🕯153)154)─1─日本人の植物的死生観の古層は自然の棲み分けと再生という循環システム。~No.323No.324No.325No.326 @ 

日本人の死生観と葬儀

日本人の死生観と葬儀

  • 作者:島田 裕巳
  • 出版社/メーカー: 海竜社
  • 発売日: 2016/05/01
  • メディア: 単行本
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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・{東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 日本人は、農耕漁労民として植物的死生観を持ち、母系女系の大地・大地母神を崇拝する。
 大陸人は、狩猟採種民として動物的死生観を持ち、父系男系の天・唯一の絶対神を崇拝する。
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 植物は、棲み分けの原理から、共存・共生も求めて競争や争いを避ける。
 動物は、弱肉強食の原理から、支配と隷属をハッキリさせ生存の為に争いを起こす。
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 2018年1月号 新潮45「反・幸福論  佐伯啓思
 第81回 『あの世』を信じること 
 〝死ぬときはどうせ誰もいない1人だ〟などと嘯(うそぶ)いている場合ではない。本当は誰も一人では死ねはしないのだ。
 死の〝リアリティ〟とは
 最近の世論調査によると、日本人の半数近くが『死後の世界』の存在を信じているようです。産経新聞が出している『別冊正論:霊性・霊界ガイド』に様々な世論調査の結果が載っていますが、NHKの放送文化研究所の調査(平成20年)によると、『死後の世界』の存在を信じている人は44%で、信じていない人(30%)をかなり上回っています。平成10年の同じ調査では、信じる派が37%、信じない派が35%ですから、10年ほどで、信仰派は相当増えました。また別の調査では、昭和33年と平成20年を比較すると、『あの世を信じる』人は20%から38%へと約2倍になり、一方『信じない』派は、59%から33%へと半減に近い状態になっています。
 普通に考えれば、宗教への関心、とりわけ『あの世』への信仰は、『この世』が絶望的であればあるほど高まると思われるでしょう。だから、日本では、平安末期から鎌倉時代へかけての、天変地異が頻発し、戦乱にあけくれ、飢餓や病気が蔓延した時代にこそ、仏教や神道も興隆したことはよくわかります。人は生きるために殺傷もし、盗賊まがいのこともしたでしょう。だからこそ、仏に帰依して来世での救済を求めたのはよくわかります。しかし、戦後日本は鎌倉時代とはまったく違います。これほどまでに経済が成長し、一国平和主義が功を奏したのか、かくも豊かで平和な時代はりません。しかもそうなればなるほど、『あの世』への関心が高まっているのです。奇妙なことというほかありません。
 さらに、この調査に関しては少し面白いことがあって、世代別に見ると、昭和33年調査で『死後の世界』肯定派の割合が確実に高いのは65歳以上の高齢層(この層の35%)ですが、それが平成20年では32%へ少し下がっている。ところが、29ー34歳の若年層では、昭和33年には13%だったものが、平成20年では46%にまで増加している。これはかなりの数字でしょう。要するに、若年層ほど『あの世』を信じていることになる。
 もちろん、この数字は、昭和33年と平成20年での比較ですから、年齢変化だけではなく、時代状況での変化も反映しているでしょう。とすれば、経済が豊かになり、平和が当然になると、若者たちの『あの世』への肯定感が強くなるという結果になるのです。 念のためにいっておきますと、時系列ではなく、平成20年だけで見ても、明らかに、『あの世』を信じる者の割合は大きいのです。『あの世』を信じる60歳以上の人は、女性で34%、男性で29%ですが、16−29歳では、女性が65%、男性が48%にもなっている。とりわけ女性の場合、若年層は高齢者の2倍近いのです。いずれいせよ男女とも、若年層で『あの世』を信じる人の割合は、高齢層より相当高いというわけです。
 ついでながら、先ほどのNHK放送文化研究所の平成20年調査にもどれば、『祖先の霊的な力』を信じる人は47%もいます。また『輪廻転生』を信じる人は42%、『涅槃』を信じる人は36%となっている。いずれの数字も、若年層で高くなっているのです。『祖先の霊的な力』や『輪廻転生』を信じる人が40%以上もいるのです。
 もっとも、この数字をあまりまじめにとらえる必要もありません。まだ人生の先が長い若者と、だんだんと後がなくなってきている老人では、宗教や信仰心の意味もかなり違っているでしょう。若い時の方が、『あの世』や『輪廻転生』などに、気楽に興味を持てるものです。好奇心もあるでしょう。日本の伝統的死生観への関心もあるでしょう。また、若さの特権というべき不可思議なものへの感受性もあるでしょう。
 しかし、死が本当にリアリティをもってくる高齢者ともなれば、むしろ『あの世』など簡単に信じることができなくなるのは、当然ではないでしょうか。本当に『あの世』があるとなれば、死後、自分はいったいどんなところへ行くのかを、ある意味で、真剣に考えざるをえないからです。自分はどこか未知の場所へ行くことになる。しかし、それがどんな場所やらまったく見当もつかない。それをそのまま信じよ、という方が難しい。死が身近にリアリティをもってくると、むしろ曖昧なものや未知なるものに死を委ねようという気がしなくなるのではないでしょうか。
 しかし平安末期や鎌倉となればだいぶ違います。信仰ということの切迫性が違うのです。同じ『あの世を信じる』や『輪廻転生』といっても、彼らの方が、信仰のもつ切迫感ははるかに強かったでしょう。死を意味づけるものが他に何もないのです。救済を求める心理ははるかに強かったでしょう。だから、具体的な浄土や極楽というもののイメージを必要としたのでしょう。そこでこそ、鈴木大拙のいうような『日本的霊性』がくっきりと立ち上がった、ということもできるのです。
 今日の日本人にそんな切迫感があるのはずがありません。もちろん、艱難辛苦をなめている人は現代でもいるでしょうが、あの『霊性』が立ち上がった鎌倉時代とはまったく比べものにはなりません。しかも、社会状況のおかげで苦しいんでいる者が40%以上いるとも思えません。私には、40%もの人が『あの世』や『輪廻』や『祖先の霊』への本当に強い信仰心をもっているとは思えません。だから、この数字をもって、宗教心の復活などという気もなければ、逆に日本人は、いまだに神仏やあの世という迷信に囚われている、と苦言を呈する気にもなりません。
 と、ここまでは前置きです。このことを断った上で、話を二転、三転させて申し訳ないのですが、私が述べたいことは次のようなことなのです。この調査の面白さは、飽食と平和に満ちたこの日本で、強い信仰心もないくせに、なぜ、半数近くが『祖先の霊』を肯定的にとらえ、『あの世』を肯定するのか、という点にあります。確かに、それは奇妙なことなのです。
 誰も〝一人〟では死ねない
 それに対する私の答えは、さしあたりは次のようなものです。
 歴史を概観しても、われわれのこの時代ほど、物質的に恵まれ、生がたやすくなった時代はありません。食べたいものを十分に腹に詰め込み、特別な事態がなければ、いきなり日本が大戦争の当事者になることは考えにくい。ケイタイによっていつでもどこでも情報と戯れ、誰かとつながることもできる。最近はあまり見かけませんが、老いも若いも、スマホ片手にポケモンなどというバーチャル怪物を求めて町中をさまよい歩く。少なくとも、外面的かつ社会状況でいえば、これほど気楽に快楽的な生を現実化した社会はかつてなかった。そして、そのゆえにこそ、最後に残された問題は死と死後の意味になってしまったのです。生の快適さと快楽をいくら追い求めても、最後に待ち構えている『死』の問題には何の解決にもならないからです。
 しかも、この飽食と過剰の時代に、人生を待ち受けているものは、かなりの確率で、どうにもならない『孤独』なのです。読売新聞の調査によると、昨年一年で誰にも看取られずに自宅で死んだ独居者は1万7,000人を超すという。死亡者全体の3.5%に及ぶそうです。東京23区がもっとも多く、この地では5.6%の人が孤独死をしている。
 現在、50歳で独身の男性は23%です。もっとも若くなると、30代前半で独身の男性は47%、女性は35%にも達します。今後、間違いなく孤独死は増加してゆくでしょう。かつてのような、ある程度の規模の家族や、近隣関係もほとんど解体し、文字通り一人で死ぬということです。『死ぬときはどうせ誰でも一人だ』などとわかったようなことをいっている場合ではありません。本当は誰も一人では死ねないのです。死ぬためにも誰かの助けがいるのです。その助けがなくなる、というのが、これからやってくる『孤独死』のおぞましさなのです。
 要するに、歴史上かつてないこの豊かな時代の真っただ中で、いわばむきだしの形で『死』が襲ってくる、もしくは待ち構えている、といってよいでしょう。その意味では、むしろ平安末期や鎌倉時代の方が、死が日常化し、身近にあった分だけ、『死』への心構えもあり、『死』になじんでいたかもしれません。しかも死にゆくものの身近に誰かがいた分だけ、死にやすかったかもしれません。
 いや、その前に、誰もが『死』を見つめながら、生きることに精一杯だったでしょう。そして様々な思いを残しながら死んでいった。そこで、たとえば死後についての意味づけを行い、浄土への往生を願って、死後に幸せになると慰めるほかなかった。だから専修念仏の浄土教がいっきに広まった。輪廻や解脱、浄土や地獄を本当に信じたかどうかは別として、この『死後の物語』をそれなりに受け入れることができたのでしょう。『信仰』とは『死』や『死後』の意味づけについての物語への信です。宗教とは生死にかかわる物語を含んでいるもので、この物語が信憑性をもって立ちあらわれる、という時代があったのです。
 それに比べると、昭和末期から平成へのこの時代には、もはや確かな『死後の物語』などありません。いや、『死』そのものをできるだけ隠蔽し、思考の枠からはずしてきた。それどころではありません。近年の生命科学の急激な発展は、生命活動をできるだけ延長し、寿命を延ばし、不老不死の夢を追い求めてきたのです。しかし、そうすればそうするほど、その真っただ中に『死』が姿を現してくる。いくら生命科学が発展したとしても死がなくなるわけではない。むしろ、再生医療のおかげで寿命は延びるものの、本当の健康で生き生きとした社会的活動が送れる健康寿命はそれほど延びるわけではないでしょう。すると、ここにおそるべき状態が出現します。医療技術の発達のおかげで、社会的な活動力も失って、生きる活力も低下しているに、ただただ生き延びさせられる、という事態になりかねない。いったいその時にどうしたら死ぬるのか、という問題が浮かび上がってくるでしょう。『生』の技術がかくも成功したその結果として、『死』が求められるようになる。
 まわりを見渡せば、誰もいない。へたをすれば、家族もいない。かつて、年寄りは姥捨山に捨てられた時代もありましたが、姥捨山に捨ててくれるものもいない。平安、鎌倉とはまた別の意味で、そして、あの大戦争の時代の強いられたもしくは自覚的に選び取った死の切迫性とはまったく別の意味で、今日ほど、死が切迫してきた時代はないのです、個人が、ほとんど、ひとりで死と向きあわざるを得ない。にもかかわず、『死』や『死後』を意味づける物語は、確かな形では存在しないのです。
 こうした漠然たる不安がわれわれの誰もが、やがて自分の身の上に襲いかかる『死』をうすうす感じている。そして、その場合に、『祖先の霊』や『死後の世界』や『輪廻転生』といった言葉が記憶のなかからよみがえってくる。それが何を意味するのかなどわかりません。ただこうした観念がわれあれの深層心理の内にいまだに保持されているのです。 根元的な生命のリズム
 あらゆる時代において、あらゆる社会において、『死』をどのように受容するか、どのように解釈するかは、きわめて重要な問題です。それを『死生観』と呼ぶなら、共同体のあらゆる宗教がそれなりの死生観を持っている。そして、日本の場合、そのもっとも基底にある死生観を取り出せば、農耕社会的な生命観と霊魂による生死の連続性の観念といってよいでしょう。伊藤益氏が『日本人の死』(北樹出版)という書物のなかで、日本人の死の観念の特質として、『植物的死生観』と『動物的死生観』をあげていますが、この説は私には納得できるものです。
 神道に関わる日本の宗教的な原型が、農耕社会と深くかかわっていることはよく指摘されることです。人類学者の石田英一郎氏は、世界の宗教の原型をふたつのタイプに区別しました。ひとつは『天に対する崇拝』から出発する宗教で、もうひとつは『大地に対する崇拝』から出発するものだという。前者は、中東の遊牧民たちのユダヤキリスト教的な強烈な一神教といってよい。もうひとつの代表が、日本のようにひとつの土地に定着して大地の恵みを糧にする農耕社会の宗教なのです。前者は、『天』を『父』と表象して、摂理をもって強力な人格神という唯一の神を生み、これに対して後者は、生の恵みを生み出す豊饒な大地母神という母性的な観念を生む。
 日本人の自然観が、農耕社会的な生成の観念、つまり次々と命を生み出し、やがて朽ちてゆくという一種の植物的な生命観を原型にしていることは容易に推測のつくことでしょう。そして、多産豊饒の大地母神的なものへの崇拝が強いこともまた十分に予測のつくことでしょう。すると、その延長上に、伊藤氏が述べるような『植物的死生観』が生成しても不思議ではありません。
 確かに、人の人生は、芽が出て生育し、やがて花が咲くように青春を迎え、実がなる成年をへて、秋のモミジのような最後の美をとどめつつ、花ごとく散ってゆく、というような観念はいまでも健在でしょう。『花が散るごとく散らん』とはよくいわれることで、散りゆく桜花に人生の最後を重ねることは、西行の昔から、靖国で会おうといった特攻に至るまでずっとかわずわれわれの死生観の底に流れている。
 そして、花のように散った死を受け止めるものは自然です。植物は、発芽、生育、開花、そして実を結び、やがて枯れてゆく。しかし、それで終わりではないのです。それを受け止めるのは大地という自然であり、この自然は、雨に降らせ、土壌を肥やし、一度、枯れて死んだはずの植物に再び生命を吹き込み、また次の春ともなれば発芽をもたらすのです。自然は生命の源であり、大地は生命を宿している。ここには自然が生命をはぐくむリズムがある。
 したがって、この自然のリズムに合わせて、すなわち、自然のもっている循環のメカニズムに即する限りで、万物は、発芽、生育、開花、結実、枯死、そして再生、という生命の循環を繰り返す。この自然の力を信じ、自然のリズムにあわせて生を営んだとき、いわば自然のはからいによって人間は生き生きとした生命力をもった存在たりうる。こういう自然観と結びあわされた循環的な死生観が日本にはあった、といってよいでしょう。
 磯部忠正氏は、『「無常」の構造』や『日本人の信仰心』(ともに講談社現代新書)において、この種の『自然の根源的な生命のリズム』を繰り返し強調しています。われわれのこころと身体には、自然と同調するようなある根源的なリズムがあって、それが乱れれば、精神的に病み、また身体が不調になったり、生命力が低下したりする、という種類のことを述べています。
 もちろん、こんなことは、今日の医学や生理学で実証できるものではない。しかし、だからといって、何か『根源的な生命のリズム』としかいいようのないものが荒唐無稽だともいえません。いや、そんなことは、実はわれわれは日常的に経験しているのではないでしょうか。自然と人の精神のリズム(働き)を同調させて、人間の生命的活動を生き生きとしたものにするある種の作用に対して、われわれはしばしば『気』というのです。『気合をいれろ』とか『気をしっかりもて』とか『気をつけろ』とか『気力』とか『生気』とかいうのです。そこに日本人の宗教的精神の土台があったといっても過言ではないのです。それが、大地(土地)への崇拝に傾く農耕社会型死生観と深くかかわっていることは否定でいないでしょう。
 その場合に大事なことは、次のことです。
 農耕を基礎とする『植物的死生観』では、あくまで一人の人間は、発芽し生育し開花し結実し枯れて死んでゆく。個体は死ぬ。しかし、その生命を受け継いだ次の生命が再生するのです。その意味で生命は受け継がれる。生命は連続している。個体の身体は消滅して土に戻る。しかし、その土地(大地)の働きが再び、別の身体に生命を宿す。こうして生命は永遠に循環してゆく。こういうことになる。かくて生死は連続しているのです。正確には、一人の個体の生命は終焉する。しかし、それがまた別の個体の生命として再生される。断絶と連続なのです。いや、もっと正確にいえば、一人の人間が死ぬことによって、その生命が別の人間に受け継がれる。つまり、生命が受け継がれるには、個体は死ななければならない。この場合の『生死連続観』とはそういうことです。
 実際、この農耕を基礎とした生死連続観的観念は、古神道的な儀式のなかにいくらでも見て取ることができるでしょう。たとえば、神社や鎮守の森で、田の神に豊作祈願をして歌や踊りを奉納する儀式は、一種の鎮魂儀式といってよい。そこにまた、豊饒をもたらす力をもった『カミ』の観念が生み出され、これらの農耕儀式はまた、カミの供応という意味ももってくるでしょう。それが天皇を軸にした国家共同体的な儀式にまでなったのが大嘗祭です。大嘗祭のような本格的なものではなく、こぢんまりとした農耕儀式は今日でも地方の祭りのなかにいうらでも残っているでしょう。
 磯部氏によると、豊作祈願の踊りとは、衰弱しつつある生命に活力を取り戻し、また死んだ生命を蘇生する儀式なのであり、それは別の言い方をすれば『霊(たま)ふり=魂(たま)ふり』の儀式ということになる。『霊ふり』とは、霊魂の宿った身体を揺さぶり、振ることによって霊魂に再び活力を与える。それはまさに鎮魂呪術にほかなりません。鎮魂とは、身体から遊離したり、遊離しそうな魂を招き寄せて、再び身体に定着させることなのです。
 しかも、昔は、農耕だけではなく、人が死んだときの葬送においても、『霊ふり』の儀式が行われた。『鎮魂』とは、もともとは、死んで活力を失い、肉体から遊離しかかった魂を肉体に呼び戻し、再び生命力を与えるための歌舞儀式だったのです。そして、死者の魂を呼び戻すという『招魂(たまよばひ)』の過程のひとつが、一定期間、死体を箱に入れて、そのままで安置するという『殯(もがり)』(『あらき』ともいわれる)だった。
 かくて、『日本の祭りは、本質的に鎮魂呪術であり、その中心になったのが歌舞や音楽をともなった魂振りだった』(『日本人の信仰心』P.119)ということにもなるのです。それは農耕儀式から葬送の儀式にいたるまで基本的には同じなのです。なぜなら、それは農耕における植物も人も包摂(ほうせつ)した生命の再生と刷新であり、そのための死霊の招迎と鎮送だったからです。折口信夫が述べたように、こうした儀式をもともと『遊び』といったのであり、その役割をつかさどる職業的儀礼者を『遊部(あそびべ)』といったのです。
 すると、植物と同様に、人間もその身体は滅んで消えてなくなっても、生命は引き続がれている。死んでもまた再生する。この生命とはいいかえれば霊魂といってよい。とすれば、『霊ふり』の儀式や鎮魂の儀式が、やがて『祖霊の招致』になっても不思議はありません。なぜなら、いくら人間の体は滅んでも、幾時代にもわたってその生命が引き継がれてゆくなら、その生命つまり『霊魂』は、結局『祖霊』に行きつくからです。こうして、大地母神であった自然の『根源』は、また、『祖先』といいかえてもよいことになる。『根源への回帰』は『祖先』への崇敬ということになるのです。『根源への回帰』は、時間的にいえば、無限の過去へと遡及(そきゅう)して祖先へ行きつくのですが、祖先も大地のなかに埋葬されているとすれば、それはまた大地への回帰でもあるでしょう。
 死生観の古層
 多くの場合、この大地は、たとえばロシアのあの雄大などこまでも広がる草原ではなく、日本の場合、たいていは山里と背後に控える山々だった。だから、たとえば柳田国男が述べたように、日本の信仰は、『神』と『祖先』が重なり合って、神の帰還する場所としての山々への信仰でもあったのです。もちろん、それは、もともと大地と自然が植物的な生命の循環を保っているからであり、この循環が保たれている限りで、それは『祖先への信仰』になるわけです。
 そして、ここにひとつ興味深いことがでてきます。それはかなり残酷かつ深刻な事態です。
 当然ながら、死者はいくら丁寧に棺に納められて清められても、数日もたてば腐乱してきます。現代のように、ドライアイスも防腐剤もあるわけではないし、毛沢東のように特殊製の装置に入れられているわけでもなし、当然、見るも無残なおぞましい姿になるでしょう。霊魂を呼び戻そうという殯の間に、死体は目を覆いたくなる様相を呈してくるでしょう。『もののあわれ』どころではありません。『あわれなモノ』になってゆきます。
 かつて、桓武天皇の殯は2年2ヵ月に及んだとされており、先の伊藤氏によると、普通の庶民でも10日ほどの殯があったようです。すると、どうしようもない腐乱状態になる。まさしく、その様相を『古事記』は、例の黄泉の国までイザナミを追いかけて行ったイザナギの驚愕として、いかにもおぞましく描いているのです。死んでしまったイザナミを追いかけて黄泉の国まででかけたイザナギが禁を犯してそこで見たものは、言語を絶する腐敗したイザナミだったのです。
 ここまでくれば、いくら殯の期間に魂が帰還することを期待しても、さすがに再生は不可能でしょう。したがって、死は、まことに不浄であり、穢らえしくも汚ないものとして忌み嫌うようになるのでしょう。言い換えれば、死から再生へと向けるには、まずは、この汚れを取り払う、つまり、浄化するという清めの儀式が必要になった。肉体から魂を切り離し、魂の浄化、霊魂の浄化、ということです。先の『霊ふり』も、魂の浄化と見てよい。生命力の再生とは、霊魂の清めにほかなりません。かくて、日本のとりわけ神道経の宗教では、清浄を中心的な価値におき、『清め』ということが儀礼の中心に置かれる。穢れを取り払うことこそがその重要な役割となるのです。
 ここに、日本人の死生観の古層があるといってよいでしょう。それは、農耕と深く結びついた日本人の自然観と一体といってよいでしょう。死によって肉体は滅ぶにしても、魂(霊魂)は肉体から抜け出して存在する。霊魂は善きものであり、また、悪しきものでもある。それは、生きた人間に対して善き作用も行えば、悪しき作用も行う。恨みをもって死んだ人の霊魂は怨霊となって再びこの世に戻ってくる。その怨霊を鎮める陰陽師や神官などがこうして出現するわけです。こうして『死者』が『生者』に働きかけ。生者を動かすことになる。いわば、『死後の世界』が『この世』の背後に張りついているようなものです。
 そのことが日本人の宗教意識の根幹であることを徹底して主張したのが平田篤胤ですが、平田に従えば、人が死ねば、その霊魂は『あの世』である『幽世(かくりょ、幽冥)』にゆく。それは、『この世』である『顕世(うつしょ)』と独立にあるのではなく、いわば貼り合わせになっているものの、こちらからは見えない。しかし、『幽世』である『あの世』から、『顕世』である『この世』は見える、というのです。われわれには見えないけれど、『あの世』はわれわれとともにあるのです。
 死者の霊魂はつねにわれわれに寄り添っているのです。いってみれば、われわれは、その一挙手一投足を『あの世』から監視されているようなものです。だからこそ、身を清め、こころを素直にし、神や死者を敬って生きなければならない、ということにもなるのでしょう。死者の魂によって、現世のわれわれの生は成り立っているのです。
 今日、このような『顕幽』二元論的な死生観をわれわれは、もはや簡単には信じられません。しかし、先に述べたように、『あの世』を信じるものが40%以上もいる。『霊魂』や『先祖の霊』を信じるものがかなりいる、という真実は、この、日本人の死生観の原型が、いまだわれわれのこころの深層にしっかり根を下ろしている、ということを示しているのでしょう。平田篤胤は近世の人ですから、平田の復古神道は別にしても、『霊ふり』や農耕儀礼による『自然の根源的リズムへの回帰』という原始神道的な宗教意識が、それこそわれわれの集団的な無意識のレベルに横たわっている、といってよいでしょう。それは、われわれの『死生にかかわる原型的な物語』なのです。
 さて、ここで、ひとつの大きな疑問がわいてきます。では、まさに人間の『死』を論じたはずの仏教はどうなるのか、ということです。なぜなら、仏教は、きっぱりと『霊魂』を否定しているからです。しかも平安・鎌倉はまさに仏教の興隆した時代でした。次回はそのことを論じてみましょう」
   ・   ・   ・  
 日本人と中華人(中国人・朝鮮人)は、水と油の様に異なる。
 農耕民と言っても、日本の百姓と中華(中国・朝鮮)の農民とは異なる。
 当然、日本の百姓と西洋や中東の農民とも違う。
   ・   ・   ・   
 大陸の農耕は、自然を破壊する事で収穫を得る。
 日本の農耕は、自然に間借りする事で収穫を得る。
   ・   ・   ・   
 宗教を否定し神を殺す、反宗教無神論のマルク主義の入り込む余地は全くない。
 日本におけるマルクス主義とは、会ったことのない祖先を否定し、祖先を祖霊として祀る事を拒絶する思想である。
 そのさいたる思想が共産主義である。
 歴史が証明する通り、敵意と憎悪しか持たないマルクス主義者・共産主義者が話す言葉の大半がウソである。
 マルクス主義者・共産主義者は、人民のたぎる熱き感情を秘めていても、穏やかな日本民族日本人の心・志・まごころ・気概を持っていない。
   ・   ・   ・   
 日本の宗教は大陸の宗教に比べて、原理主義も、カルトも、狂信も生まれにくい。


   ・   ・   ・   

天皇と葬儀: 日本人の死生観 (新潮選書)

天皇と葬儀: 日本人の死生観 (新潮選書)

  • 作者:井上 亮
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/12/20
  • メディア: 単行本
日本人の死生観: 蛇 転生する祖先神 (河出文庫)

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死の民俗学―日本人の死生観と葬送儀礼 (岩波現代文庫)

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人は死んだらどこに行くのか (青春新書インテリジェンス)

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日本人の「死」はどこに行ったのか (朝日新書)

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