🕯155)156)─1─日本人の死体観は中華や西洋とは違う。〜No.327No.328No.329No.330 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 気の弱い日本民族日本人は、死体を見る事を生理的に嫌う。
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 大陸世界では、人を殺す処刑は娯楽であり、公開処刑には大勢の見物人が集まり、処刑場の周囲に多くの露店が建ち並びさながら賑やかな市場のようであった。
 中華世界では、処刑は全て公開処刑で、処刑方法は時間を掛けてゆっくりいたぶるように猟奇的な陰惨な方法で実行される。
 西洋の中世キリスト世界では、異端審問や魔女狩りなどの宗教裁判が行われ、異端者・魔女とされた人間は「神の御名」により公開処刑として生きたまま焼き殺された。
 フランス革命では、元国王ルイ16世・元国王妃マリー・アントワネット国民公会により大勢の国民が見物する中で、ギロチン刑によって首を切断された。
 イスラム教世界では、不倫をした人間は公開処刑として、集まった群衆の石礫で殺された。
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 2019年6月21日号 週刊朝日「週刊図書館 
 『死体は誰のものか 比較文化史の視点から』 上田信 ちくま新書
 日本の死体観を相対化
 〝地球の中心〟は一つではない
 『居眠りしている学生にボーンと放り投げるんです』
 上田さんが勤める大学の研究室に、地球がプリントされた大きなビーチボールが置かれている。これを講義で投げて、『地球の中心はどこか?』と学生たちに聞くと、『ええっー』と盛り上がるそうだ。
 専門は明清時代の中国史
 『死体』に興味をもつようになったのは35年ほど前。南京大学に留学中、公道で死体を幾度か目にした体験がきっかけだ。
 『死亡事故があると、日本ではすぐにブルーシートで覆いますが、中国では交通事故防止用の写真に壊れた車だけでなく死体も写っています』
 徹底して死体を隠そうとする日本の過剰さはどこから来たのか。本書ではホラー映画のキョンシーから、鳥に遺体を食べさせるチベットの『天葬』、キリスト教の遺体に対する観念などをたどり、タイトルにもなった疑問へと読者をいざなっている。
 第一章『武器としての死体──中国』では、2008年6月に中国で起きた事件を紹介される。公安当局が女子中学生の水死体を『自殺』として扱ったところ、遺族が埋葬を拒否。溺死とした検視にも納得せず、遺体を冷凍棺に納めて事件現場に安置し、再検視を求めて抗議したため、大騒動に発展したという。奇異に思えるが、歴史をたどると、中国では死体を権力者への抗議に用いたり、恐喝やゆすりのために使ってきた事実が窺い知れる。
 日本ではどうか。第五章では、古典落語の『らくだ』(長屋の住人らくだが突然死したところ、訪れてきた兄貴分が遺体を踊らせ、大家に弔いの酒や料理をださせる話)が紹介される。
 同章後半の現代日本の法制度について考察した部分も興味深い。遺体は『物』か否か。相続に関する解釈は民法学者の間でも確定していない。『臓器移植』では故人がドナー表明をしていても、遺族が反対すれば行えないのが現状だ。葬儀は不要と遺言しても、『そうもいかない』とされて営まれることも多い。
 『日本では、遺族の判断が最優先されます。本書を書いているうちにわかってきましたが、日本人には呪術的な恐怖感に対してあり、弔いはそれを浄化するためのものなんですね』
 『らくだ』の話に戻ると、親族でもない男が弔いを買って出たことで揉め事が起きるが、俯瞰すると、『共同体の一員』として至極まっとうな行いをしているように思えてくる。
 『酒と料理を出せと談判するけれど、それ以上は要求しない。行為そのものは世間への責任を果たそうという意識に則っています』
 このように説明されると認識が反転してしまう。冒頭のボールの質問も、『自分がいる場所ですか』と正解を聞くと、『そこも地球の真ん中』という。『も』ということは、中心は一つではないということなのだ。
 『だから相互理解を深めるには、それぞれが〝地球の中心〟だと考えているところからスタートしないといけません』
 朝山実」
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 中華世界・中華文明圏では、政敵の墓を暴き、死者の尊厳を踏みにじり、魂・霊魂を冒瀆し、死体を墓穴から引きずり出して毀損し打ち捨て、埋葬品を戦利品として強奪する。
 最も憎む相手は、未来永劫まで侮辱する為に石像や石碑を建て、石を投げ、棒で叩き、唾を吐きかけ、糞尿をかけた。
 水に落ちた犬は、助ける事なく、棒で殴り石を投げて殺し、殺した後は料理して食べた。
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 中国の戦争では、勝者は敗者の死体で幾つもの山を築き、それを見ながら宴会を開き勝利を祝った。
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 死者の写真は、日本では少なく社会から隠されていたが、中国や朝鮮では多く公然と売られ子供でも買えていた。
 中国人や朝鮮人は、死体の前で勝ち誇った様に記念写真を撮る。
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 中国共産党政権下で、生きたウイグル人や法輪巧信者などから取り出した臓器を売買する「臓器移植」ビジネスが行われている。
 臓器移植を希望する人間が、諸外国から中国に訪れている。
 中国では、臓器はおろか命さえも金で買える。
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 戦国時代。武士達の合戦を山の上から酒を飲みながら見物していた庶民(百姓や町人)は、合戦が終わるや戦場に駆け下り、死んだ武士から身ぐるみを剥がし裸にして穴に埋め、供養塔を建てた。
 死体から奪った物は、町の市場で売って金に換えた。
 百姓達は落ち見者狩りを行い、逃げ遅れた武士を寄って集って殺し、切り取った首を勝った武将に届けて報奨金を得た。
 武士は、金の亡者のような庶民、とくに百姓を嫌い信用していなかった。
 この相互不信関係は、明治維新後も日本の暗部として残り、日本は一枚岩ではなく政府と庶民との間には深い溝が存在していた。
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 戊辰戦争の時。官軍は、殺した朝敵の死体を弔い埋葬する事を禁止し、見せしめの為に野晒しにして放置した。
 僧侶は、仏教の教えを説く為に、老若男女に、鬼の惨い責め苦を受けてもがき苦しむ死者・亡者の地獄絵を見せる。
 日本の年端もいかない子供達は、怖ろしい地獄絵を見せられ、筆舌に尽くしがたい鬼の責め苦を聞かされ、トラウマを背負って成長した。
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 昔の日本社会は、死が普通に隣り合わせにあった。
 日本民族日本人は、死を見詰めて生き、死と共に生活していた。
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 日本民族は、血と死を穢れと嫌い、死体を目の前から速やかに取り除いた。
 高温多湿の日本では、死体を放置すると疫病・伝染病の発生源になる為に、速やかに埋葬するか火葬・水葬、或いは町から遠く離れた谷間や野原に捨てた。
 そして、怨霊信仰によって死者の魂を供養した。
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 関東大震災阪神淡路大震災東日本大震災など死体の写真や太平洋戦争におけるヒロシマナガサキ・東京などでの死体の写真は、例外なく全て公表されていない。
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