⚓362)─1─江戸時代・明治初期。お大尽さんと貧乏人との切っても切れない深い関係。〜No.776No.777/      

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   ・   ・  【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】 ・   

 日本では、暴力的共産主義人民革命は起きないし、人民主導の社会主義体制国家にはならないし、反宗教無神論マルクス主義は支持されず受け入れられず拒否される。

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 江戸時代の日本社会は、他者依存や甘え意識が否定された、自己責任・自力救済・自助努力の原則が支配する、貧困や困窮が蔓延し、格差や差別が激しい、救い難いブラック社会であった。
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 現代日本の富裕層・資産家と江戸時代や明治中期までのお大尽さん・金持ちとは違う。
 日本の名士とは、昔の豪農や豪商のお大尽さん・金持ちの事を言うのであって、現代の富裕層・資産家を言うのではない。
 現代の日本には、褒められるような本当の名士はいない。
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 2019年5月2日・9日ゴールディンウィーク特大号 週刊新潮「生き抜くヒント!  五木寛之
 昭和残影あれこれ
 格差ということがしきりに問題になっている。
 たしかに最近の世の中は、格差が目立つようになった。
 しかし、目に見える格差は、昔のほうが、はるかにはなはだしかったように思う。たとえば戦後の一時期まで、物乞いというのが一種の職業のようになっていた。それが仕事として成り立ったのは、一方で贈与というか、喜捨というか、ほどこしをする習慣が広くあったからだろう。
 またそれを受ける側にも、一種の作法というものがあって、微妙な均衡をたもっていたような気がする。
 福沢諭吉の母親は、物乞いの人が訪れると手厚く迎えたと聞いたことがある。衣服のシラミをとってやり、必ずなにがしかの金品をあたえて見送ったのだそうだ。
 『そんなことしたら、きりがないでしょうに。家の前に行列ができるんじゃないですか』
 と、その話をしたら若い女性に不思議がられた。しかし、昔は地方の富裕な家には周期的に訪れてくる物乞いの人びとがいたらしいが、門前市を成すということはなかったようである。
 『今年もよう来なさったねえ』
 と、ねぎらう家もあったときく。
 いまの時代に格差が問題になるのは、その辺の習慣がすたれたまま、格差があらわになっているからかもしれない」
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 日本の豪農や豪商などのお大尽は、儒教価値観が支配する中華世界の資産家、キリスト教価値観が支配する西洋の金持ち、共産主義が根絶した特権階級などとは違うのである。
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 世界では、虐げられる人・貧困者・病人など社会の弱者を救済するのはキリスト教会の役目でであって、国家・政府は直接には関与しなかった。
 その為、救済を求める人々がキリスト教会に押しかけ、建物や敷地の中に人々が溢れ、入れなかった人々が助けを求めて十重二十重とキリスト教会を囲んだ。
 自分だけでも救済して貰いたいと思う人々は、もみ合い、押し合い、騒動・暴動を起こし、傷害事件を頻発させた。

 キリスト教は個人宗教として、個人が絶対神の福音を受け入れ隣人愛の信仰で契約する宗教である。
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 国家・政府の責務は、周辺諸国の侵略に対して武力を持って粉砕して国土と主権を守る事であった。
 つまり、国家・政府は戦争をする事が世界常識であった。
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 江戸時代の金持ち・お大尽さんは、自分の為に、自己満足の為に金を使わなかった。
 情けは人の為ならず。
 金は天下の回り物。
 起きて半畳寝て一畳、天下を取っても二合半。
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 日本人の生き方を定めたのは、犬公方こと第5代将軍徳川綱吉である。
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