08-18
💖9)─1─日本皇室と日本赤十字社は、パリに日本赤十字社救護班による日赤病院を開院した。~No.38・ @ 
2021-02-17
💖9)─2─日本赤十字社集団的自衛権赤十字救護看護婦「竹田ハツメ」。~No.39No.40No.41 
  ・  ・  
2017-12-04
💖10)─1─青島要塞攻防戦。ドイツ兵士の坂東俘虜収容所。丸亀・松山・久留米。「バルトの楽園」。~No.42No.43No.44No.45・ 
  ・  ・  
2019-07-05
💖11)─1─マルタ島の偉業。日本欧州派遣艦隊は地中海の守護神である。~No.46No.47No.48No.49・ 
   ・   ・   ・   
2021-05-09
💖12)─1─1920年の華北大旱害・飢饉に対する軍国日本の調査と救済。~No.50No.51No.52 
   ・   ・   ・   
日本軍の敵軍捕虜に対する扱い。
2018-08-07
💖13)─1─日本軍は、武士道精神で戦い、戦闘が終われば戦場に残された敵軍兵士負傷者を助け保護し治療した。~No.53・ @ 
2022-02-06
💖13)─2─イギリス海軍は撃沈されたら「日本艇に救助してもらえ」と教えていた。~No.54No.55 
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日本民族日本人の愛国心
2017-08-23
💖14)─1─愛国心とは命を捨てる決意と死を受け入れる覚悟である。~No.56No.57No.58・ @ 
2021-07-09
💖15)─1─日本民族は漂着民の子孫で、目の前で船が難破すれば遭難者・漂流者を助けた。~No.59No.60No.61 
   ・   ・   ・   
小灘利春「特攻は愛するものを守りたいとの強い思いから生まれたのです」 
   ・   ・   ・   
2021-09-23
💖16)─1─堀口九萬一はメキシコ・クーデターで大統領一家を助けた。大正2(1913)年〜No.62 
2021-07-24
💖16)─2─渋沢栄一アルメニア人大虐殺のアルメニアの孤児・難民への義援金。大正11(1922)年。〜No.63 
2022-05-21
💖16)─3─東慶丸はトルコの港湾都市イズミルギリシャ人やアルメニア人の難民を助けた。大正11(1922)年。〜No.64 

   ・   ・   ・   
日本の農業技術が中国の食糧不足を救った。
2019-12-05
💖17)─1─稲塚権次郎の小麦農林10号が、飢餓に苦しむ華北の中国人を救った。1935年。〜No.65No.66No.67・ 
   ・   ・   ・   
日中戦争
2019-05-13
💖18)─1─河南省黄河防爆破と大洪水。溺死100万人以上。日本軍は中国人10万人以上を助けた。1938年〜No.68No.69No.70No.71・ 
2019-05-15
💖18)─2─河南省大飢饉。日本軍は戦争をしながら飢餓民約1,000万人を助けた。日本軍の敵兵虐殺事件。1940年No.72No.73No.74No.75・ 
2019-05-16
💖18)─3─日本軍は河南省救援物資輸送路を死守した。大陸打通作戦。泰緬鉄道。日本軍兵士の餓死・病死。1944年〜No.76No.77No.78No.79・ 
   ・   ・   ・   
日本陸軍防疫部隊が中国人を救った。
2020-06-14
💖19)─1─日本軍は中国軍が行った堤防破壊、井戸への毒やコレラ菌投入の尻拭いをしていた。〜No.80No.81No.82No.83・ 
   ・   ・   ・   
中国共産党の非人道行為。
2019-05-17
💖20)─1─中国共産党は、日本人戦病餓死者の尊厳を穢し、霊魂を冒涜し、慰霊の場を踏みにじる。〜No.84No.85No.86No.87・ 
   ・   ・   ・   
キリスト教の日本に対する宗教侵略。
2019-03-19
💖21)─1─アメリカのCPIとアメリカ・キリスト教会が日本を戦争へと追い詰めた。〜No.88No.89No.90・ 
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皇室とユダヤ人。
2020-09-18
💖22)─1─明治天皇・皇室は親ユダヤ派。ユダヤ人難民を助けた昭和天皇。〜No.91No.92No.93 
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日本の軍部・陸軍とユダヤ人。
2019-03-20
💖23)─1─オトポール事件。軍国日本とポーランドユダヤ人難民達。上海のユダヤ系サッスーン財閥。1932年〜No.94・
2020-09-17
💖23)─2─ユダヤ人難民をナチス・ドイツから助け守った日本の軍部・陸軍。〜No.95 
2021-05-07
💖23)─3─ユダヤの東條批判。中国・韓国に告ぐ「靖国神社に戦犯は祀られていない」。〜No.96No.97No.98  
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神戸とポーランドユダヤ人。
2019-03-21
💖24)─1・A─ポーランドユダヤ人難民を助ける事に、日本軍部は協力し、日本外務省は猛反対した。1940年〜No.99・ 
2021-05-04
💖24)─1・B─ユダヤ難民救った独自ビザ発見、外交官・根井三郎の功績。〜No.99 
2023-01-16
💖24)─1・C─「命のビザ」を発給 宮崎市出身の外交官・根井三郎の功績。〜No.99 
2020-09-16
💖24)─2・A─JTBとポーランドユダヤ人難民。天草丸。〜No.100 
2021-05-05
💖24)─2・B─ユダヤ人の救世主・JTB職員大迫辰雄。天草丸によるユダヤ人難民輸送。〜No.100 
2020-09-15
💖24)─3・A─杉原命のビザを持ったポーランドユダヤ人難民は敦賀に上陸した。敦賀空襲。〜No.101 
2022-03-22
💖24)─3・B─ユダヤ元難民「敦賀は天国のようだった」。避難と救済。〜No.101 
2020-09-14
💖24)─4・A─ポーランドユダヤ人難民を保護した神戸市民と神戸空襲の地獄。〜No.102 
2022-12-03
💖24)─4・B─軍国日本の商業都市神戸は、ポーランドユダヤ人難民を保護し支援した。〜No.102 
2023-01-29
💖24)─4・C─日本陸軍主導、東南アジア占領地でユダヤ人保護。英傍受公電で裏付け。〜No.102 
   ・   ・   ・   
アメリカ・ユダヤ人。ニューヨーク・ユダヤ人共同配給委員会。
2019-03-22
💖25)─1─上海ユダヤ人ゲットーとアメリカ・ユダヤ人共同配給委員会(ジョイント)。イェドヴァブネ事件。1940年〜No.103・ 
2020-05-20
💖25)─2─アメリカ・ユダヤ人とセントルイス号事件。ブルメンソール元財務長官。〜No.104No.105No.106・ 
   ・   ・   ・   
日本租界内の上海ゲットー。
2019-03-24
💖26)─1─上海ホロコースト未遂事件。日本陸軍松岡洋右ゲシュタポユダヤ人虐殺を阻止した。1942年〜No.107・
2021-03-29
💖26)─2─日本軍占領下の上海ゲットー・上海ユダヤ難民資料は世界記憶遺産申請に値する。〜No.108No.109No.110  
   ・   ・   ・   
連合軍はユダヤ人の救出より戦争の勝利を優先した。
2020-09-19
💖27)─1─アメリカとイギリスは、ユダヤ人児童約2万人の救出を拒否した。ヒムラー友の会と国際稀金融資本。1942年〜No.111 *
2020-09-20
💖27)─2─欧米諸国はホロコーストを黙認しユダヤ人を助けなかった。〜No.112No.113No.114No.115  
   ・   ・   ・   
中国共産党の陰謀。
2019-03-28
💖28)─1─中国共産党による「日本はホロコースト犯罪国家である」という国際世論操作。〜No.116No.117No.118No.119No.120・ 
   ・   ・   ・   
人道貢献を人々の悲惨な末路。
2019-03-30
💖29)─1─人道貢献をした、A級戦犯は縛り首で殺され、昭和天皇戦争犯罪者と罵倒されている。2016年〜No.121No.122・ 
   ・   ・   ・   
海洋民の日本民族は古代から海難救助の民であった。
2019-03-30
💖30)─1─日本人漁民は目の前で難破船した遭難者を助けた。〜No.123No.124No.125 
   ・   ・   ・   
中国共産党の親ユダヤ派弾圧。
2020-05-21
💖31)─1─ユダヤ人難民を助けた中国人シンドラー中国共産党の敵であった。〜No.126No.127No.128No.129No.130・ 
   ・   ・   ・   
アメリカの宗教的人種差別。
2019-04-03
💖32)─1─アメリカにおける、黒人の暴動と非暴力の日系アメリカ人。〜No.131No.132No.133No.134・ 
2019-04-04
💖32)─2─アメリカの人種差別主義者・白人至上主義者による反ユダヤ犯罪と反黒人暴動。〜No.135No.136No.137No.138・ 
   ・   ・   ・   
敵を弔う。
2021-06-20
💖33)─1─日本民族は敵味方に関係なく死者は等しく弔った。松井石根 と興亜観音。〜No.139No.140No.141No.142 
   ・   ・   ・   
日本の中国支援・ODA。
2019-12-07
💖34)─1─日本は中国共産党にODAを40年間貢いだ。〜No.143No.144No.145No.146・
   ・   ・   ・   
2020-07-02
💖35)─1─中国共産党の「国家安全法」と香港人そして日本。〜No.147No.148No.149No.150 
   ・   ・   ・   
2021-08-29
💖36)─1─天皇家日本赤十字社とパラアスリート。障害者スポーツを照らす皇室。昭和39年。〜No.151No.152No.153No.154 
   ・   ・   ・   
2021-09-11
💖37)─1─9・11同時多発テログランド・ゼロに駆け付けたJAPAN・FIRE11人。〜No.155No.156No.157No.158 
   ・   ・   ・   
2021-09-29
💖38)─1─1942〜44年のベンガル飢饉と東條内閣。餓死者約300万人。〜No.159No.160No.161No.162 
   ・   ・   ・   

🌈10)─2・C─森の未来は菌だけが知っている。マザーツリー。地中の菌類ネットワーク。〜No.20 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 日本民族の祖先は、森の民である縄文人(日本土人)であった。
 その縄文人は、南方系海の民(ヤポネシア人=旧石器人)の子孫である。
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 日本民族は、高温多湿で病原菌(悪玉菌)・有益菌(善玉菌)・雑菌(日和見菌)などの細菌が多い自然環境・住環境で生きてきた為に衛生観念が高く片付け上手で綺麗好きであったが、現代日本人の様な神経質で異常な病的潔癖性ではなかった。
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 日本列島には、花鳥風月プラス虫の音、苔と良い菌、水辺の藻による1/f揺らぎとマイナス・イオンが満ち満ちて、虫の音、獣の鳴き声、風の音、海や川などの水の音、草木の音などの微細な音が絶える事がなかった。
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 2023年1月30日3:00 DIAMOND onlain「【科学者が語る】木々を育てる森の神秘「マザーツリー」とは?
 スザンヌ・シマード
 三木直子
 養老孟司氏、隈研吾氏、斎藤幸平氏らが絶賛している話題書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』──。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」を解明した同書のオリジナル版は、刊行直後から世界で大きな話題を呼び、早くも映画化が決定した。待望の日本語版が刊行されたことを記念し、本文の一部を特別に公開する。
 【科学者が語る】木々を育てる森の神秘「マザーツリー」とは?
 いちばん大きくて古い木がマザーツリー
 「これはマザーツリー?」
 風上の方角に向かって枝を伸ばし、3本並んで立っている年老いたホワイトバークパインの周りを歩きながらメアリーが訊いた。
 私たちは昨夜、大学院生と、大学の非常勤講師でもあるフィルムメーカーと一緒につくったドキュメンタリー映画『Mother Trees Connect the Forest(マザーツリーが森をつなぐ)』を観たばかりで、メアリーは、この高山の木を多雨林の木と比べようとしていたのだ。
 ※『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』の著者スザンヌ・シマードらが自主制作したドキュメンタリー映画「Mother Trees Connect the Forest」。
 私は3本のうちでいちばん背が高い木を指差して、いちばん大きくて古い木がマザーツリーだと言った。
 私はメアリーの手を摑んで樹冠の下に身をかがめ、根が近隣の木に巻きついているかどうかをたしかめた。
 【科学者が語る】木々を育てる森の神秘「マザーツリー」とは?
 『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』本文口絵より。美しい樹木や菌類たちの魅力的なカラー写真も多数掲載。
 メアリーが、張り出した枝のいちばん外側の縁に沿って生えている一連の実生を指差した。
 太い根が四方八方に伸びて絡まり合うこの雑木林の木々は、菌根ネットワークでつながっているに違いなかった。
 (本原稿は、スザンヌ・シマード著『マザーツリー』〈三木直子訳〉からの抜粋です)
◎誰かとの「つながり」を大切にしたくなる、樹木と菌類の物語『マザーツリー』。気候変動が注目されるいま、自然のなかに秘められた「知性」に耳を傾けたくなるヒントが満載の一冊です。
 【科学者が語る】木々を育てる森の神秘「マザーツリー」とは?
 スザンヌ・シマード Dr. Suzanne Simard【科学者が語る】木々を育てる森の神秘「マザーツリー」とは?
 カナダの森林生態学者。ブリティッシュコロンビア大学 森林学部 教授
カナダ・ブリティッシュコロンビア州生まれ。森林の伐採に代々従事してきた家庭で育ち、幼いころから木々や自然に親しむ。大学卒業後、森林局の造林研究員として勤務、従来の森林管理の手法に疑問を持ち、研究の道へ。木々が地中の菌類ネットワークを介してつながり合い、互いを認識し、栄養を送り合っていることを科学的に証明してみせた彼女の先駆的研究は、世界中の森林生態学に多大な影響を与え、その論文は数千回以上も引用されている。研究成果を一般向けに語ったTEDトーク「森で交わされる木々の会話(How trees talk to each other)」も大きな話題を呼んだ。『マザーツリー』が初の著書となる。
 【訳者】三木直子(みき・なおこ)
 東京生まれ。国際基督教大学卒業。広告代理店勤務を経て2005五年より出版翻訳家。訳書に『マザーツリー』(ダイヤモンド社)のほか、『植物と叡智の守り人』『食卓を変えた植物学者』(以上、築地書館)、『CBDのすべて』(晶文社)ほか多数。埼玉とアメリカ・ワシントン州在住。
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 2月1日6:01 YAHOO!JAPANニュース ダイヤモンド・オンライン「【先住民は知っていた】「地中の菌類ネットワーク」をめぐる驚異の科学的発見
 養老孟司氏、隈研吾氏、斎藤幸平氏らが絶賛している話題書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』──。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」を解明した同書のオリジナル版は、刊行直後から世界で大きな話題を呼び、早くも映画化が決定した。待望の日本語版が刊行されたことを記念し、本文の一部を特別に公開する。
● 西洋哲学は「対等」という言葉につまずく
 セプウェップム族の長老メアリー・トーマスの母親と祖母マクリットは、アメリカシラカバに感謝し、必要以上のものを収穫せず、お礼に供え物をするよう彼女に教えた。メアリー・トーマスはアメリカシラカバを「マザーツリー」と呼んだことさえあった──私がその概念を思いつくよりずっと前に。
 メアリーの部族の人々は、何千年も前からアメリカシラカバを通じてそのことを知っていたのだ。彼らの大切なわが家である森に暮らし、すべての生き物たちに学び、対等なパートナーとして彼らを敬うなかで。
 西洋哲学はこの「対等」という言葉につまずく。西洋哲学は、人間はほかの生き物よりも優れていて、自然を支配するものと考えるのである。
 「アメリカシラカバとダグラスファーは地下の菌類ネットワークを通じて会話する、っていう話をしたの覚えてる?」と私はそう言って、片手を耳に、もう片方の手の指を唇に当てた。
 3人はじっと耳を傾けた──蚊の羽音に邪魔されながら。このことを理解したのは私が初めてではなくて、多くの先住民族が古くからこのことを識っていたのだ、と私は言った。
 ワシントン州オリンピック半島の東側に住むスコーミッシュ族の、いまは亡きブルース・スビイェイ・ミラーは、森に存在する共生関係と多様性についての物語を語り、森の地面の下には「根と菌類が構築する複雑で広大なシステムが広がり、それが森の強さを保っている」と言った。
● 「科学のレンズ」で世界を見渡し、 「先住民の叡智」にたどり着いた
 「このパンケーキマッシュルームは、地下にある菌類のネットワークの子実体なの」と言いながら私がヌメリイグチ属のキノコをケリー・ローズに渡すと、彼女はその傘の裏の小さな孔をしげしげと観察し、どうしてそのことをみんなが理解するのにこんなに時間がかかったのかと訊いた。
 私はその叡智を、西洋の科学という頑ななレンズを通してたまたま運よく垣間見ることができた。
 大学では、生態系をバラバラの部分に分けて、木や植物や土壌を別々に観察することを教えられた──森を客観的に見るために。こうして森を解剖し、支配し、分類し、感覚を麻痺させることで、明晰で信頼に足る、正当な知識が得られるはずだった。
 ある一つの体系をバラバラにして、その一つひとつの部分について考えるというやり方に従うことで、私は学んだ結果を論文として発表することができた。
 そしてまもなく私は、生態系全体の多様性とつながり合いについての論文を書くのがほぼ不可能であることを知ったのだ。
 対照群がないではないか! と、私の初期の論文の査読者は叫んだ。
 私は、実験に使ったラテン方格[訳注:n行n列の表にn個の異なる記号を、各記号が各行および各列に1回だけ現れるように並べたもの。効率よく実験を行うために使われる]や要因計画、同位体質量分析計やシンチレーションカウンター、それに統計的有意性のある顕著な差だけを考慮する訓練などを通じ、ぐるりと一巡して先住民の人々が持っていた叡智に辿り着いたのだ──多様性が重要だということに。
 そして、この世のすべては実際につながっているのである。
 森と草原、陸と海、空と大地、精霊と生きている人々、人間とそれ以外のすべての生き物が。
 (本原稿は、スザンヌ・シマード著『マザーツリー』〈三木直子訳〉からの抜粋です)
 スザンヌ・シマード/三木直子
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 日本大百科全書(ニッポニカ)「共生菌」の解説
 共生菌 きょうせいきん
 他の生物と一体となって共同生活をする菌をいう。すべての植物、動物は直接と間接とを問わず、菌類と共同して生活する。動物は消化管の中に菌類を主体とする微生物を抱え、これらと共生的なかかわりをもちながら生活をしているわけである。おもに細菌からなる腸内菌類がその例である。植物も菌類とさまざまなかかわり合いのもとに共生的生活をする。もっとも端的な例は地衣類である。地衣類は、主として子嚢(しのう)菌類に属する菌類が緑藻類または藍藻(らんそう)類を抱え込み、両者が緊密に結合した一体となって生活する独特の共同体生物である。
 シダおよび種子植物はカビ型またはキノコ系の菌類と菌根をつくる。植物の根は共生する菌によって病原菌の攻撃から守られ、栄養吸収の面では助けられながら菌と共生している。菌根には外生菌根と内生菌根があり、外生はキノコ類、内生はカビ型の菌によってつくられ、ほとんどすべての植物はそのいずれかの菌根をもつといわれる。このほか、マメ科植物の根粒は細菌のリゾビウムRhizobium、ハンノキ属・グミ属その他の非マメ科植物の根粒は放線菌でつくられる。
 [今関六也]
 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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 acdemist journal「森の未来は菌だけが知っている – 森はどのように成り立ち、遷移していくのか門脇浩明 2019年1月15日 森の未来は菌だけが知っている – 森はどのように成り立ち、遷移していくのか2019-03-01T09:35:08+09:00研究成果 微生物, 植物, 環境, 生物学
 土のなかには、私たちがかつて想像もしなかった微生物の世界が広がっています。その目に見えない微生物たちがつくりだすネットワークは、私たちが普段目にしている地上の世界をも変えてしまう、驚くべき力を持っているのです。ここでは、その土のなかの微生物たちのはたらきを紹介します。
 なぜ樹木は森を作るのか
 樹木には、固まって林をつくる種類もあれば、人間が植えなければ林をつくらない種類もあります。たとえば、どこの野山でもマツ林(松林)は普通に見られますが、サクラ林やモミジ林はありません。では、林を作る樹種と作らない樹種は、一体、何がどのように違うのでしょうか。その答えは、見上げるように大きく育った樹木ではなく、そっと視線を下ろした足元で見つかるのです。
 地面から数センチのところには、実生(みしょう)と呼ばれる木の赤ちゃんが生えています。その実生がぐんぐん成長して成木となり、さらに次世代の実生の定着を促進するとき、ひとつの樹種だけの林ができます。その過程のなかで、土壌環境に変化が起き、マツの下の土壌にはマツの実生の成長を助ける「共生菌」が増えます。さらに、その共生菌が次世代の育成を助け、このサイクルが繰り返されることで、マツ林ができあがるのです。
 一方で、サクラの下には、共生菌と異なり寄生菌が土壌に蓄積し、その実生の成長を阻害するため、寄生菌に影響されにくいサクラ以外の実生でなければそこに定着することができません。野山でサクラが固まって生えることなく、森の中でぽつりぽつりと疎らに生えているのはそのためです。
 このように、樹木はそこに存在するだけで土壌環境に影響を与え、その土壌環境の変化が、将来その場所で育つことができる樹木を決定づけるところまで影響を及ぼします。要するに、樹木は足元に蓄積する「土壌微生物」と相互作用しながら変化し、その結果、時間とともに森を構成している樹木も移り変わるのです。
 秋の深まりとともに山の色が夏らしい緑から秋めいた黄色やオレンジ色に変化し、紅葉のモザイク模様ができあがるのは、土壌微生物によって豊かな樹木の多様性が守られているからである。
 樹木の多様性を守り、森林の変化を促す原動力「菌根菌」
 土壌にはさまざまな微生物が存在し、実生を待ち構えています。その代表格といえるのが、「菌根菌」という仲間の共生菌です。菌根菌は、根の表面付近や内部に侵入して生きる「かび」や「キノコ」の仲間です。これらの菌類は水分や土壌の栄養分を吸収して植物に与え、一方で植物は糖を菌類に与え、互いに役立つ関係を持っています。このような関係を菌根共生といいます。
 菌根菌は糸のような足(菌糸)を方々に伸ばし、地面の中で網目状の構造(ネットワーク)を作っています。このネットワークにつながることは、実生の定着と成長を左右する重要な条件です。しかし、ネットワークにつながれば何でもよいというわけではありません。樹木が共生する菌根菌はいくつかの種類に分類でき、代表的なのは、サクラ、モミジ、ツバキやクスノキなどと共生する「アーバスキュラー菌根菌」、アカマツ、コナラ、シイやアカシデなどと共生する「外生菌根菌」という2つの菌根タイプに分類され、これらはそれぞれ異なるネットワークを作っています。
 樹木の種類によって、同じ菌根タイプのネットワークにつながれば成長できる樹種もいれば、同じ菌根タイプであり、かつ同種の樹木のネットワークでなければ成長できない樹種、どのような菌根タイプの樹木のネットワークでも成長がそれほど変わらない樹種がいます。そうした特徴に応じ、どの樹木の種類の実生がどのような条件下で生き延びることができるのかが決まります。
 アーバスキュラー菌根菌と共生する樹種と比べ、外生菌根菌と共生する樹種の方が菌糸のネットワークを広げる能力が高いため、日本の森では、アーバスキュラー菌根菌と共生する樹種よりも外生菌根菌と共生する樹種が優占しています。アーバスキュラー菌根菌はキノコを作りませんが、外生菌根菌の多くはキノコを作るため、日本の野山で多種多様なキノコが見られるのは菌根菌のはたらきのおかげともいえます。
 キノコの多様性。これらのキノコを作るのはすべて外生菌根菌である。
 このように、菌根菌が森林における樹木の多種共存を維持したり、樹種を置き換える遷移(樹種の移り変わり)を促進したりします。菌根菌は、樹木の多様性を守りながらも、森の変化の原動力となる大きな役割を果たしているのです。
 森林から見た私たちの暮らし
 近年、未曾有の自然災害が世界各地を襲っています。そうした災害から私たちの身を守ってくれるもののひとつが自然の森です。私たちの研究では、土壌に生息する微生物のはたらき(土壌微生物が原動力となる環境変化)を理解することではじめて森の成り立ちと遷移を理解できることを示しました。よって、菌根菌は、さまざまな生態系サービス(炭素の蓄積や水源の涵養、防災、食料や木材生産などの人類の利益になる生態系の機能)の重要な基盤となります。
 美しい森は豊かな土壌微生物の世界に支えられている。
 森をきちんと管理していくためには、森がどのようにできているのかを知ることが重要です。土壌微生物のはたらきから森を捉えるアプローチは、将来、森林を守ったり、再生させたりするうえでスタンダードになっていくかもしれません。
 さらに、土壌微生物が大切となるのは、森林だけではありません。農地においても重要です。1種類の農作物だけでは豊かな土壌微生物を育むことはできません。しかし、混作をすることで、農作物の多様性が豊かな土壌微生物相を作り出すことにつながります。植物とともに豊かな土壌を育むことが、森林や農地が提供する生態系サービスを向上させ、人々の暮らしを支えることにつながるのではないかと考えています。
 参考文献
 Kadowaki K, Yamamoto S, Sato H, Tanabe AS, Hidaka A, Toju H “Mycorrhizal fungi mediate the direction and strength of plant-soil feedbacks differently between arbuscular mycorrhizal and ectomycorrhizal communities” Communications Biology 1:196 (2018) https://www.nature.com/articles/s42003-018-0201-9
 門脇 浩明、立木 佑弥『遺伝子・多様性・循環の科学:生態学の領域融合へ』(京都大学学術出版会、2019)
 Shimizu N, Tateno R, Kasai A, Mukai H, Yamashita Y “Connectivity of Hills, Humans and Oceans: Challenges of Watershed and Coastal Environments” Kyoto University Press. (2014)
 この記事を書いた人
 門脇浩明
 京都大学学際融合教育研究推進センター・特定助教/フィールド科学教育研究センター・連携助教
 2005年京都大学農学部資源生物科学科を卒業、農学研究科応用生物科学専攻にて2007年修士課程を修了。2011年オークランド大学生物科学研究科にてPh.D.(Biological Sciences)を取得後、フロリダ州立大学・京都大学での研究員を経て、2018年より現職。専門分野は、生態学(ecology)。生物多様性がどのように生まれ、維持され、失われていくのかについて遺伝子から生態系まで幅広い観点から明らかにすることに興味がある。
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🌈9)─1・D─奈良公園のシカの遺伝子は天皇・日本民族の遺伝子と似ている。⦅1⦆〜No.18 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 「神の使い」奈良公園のシカは、1400年前の古墳時代、飛鳥・斑鳩時代から同じ集団内で繁殖しながら独自の遺伝子を生み出して生きてきた。
 数万年前の南方系海の民・旧石器人(ヤポネシア人)と森の民・縄文人(日本土人)は、日本列島で遺伝子を独自の生み出し、血の繋がった日本民族琉球民族アイヌ民族に託した。
 森の民・縄文人(日本土人)が子孫の3民族に託した念いとは、自然の中であるがままに生きて死ぬ、殺し合いをしない、争いをしない、戦争をしない、相互共生の「平和」である。
 その念いを今日まで正しく受け継ぎ守っているのが、神話を正統とする万世一系の男系父系天皇家・現皇室である。
 奈良公園のシカは「神の使い」であり、天皇は「神の裔」である。
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 2023年1月31日16:43 YAHOO!JAPANニュース 毎日新聞「奈良のシカは「科学的にも特別」 1000年以上保護で独自遺伝子型
 独自の遺伝子型を持つことが分かった奈良公園のシカ=奈良市で2023年1月28日午後2時11分、塩路佳子撮影
 奈良公園奈良市)のシンボルで、神の使いとして古くから保護されてきた「奈良のシカ」が、独自の遺伝子型を保っていると、福島大や奈良教育大などの研究チームが発表した。1000年以上前から人間に近い環境で生息してきた結果、独自性が維持されたと考えられるという。研究結果は31日、米国哺乳類学会の学会誌に掲載された。
 【写真特集】うっとり目を閉じて湯につかるニホンザル
 2000年から紀伊半島(奈良、和歌山、三重、京都南部)に生息するニホンジカを対象に調査した。計294頭から筋肉や血液のサンプルを採取し、母から子に遺伝するミトコンドリアDNAを解析。その結果、18種の遺伝子型を確認した。このうち奈良のシカは他地域のシカと近縁ではあるものの、独自の遺伝子型を持つ1種だけであることが明らかになったという。
 さらに、核DNAで両親から受け継がれる遺伝情報を調べたところ、紀伊半島のシカは、奈良公園と東部(三重県)、西部(和歌山県)の大きく三つの遺伝的な集団に分けられた。奈良のシカは、半島に生息していた祖先にあたる集団から1000年以上前に分かれたとみられる。東部と西部の2集団は先祖の集団から約500年前に分岐したと考えられるという。
 チームの福島大大学院生、高木俊人さん(27)は「奈良のシカが持つ独自の遺伝子型は、古くは紀伊半島のシカに広く分布していた」と指摘。狩猟や開拓などで周辺のシカが消滅する中、人間の保護によって独自性が保たれたとしている。
 春日大社奈良市)には、およそ1300年前に鹿島神宮茨城県)の祭神が白いシカに乗ってやって来たという伝説が残る。これにより、奈良のシカは「神鹿(しんろく)」として地域の人々に大切にされてきた。春日大社の花山院弘匡(かさんのいんひろただ)宮司は「科学的にも『特別なシカ』であることが分かり、驚いている」と話した。大社を含む奈良公園には22年7月時点で、1182頭のシカが生息している。【塩路佳子】
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 1月31日 MicrosoftStartニュース 読売新聞「「神の使い」奈良公園のシカに独自の遺伝子…1400年前から集団内で繁殖
 奈良市奈良公園のシカが、紀伊半島の他の地域に生息するシカにはない独自の遺伝子型を持つことを、シカの研究に取り組む福島大、奈良教育大、山形大のチームが突き止めた。1400年くらい前に周辺のシカから分かれ、集団内で繁殖したためと考えられるという。チームは「奈良公園周辺でシカが古くから手厚く保護されてきたことが科学的に裏付けられた」としている。31日付の米哺乳類学会誌に論文が載った。
 国の天然記念物「奈良のシカ」(奈良市奈良公園で)
 © 読売新聞
 奈良公園のシカは「ニホンジカ」で、約1200頭いる。768年創建の春日大社が「神の使い」として保護したことが起源とされる。明治以降は殺傷禁止区域が設定され、「奈良のシカ」として国の天然記念物に指定された。
 チームは奈良のシカの起源を探ろうと、奈良公園を含む奈良、和歌山、三重、京都の4府県30地点で、交通事故で死んだり、捕獲されたりした294頭からDNAを抽出し、遺伝子型を分析。これらのシカは元々、同じ集団だったと分かった。
 さらに詳しく調べると、奈良公園の32頭には、他にはない独自の遺伝子型があることが判明。1400年くらい前に元の集団から分かれ、奈良公園の集団内で繁殖する中で生じた独自の遺伝子型が受け継がれてきたと結論づけた。
 チームの兼子伸吾・福島大准教授(分子生態学)は「奈良公園周辺のシカの集団は古くから人の手で大切に守られてきたと考えられる。国天然記念物にふさわしい『生きた文化財』であることが科学的に確かめられた」と話す。
 春日大社の花山院弘匡(かさんのいんひろただ)宮司は「奈良公園のシカが科学的にも特別であるとわかり、驚いている。自然と人と動物がどのように関わり、共生していくかを考えさせられる存在だ」と語った。
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 1月31日 YAHOO!JAPANニュース 朝日新聞デジタル奈良公園の鹿に独自の特徴 千年超の歴史、DNAと資料でしかと確認
 道路を悠然と渡り、観光客にせんべいをねだる。国の天然記念物に指定されている奈良公園奈良市)の鹿たちは野生ながら独特の振る舞いを見せるが、遺伝的にも独自性が高いことを示した論文が、国際的な学会誌に載った。
 奈良国立博物館新館前の換気口の周りに集まった鹿たち。おなかを芝生につけて休む=2019年8月5日午後5時53分、奈良市登大路町、平田瑛美撮影
 © 朝日新聞社
 福島大、山形大、奈良教育大の研究チームが発表した論文のタイトルは「歴史的な宗教保護地区がいにしえのニホンジカの遺伝子系統を守ってきた可能性がある」。
 研究チームによると、遺伝子の解析から、奈良公園の鹿たちが紀伊半島の鹿集団から分かれたのは約1千~2千年前、特に約1400年前の可能性が高いと推定された。公園内の春日大社の造営(768年)にかなり近い。
 研究チームは、人間の活動が野生動物の集団構造にどう影響するかを調べようと、古代からの歴史資料が多く残る近畿地方、中でも紀伊半島に着目した。
 2000~16年に紀伊半島の8地域30地点から集めた鹿294頭の血液などから遺伝子の特徴を調べると、半島東部、半島西部、奈良公園の三つの集団で構成されていることがわかった。
 さらに、遺伝子が突然変異を起こす頻度をもとに、各集団が共通の祖先の集団から分かれた年代を解析した。
 その結果、6世紀ごろ(古墳時代飛鳥時代)に半島にいた祖先の鹿の集団から奈良公園の鹿たちが分かれ、16世紀ごろ(室町時代~戦国時代)に半島東部の鹿集団から半島西部の鹿集団が分かれたとみられることがわかった。
 春日大社の神は、鹿に乗って常陸国茨城県)からやってきたとされる。今も「神鹿(しんろく)」と親しまれる奈良公園の鹿が、奈良時代から守られてきたことを科学的にも裏付ける成果だ。
 チームの兼子伸吾・福島大准教授(分子生態学)は「DNAと歴史の一致に驚いた」と話す。
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 日本民族は、血の繋がった祖先から命・魂(霊魂)、身体、心、志、気持ち、気概を受け継いで産まれ生きてきた尊い人であって、全知全能の唯一絶対神が自分に似せた姿に土塊・塵・ゴミをこねて形を整え命・魂を吹き込み祝福した貴い土人形ではなかった。
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 日本人とは、日本列島に住む全ての人間の事で日本民族の事ではない。
 帰化人は日本民族の一員とされたが、渡来人は日本人と呼ばれても日本民族から排除された。
 何故なら、帰化人は利他として天皇に忠誠を誓い日本国の為に働いたからであり、渡来人は自利として天皇への忠誠を拒否し日本国に叛き自分の為のみに働いたからでる。
 昔の歴史は帰化人の神話・物語であったが、現代の歴史は渡来人の話である。
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 日本民族は自分の父母・祖父母・曾祖父母・祖先を、「家の神様」として神棚に祀り、「家の仏」として仏壇に納めた。
 家の神様や家の仏様は、必ずしも血縁者だけではなく血の繋がりのない赤の他人の他家からの養子も入っている。
 日本の世襲とは、そういう意味である。
 日本民族の宗教とは、自分につながる祖先を祖先神・氏神様として祀る人神崇拝宗教つまりローカルな家・家族・一族限定宗教であって、天地創造絶対神の福音を信じる信仰宗教・啓示宗教・奇跡宗教・救済宗教といった人種・民族といった枠組みを超えたグローバルは普遍宗教ではない。
 その象徴が、最高神である女性神天照大神を祀る天皇家・皇室である。
 日本の宗教では、仏教が伝来するまでは人が死んで行く死後の世界はなかった。
 天上界の高天原も地下界の黄泉国も、死ぬ事がない天孫系(天皇系)の天つ神が住む世界であり、死んでしまう八百万の神である国つ神が行ける世界ではないし、ましてや人が死んでいく世界でもなかった。
 死んでしまう国つ神や人は、死んだら神域である鎮守の森・ご神体とされる高い山・大岩・巨木・海の向こうに宿り、家の近く・家族の近くにある地元の氏神神社に鎮座した。
   ・   ・   ・   
 祖先霊・祖先神・氏神の人神信仰は、命と魂、血と身体、遺伝子とDNAを受け継ぐ事である。
   ・   ・   ・   
 人は、二人の両親から産まれてくる。
 日本民族の祖先な数は?
 日本人の命が尊いわけ。 
   ・   ・   ・   
 祖先神・氏神の人神信仰とは、純血の血縁ではなく、混血の地縁である。
 一人の日本人には、二人の両親がいた。二人の親には、四人の祖父母がいた。四人の祖父母には、八人の曾父母がいた。
 14世代前では、8,192人。
 23世代前には、419万4,304人。
 25世代前では、1,677万人。
 27世代前では、1億3,422万人。
 だいたい約700年前の鎌倉時代で、当時の日本の総人口は700万人から1,000万人。 
 30世代前には、5億3,687万912人。
 40世代前には、5,497億5,581万3,888人。
 50世代前には、562兆9,499億5,342万1,312人。
 100世代前の、祖先の人数は?
 指数関数的な増加。
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 祖先のうち一人でも欠ければ、今の命は存在しない。
 今の命が断たれれば、この後の命は存在しない。
 それが、命の重みである。
 そして、日本の家である。
 昔の日本人は、「命の継続性」という家の枠で、自分と家族の幸せの為に命を守りながら努力して生きていた。
 ゆえに、「命の絆」が断ち切られる「死」を穢れとして恐れた。
 この世は、生きるに値する。
 命は、等しく尊い
   ・   ・   ・   
 日本民族の宗教とは、亡き家族の魂を仏として弔って拝み、祖先の霊魂を祖先神・氏神の人神として祀り崇拝する事で、そこにあるのは「畏れと加護の慎み」であって「奇跡と恩寵の信仰」ではない。
   ・   ・   ・   
 祖先神・氏神の人神崇拝とは、永遠の命、生命の連続、命の継続として、祖先から子孫への絆であった。
 日本民族は、家族・自分の欲得としての短期的願望と家・子孫の理想としての長期的願望を持っていた。
 日本民族は、多神教崇拝宗教の信徒であって一神教信仰宗教の信者ではない。
   ・   ・   ・   
 日本民族の言霊信仰とは、民族中心神話に基ずく自然崇拝であり、宗教的精神的な自然への畏怖つまり畏れと敬い事である。
 それは、数千年前の弥生時代古墳時代から断絶する事なく繰り返されてきた正統世襲男系父系天皇による一子相伝宮中祭祀、さらには数万年前の石器時代縄文時代からの日本民族が受け継いだ自然の精霊と生命の永遠に対する崇拝宗教につながっている。
 日本民族伝統宗教とは、精霊崇拝宗教、八百万神の神話宗教、祖先祭祀宗教であって、信仰宗教、啓示宗教ではない。
   ・   ・   ・   
 小林武彦(東京大学定量生命科学研究所教授)「いま、私たちが存在するのは、過去に夥しい死に支えられているから。生き物にとって死とは、進化を実現させるためにある。変化と選択を繰り返して進化し、生き残った末裔が私たちなのです。自分も生まれてきた以上は生を謳歌し、命を次の世代につなぐためにも〝利他的に〟死んでいかなければならないのです」
   ・   ・   ・    

💖目次)─8─近代天皇と軍部・陸軍の人道貢献・平和貢献。現代日本人は人助けが苦手。~No.1 * 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 当ブログは、歴史の定説を恣意的に書き替える為に作成している歴史修正主義民族主義のブログである。
   ・   ・   ・   
 昔の日本人=日本民族は、戦争で人を殺したが戦場で人を助けた。
 現代の日本人=日本国民は、平和で人を殺さないが安全な所で人を助けない。
   ・   ・   ・   
 旭日旗は、人道貢献の救助と平和貢献の希望を世界に示す光の旗であった。
 それ故に、戦犯旗として忌み嫌われ、踏みにじられる。
   ・   ・   ・   
天皇の御稜威・大御心・御聖慮。
2022-03-27
💖2)─1・A─光明皇后の慈愛。ハンセン病癩病)を癒やした人の子・光明皇后と神の子・キリスト。~No.2 
2017-03-17
💖2)─1・B─皇室の国際赤十字新月運動。シエラレオネ昭憲皇太后基金。~No.2・ @ 
2021-02-24
💖2)─2─皇室の私有財産の使い道。世界的な昭憲皇太后基金。~No.3 
2021-03-08
💖2)─3─皇室。日本赤十字社の戦争協力。従軍看護婦靖国神社の乙女。~No.4
2022-02-03
💖2)─4・A─太平洋戦争時。女性皇族は病院を慰問し患者を励まし勇気を与えていた。~No.5 
2021-09-14
💖2)─4・B─日本人の美徳。~No.5  
   ・   ・   ・   
日本の中国ヘの救援・支援。 
2019-05-11
💖3)─1─華北旱魃を救った明治天皇と明治政府。義和団事件。中国は西原借款の善意を踏み倒した。〜No.6No.7No.8No.9・  
   ・   ・   ・   
日清戦争
2019-07-06
💖4)─1─諸外国は観戦武官や新聞記者を日本に派遣して日清戦争を観察していた。~No.10No.11No.12No.13・ 
   ・   ・   ・   
日露戦争。世界ゼロ次世界大戦。
 1900年7月 アムール川黒竜江)事件。ロシア人兵士が清国人(満州族)約2万5,000人を虐殺した。
 日本の世論は緊張し、反ロシア大集会が日本各地で開かれるに至った。ロシアは次に朝鮮を蹂躙して日本へ侵略してくるに違いない、というのが世論の見方であった。
 そして、日露戦争は不可避となった。
2017-08-15
💖5)─1─金沢の市民は、日露戦争で身内をロシア軍に殺されたが、怨みを忘れてロシア人兵士捕虜の面倒を見た。~No.14・ @ 
2021-02-15
💖5)─2─日露戦争習志野の捕虜。~No.15 
2018-01-24
💖5)─3─明治の日本人は、撃沈したバルチック艦隊の特務艦イルティッシュ号から敵兵235人を救助した。~No.16No.17・ @ 
2021-09-01
💖5)─4─日露戦争で沈没の輸送艦、映画に 「イルティッシュ号の来た日」。~No.17 

   ・   ・   ・   
2020-06-27
💖5)─5─日本人は朝鮮人アイヌ人を感染症から救っていた。~No.18No.19No.20No.21 
朝鮮、
アイヌ
 江戸時代のアイヌの人口は、記録上最大約2万6,800人であったが、天領とされて以降は感染症の流行などもあって減少した。
琉球
台湾、
満州
   ・   ・   ・   
 2020年6月27日号 週刊現代佐藤優 ビジネスパーソンの講座 名著、再び
 現代社会に蘇った、『コロナ禍』の背景にある『黄禍論』の正体を知れ
 ……
 池上氏は、このようなアジア人に対する差別を過去、欧米で深刻だった『黄禍論』とのアナロジー(類比)で解釈する。〈これで私が思い出したのが、『黄禍論』という黄色人種に対する人種差別です。19世紀から20世紀にかけて、欧米で中国人や日本人などの黄色人種に対する差別が燃え盛りました。日清戦争日露戦争での日本の勝利を見た白人たちが、『黄色人種の脅威』を訴え、差別が広がったのです。新型コロナウイルスパニックでまた黄禍論が復活したような格好です。〉日露戦争(1904~05年)のときにロシアが日本の脅威を訴えるために『黄禍論』を宣伝した。その影響は北米大陸にも及んだ。第一次世界大戦後、日本が急速に国力をつけるとアメリカで急速に『黄禍論』が拡大し、日系アメリカ人が不当な差別を受けた。コロナ禍との文脈でトランプ大統領の白人至上主義者が『黄禍論』を蘇らせたのだ。」
   ・   ・   ・   
シベリア出兵。集団的自衛権発動。
2017-08-14
💖6)─1─日本陸軍は、シベリアからポーランド人戦争孤児765人を武力で助け出した。~No.22No.23No.24No.25・ @ 
2019-10-27
💖6)─2─日本外務省・日本大使館の反ドイツ派は、帰国したポーランド孤児をナチスから助けた。~No.26・ 
2021-02-07
💖6)─3─ポーランド人蜂起部隊イェジキの子供兵士を陰で支えた反ドイツ派日本外交官。~No.27No.28No.29 
  ・  ・  
2017-08-17
💖7)─1─日本人軍国主義者は、シベリアのロシア人戦災児童約800人をロシア人共産主義者から救出した。~No.30・ @ 
2021-02-11
💖7)─2─ロシア人避難学童救出活動と日本シベリア派遣軍諜報機関。~No.31No.32No.33 
  ・  ・   
2020-03-13
💖8)─1─平明丸事件。日本陸軍はシベリアで救出したトルコ軍人捕虜約1,000人を本国に送り届けた。~No.34No.35No.36No.37・ 
   ・   ・   ・   
第一次世界大戦、日本が5大国の一国として国際連盟の常任事理国になった。
2017-08-18
💖9)─1─日本皇室と日本赤十字社は、パリに日本赤十字社救護班による日赤病院を開院した。~No.38・ @ 
2021-02-17
💖9)─2─日本赤十字社集団的自衛権赤十字救護看護婦「竹田ハツメ」。~No.39No.40No.41 
  ・  ・  
2017-12-04
💖10)─1─青島要塞攻防戦。ドイツ兵士の坂東俘虜収容所。丸亀・松山・久留米。「バルトの楽園」。~No.42No.43No.44No.45・ 
  ・  ・  
2019-07-05
💖11)─1─マルタ島の偉業。日本欧州派遣艦隊は地中海の守護神である。~No.46No.47No.48No.49・ 
   ・   ・   ・   
2021-05-09
💖12)─1─1920年の華北大旱害・飢饉に対する軍国日本の調査と救済。~No.50No.51No.52 
   ・   ・   ・   
日本軍の敵軍捕虜に対する扱い。
2018-08-07
💖13)─1─日本軍は、武士道精神で戦い、戦闘が終われば戦場に残された敵軍兵士負傷者を助け保護し治療した。~No.53・ @ 
2022-02-06
💖13)─2─イギリス海軍は撃沈されたら「日本艇に救助してもらえ」と教えていた。~No.54No.55 
   ・   ・   ・   
日本民族日本人の愛国心
2017-08-23
💖14)─1─愛国心とは命を捨てる決意と死を受け入れる覚悟である。~No.56No.57No.58・ @ 
2021-07-09
💖15)─1─日本民族は漂着民の子孫で、目の前で船が難破すれば遭難者・漂流者を助けた。~No.59No.60No.61 
   ・   ・   ・   
小灘利春「特攻は愛するものを守りたいとの強い思いから生まれたのです」 
   ・   ・   ・   
2021-09-23
💖16)─1─堀口九萬一はメキシコ・クーデターで大統領一家を助けた。大正2(1913)年〜No.62 
2021-07-24
💖16)─2─渋沢栄一アルメニア人大虐殺のアルメニアの孤児・難民への義援金。大正11(1922)年。〜No.63 
2022-05-21
💖16)─3─東慶丸はトルコの港湾都市イズミルギリシャ人やアルメニア人の難民を助けた。大正11(1922)年。〜No.64 

   ・   ・   ・   
日本の農業技術が中国の食糧不足を救った。
2019-12-05
💖17)─1─稲塚権次郎の小麦農林10号が、飢餓に苦しむ華北の中国人を救った。1935年。〜No.65No.66No.67・ 
   ・   ・   ・   
日中戦争
2019-05-13
💖18)─1─河南省黄河防爆破と大洪水。溺死100万人以上。日本軍は中国人10万人以上を助けた。1938年〜No.68No.69No.70No.71・ 
2019-05-15
💖18)─2─河南省大飢饉。日本軍は戦争をしながら飢餓民約1,000万人を助けた。日本軍の敵兵虐殺事件。1940年No.72No.73No.74No.75・ 
2019-05-16
💖18)─3─日本軍は河南省救援物資輸送路を死守した。大陸打通作戦。泰緬鉄道。日本軍兵士の餓死・病死。1944年〜No.76No.77No.78No.79・ 
   ・   ・   ・   
日本陸軍防疫部隊が中国人を救った。
2020-06-14
💖19)─1─日本軍は中国軍が行った堤防破壊、井戸への毒やコレラ菌投入の尻拭いをしていた。〜No.80No.81No.82No.83・ 
   ・   ・   ・   
中国共産党の非人道行為。
2019-05-17
💖20)─1─中国共産党は、日本人戦病餓死者の尊厳を穢し、霊魂を冒涜し、慰霊の場を踏みにじる。〜No.84No.85No.86No.87・ 
   ・   ・   ・   
キリスト教の日本に対する宗教侵略。
2019-03-19
💖21)─1─アメリカのCPIとアメリカ・キリスト教会が日本を戦争へと追い詰めた。〜No.88No.89No.90・ 
   ・   ・   ・   
 日本民族ユダヤ民族との違い。
 日本民族は、南方系海洋の民を原初とする縄文人の子孫であり、発想・思考は空気を読む遠洋航海用の手漕ぎ舟であった。
 ユダヤ民族は、絶対神が自らお姿に似せて土や芥から創りだした大陸系砂漠の民の子孫で、発想・思考はラクダやロバ・羊を伴って移動する我を押し通す牧歌的隊商・キャラバンであった。
 2020年7月号 WiLL「清潔を好む日本人だからこそ死亡者数が少ない
  エリ・コーヘン
 ……
 日本の現状について批判もあるが、私は『日本型』の素晴らしい対応をしていると思う。官邸と東京や大阪などの大都会の知事、或いは地方の過疎地域の知事の対応策が異なり対立が生じるのは、ごく通常のことだ。イスラエルなどは『狩猟民族型』で、逃げる獲物をいくつもの作戦や罠で捕獲するのに強い、作戦を瞬時に実行しなければ、獲物は逃げていく。『状況支配型』の戦略を実行するのに長(た)けている。
 一方、日本は『農耕民族型』だ。田んぼは逃げていかないので、ゆっくりと話し合って、長老の意見なども聞いて結論を取りまとめる。状況を支配しようというよりは、状況を窺(うかが)いながら、それに合わせる『状況対応型』だ。時に、そうした姿は『日和見』や『場当たり的』にも見える。
 欧米各国や独裁国と、日本の状況への対応の仕方には、確かに伝統文化の違いもある。
 日本国憲法には、緊急事態条項がないので、国家が権力を行使して都市封鎖ができないという問題は、ここでは紙幅がないので立ち入らない。」
   ・   ・   ・   
皇室とユダヤ人。
2020-09-18
💖22)─1─明治天皇・皇室は親ユダヤ派。ユダヤ人難民を助けた昭和天皇。〜No.91No.92No.93 
   ・   ・   ・   
日本の軍部・陸軍とユダヤ人。
2019-03-20
💖23)─1─オトポール事件。軍国日本とポーランドユダヤ人難民達。上海のユダヤ系サッスーン財閥。1932年〜No.94・
2020-09-17
💖23)─2─ユダヤ人難民をナチス・ドイツから助け守った日本の軍部・陸軍。〜No.95 
2021-05-07
💖23)─3─ユダヤの東條批判。中国・韓国に告ぐ「靖国神社に戦犯は祀られていない」。〜No.96No.97No.98  
   ・   ・   ・   
神戸とポーランドユダヤ人。
2019-03-21
💖24)─1・A─ポーランドユダヤ人難民を助ける事に、日本軍部は協力し、日本外務省は猛反対した。1940年〜No.99・ 
2021-05-04
💖24)─1・B─ユダヤ難民救った独自ビザ発見、外交官・根井三郎の功績。〜No.99 
2023-01-16
💖24)─1・C─「命のビザ」を発給 宮崎市出身の外交官・根井三郎の功績。〜No.99 
2020-09-16
💖24)─2・A─JTBとポーランドユダヤ人難民。天草丸。〜No.100 
2021-05-05
💖24)─2・B─ユダヤ人の救世主・JTB職員大迫辰雄。天草丸によるユダヤ人難民輸送。〜No.100 
2020-09-15
💖24)─3・A─杉原命のビザを持ったポーランドユダヤ人難民は敦賀に上陸した。敦賀空襲。〜No.101 
2022-03-22
💖24)─3・B─ユダヤ元難民「敦賀は天国のようだった」。避難と救済。〜No.101 
2020-09-14
💖24)─4・A─ポーランドユダヤ人難民を保護した神戸市民と神戸空襲の地獄。〜No.102 
2022-12-03
💖24)─4・B─軍国日本の商業都市神戸は、ポーランドユダヤ人難民を保護し支援した。〜No.102 
2023-01-29
💖24)─4・C─日本陸軍主導、東南アジア占領地でユダヤ人保護。英傍受公電で裏付け。〜No.102 
   ・   ・   ・   
アメリカ・ユダヤ人。ニューヨーク・ユダヤ人共同配給委員会。
2019-03-22
💖25)─1─上海ユダヤ人ゲットーとアメリカ・ユダヤ人共同配給委員会(ジョイント)。イェドヴァブネ事件。1940年〜No.103・ 
2020-05-20
💖25)─2─アメリカ・ユダヤ人とセントルイス号事件。ブルメンソール元財務長官。〜No.104No.105No.106・ 
   ・   ・   ・   
日本租界内の上海ゲットー。
2019-03-24
💖26)─1─上海ホロコースト未遂事件。日本陸軍松岡洋右ゲシュタポユダヤ人虐殺を阻止した。1942年〜No.107・
2021-03-29
💖26)─2─日本軍占領下の上海ゲットー・上海ユダヤ難民資料は世界記憶遺産申請に値する。〜No.108No.109No.110  
   ・   ・   ・   
連合軍はユダヤ人の救出より戦争の勝利を優先した。
2020-09-19
💖27)─1─アメリカとイギリスは、ユダヤ人児童約2万人の救出を拒否した。ヒムラー友の会と国際稀金融資本。1942年〜No.111 *
2020-09-20
💖27)─2─欧米諸国はホロコーストを黙認しユダヤ人を助けなかった。〜No.112No.113No.114No.115  
   ・   ・   ・   
中国共産党の陰謀。
2019-03-28
💖28)─1─中国共産党による「日本はホロコースト犯罪国家である」という国際世論操作。〜No.116No.117No.118No.119No.120・ 
   ・   ・   ・   
人道貢献を人々の悲惨な末路。
2019-03-30
💖29)─1─人道貢献をした、A級戦犯は縛り首で殺され、昭和天皇戦争犯罪者と罵倒されている。2016年〜No.121No.122・ 
   ・   ・   ・   
海洋民の日本民族は古代から海難救助の民であった。
2019-03-30
💖30)─1─日本人漁民は目の前で難破船した遭難者を助けた。〜No.123No.124No.125 
   ・   ・   ・   
中国共産党の親ユダヤ派弾圧。
2020-05-21
💖31)─1─ユダヤ人難民を助けた中国人シンドラー中国共産党の敵であった。〜No.126No.127No.128No.129No.130・ 
   ・   ・   ・   
アメリカの宗教的人種差別。
2019-04-03
💖32)─1─アメリカにおける、黒人の暴動と非暴力の日系アメリカ人。〜No.131No.132No.133No.134・ 
2019-04-04
💖32)─2─アメリカの人種差別主義者・白人至上主義者による反ユダヤ犯罪と反黒人暴動。〜No.135No.136No.137No.138・ 
   ・   ・   ・   
敵を弔う。
2021-06-20
💖33)─1─日本民族は敵味方に関係なく死者は等しく弔った。松井石根 と興亜観音。〜No.139No.140No.141No.142 
   ・   ・   ・   
日本の中国支援・ODA。
2019-12-07
💖34)─1─日本は中国共産党にODAを40年間貢いだ。〜No.143No.144No.145No.146・
   ・   ・   ・   
2020-07-02
💖35)─1─中国共産党の「国家安全法」と香港人そして日本。〜No.147No.148No.149No.150 
   ・   ・   ・   
2021-08-29
💖36)─1─天皇家日本赤十字社とパラアスリート。障害者スポーツを照らす皇室。昭和39年。〜No.151No.152No.153No.154 
   ・   ・   ・   
2021-09-11
💖37)─1─9・11同時多発テログランド・ゼロに駆け付けたJAPAN・FIRE11人。〜No.155No.156No.157No.158 
   ・   ・   ・   
2021-09-29
💖38)─1─1942〜44年のベンガル飢饉と東條内閣。餓死者約300万人。〜No.159No.160No.161No.162 
   ・   ・   ・   
2023-02-02
💖39)─1─現代日本人は「困ってる他人・他国人を助ける」のが苦手だ。〜No.163No.164No.165No.167 
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 天皇主権、天皇元首は、日本人を犠牲にしても外国人を助ける。
 昭和天皇A級戦犯達、軍部、日本陸軍が、ポーランドユダヤ人難民(数万人)や中国人飢餓民(1,000万人以上)を助けたのは大和心・八紘一宇の精神・靖国神社の志・日本民族の気概からである。
 昔の日本人は現代の日本人とは別人のような日本人であった。
 世界は、昭和天皇A級戦犯達、軍部、日本陸軍ポーランドユダヤ人難民を助けている事を知っていた。
 ナチス・ドイツは同盟国日本に対して強い外圧を加え、親ドイツ派の日本外務省は受け入れようとしていたが、親ポーランド派の軍部は拒絶していた。
 日本陸軍は、ポーランドユダヤ人難民達をゲシュタポホロコーストから守っていた。
   ・   ・   ・   
 国民主権主権在民は、日本人を守る為に外国人を助けない。
 現代日本の親中国派・媚中派は、中国に忖度し、中国の利益に配慮して、中国共産党のジェノサイドや人身売買・臓器売買などの非人道的犯罪からウイグル族チベット族モンゴル族などの少数民族、香港などの民主派、法輪功などの宗教団体を助けない。
 自民党某幹部A「僕は、(ウイグルの人道・人権・人命問題)こういうのはあまり興味ないんだよね」
 自民党某幹部B「公明党さんが賛同しないと僕はサインできない」
 公明党幹部「我が国が制裁措置を発動するとすれば、人権侵害を根拠を持って認定できるという基礎がなければ、いたずらに外交問題を招きかねない」
 公明党は、創価学会池田大作会長と中国共産党周恩来との強い絆から中国共産党の不利になるような事はできない。
 日本政府・外務省・国会は、アメリカやイギリスなどの諸外国とは違い、隣国・中国共産党のジェノサイドを公式に認めていない。
 情報があっても自分で直に見ない限り認めない。
 現代の日本人が口にする人命・人権・人道には大した意味はない。
   ・   ・   ・   
 2019年7月4日 msnニュース NEWSポストセブン「天皇皇后両陛下と謁見したい各国首脳続々、紛争回避の効果も
 © SHOGAKUKAN Inc. 提供 にこやかに微笑まれる両陛下(写真・JMPA)
 淡い若草色の生地に、白や橙、桃色の花が咲いた着物に身を包まれた雅子さま(55才)。5月のトランプ米大統領夫妻、6月のマクロン仏大統領夫妻を迎えられた時は、キャリアウーマンを彷彿とさせるスーツ姿だったので、7月1日、皇居・宮殿(東京・千代田区)にトルコのエルドアン大統領夫妻を迎えられた雅子さまの和装に、驚いた人も多いのではないだろうか。
エルドアン大統領はイスラム主義を大切にする立場です。エミネ夫人は、いつもイスラム伝統のヘッドスカーフを被っています。
 雅子さまも、日本の伝統的な装いである着物を着られていました。元外交官であり、中東情勢に明るいとされる雅子さまらしい、おもてなしの工夫だったようにも感じられました」(官邸関係者)
 5月、令和初の国賓としてトランプ夫妻を接遇された際、流暢な英語でコミュニケーションをとられた天皇皇后両陛下のお姿は記憶に新しい。海外メディアもこぞって、雅子さまが名門米ハーバード大学を優秀な成績で卒業され、外務省で活躍されたキャリアウーマンであったことを報じた。それからというもの、「天皇皇后両陛下に謁見したい」という各国首脳からの申し出が後を絶たないという。
 実際、6月27日にはマクロン大統領、7月1日にはエルドアン大統領、翌2日にはサウジアラビアムハンマド皇太子と会見し、来春には中国の習近平国家主席の接遇の調整が進んでいる。
 元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんは次のように言う。
「昨今のグローバル社会において、皇室の国際親善はますます重要度を増しています。象徴たるお立場の天皇陛下を中心とした皇室のご活動は、政治家とは違って“駆け引き”はありません。だからこそ、諸外国との関係が政治的に複雑化する国際社会の中にあっても、各国首脳と個人対個人の友人関係が築きやすいのです。各国首脳もそれがわかっているからこそ、両陛下との会見を望むのだと思います。そして、皇室がそうした国際親善を深めることで、日本国や日本国民の評価を高めることにも繋がります」
 ◆日本にとっても良い影響
 たとえば、今回のトルコも複雑な国際情勢の中にある。2017年、アメリ総領事館に勤務する職員を、政府転覆の疑いでトルコ側が逮捕したことなどで、アメリカとの関係が悪化。また、少数民族ウイグル族に対する人権侵害問題を巡って、中国との関係も穏やかではない。米中という二大国家との“衝突”が危惧されている。
「屈指の親日国として知られるトルコとしては、関係が悪化している米中と親密な日本に“緩衝材”になってもらいたいという希望があるのでしょう。とはいえ、安倍首相など有力政治家と関係を強化すれば、そこに政治的な思惑や駆け引きが発生しかねない。
 そこで、まずは日本の皇室との関係を深めることで、両国の距離を縮めたいという狙いがあるのではないでしょうか」(政治ジャーナリスト)
 今回の会見では、陛下が2009年、皇太子時代にトルコを訪問されたことにも話が及び、エルドアン大統領は「次はぜひ両陛下でトルコをご訪問いただきたい」と述べたという。
 国際情勢には対立や紛争の火種が多いが、日本の皇室の国際親善には、それを穏やかにしたり、防いだりする力があるということだ。
雅子さまが外交官ご出身であり、各国情勢に通じられていることは世界的に話題になっているので、各国の首脳たちだけでなく日本政府としても国際親善の場でのご活躍に大きな期待を寄せています。特に、トランプ夫妻の接遇が大成功して以来、各国からの多くの申し出を容認し始めているそうです。雅子さまの父・小和田恆(ひさし)さんが、オランダ・ハーグの国際司法裁判所の裁判所長を務めたことのある、世界的に著名な外交官だということも大きいでしょう」(前出・政治ジャーナリスト)
 雅子さまが国際的に活躍されることは、もちろん日本にとってもいい影響がある。
皇后陛下が外国の元首夫妻に対して堂々と対応されるお姿に、誇らしく思っている国民は多いでしょう。特に、令和の時代の働く日本人女性にとって、尊敬の対象であり、励まされるご存在になるのではないでしょうか。国際親善で本領を発揮され、自信を積み重ねることで、国内のご公務や宮中祭祀などにも繋がっていくと思います」(前出・山下さん)
 皇室の国際親善は、雅子さまによって、新しいステージに入っているようだ。
 ※女性セブン2019年7月18日号」
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 昭和天皇東条英機松岡洋右板垣征四郎松井石根A級戦犯靖国神社の祭神)は、反ユダヤ派の人種差別主義者ではなく人種・民族の多様性を守り実践しようとした親ユダヤ派であった。
 アメリカ・ソ連などの連合軍=国連軍には、是が非でも、A級戦犯達をリンチ的縛り首で処刑し、昭和天皇を戦争責任と戦争犯罪で縛りつける必要があった。
 ポーランドユダヤ人難民を助けた日本人の多くは、殺された。
 神戸、大坂、横浜、東京そして敦賀の市民達は、浮浪者のようになって辿り着いたポーランドユダヤ人難民達を無償で助けたが、市民の多くは無差別縦断爆撃で生きたまま焼き殺された。
 世界は、日本の人道貢献を認めなず、日本人を殺す事で答えた。
 それは、現代日本人でも同様である。
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 日本陸軍の主流派(多数派)は親ポーランド派・反ソ連派で、親ドイツ派・親ナチ派・ヒトラー信奉者派は非主流派(少数派)である。
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 反天皇反日的日本人、護憲派日本人、人権派日本人、良心的日本人、反戦平和市民団体などの日本人は、国際的反日派勢力と繋がっている。
 それは、左翼・左派・ネットサハも右翼・右派・ネットウヨクも同様で、ある意味、同じ穴の狢である。
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 現代の日本史は、神話の物語の抹消であると同時に日本皇室史と日本民族史の否定である。
 日本の歴史は、敗戦後の占領期におけるキリスト教価値観の原罪史観と共産主義価値観の階級闘争史観などによる東京裁判史観、昭和55年以降の日本人極悪非道の凶悪犯史観による自虐史観で、悍ましい姿に変えられた。
 つまり、神話史観、皇国史観愛国心教育は、軍国主義民族主義の元凶として完全否定され、教育はおろか生活からも追放された。
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 日本民族日本人は、祖先崇拝の観念が強く、命を捨てても、祖先が信じものを信じ、祖先が守ったものを守り、祖先が残したものを子孫に伝えた。
 祖先あっての自分、それが家・家族・家庭を大事にする日本の世襲制である。
 日本民族日本人は、普遍宗教の、全知全能の絶対神が土塊やゴミを集めて自分に似せて人を創ったとか、人は生まれながらにして原罪を背負った罪人であるとか、が理解できなかった。
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 日本には奴隷制度はなかったが、日本民族日本人は奴隷として海外に売られていた。
 日本人を奴隷として売ったのは、同じ日本人である。
 奴隷を集めた方法は、足軽・雑兵による乱取りであった。
 武士は、何をしでかすか分からない百姓の足軽・雑兵を怖れ、庶民(百姓や町人)を信用していなかった。
 庶民は、合戦があると、山の上など見晴らしの大場に陣取り酒を飲み弁当を食べて観戦し、戦いが終われば戦場に降りて金目の物を死体から奪っていた。
 百姓は、落ち武者狩りを行っていた。
 日本には、戦争捕虜、敵軍兵士捕虜などいなかった。
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 西洋キリスト教文明から見れば、日本のキリスト教国化と日本人のキリスト教徒化は善意であり、その善意を踏みにじった日本と日本人は滅ぼすべき邪悪・悪魔であった。
 中世キリスト教会と白人キリスト教徒商人は、非白人異教徒の日本人をアフリカ人同様に奴隷として売って金を稼いでいた。
 バチカンは、キリスト教徒日本人を奴隷にする事を禁じたが、異教徒日本人を奴隷にする事は黙認した。
 敬虔な宣教師らは、奴隷として売られる哀れな日本人を救う為に洗礼を与えて改宗させ、日本をキリスト教国にする為に布教活動を行った。
 キリスト教会は、宗教弾圧で処刑されたキリシタン福者と讃え、キリスト教禁教やキリシタンを弾圧した日本と日本人、そして異教徒の祭祀王である天皇を非難している。
 キリスト教の「隣人愛」とは、キリシタン同士であってキリシタンでない者は排除されていた。
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 キリスト教朝鮮人テロリストと日本人共産主義者テロリストは、昭和天皇と皇族を殺すべくつけ狙っていた。
 昭和天皇は、歴代天皇の中で日本人や外国人から幾度も命を狙われていた。
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 なぜ、日本軍は「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず」を『戦陣訓』として兵士に強制したのか、それは日清戦争日中戦争での中国人兵士の捕虜に対する猟奇的虐殺、と、日本の合戦史における百姓による「落ち武者狩り」と足軽・雑兵による「乱取り」である。
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 日本を軍事占領したアメリカ、GHQは、占領政策を滞りなく進める為に昭和天皇天皇制度を残して利用したが、将来的に天皇制度を廃絶し、天皇家・皇室を消滅させる為の方策を幾つも日本に仕掛けた。
 それが、日本国憲法と改正皇室典範であり、直宮以外の11宮家の皇籍剥奪、皇室財産の没収などであり、反天皇反日的日本人の育成である。
 これらの陰に、ソ連コミンテルン中国共産党・日本人共産主義者などの共産主義勢力がいた。
 国連=戦勝国は、反天皇反日として敵国条項を採択した。
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 反天皇反日的日本人は、天皇制度打倒、天皇追放、皇室廃絶の為に、歴代天皇が行った人道貢献を無意味・無価値として否定し捨てた。
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 昭和天皇は、明治天皇と同様に、平和を望み、戦争を回避する為に外交的解決を求めていた。
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 天皇には、万世一系の男系の皇族が、男性・女性に関係なく即位した。
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 天皇の正統性は、政府や議会が民主主義的手法で議論して決定した憲法でもなく法律でもない。
 日本神道・日本儒教・日本仏教によって、天皇の正統は守られている。
 天皇の神聖な菊の権威とは、俗世俗欲に塗れた陰険な政治権力や悍ましい宗教権威ではない。 
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 天皇家・皇室の血筋・血統は、日本の最高神である女性神天照大神の直系子孫である。
 天皇制度の皇統は、初代神武天皇の直系子孫である。
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 天皇の正統性とは、初代神武天皇からの即位番号の皇統ではなく、日本における最高神である女性神天照大神からの血筋・血統である。
 それ故に、天皇とは、特殊な血筋・血統による特別な家系のみが独占する。
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 皇統や血統・血筋の正統性は、日本民族が2000年以上にわたって日本民族によって信じ、守り、受け継いできた、伝統的な皇室神話・民族中心神話・天孫降臨神話によって証明されている。
 それは、伝統であり、文化・芸能であり、宗教であり、風習・習慣であり、日本国語であった。
 日本の民族主義を否定する事とは、民族所縁の全てを破壊し、日本民族を消滅・根絶やしにする事である。
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 日本民族日本人は、神の子孫ではなく、神によって創られた人間ではなく、神に愛された民族ではなく、自分の祖先を神として祀り崇める民族である。
 日本民族日本人にとって大事なのは、神でもなく、自分でもなく、祖先であり、家族であった。
 祖先あっての自分であって、自分あっての祖先ではない。
 其処に、先祖代々の意味がある。
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 日本の建国精神は、人為的作為的な近代的憲法や法律ではなく、縄文時代からの自然発生的な神話である。
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 弥生の大乱を終わらせ争いのない平和な世を築く為に、諸王・諸豪族達は話し合いでヤマト王権を作り、まとめ役としてヤマト大王・日本天皇を置いた。
 大王・天皇を巡った権力闘争を起こさない為に、正統性の為に神話を創り、神話に連なる特殊な血筋・血統の家系に大王・天皇を委託し、血の正統性を持たない他家はその位を望まない事をお互いに誓い合った。
 ヤマト大王・日本天皇とは、争いを起こさない為、争いがあっても早期に終結させる為、争いによる犠牲者をできるだけ少なくする為、その為に創られた存在である。
 ヤマト大王・日本天皇の存在ゆえに、日本では中国や朝鮮の様な悍ましい虐殺は起きなかった。
 それができるのは、万世一系男系天皇のみで女系天皇・女系宮家では不可能である。
 争いを治めたいと願った昔の日本人は、女系天皇・女系宮家は争いの元になるとして認めなかったが、男系の女性天皇は認めた。
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 天皇に求められた資質は、カリスマであってリーダーシップではなかった。
 誰も、天皇に政治・軍事・宗教など多方面での強力なリーダーシップを求めてはいなかったし、むしろない方が好ましいと信じていた。
 それ故に、天皇家・皇族・皇室は政治・軍事・宗教などの表舞台から排除されていた。
 天皇は、無私無欲で、他利他愛である事が求められた。
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 日本民族日本人は、自分たちが欲得・金銭欲で動きやすい事を知っていた為に、政治・外交・司法から宗教に至るまでを自分が動かしても、その根本の大権は天皇に預けていた。
 それ故に、天皇に軍事の統帥権も預けていた。
 そして、全ての大権を持つ天皇は神聖不可侵で守られていた。
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 最終決定権者の天皇とは、最終判断を委ねるという「下駄を預かる」的な下駄であり、虐殺者・独裁者・暴君を出さない為の「出る杭は叩かれる」的な蓋(ふた)である。
 神社の、ご朱印、お守り、護符、おみくじ、破魔矢、縁起物などである。
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 日本天皇は、血筋・血統から女性神天照大神の子孫であっても、生き神様でもなく、現人神でもない。
 日本天皇は、神の末裔である事を認めたが、自分は神であると宣言した事はない。
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 祖先神・氏神の人神崇拝とは、遺伝子・DNA、命・魂・霊魂、血・身体、心・精神、志・気概を祖先から受け継ぎ子孫に伝える事である。
 日本における永遠の命とは、自分だけの命ではなく、家族における命である。
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 日本人には、死後、自分だけが天国・神の王国で永遠の命を与えられて永遠に生きると言う事が理解できなかった。
 「自分だけが救われも祖先は救われない」という教えは、信じられないし、忌避すべき邪教であった。
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 天皇が定める元号とは、国内外に対する独立宣言、建国精神、国家方針である。
 一世一元制における元号とは、崩御された天皇の諡(おくりな)・諱(いみな)・諡号(しごう)である。
 睦仁(むつひと)天皇明治天皇
 嘉仁(よしひと)天皇大正天皇
 裕仁(ひろひと)天皇昭和天皇
 元号を否定するという事は、崩御された天皇に死後贈られる諡・諱・諡号を廃止する事である。
 つまり、天皇の尊号ではなく、即位する前の親王名で葬り、歴史書天皇の尊号を記載しないと言う事である。
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💖24)─4・C─日本陸軍主導、東南アジア占領地でユダヤ人保護。英傍受公電で裏付け。〜No.102 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 アメリカやイギリスなどの連合国は、軍国日本が戦時中でもユダヤ人を保護している事を知っていて、ユダヤ人を助けた陸軍軍人の多くを東京裁判などの軍事法廷A級戦犯として処刑した。
   ・   ・   ・   
 ユダヤ人を助けたのは、陸軍、憲兵隊、特高であった。
 軍旗「旭日旗」は、希望の旗であり、命の旗であった。
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 日本軍は、戦場で人を殺す戦争犯罪をおこなったが、戦場で人を助ける人道貢献と平和貢献をおこなっていた。
 日本軍人は、悪い事をしたが同時にいい事もした。  
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 現代の日本人は、処刑されても人道貢献や平和貢献をした昔の日本人ではない、その証拠が安全圏にいてリスクを嫌ってウイグル人チベット人・モンゴル人・少数民族をジェノサイドから救おうとしない。
 しょせん、リベラル左派(マルクス主義者)や媚中派が声高に叫ぶ人権・人道・人命は見せ掛けのウソである。
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 同じヨーロッパ・ユダヤ人といっても、ポーランドユダヤ人とドイツ・ユダヤ人は違うし、アメリカ・ユダヤ人とも違う。
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 2021年1月9日 日本経済新聞「旧陸軍幹部の功績に光 ユダヤ人受け入れを指揮
 北海道に記念館オープン
 第2次世界大戦直前、ナチス・ドイツの迫害からユダヤ人を救った陸軍中将、樋口季一郎(1888~1970年)の功績を伝える記念館が北海道石狩市に開館した。「命のビザ」で有名な外交官、杉原千畝になぞらえ「もう一人の杉原」と呼ばれる。軍人であるため長年功績が語られなかった。
 「信念を貫き、自分が正しいと思うことをした」。地図や写真を交え、樋口の生涯を紹介するパネルが18枚並ぶ館内。江崎幹夫館長は「頭が柔...
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 2023年1月29日17:42 産経新聞「「陸軍主導で4万のユダヤ人保護 人権を優先、影響力も配慮
 岡部 伸
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 外務省から1942年3月31日 北部仏印ハノイの日本大使あてに、独伊の排ユダヤ政策と一線を画し、ユダヤ人に寛容な保護の継続を指示する政策を伝える日本の外交電報を英国が傍受、解読、英訳した最高機密公文書(英国立公文書館所蔵、岡部伸撮影)
 日本が統治した東南アジアなどで、1941年12月の対米英開戦後も独伊の排ユダヤ政策と一線を画し、ユダヤ人を諸外国人と同等に扱う寛容な保護政策が継続されていた。ユダヤ人の保護を指示する日本外務省からの公電が英国立公文書館で確認された。背景には、人種平等精神に基づく人権政策や欧米の政治経済に対するユダヤ人の影響力への配慮があった。
 日本、東南アジア占領地でユダヤ人保護 英傍受公電で裏付け
 日本人として最初にユダヤ人を救ったのは満州国ハルビン特務機関長を務めていた樋口季一郎陸軍中将だ。37年12月、ハルビンで開催を許可した極東ユダヤ人大会でユダヤ人の平等を保障し、パレスチナでのユダヤ人国家建設も認めた。さらに38年3月、満州との国境にあるソ連・オトポールで立ち往生していたユダヤ人難民を救出する英断を下した。
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 1月29日17:38 YAHOO!JAPANニュース 産経新聞「日本、東南アジア占領地でユダヤ人保護 英傍受公電で裏付け
 1942年3月31日 外務省からハノイの日本大使に送られた、ユダヤ人に対する寛容な保護の継続を指示する最高機密の公電の英訳。英国が傍受、解読した(英国立公文書館所蔵、岡部伸撮影)
 日本は第二次大戦中、枢軸同盟を結んだナチス・ドイツから再三、ユダヤ人迫害の要求を受けたが、英国立公文書館が所蔵する日本外務省から東南アジアの大使に宛てた公電で、占領地に逃れてきたユダヤ人の保護を指示していたことが確認された。専門家は、世界で反ユダヤ主義が広がる中で日本は難民を保護し、計約4万人のユダヤ人が生き延びたと指摘している。
 ドイツのヒトラーは政権を掌握した1933年にユダヤ人弾圧を開始。満州や中国に迫害を逃れる難民が押し寄せ、近衛文麿内閣の「五相会議」は38年12月、人種平等の原則によりユダヤ人を排斥せず、諸外国人と同等に公正に扱う「猶太(ユダヤ)人対策要綱」を作成。世界で唯一、ユダヤ人保護を国策として宣言した。
 しかし、同要綱は41年12月、日本の対米英開戦で無効となり、42年3月、代わって「時局ニ伴フ猶太人対策」ができた。特殊な事情がない限り、日本の占領地へのユダヤ人の「渡来」を禁止する内容だった。
 確認されたのは同月29日にタイの首都バンコクの日本大使、31日に北部仏印ハノイの日本大使にそれぞれ宛てた公電。外務省が「対策」を占領地の在外公館に伝えたのを傍受したもので、英暗号解読拠点「ブレッチリー・パーク」が解読。最高機密文書として英訳され、英国立公文書館が「日本のユダヤ人政策」として保管していた。
 ハノイ宛ての公電は「ドイツが海外在住ユダヤ人からドイツ国籍を剥奪したが、日本が特に(ドイツとの)関係を考慮する必要はない」とし、慎重に対応すべきとの認識を表明。「ユダヤ人を追放することは国是たる八紘一宇の精神に反するばかりか米英の逆宣伝に使われる恐れもある」とし、独伊の排ユダヤ政策と一線を画す考えを示した。
 その上で「ユダヤ人は外国籍保有者と同様に扱い、ドイツ国籍を持つユダヤ人は(ロシア革命で逃れた)白系ロシア人と同様に無国籍者として取り扱う」とし、ユダヤ人に寛容な保護の継続を指示していた。
 「猶太人対策要綱」が対米英戦勃発で廃止されたことで「外資導入と米英との関係維持を狙ったものであることが明らかになった」(丸山直起著『太平洋戦争と上海のユダヤ難民』)として日本がユダヤ人に好意的な政策を転換させたとの解釈が広がり、「日本はナチスに追随し、ユダヤ人迫害を開始した」(イスラエル・ハイファ大学のロテム・コーネル教授)など極端な主張が広がっている。(岡部伸)
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 『日章旗のもとでユダヤ人はいかに生き延びたか』(勉誠出版)の著者で日本のユダヤ政策に詳しいイスラエルヘブライ大学名誉教授、メロン・メッツィーニ氏は、英国立公文書館が所蔵する日本外務省が東南アジアの大使に宛てた公電について次のように語った。
 1940年、日本は、ナチス・ドイツと枢軸国同盟を結んだが、ユダヤ人に対しては、ホロコーストユダヤ人大量虐殺)で600万人近いユダヤ人を強制収容所で死亡させたドイツと全く別の政策を取った。
 日本国内、満州中国東北部)、上海や日本が統治した東南アジアやオセアニアなどの地域で合計約4万人のユダヤ人が迫害されず、生き延びた事実は、日本国内、海外でほとんど知られていない。
 この公文書は、日本が38年に始めたユダヤ人の命を救う上で極めて有益だった保護政策が米英開戦後も継続されたことを裏付ける貴重な史料だ。2つのユダヤ人政策に大きな差はない。占領地のユダヤ人の多くが英米蘭の敵国人であり、財産や資産を失ったものの、待遇はおおむね国際基準に沿い、日本政府、日本人の態度は公平で人道的だった。この事実は重要で、過小評価されるべきではない。
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 2022年3月1日 一筆多論「4万のユダヤ人救った日本 岡部伸
 第五方面軍司令官として北海道防衛の策を練る樋口季一郎(孫の隆一氏提供)
 「(先の)大戦中に日本が4万人以上のユダヤ人を救った」。イスラエルヘブライ大学の日本近代史研究者、メロン・メッツィーニ名誉教授は『日章旗のもとでユダヤ人はいかに生き延びたか』(勉誠出版)でこう主張し、「多くのユダヤ人を助けてくれた日本に対してユダヤ人が恩義に感じている」と述べている。
 日本はナチス・ドイツ、イタリアと三国枢軸同盟を組んでいたが、ドイツによるユダヤ人を根絶せよとの再三の要求を拒絶し、1931年から45年まで日本が統治していた地域に逃れてきたユダヤ人を保護した。
 満州国ハルビン特務機関長だった樋口季一郎中将の英断で旧ソ連と旧満州国境オトポールで立ち往生していたユダヤ人を救った。リトアニアカウナスでは杉原千畝領事代理がユダヤ人難民に「命のビザ」を発給した。メッツィーニ氏は満州、上海を拠点とした東アジアで、「約2万人が助け出された」と記す。
 戦時下で日本が統治した東南アジア、オセアニアにも2万人のユダヤ人が住んでいた。度重なるナチスの干渉にもかかわらず、大半の人が生き延び、東アジアと合わせると、「4万人のユダヤ人が日本に救われた」と強調する。
 日本人として最初にユダヤ人を救ったのは樋口中将だ。37年12月、満州ハルビンで開催を許可した極東ユダヤ人大会で、ユダヤ人の平等を保障し、パレスチナでのユダヤ人国家建設も認めた。
 メッツィーニ氏は「これらのことが終戦に至るまでの間、満州および中国北部におけるユダヤ人の独立性を保障した」と評す。
 また、「この大会のおかげで、立ち往生していた数千人のユダヤ人が満州国への入国許可をもらえた」とし、オトポールで慎重な姿勢を取っていた外務省と違い、「ドイツの反ユダヤ主義に盲従しない」ことを旨とし、是々非々の判断で現実的な解決を求めた日本陸軍の功績を評価した。
 樋口中将の「困っている人を助けるのは当然」という「日本精神」による「個人的な判断」から決断したユダヤ人難民の救済は、近衛文麿首相ら五相会議が制定した「ユダヤ人対策要綱」につながった。
 極東ユダヤ人大会の翌38年12月のことだ。要綱は国策としてユダヤ人差別をしないことを決めた。メッツィーニ氏は「この決定こそが、何千人ものユダヤ人の命を救う上で極めて有益だった」と賛辞を贈る。
 実際、39年に第二次世界大戦が勃発したが、ベルリン、プラハ、ウィーンの日本領事館は日本への通過ビザを発給し続け、「多くのユダヤ人がナチス迫害から救われた」のである。
 米英加豪をはじめ、パレスチナにまで反ユダヤ主義が広がり、世界がユダヤ人に扉を閉ざす中で、日本だけが難民を受け入れたことは銘記したい。そもそも日本は19年の第一次大戦後のパリ講和会議で世界で最初に人種差別撤廃を提案した「人権先進国」でもある。
 メッツィーニ氏は「迫害されたユダヤ人に対する日本政府および、多くの日本人の態度は、公平で人道的であった。当時この事実は極めて重要であった。それが今日でも、ユダヤの人々が簡単に忘れることができぬことなのだ」と語る。
 「日本精神」で4万人を救った日本をユダヤ人が感謝してくれていることを誇りに思う。(論説委員)」
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 戦前の日本人は、親ユダヤ派としてポーランドユダヤ人を助けていた。
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 昭和天皇は、親ユダヤ派、差別反対主義者、避戦平和主義者、原爆は非人道的大量虐殺兵器であるとして開発中止を厳命した反核兵器派、難民・被災者・弱者などを助ける人道貢献を求め続け、戦争には最後まで不同意を表明し、戦争が始まれば早期に講和して停戦する事を望むなど、人道貢献や平和貢献に努めた、勇気ある偉大な政治的国家元首・軍事的大元帥・宗教的祭祀王であって戦争犯罪者ではない。
 同時に、日本の歴史上最も命を狙われた天皇である。
 昭和天皇や皇族を惨殺しようとしたのは日本人共産主義者テロリストとキリスト教朝鮮人テロリストであった。
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 靖国神社の心・志・精神とは、人道貢献と平和貢献の事である。
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 歴史的人道貢献とは。昭和天皇A級戦犯である東条英機松岡洋右松井石根らは、ソ連ポーランド侵略から逃げてきた数万人のポーランドユダヤ人を保護し、ナチス・ドイツゲシュタポと日本人の反ユダヤ派、親ドイツ派の上海ホロコーストを阻止しユダヤ人難民数万人を敗戦後まで守り続けた。
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 昭和天皇の平和貢献とは、戦争には不同意であったが政府と軍部が決定すれば裁可するが、戦争が始まれば早期に講和を行って戦争を止める事を求め続けた。
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 日本国内には、天皇制度を廃絶しようとしている反天皇反民族反日的日本人達が超エリート層の高学歴の知的エリートや進歩的インテリに数多く存在している。
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 現代の日本人、政治家・官僚・学者そしてメディア関係者も誰も重大問題とはせず、沈黙、つまりは黙認している。
 現代の学校歴史教育では、昭和天皇が行った数々の歴史的偉大な功績は否定され抹消されている。
 つまり、生徒・学生で昭和天皇は嫌いが大多数で、昭和天皇が好きだという子供は異常・おかしいとされている。
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 昔の日本人は、戦場で人殺しの戦争犯罪を行ったが、同時に戦場で人助けの人道貢献や平和貢献を行った。
 現代の日本人は、戦争犯罪を行わないが、人道貢献や平和貢献も行わない。
 事実、中国共産党ウイグル内モンゴルチベットで行っている人道に対する犯罪であるジェノサイドから目を逸らしている。
 興味も関心もないと公言する親中国派・媚中派の政治家や官僚が存在する。
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 杉原千畝が助けたポーランドユダヤ人難民とは、ドイツ軍占領下の西ポーランドではなく、ソ連軍占領下の東ポーランドから逃げてきたポーランドユダヤ人であった。
 イギリスのポーランド亡命政府とポーランド軍の密命を帯びたポーランド軍スパイは、陸軍の密命を受けて情報収集活動を行っていた杉原千畝に協力していた。
 ポーランド亡命政府とポーランド軍は、ドイツ軍と戦っていたが、同時に連合国の一員であるソ連共産主義勢力をも憎んでいた。
 ポーランド軍は、親日派として日本陸軍と繋がっていた。
 日本陸軍の主流派は、親ポーランド派であって親ドイツ派ではなく、親ユダヤ派であって反ユダヤ派ではなかった。
   ・   ・   ・   
 ロシア・ソ連と国境を接する北欧のフィンランドイスラム教国のトルコやイランは親日派であった。
 特に、イスラム教徒は、反宗教無神論共産主義を激しく憎み、日本陸軍に協力してトルコ・中央アジア満州までの長大なソ連封じ込めのユーラシア防共廻廊(宗教防壁の長城)を作ろうとしていた。
   ・   ・   ・   

 

🌈4)─2─日本は北京や上海とは違う「南中国(少数民族)」の言葉と文化に似ている。〜No.7 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
2018-01-20
🌈3)─1─日本文明は支那文明(中華文明)に対する対抗文明(批評文明)である。~No.4No.5・ 
2019-05-12
🌈4)─1─日本民族は日本文明を創り、日本人は日本文化を創った。日本文明の源流は長江文明。〜No.6No.7・ 
2022-06-21
🌈5)─1─文明は中国北部・朝鮮半島からに日本に渡来した説は根拠のない創作。〜No.8No.9 
   ・   ・   ・   
 2023年1月28日7:03 YAHOO!JAPANニュース 現代ビジネス「じつは日本にめちゃくちゃよく似ていた…! 「北京」や「上海」とは違う「南中国」の言葉と文化
 日本人には「中国」と言えば中国東北部(旧満洲) や北京、上海などの寒い地域のイメージが強いかもしれない。しかし実は温暖な「華南」(南中国)のほうが意外なまでに日本に近い文化や言語を持っているという。香港や台湾などを含めた南から眺めると、北京や上海を中心とした中国とは違った姿が見えてくる。『越境の中国史 南からみた衝突と融合の三〇〇年』(講談社選書メチエ)を著した、中国近代史を専門とする菊池秀明・国際基督教大学教授に訊いた。
 【マンガ】外国人ドライバーが岡山県の道路で「日本やばい」と驚愕したワケ
 日本と南中国には「古い中国」が生き続けている
 ――日本人にとって「南から見た中国」を知る意味やおもしろさには、どんなことがあるでしょうか。
 菊池 実は南中国は日本と近い言葉や文化を持っています。たとえば広東語や客家語の発音は、北京語、普通話(標準語)よりもはるかに日本語に近い。客家語で私の名前は「キッチー」と読みますが、こんな日本語に近い漢字の読み方をする方言はほかにありません。あるいは香港で使われている広東語では「世界」が「セイガイ」、「街道」は「ガイドウ」と聞こえます。北京語ではそれぞれ「シージエ」「ジエダオ」と全く違う発音になります。文字もそうで、「飲」や「食」という漢字は現代中国語では死語ですが、広東語では「飲茶(ヤムチャ)」という習慣があるように日本同様に今も使われています。
 どうしてこういうことが起こるのか。漢字が日本に伝わってきたのは遣唐使以前、古代中国からですよね。日本はずっとそれを使っている。ところが中国ではモンゴルなど北方民族の影響を受けて劇的に言語や文化が変化し、漢字の読みも変わっていきました。そんななかで、戦乱や人口爆発によって北から南へ移り住んでいった人たちは、日本同様に古代中国の言語や文化を保持し続けている部分がある。つまり日本や南中国のような周縁にこそ、かつての中国が残っている。だからお互いに似ているわけです。
 台湾の人をはじめ、いま南にいる人たちは「北から逃げてきた自分たちの文化こそが本来の中国なのだ」というプライドを持っていることが多いんですね。
 私が調査でよく訪れた広西(こうせい)には人口約1500万人のチワンというタイ系の民族がいます。彼らはいまのタイ人と祖先が同じで、タイ人がモンゴル帝国に追われて東南アジアへ逃れたとき、中国に残った人々だと言われます。だから彼らがバンコクでゆっくり話すと言葉が通じるそうです。また別のタイ系民族であるミャオ族は、もともと中国の長江流域に住んでいましたが、漢人によって南の貴州(きしゅう)に追いやられた歴史があります。
 たいへん興味深いことに、中国から伝えられた日本の稲作文化は実は彼らが源流だという説があります。というのも、稲作だけでなく日本と決定的に似ているところがあるんですね。中国では戦乱が多かったこともあり、漢人は堅牢なレンガで住宅を作ることが普通です。万里の長城を作った人たちですから、「木の家なんて危なくて住めない」と考えるわけですね。しかしタイ系民族の人々は通気性の良い木造住宅に住んでいる。それからお茶っ葉を使って「緑茶」を飲むのも同じです。このように日本人と中国の西南の少数民族、南中国の文化は実は近いんですね。
 ――なるほど。柳田國男が『蝸牛考』で言っている「方言周圏論」――「文化の中心部は次々新しいものが入ってきて変わっていく一方、文化が伝播していった先では遠いところほど古い言い方が残る」という話といっしょですね。
 菊池 そうですね。日本でも古い京都の文化の痕跡が東北の日本海側までに点々と残っていたりするのと同じです
 ――そう考えると、ビジネスでも日本人が「中国進出」と言うと上海や北京をまず対象にしますが、むしろ南の方が文化的、感覚的に近く、受け入れてもらいやすいかもしれないですね。
 菊池 中国はトップダウンの社会で、経済の中心は上海、政治の中心は北京、日本と関わりが深かったのは満州ですから、東北部の方がイメージしやすい。でも、中国の北は基本的に麺や餃子を食べる小麦の文化ですが、今言ったように南はお米文化であるなど、実は近くて入りやすいのは長江以南だと思います。
 また、香港だけでなく、東南アジアの華人世界でも広東語が使われていますが、彼らは「自分たちだけがこの言語、文化を持っている」と思っていますから、簡単な言葉でも広東語を少し使うだけでものすごくガードが緩みます。香港やシンガポールでビジネスする際には華人相手でも英語で話すかもしれませんが、覚えておいて損はありません。
 多民族社会の抱擁力
 ――戦前の日本と東アジアとの関わりでは、韓国併合と比べて「台湾統治は良かった」的なことがしばしば語られますが、菊池先生の本を読むと、原住民の高砂族を博覧会に生態展示したり、『武士道』で知られる新渡戸稲造が日本の植民政策を『桃太郎』にたとえて「文明の伝達者」たる日本=桃太郎が、総督府の強制栽培政策に従おうとしない鬼=台湾の農民や原住民を淘汰する、といった植民地主義丸出しの講演をしていたりと、ロクなもんじゃないなと感じました。日本人がその過去を忘れてはいけないですね。
 菊池 当時の日本は食い詰めてハワイやブラジルに移民を送り出していた国ですから、良くも悪くも「いいことをしてあげる」ような余裕はなかったと思います。「常夏の島で豊かだ」と喧伝され、台湾だけでなく東南アジアにも多くの人が出稼ぎに行きましたが、結構強引なことをして現地の人たちに呆れられています。
 ただ台湾をはじめ南中国が日本と違うのは、もともと多民族であり、すぐ隣に異質な他者がいてもオッケーなことです。漢族もいれば原住民もいる、同じ漢人でも言葉が違ったりする。意思疎通ができなくても当たり前だ、なんとかなるという抱擁力がある。いま日本人が行っても、とてもフレンドリーですよね。台湾ではインドネシアやフィリピンから来た中国語のわからない人たちを平気で家庭のお手伝いさんとして雇っています。香港人はフィリピンから英語が使える人たちを雇っていますが、台湾人は言葉が通じなくても「問題ない」と言う(笑)。そのくらい異質な他者への拒絶反応や警戒心が薄い。
 おそらくかつて日本人が台湾に入植したときもそうだったのだろうと思います。そう考えると、日本人が統治時代に特別いいことをしたというより、もともと自分たちと異なる相手がいても普通である社会だから、日本人や日本の文化もおおらかに受け入れ、また、今も好意的にしてくれるということなんだろうと。もちろん、何かを押しつけられることは嫌がりますが、異質な存在でも積極的に手を差し伸べてくれる。それがアジアの多民族社会の魅力だと思います。
 ――最近「多様性」と言われますが、日本人にとっては欧米よりも身近で具体的な、ある種のお手本かもしれないですね。
 菊池 「ダイバーシティ」という言葉は、近代ヨーロッパの「一民族一国家」という枠組みを前提にしているところがあって、イスラム教徒などのマイノリティーをどこまで包摂し、尊重できるかという考え方ですよね。日本人もそういう発想に馴染んでいる。でも南中国では多様なものがいくらでもあって、そこでは「その先」が問題になっている。たとえばそういう環境下でお互いにどこまで影響を受け合うのか、といったことです。その中で越境や衝突、融合が日々実践されているのが多様性の現場です。
 ――中国共産党が言う「中華民族の偉大な復興」的な中国観とは全然違う人々の姿があると。
 菊池 日本のニュースで語られる中国は、中央の政治の話です。「上に政策あれば、下に対策あり」と言われるように、それと庶民の姿は違います。いまコロナ禍もあって日中間の民間交流が途絶えてしまっていますが、台湾のように大陸から一歩離れたところ、あるいは香港のように本来別のものが容認されていた社会に赴いて初めて、政治ニュースで語られる中国とは違う姿が見えてきます。
 日本では香港や台湾の対中国の姿勢は、民主化をスローガンにした運動であるといった政治的な文脈で受け取られています。でも実はそれだけではなく、中央の文化に対する対抗文化の表出という面もあります。たとえば香港デモでは「香港に栄光あれ」(願榮光歸香港)という歌が作られ、そのミュージックビデオが拡散されましたが、それを観ると参加者が着ているTシャツには広東語で卑猥な言葉が書かれていたりする(笑)。
 広東語はもともとスラングですが、香港人はそこに北京の上品で政治的な文化に対する、少しお下劣だけど庶民的な生活感覚と結びついた意味を見いだしている。実は香港は英国から返還される以前には、こうした文化的な対抗意識は希薄でした。英国統治時代は、あれはあれで押さえつけられていたのであって、返還後に広東語特有の漢字が街の看板や広告に溢れるようになったんです。返還されて「中国化」が進行するのかと思ったら、中央からの力にも抗うようにして、現地の人々が本来持っていた文化が表出してきた。そしてそれが文化に留まらず「自分たちのことは自分で決めたい」という動きに広がり、デモにまでつながった。
 現在の中国とその周辺を巡る軋轢は、いま「標準語」「正統な文化」を謳う中国政府が、ローカルで生命力をもった南中国の人々の文化を圧殺しようとしている状況とも言えます。今日は「日本語と客家語の発音が似ている」とか「広東語を使うとガードが緩む」といった言葉の話から始めましたが、人々が使う言葉に込めている意味、孕む文脈は大きいです。そこから南中国を眺めてみるのもいいかもしれません。
 飯田 一史(ライター)
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