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2020年11月14日 産経新聞「王朝文学で食は「下品」?-国立公文書館で「美味しい古典文学」展
『源平盛衰記』から、猫間中納言が木曽義仲を訪問した場面。中央の中納言の家来が出された食事を馬小屋に投げ捨て、右側の義仲郎党があきれ驚いている(国立公文書館蔵)
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読書の季節であり、かつ食欲の季節でもある秋。もし、その両方を同時に満たす欲張りなテーマがあったら? 東京・竹橋の国立公文書館で開かれている企画展「グルメが彩るものがたり 美味しい古典文学」は、古代以来の文学の中で描かれてきた食材と、それにまつわる人々の価値観を描き出す。(文化部 磨井慎吾)
夏のウナギは古代から
最初に出迎えてくれるのは、今年で成立1300年を迎える『日本書紀』。まず食の「起源」ということで、死んだ「保食神(ウケモチノカミ)」の体から粟(あわ)や稲や麦などの食物が生まれてきたという神話の一シーンを示す。展示品は江戸城内に設置された将軍の図書館「紅葉山文庫」の旧蔵書で、全巻ぞろいとしては現存最古となる慶長年間書写の貴重書だ。
国立公文書館は同文庫や江戸幕府直営の高等教育機関「昌平坂学問所」などの蔵書を引き継いでおり、和漢の古典籍も多数所蔵。今回の企画展では、その中から教科書掲載クラスの古典を中心に約40点を展示している。
奈良時代に成立し、身分の上下を問わずさまざまな生活環境で詠まれた歌を集めた『万葉集』には、食材も多数登場する。展示では大伴家(やか)持(もち)が痩(や)せた知人に対して「ウナギは夏痩せに効くから召し上がれ」とからかう歌を紹介。今回の企画展を担当した国立公文書館の星瑞穂調査員は「当時から、夏にはウナギを食べるといいという考えがあったことがわかります。個人的な推測ですが、内陸に位置し新鮮な魚が川魚に限られる平城京で、夏にもとれて栄養価が高いのがウナギだったのでは」と話す。
和歌は食事を詠まない
だが、ウナギをはじめ蒜(ひる)(ニラに似た香りの強い野草)や鯛など豊富な食べ物が登場する万葉集から時代が下って平安期になると、和歌の洗練とともに食を詠むことはある種「下品」とみなされるようになる。鎌倉時代初期の歌人、藤原俊成はその歌学書『古来風体抄』で、飛鳥時代の有間皇子(ありまのみこ)の飯を詠んだ歌を評して「近頃の人は飯などは表向きにせず、歌にも詠まないが、昔の人は褻(け)(日常、私事)と晴(はれ)(公的、祝祭的なこと)の区別をしなかったのだ」と論じている。
和歌が主体の平安時代の王朝文学に登場する食材はごく少なく、しかも味や栄養価などの実用的価値に眼目を置かない、寓(ぐう)意(い)が込められた使われ方がほとんどだ。たとえば芹(せり)は、かつて皇后が芹を食べている姿を垣間見て恋に落ちてしまった身分の低い男が、それから毎日芹を摘んで御殿に届け続けたものの思いが届かず死んでしまったという伝説から、かなわない思いを示す慣用的歌語となった(『俊秘抄』)。他にも子供と結びついたタケノコなど、文学の中での食は具体性を失い、和歌的教養に基づいてもっぱら何かを示すための象徴的な用途に限られるようになっていく。
星調査員は「『源氏物語』54帖のうち、食事シーンは数えるほどしかない。数少ない場面も、生まれたばかりの子供がタケノコをかじるなど、和歌のルールと結びついている」と指摘する。
田舎者・義仲VS京都人
だが、中世に入り文学の主流が次第に和歌から散文に移ると、卑俗で生き生きとした食事シーンも息を吹き返す。『源平盛衰記』では、平家を京の都から追い出した田舎育ちの木曽義仲が、公家「猫間中納言」の訪問を受けて義仲なりの野趣あふれるごちそうでもてなしたものの、食器の汚さなどから中納言が口をつけかねて困るユーモラスな光景が登場。江戸前期に絵入りで出版された同書の挿絵では、食べなさいとしつこく促す義仲の不作法に立腹した中納言の家来が、下げられた膳(ぜん)を食器ごと馬小屋に放り投げるシーンが描かれる。一方、それを見た義仲の郎党はあきれ顔。「こちらはこちらで、京都の人はなんて野蛮なんだ、怖いなあ、と驚いたところでしょうね(笑)」と星調査員。
そして食と切り離せないのが酒。上代においては貴重な妙薬ともされ、一人酒を楽しむ歌が多かったが、平安以降は酒といえば宴席がほとんどとなっていく。酒の上での失敗も、そのころから変わらぬテーマだ。『平家物語』で、後白河法皇の近臣たちが鹿ケ谷で平家打倒の陰謀をめぐらした有名な宴会シーンについて、江戸前期の絵入り本の挿絵はなかなかコミカルに描いている。「中央で踊る西光法師という人物が、瓶子(へいじ)(とっくりの意味)の首を折り取って『平氏の首を取った』と言い出し、みんなでゲラゲラ笑っている。で、この光景を見た武士が、これはダメだと判断して密告し、陰謀は失敗する…という流れになります。絵がわかりやすく、いかにもダメそうな感じが出ています」(同)
星調査員は「現代はグルメブームですが、実のところ平安貴族は食を本当に下に見ており、王朝文学に出てくる数少ない食材にはちゃんと寓意があった。そうした価値観の違いは、歴史書よりも文学を通じてみた方がよくわかるのでは」と企画展の狙いを話している。
29日まで。入場無料。問い合わせは国立公文書館(03・3214・0621)。」
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