🕯128)─1─未熟な幼児的カワイイキャラクター文化。ハローキティ。オタク文化。~No.274No.275 @ ㉗

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・{東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 何故、日本の文化・芸能が世界で賞讃され受け入れられると同時に批判され攻撃されるのか。
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 成熟した大人的世界文化が脅威と警戒する日本の未熟な幼児的「カワイイ」キャラクター。
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 論語・述而(じゅつじ)篇「子(し)は怪(かい)・力(りき)・乱(らん)・神(しん)を語らず」
 (孔子は、怪異、暴力、乱倫、神秘を語らず)
 中華儒教、特に朱子学の正統派儒教を丸呑みで日本に導入したら、日本は根底からひっくり返って崩壊する。
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 日本人は、過度に褒めると思考停止と行動不能におちいる。
 褒め殺しに弱い日本人。
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 2017年8月号 SAPIO「書闘倶楽部 ハローキティは『悪魔』 か 『反逆の象徴』か
 『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか?──〝カワイイ〟を世界共通語にしたキャラクター』クリスティン・ヤノ著 作品社
 本書は、ハワイ大学人類学部教授の日系女性人類学者が、ハローキティがいかにして世界に広がり、どのように受容されていったかを、足かけ12年にわたって、日米のサンリオ関係者、アメリカにおけるキティファン、批評家などへのインタビューと文献の調査によって解き明かそうとした大著。
 著者は〈『カワイイ』を体現した物品や図像が、日本から世界各地に国境を越えて広まっていく現象〉を〈ピンクのグローバリゼーション〉と名付け、キティをその先頭走者と位置付けている。
 レディー・ガガなどのセレブがキティを好んでいることはよく知られているが、その一方、アメリカでは、キティは『従順でおとなしい』というアジア系女性のステレオタイプなイメージの権化と捉えられ、それゆえに他ならぬアジア系女性のフェミニストから憎しみの対象となっているという。そうかと思うと、非西洋世界から侵入してきたグローバリゼーションへの警戒感からか、一部のキリスト教右派からは『ジャップの悪魔的な狂信教』などと糾弾されている。
 逆に、パンク、アングラ、ゲイ、レズビアンなどのマイノリティにとって、反逆や解放の象徴になっている。本書にはキティを模(かたど)ったプラカードを掲げてパレードをするアジア系ゲイ団体の写真も掲載されている。キティは、西洋が非西洋を支配するという権力構造に抗って西洋に浸透したキャラクターと捉えられ、反逆や解放のシンボルになったのだ。ちなみに、アメリカのシンボルであるミッキーマウスは決して反逆、解放のシンボルにはならないという。
 日本人の知らないさまざまなキティ現象が具体的に紹介されており、非常に興味深い」
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オタク
 限定的鎖国によって閉ざされた空間に閉じ込められた庶民は、変化や刺激を求める好奇心は海の外(外宇宙)から島の内(内宇宙)に向けられた。
 何も変わらないの平々凡々とした日常生活の中で、奇想天外な物語を読み、情緒的な芝居や人形劇を見、寓話的民話・伝説・神話を聞いて、自分中心の空想的妄想的虚構の世界に酔いしれた。
 孤独な空間で自分だけの趣味や興味に漬って恍惚となり無益な時間を過ごすという内観的オタク文化は、限定的鎖国状態の江戸時代に生まれた。
 内観的趣味や興味は、排他的で消極的無気力な内向的閉じ籠もりとは正反対で、好奇心と探究心が強いぶん自慢話をする為に趣味や興味を同じくする仲間を集めて開放的集団を作る。
 オタク社会は、身分、階層、階級、出身といった社会的上下関係や金銭がらみの貧富の格差さえも乗り越えた先にあり、世俗的な権力や神聖な権威さえも意味を成さなかった。
 オタクの世界では、場の空気・雰囲気を暖かく和ます、趣味や興味をより深めた個性が重きをなし、博学や論理的合理的観念的科学的知識をひけらかすだけの個人は軽くあしらわれた。
 オタクの心は、同好の士に負けたくないという競争心と深みを究めて名人・達人さらには趣味人ともて囃されたいという名誉心を通り越した先の、雅と粋にあった。
 オタクの道は、終わりなき向上心にあった。
 オタクの遊びとは、悪態を吐きまくる悪ふざけではなく、人を驚かす悪戯である。
 オタクはその時・瞬間が楽しい事が重要であって、生きる上で何も役に立たないばかりか、金を浪費し時間を無駄にしていた。
 オタクは、楽しみであって政治や経済や宗教とは無関係な別次元にあり、平和と安定で腐敗堕落や権力闘争、内戦や戦争には馴染まない。
 オタクが求めるのは、子供のような純粋無垢とした幼さな柔軟な心であって大人のような分別わきまえた硬直した思考ではない。
 だが幼心は、人の言う事を聞かない、意固地で、我が儘で、融通性がない、唯我独尊的独善性を持っている。
 オタクの判断基準は、相手を排除する絶対的価値による善悪、正邪といった対立ではなく、相手を受け容れた相対的価値観による好きか嫌いか、美しいか醜いか、優れているか劣っているか、面白いか面白くないか、趣があるか趣がないかの両論併記である。
 オタク文化が、曖昧さを好む神道・仏教価値観の日本で花開き、型にはまった事を好む儒教価値観の中国や朝鮮で生まれなかったのはこの為である。
 日本のモノ作り文化の根源は、空想力と想像力を持った好奇心と探究心のオタク文化である。
 オタクの源流は、諸芸の道を究めようとした江戸にあった。

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