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・ ・ {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・
日本の国難は、古代から現代においても海の外、中国大陸や朝鮮半島から押し寄せてくる。
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2020年5月21日号 週刊新潮「佐藤優の頂上対決
我々はどう生き残るか
日本の国難は海からやってくる
四方を海に囲まれた日本には、疫病も国家の危機も海からやってくる。さらに国境問題=海洋問題だから、ロシアとの北方交渉、日本海での韓国との攻防、中国の海洋進出などにも、海からの視点が欠かせない。日本の海をどう守ればよいのか。
海洋政策の第一人者による『海の安全』への提言。
山田吉彦
佐藤 今ではほとんど話題に上がらなくなりましたが、日本におけるコロナ禍の発端は、『ダイヤモンド・プリンセス号』でした。山田先生は海洋政策がご専門ですが、あの時、どのようにご覧になっていましたか。
山田 日本という国を象徴している出来事だと思いながら、事態の推移を見守っていました。日本の国難はこれまでも海からやってきました。疫病ということで言えば、古くは奈良時代に天然痘が大流行しています。これはおそらく遣新羅使か遣唐使か、いずれにしても大陸、朝鮮半島との交流から国内に入ってきた病気です。この時は、100万人以上が命を落としたという推計があります。
佐藤 それで聖武天皇が東大寺の大仏を造立させ、各国には国分寺を造られましたね。
山田 ほんとうに大きな国難でした。現代でも戦後まもなく、海を渡ってきたコレラが大流行したことがあります。昭和21年夏のことです。中国大陸で蔓延したコレラが、引揚者や朝鮮半島からの不法入国者を介して日本中に広がりました。GHQは日本政府に対して早急な対応を指示し、政府は運輸省海運総局に不法入国船舶監視本部、九州海運局に不法入国船舶監視部を設置、監視船による警戒を始めました。これが昭和23年の海上保安庁創設につながります。
佐藤 コレラを防ぐのが、海上保安庁の始まりだったわけですね。そうした成り立ちの海上保安庁は今回、ほとんど前面に出てきていませんでした。
山田 だから一部の幹部は、強い不満を抱えています。我々は岸壁で見ているだけだった、と。検疫体制の構築にしても、隔離の際の部屋割りにしても、彼らにはその道のプロだという自負があります。
佐藤 初動の段階で『このへんは海上保安庁にノウハウがありますよ』と、総理に耳打ちする人がいなかったのでしょうね。
山田 そうだと思います。海上保安庁が対馬や根室、石垣島などでやってきたことを考えると、彼らならもっと素早い対応ができたかもしれない。もともと検疫という仕事が根底にあって動いているわけですから。
佐藤 自衛隊も、陸上自衛隊は若干入ったということですが、海上自衛隊はあまり出てきていない。
山田 医療に関する特殊な部隊が船内に入ってはいます。また大型の自衛艦の中には病院機能を持っているものもあるのですが、大人数を長期間隔離できるほどの性能はなかった。それに自衛隊が率先して動くことに何かブレーキがかかっているような雰囲気もありますね。
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海の攻防
佐藤 最近の外務省の大きな問題は国際法に弱くなっていることです。外務省の総合職の採用試験が、外交官試験から普通の国家公務員試験に統合されてしまったためです。1980年代は、外務省の上級職員試験も専門職員試験も、必ず1題は海洋法でした。だからそれがなくなった今の40代前半以下はそこが弱い。そのせいか、今回、外務省がもう少しやれる局面があったと思うのですが、ほとんど前に出て来ませんでした。
山田 おっしゃる通りで、国際的な問題ですから、本来なら外務省がコントロールしてしかるべき案件でした。でも結局のところ、取り仕切っているのが厚労省なのか、官邸なのか、よくわからないまま動いていった。
佐藤 そこも大きな問題です。
山田 ここ数年、クルーズ船は大ブームでした。インバウンド需要を当て込み、各地の港が寄港を誘致した。その結果、全国で年間3,000回近くの寄港があり、約250万人が上陸しています。いきなり増えてしまったので、どこの港の入管も税関も対応できていない状態でした。
佐藤 それを見透かして、諜報機関とか麻薬の密売組織なども、クルーズ船を利用することがあります。
山田 そうですね。船は飛行機に比べて出入国に非常に曖昧なところがありますから、密航とか覚醒剤の運搬に使われることも多い。
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海から北方領土を考える
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大陸国家型の海洋戦略
佐藤 中国の海洋戦略については、どのようにお考えですか。
山田 これは鄧小平以来、少しもブレていない。国策として海洋進出の方針をまったく変えていません。その当時、九州を起点に沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオに至るラインを第一列島線、伊豆諸島を起点に小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るラインを第二列島線として、対米防衛のための軍事ラインを定めましたが、このコロナウイルス感染拡大の最中でも、南シナ海、東シナ海での行動は少しも変わらない。むしろエスカレートしている様子です。尖閣諸島にもどんどん船が入ってきている。海を使って中国の影響力を世界に広げていくという基本的な方針のもと、一つひとつ、コツコツ時間をかけて着実に進出しているのが今の中国です。
佐藤 普通の海洋戦略だったら、基本的には海上のネットワークの強化をしてくると思うのです。しかし中国は、暗礁の上にコンクリートを打ち込んで人工島を作り、そこに基地を建てて、人を居住させる。つまり直接、領域拡大をしているわけです。これは今までの海洋国家の戦略とは違う気がします。
山田 そうです。やはり大陸国家が海洋進出しているから、そういう発想になるのだと思います。拠点形成、つまりは城を作らないと、周りを押さえられないと考えている。
佐藤 大陸国家型の海洋戦略ということですね。
山田 その言葉が一番ぴったりきます。海洋国家には、洋上に基地を作るなんて発想はありませんでした。ですから最初その動きを軽く見ていた。でも南沙諸島や西沙諸島で、最新の技術を使って簡単に島ができてしまうと、ものすごいパワーを発揮したんですね。そこに滑走路を作ったり、レーダーを設置したり、ミサイルを配置した。南シナ海はもう中国がほぼ手中に収めたといってもいいかもしれない。
佐藤 それに対する警戒感をもっと早くに持っていないといけなかった。
山田 東シナ海でも同じようなことが進んでいます。その海域にいきなり人工島を作るほどの力はないと思いますが、ガス田開発という名目で拠点となりうる施設をいくつも作っている。いざとなれば、洋上基地になりうる施設です。
佐藤 こうした動きと同時並行で、中国の歴史の書き換えを少しずつ始めていますね。あまり指摘されませんが、中華民国と中華人民共和国の領土観は違います。中華人民共和国にとってモンゴルや琉球は中国外ですが、中華民国にとってどちらも失われた中華民国領です。どうも最近の北京政府の様子を見ていると、中華民国の琉球観の方へ書き換えを始めている感じがします。そのすると尖閣問題は非常に面倒なことになってくる。
山田 彼らは用意周到ですから、動き出した時に後追いするようでは遅い。例えば地図論争になったら、お互い道筋が見えなくなります。日本の地図に書いてある、中国の地図に載っているという話は、非常に曖昧な議論です。時代も国家の枠組や制度も違うところで争っても、一致点は見つかりません。歴史的な経緯を踏まえた上で、将来を見据えたやりとりが必要です。そのためにも中華民国=台湾と中国が一体化しないよう対策を練っていく必要がある。」
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日本民族日本人が、中国人や朝鮮人を穢れた人間として嫌悪し差別し排除した事には正当な理由があった。
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中国大陸と朝鮮半島は伝染病感染地帯で、疫病は日本に上陸して夥しい犠牲者を出していた。
日本は、疫病・伝染病から日本を守る為に中国大陸や朝鮮半島との人の往来を遮断する必要があった。
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日本民族日本人は、中国大陸や朝鮮半島を病魔の巣窟・宿痾の地・汚濁の世界であるとして嫌悪し、中国人や朝鮮人を穢れた人間として差別し排除した。
その為、日本民族日本人で穢れた中国大陸や朝鮮半島に移住する者は皆無であった。
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古代から現代に至るまで、朝鮮半島から日本列島への人の移動が存在し、大和朝廷やその後の歴代政権は不法上陸者・不法入国者を取り締まっていたが、余りにも海岸線が広く沿岸住民が少なかった為に完全に取り締まる事ができなかった。
1980年代、北朝鮮は、日本国内から100名以上の日本人を拉致、誘拐していった。
それ以降も、朝鮮総連や親北朝鮮派日本人の手引きで北朝鮮からの不審船・工作船が頻繁に出入りしていた。
2019年以降、北朝鮮や中国の漁船が大挙して日本海に進出し魚介類の乱獲を行い水産資源を枯渇させ、両国の漁船は日本沿岸に接近若しくは許可なく不法に接岸している。
1990年頃、中国の犯罪組織である蛇頭は、多くの中国人貧民を日本に不法入国させて大金を稼いでいた。
日本の沿岸は、昔から無防備である。
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平安時代、朝鮮半島からの移民・難民・不法入国者であった新羅系渡来人は駿河・伊豆などの東国で反乱を起こしていた。
百済・高句麗系帰化人は親日派・知日派そして忠天皇派で、新羅系渡来人は反日派・敵日派そして侮天皇派であった。
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日本国内には、習近平国家主席の国賓を日本の国益を犠牲にしても成功させたいと切望する親中国派や媚中派が少なからず存在する。
武漢肺炎が世界に蔓延し数百万人感染と数十万人死亡という責任は、中国共産党と習近平国家主席にある。
日本が習近平国家主席を国賓として招く事は、日本が中国共産党と習近平国家主席の重大責任・不作為の犯罪を不問にする事を意味する。
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映画「ゴットファーザー」では、敵に靡く裏切り者は善意の顔をして言葉巧みに甘い言葉を囁いて先に動いた。
その事は、古今東西、変わる事のない事実である。
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日本には、中国共産党に協力する親中国派・媚中派が存在する。
中国には、日本の為に行動してくれる親日派・知日派は皆無である。
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軍国日本の積極的自衛戦争とは、ロシア・ソ連の侵略という姿の見える敵に対する安全保障と中国・朝鮮の疫病・伝染病の浸透という姿の見えない敵に対する社会保障であった。
日本民族日本人が戦った目的は、人として自分の身体と心と精神の健康、民族の自由と自立、国の尊厳と名誉を守る為であった。
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ウィキペディア
海上保安庁の歴史においては、海上保安庁の活動の歴史と組織の沿革を記す。
前史
大日本帝国時代、日本周辺海域における法秩序の維持については、旧海軍が実働部隊となってきた。しかし1945年(昭和20年)の降伏に伴って日本は非軍事化され、海軍も掃海部隊を除いて解体された。これによって洋上治安維持能力は大きく損なわれ、海賊すら出現する状況に至っていた。これに対し、政府は日本側の手による洋上治安維持組織の創設を模索しており、運輸省に水上監察隊を設置する構想、農林省に海上監視隊を設置する案、大蔵省の税関を強化する案、旧内務省の警察組織を強化する案などが検討されていたものの、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)としては、当初は日本の海運・造船・水産活動を厳しく制限する占領政策を採っており、日本海軍の復活への警戒感が根強かったこともあり、いずれも進展しなかった。
しかし1946年(昭和21年)初夏ごろより、朝鮮半島からの輸入感染症としてコレラが九州に上陸し、猛威をふるいはじめた。その流入ルートとして、不法入国や密貿易等が疑われたことから、同年6月12日、GHQは日本政府に対し不法入国取り締まりの権限を付与する旨の覚書を通達した。これを受け、7月1日、運輸省海運総局に不法入国船舶監視本部、その実働機関として九州海運局に不法入国船舶監視部が設置された。しかしこの時点で、保有船舶はタグボート3隻と港務艇13隻のみ、武装は一切なし、要員も運輸省職員で、取締業務の経験者は一人もいなかった。大久保武雄監視本部長は、第二復員局の掃海艇・要員の応援を求めたが、GHQにより却下された。
創設
この時期、GHQ側も日本の沿岸・港湾警備に課題があることを認識し、アメリカ沿岸警備隊よりミールス大佐を招聘して、課題の洗い出しと対策の策定を求めていた。ミールス大佐は、アメリカ沿岸警備隊をモデルとした、海上治安の一元的な管理機関の設置を提言した。これを受けて、関係各省の間の所轄争いを経て、1948年(昭和23年)、連合国軍占領下の日本において洋上警備・救難および交通の維持を担当する文民組織として、当時の運輸省(現在の国土交通省)外局として海上保安庁が設立されることとなった。
しかし創設にあたっては、武装した海上保安機構の創設に対するGHQ民政局(コートニー・ホイットニー准将)の反発を受け、下記の6項目が科せられることとなった。
職員総数1万名を超えない
船艇125隻以下、総トン数5万トン未満
各船艇1500排水トン未満
速力15ノット未満
武装は海上保安官の小火器に限る
活動範囲は日本沿岸の公海上に限る
海上保安庁の創設にあたり、第二復員局から掃海業務を引き継いでいた運輸省海運総局掃海管船部掃海課(田村久三課長)も、保安局掃海課として海上保安庁に移管されることとなった。これらの部隊は、引き続き第二次世界大戦中に敷設された機雷に対する掃海・航路啓開作業にあたっていた。しかし1950年(昭和25年)に勃発した朝鮮戦争において、洋上戦力で劣る北朝鮮軍は機雷戦を展開しており、一方、それに対処すべき国連軍は対機雷戦戦力の不足に悩まされていた。このことから、アメリカ極東海軍から運輸大臣への命令に基づき、海上保安庁より掃海部隊が派遣され、朝鮮半島海域において特別掃海活動を実施することとなった。
詳細は「日本特別掃海隊」を参照
これらの活動はおおむね順調に遂行され、米側より非常に好評であった[2]。しかし元山上陸作戦に伴う同地での掃海活動では、第2掃海隊のMS14号艇が掃海中に触雷・爆沈し、乗組員1人が殉職、18名が重軽傷を負う被害を出した。その後、海保側指揮官が掃海活動の方針変更を具申したのに対し、米軍側指揮官がこれを恫喝的な態度で拒絶し、帰国か作業続行かを要求したことから、第2掃海隊の残り3隻がただちに帰国するという事態になっている。
1952年(昭和27年)には第3次吉田内閣の下、より軍事組織に近い海上警備隊(沿岸警備隊)が海上保安庁附属機関として組織されたが、これはまもなく警備隊として分離され、後の海上自衛隊となった。保安庁(のちの防衛庁、2007年以降は防衛省)創設に際して、治安組織の一元化の見地から、海上保安庁も海上公安局に改組されて保安庁の下に置かれることになっていた(保安庁法及び海上公安局法)。ところが、海上保安庁側の猛反発により、結局は保安庁法の海上公安局に関する規定及び海上公安局法は施行されないまま廃止され、それに代わる防衛庁設置法や自衛隊法が制定された。そのため、海上保安庁は改組による消滅を免れ、現在に至るまでその状況が存続している。
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中国共産党は、尖閣諸島、沖縄、沖ノ鳥島そして北海道を奪う為の工作を着々と進めている。
その意図を知りながら協力する日本人が、少なからず存在する。
中国軍が造る人工島は、海の上のアンタッチャブル・チャイナタウン、つまり海上軍港要塞である。
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中国は、歴史を自分の都合のいいように、利益を最大限に奪えるように改竄・捏造・歪曲する常習犯である。
つまり、中国の歴史において事実はほんの僅かで、大半はウソである。
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日本の歴史は、西洋キリスト教史観、中華儒教史観、マルクス主義史観では説明できない。
日本の歴史を理解できるのは、民族中心神話と天皇統治を知る日本民族日本人だけである。
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海の外、日本周辺国である中国、朝鮮、ロシアは仮想敵国ではなく明らかな敵国であった。
それは、古代から変わる事のない現実であった。
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現代日本人は、昔の日本人に比べて歴史力が乏しく、自分の知識や体験に頼り、欧米諸国の政策や方針を真似ようとするが、祖先の経験や対策を学んで生かそうとはしない。
その傾向は、高学歴出身知的エリートになればなるほど強い。
武漢肺炎において、国民一人に2枚のアベノマスク配送の発想、ただ数を合わせようとして不良品が混じって使い物にならず、とどのつまりは発送にさえ失敗して国民全員に届かなかった。
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厚労省官僚は、戦時ではなく平時対応で『ダイヤモンド・プリンセス号』の初動対応で失敗した。
安倍政権もまた、習近平国家主席の国賓招待を成功させる為に、中国共産党に忖度し、中国人観光客の入国を許して感染拡大を許した。
東京都は、東京五輪を目指し、開催中止が決定されるまで無作為で放置し感染爆発を許した。
親中国派や媚中派は、中国共産党の機嫌を取る為に、必要になるマスクや医療用防護服などを中国に大量に送った為に国内で深刻な品不足になり、数多くの日本国民を犠牲にしたが、後に中国から感謝されて「良いことした」と喜んでいる。
日本国内には、日本人より中国人を優先する人々が少なからず存在し、品数の少ないマスクやアルコール消毒薬が店頭に並ぶや爆買いして中国に送っている。
彼らを動かしているのは、戦前の日本が行った戦争犯罪に対する贖罪である。
つまり、歴史教育が中国人の為ならば日本人を犠牲にするべきであると。
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