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関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
・ ・ {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・
アメリカは、ユダヤ人難民を乗せたオルディナ号、クワンッア号、フランダース号の入港を拒否した。
イギリス海軍によるタイガーヒル号事件。
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軍国日本は、国家として、建前で正式な入国ビザ・行き先国・保証人・旅費・国籍などの条件を満たさないユダヤ人難民の入国を拒否したが、本音ではユダヤ人難民を助けるべく排除する事なく受け入れた。
政府の決定と本省の命令に違反する杉原ビザは無効としてユダヤ人難民を排除できたが、日本政府と日本陸軍は正規の外交官が発行した通過ビザは有効であるとし、国家元首の昭和天皇の名誉に賭けて無条件で受け入れた。
日本に於けるユダヤ人難民保護は無償であった。
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現代日本の歴史教育は、昭和天皇・A級戦犯達・日本陸軍が、ヒトラーやナチス・ドイツのホロコーストから数万人のユダヤ人難民を助けていたという歴史的偉大な事実を抹消している。
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現代日本人は、歴史力がない為に宗教差別や民族差別が理解できない。
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世界は、昭和天皇、日本軍部、日本陸軍が数万人のポーランド・ユダヤ人難民を助け保護している事を知っていた。
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映画「さすらいの航海 」[Blu-ray]は「セントルイス号の悲劇」の物語である。
内容紹介
船は木の葉のように波間を揺れ、涙はとめどなく頬を流れる……
神よ、私達が何をしたというのですか!
1939年5月、ハンブルグ港から937人の乗客とともに客船セントルイス号はキューバに向けて出航した。乗客の大半がユダヤ人だった。
冷静で責任感のある船長シュレーダー(M・フォン・シドー)はクリスチャンだが、ユダヤ人に同情的だった。船にはゲシュタポに追われている弁護士のカール(S・ワナメイカー)と、妻(L・グラント)と美しい娘アンナ(L・フレドリック)、 高名な大学教授のクライスラー(O・ウェルナー)と、妻(F・ダナウェイ)、娘の元へ向かうハウザー夫人(M・シェル)、教師のジョセフ(J・プライス)、船長付のグンター(M・マクダウェル)らがそれぞれの思いを持って乗っていた。
やがて、キューバに到着するが、ナチによる反ユダヤ感情の煽りを受けて、キューバ政府が上陸を拒否し、船内に暗雲が立ち込めた。すぐさまユダヤ救済機関のトローパー(B・ギャザラ)は、乗客の上陸許可を求めて手を尽くそうとするのだが・・・。
実話をもとに、第二次大戦直前、大国のエゴに翻弄され難民となったユダヤ人たちの悲劇を描いたオールスター・キャストの人間ドラマ。
監督は「暴力脱獄」(67)のスチュアート・ローゼンバーグ。グランドホテル形式を取りながら、登場人物の過去にフラッシュバックせず、亡命への希望と、強制送還の恐怖に怯える乗客たちの運命を進行形で描いた。
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アメリカ・ユダヤ人達は、宗教的人種差別が常識のアメリカで生き残る為に、助けて入国させれば新たな差別のもとになるヨーロッパ・ユダヤ人難民を拒否し、世界の非難を承知でポーランド・ユダヤ人難民を助ける軍国日本への嫌悪感をアメリカ世論内で増幅させた。
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アメリカ社会には、宗教的白人至上主義から日本人や黒人・ユダヤ人に対する酷い人種差別が存在していた。
日系アメリカ人達は、アメリカ国籍のない一世はもちろんアメリカ国籍を持つ二世や三世まで敵性人として、鉄条網に囲まれ武装したアメリカ軍兵士が監視する強制収容所に送り込まれていた。
アメリカに忠誠を誓う者は兵士として戦場に送り出され、忠誠を拒否する者は酷い虐待を受けていた。
1943年10月15日にニューウェル収容所で暴動が発生し、アメリカ軍は武器を使用して鎮圧した。死者1名。負傷者29名。
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中世のころ。白人キリスト教徒は、日本人をアフリカ人同様に世界中で奴隷として売買して金儲けをし、ユダヤ人を異端審問で生きたまま焼き殺し私有財産を没収して資産を増やした。
それが、世界の常識であった。
ユダヤ人は、知恵を働かして賢く立ち回った。
黒人は、下僕として忍耐強く従順に従った。
日本人は、尊厳と名誉を守る為に殺し合いを覚悟で反発した。
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2020年5月21日夏端月増大号 週刊新潮「変見自在 高山正之
コロナ効果
カーター政権の財務長官マイケル・ブルメンソールは1926年、ベルリンの北郊ブランデンブルク市で生まれた。
ユダヤ系の父母は高級服飾店を営んでいたが、彼が10歳のときに一家の環境は大きく暗転した。
台頭したナチスはユダヤ人排斥を強め、38年11月の月の明るい夜、ゲッベルスの突撃隊が267ヵ所のシナゴーグを打ち壊し、7,500軒のユダヤ人商店を襲って略奪した。
両親の店も破壊され、彼自身もヒットラーユーゲントの少年に暴行された。
一家は故郷を捨てて命からがらナポリ発の貨物船に逃げ込んだ。
船はスエズを越え、英領ボンベイ、コロンボ、シンガポールに寄港した。
その都度、下船を望んだが、どこもユダヤ人の上陸は認めなかった。
一家がナポリを出たのと同じころ、ハンブルクから1,000人のユダヤ人を乗せたセントルイス号が出航した。しかし目的地の米保護領キューバは上陸を拒み、ニューヨークでは接岸すら許されなかった。
1カ月の漂流の挙句、船は欧州に戻り、何人かはベルギーで下船できたものの、間もなくナチスがそこを占領して、乗客のほとんどは強制収容所に送られた。
しかしブルメンソールの船は幸運だった。航路の終点、上海でユダヤ人は下船することができた。
日本人租界、虹口(ホンキュー)はビザを持たない彼らの居住を認めてくれた。
虹口からガーデン・ブリッジを渡った先の外灘(バンド)には阿片貿易で儲けたサッスーンやジャーディン・マセソンなどユダヤ財閥のビルが立ち並ぶ。
彼らは中東のセム系ユダヤ人(セファルディ)で、白人系ユダヤ人(アシュケナージ)には冷たかった。
実際、パレスチナに逃れたアシュケナージは上陸を断られ、ときには射殺された。
彼らを受け入れたのは関東軍が仕切る満州国か上海の日本人租界だけだった。
そこに身を寄せたのは約3万人。ブルメンソールはそれほどの僥倖(ぎょうこう)を噛みしめて虹口の収容施設となった旧日本人学校に入った。
やがて戦争が終わり、一家は上海を出られることになったが、ユダヤ人はどこもダメ。2年待ってやっと米国が入国OKを出した。
驚いたことに民主党政権下の米国では、親切だった日本人が支那人よりも悪い侵略者とされていた。日本人の世話で生き延びたなどと言える環境ではなかった。
賢(さか)しいブルメンソールは素早くいい日本を自分の記憶から切って捨てた。
実際、米民主党の戦後も日本を敵視し、戦前と同じように、それが共産党政権になろうとも支那人を使って日本の抑え込み続けた。
中共は米国が拵(こしら)えた南京大虐殺の嘘話に乗っかって日本人に贖罪を迫り、ODAと技術援助を引き出して半分近代化に成功した。
それは米国人には格好の奴隷工場に見え、企業は続々と支那に進出し、米支の結びつきは蔣介石時代ほどに強まった。
その一翼を担い、名を揚げたブルメンソールはつい先年、中共の招きで久しぶりに上海を訪れた。
今は、『上海ユダヤ難民記念館』と名を改めた虹口の元日本人学校で彼は『日本軍は残忍だった』『親切だった支那人の友人の恩を忘れない』と挨拶した。恥を知らない男だった。
武漢ウイルスが流行って、イスラエルは米国と並ぶ素早さで支那との往来を断ち切った。
そしたら戴玉明・駐イスラエル支那代理大使が『私は哀しい。ホロコーストの中でユダヤ人を受け入れてやった支那にこんな冷たい扱いをするのか』(隔月誌『みるとす』)と記者会見でその薄情を非難した。
イスラエルはそれまでブルメンソール的発言を特に否定してこなかったが、今回は違った。
『何を言う。ユダヤ人を助けたのは日本人だ』『上海は日本が管理していた。歴史を捏造するな』(同)
代理大使は公式ホームページで捏造部分を削除した。コロナはときに歴史歪曲を糺(ただ)す働きもする。」
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ニューヨークのアメリカ・ユダヤ人共同配給委員会(ジョイント)は、太平洋戦争中もA級戦犯達の許可を得て、上海ゲットーのユダヤ人難民達に送金し生活支援を続けていた。
アメリカ政府は、ユダヤ人難民への送金が軍国日本に強奪される軍事費に悪用される事を警戒したが、ジョイントの粘り強い説得で嫌々ながら同意した。
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日本陸軍管理下の上海ゲットーのユダヤ人難民達は、戦時中の為に物資は少なかったが餓える事なく、ホロコーストで殺される事なく安心して生活していた。
ユダヤ人難民は、物資や食糧不足で苦しい思いはしたが餓死者も治療を受けられずの病死者はいなかった。
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日本憲兵隊は、ユダヤ人難民に高額で物を売って暴利を貪る日本人・中国人・朝鮮人を厳しく取り締まり、上海ゲットー内の治安を維持していた。
ユダヤ人難民の中にアメリカ軍諜報機関に日本軍の軍事機密を洩らしていたスパイが少なからず潜り込んでいた。
アメリカ陸軍航空部隊は、日本軍が保護している上海ゲットーの爆撃を避け、ユダヤ人難民に被害を出さないように配慮していた。
終戦近く、アメリカ陸軍航空部隊が誤って上海ゲットーを爆撃した。
ユダヤ人難民達は、日本陸軍・憲兵隊に苦情を申し立てた。
日本側は、「爆撃をしないように要請するのはアメリカ軍であって日本軍ではない」と突っぱねた。
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太平洋戦争で戦死した約200万人の日本人兵士の3分の2は餓死か病死であった。
各地の戦場では、日本人の女性も子供の日本兵士と共に戦って死んでいった。
戦えない老人や女性や子供たちは、日本軍の足手まといにならないために集団自決を遂げた。
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アメリカ軍は、各都市の無差別縦断爆撃やヒロシマ・ナガサキの原爆投下実験で女性や子供たちを生きたまま焼き殺していた。
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全ての戦場において、日本軍は武器弾薬や燃料そして食糧や医薬品など全般にわたって不足していた為に、戦闘優先として敵軍や軍事基地を主に攻撃していた。
真珠湾奇襲攻撃では、軍艦や戦闘機そして軍港などの軍事施設を攻撃したが、市街地や病院や学校などの民間施設を攻撃しなかった。
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昭和天皇は、親ユダヤ派で、ヒトラーから逃げてきたポーランド・ユダヤ人難民の保護を希望していた。
東條英機・松岡洋右・松井石根らA級戦犯達は、昭和天皇の希望に従って数万人のユダヤ人難民を保護し、ナチス・ドイツ、ゲシュタポの外圧を撥ね付けユダヤ人難民をホロコーストから守り抜いた。
日本陸軍・軍部は、数万人のユダヤ人難民を上海ゲットーに収容して保護した。
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ナチス・ドイツは、同盟国の日本に対して上海ゲットーのユダヤ人達をホロコーストする事を求め続けていた。
それを食い止めたのが、満州派の松岡洋右と支那通の松井石根であった。
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上海には、フランス租界があり、キリスト教会や国際赤十字社も存在していた。
日本軍は、利敵行為をしない限り国際法による自由を認めていた。
上海は、数多くのスパイが暗躍し、激しい情報戦が繰り広げられていた。
ソ連も、多数の工作員を上海に送り込んでいた。
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上海ゲットーのユダヤ人達を監視していたのは、朝鮮人兵士や朝鮮人軍属達であった。
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日本人兵士の大半は、絶対死の生還不可能な最前線へと送られていた。
戦後、約1,000人の日本人兵士は捕虜虐待のB級C級戦犯として処刑された。
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中国共産党は、ユダヤ人難民を救済していないどころか、その逆でユダヤ人富裕層を弾圧し惨殺しその財産を強奪していた。
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虐殺・ホロコースト・ジェノサイドを行ったのは、軍国日本ではなく中国共産党である。
軍国日本は、戦争としてやむなく悪い事をしたが人道貢献として勇気をもって良い事もした。
中国共産党は、良い事は一つもしていない。
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昔の日本人と現代日本人は別人のような日本人である。
その証拠が、昭和天皇に対する態度である。
昔の日本人は、昭和天皇や皇族を守り、男系皇位継承の皇室を存続させるべく、命を捨てても国體護持にこだわった。
現代日本人は、昭和天皇を嫌い、男系皇位継承を女系天皇継承に改悪し皇室の万世一系を消滅させようとしている。
女系天皇即位・女系宮家創設に賛成する日本人は約80%に達している。
真面目に考える日本人は2割、不真面目に考える日本人は3割、考えず流される日本人は5割。
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上海系ユダヤ財閥に関係するファシスト中国(中国国民党)の一部は、セム系ユダヤ人難民を助け厚遇したが、白人系ユダヤ人難民は冷遇し突き放していた。
中国共産党は、ユダヤ人難民救済保護には一切関与しなかったどころか、裕福なユダヤ人弾圧を行っていた。
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ユダヤ人難民を救った日本人の多くは悲惨な末路を迎えた。
昭和天皇は、逝去された後、現代においても国内外から極悪人とされ天皇の戦争責任と戦争犯罪が問われ、かって国家元首であったという名誉が剥奪されている。
東條英機・松井石根らはリンチ的縛り首で殺され、杉原千畝は外務省から追放された。
松岡洋右らA級戦犯達が祀られた靖国神社は、戦争神社・戦争讃美神社・戦争肯定神社として廃絶を求められている。
昭和天皇や東條英機・松岡洋右・松井石根らA級戦犯達は、人格を否定され、人としての尊厳まで踏み躙られている。
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小国は、大国の攻撃から母国を守る為に周辺の小国と攻守軍事同盟を結ぶ事はない。
小国が数カ国と攻守軍事同盟を結んで大国と対抗しようとしても、所詮弱小連合は大国に滅ぼされるだけである。
小国の生き残り戦略は、大国に臣下として仕え、大国の関心を別の国に向け、別の国を攻撃させる事である。
小国が大国に屈して下僕となる事を拒否するならば、大国の侵略を撃退できる軍事力を持った中規模国に作り変える事であった。
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昭和天皇は、親ユダヤ派として、ヒトラー、ナチス・ドイツから逃げてきた数万人のポーランド・ユダヤ人難民の保護を切望していた。
東條英機・松岡洋右・松井石根らA級戦犯達は、ナチス・ドイツ、ゲシュタポの外圧を拒絶して、上海ゲットーに保護した数万人のユダヤ人難民をホロコーストから守り抜いた。
戦後、現代において、日本はおろか国際の世論は昭和天皇を犯罪者と断定し、死してなおも天皇の戦争責任と天皇の戦争犯罪が糾弾され続けている。
ユダヤ人難民を助けた東條英機らA級戦犯達は、リンチ的縛り首で処刑された。
松岡洋右らA級戦犯達が祭神として祀られている靖国神社は、戦争讃美神社・戦争肯定神社として廃絶を求められている。
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現代日本人は、自分の利益・金儲けにならないことは無駄なことして切り捨て、危険を承知で火中の栗を拾う事はない。
栗とは、ユダヤ人難民を助けた昭和天皇や靖国神社の東條英機らA級戦犯達の事である。
火とは、戦争を始めた昭和天皇とA級戦犯達は重犯罪者という国内外の世論と日本人悪人史観である。
昔の日本人には火中の栗を拾う勇気があったが、現代日本人には火に手を突っ込む勇気がない。
現代日本人と昔の日本人の違いは、被害を覚悟で行動する勇気が有るか無いかである。
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ユダヤ人と言っても、民族意識で団結しはいなかった。
地球上には、ヨーロッパ・ユダヤ人、アメリカ・ユダヤ人、中国・ユダヤ人、満州・ユダヤ人、中東・ユダヤ人など地域事にユダヤ人共同体があって、お互いに仲が悪く、自己責任の原則で助け合う事は無かった。
ヨーロッパ・ユダヤ人の中でも、イギリス、フランス、ドイツ、ポーランド、ソ連など各国に戸別のユダヤ人共同体があり、利益・金儲けで付き合っていたが、いざとなった時は自助努力で見捨てた。
中東・ユダヤ人の中にも、パレスチナ、エジプト、シリアなどに分かれていた。
さらにユダヤ人と言っても、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒で分かれ、話す言語で複雑に分かれていた。
ドイツ・ユダヤ人は、少数派のヒトラーを支援するユダヤ人とヒトラーを否定するユダヤ人、多数派のヒトラーに関心も興味もないユダヤ人に分裂していた。
中東・ユダヤ人は、ヒトラーから逃げてきたヨーロッパ・ユダヤ人難民が乗船する輸送船を襲撃し、輸送船を撃沈してヨーロッパ・ユダヤ人難民を殺害していた。
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