🎑16)17)19)─1──能。〜No.32No.33No.34No.35No.36No.37 ⑤

こんなに面白かった! 「ニッポンの伝統芸能」 (PHP文庫)

こんなに面白かった! 「ニッポンの伝統芸能」 (PHP文庫)

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 能は、身分卑しい地方の下層民の野卑な踊りであった。
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 2015年7月号 月刊文藝春秋「文字に美はありや 伊集院静
 第19回 秘伝の書、後継の書
 日本人が歴史で呼ぶ〝中世〟という時代はまことにユニークな時間の流れを持っている。特に中世前期は興味を引く。安土、桃山へ至る応仁の乱以降の乱世の期間は統治者の貌(かお)も転々としたが、日本の歴史の中で、日本人が発想しえなかった芸術の貌が誕生し、短期間のうちに成熟し、今日までそのかたち、風貌、精神を継承している。しかもその存在は光を失っていない。あの田舎侍たちが、日本という箱をガラガラポンと振り回した明治維新の荒波でさえ毅然と生き残った。欧州化がさも理想と声を大にせよとした折、岡倉天心は世界にこの日本という国と人々の、感性を主張する象徴に持ち出したほどだ。
 〝お茶の湯〟〝能〟と、である。
 人で言えば〝千利休〟と〝世阿弥〟である。
 以前、この連載で、文字(ここでは漢字であるが)について白川静博士もおっしゃっているが、人間にとって必要不可欠なものは長い歴史の時間で完成するのではなく、或る時期、少人数の才能ある人の創造力、推進力を持って脅威的な速度で完成をする」
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 世阿弥の本名は、秦元清という。
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 1370年頃 日本芸能の一つである「能」は、「猿楽」或いは「申楽」と呼ばれ、平安時代頃に大和国で自然発生的に生まれた。
 猿楽師や申楽師は、最下層の河原乞食・非人・ヘタ・賎民と馬鹿にされ、その舞いは教養の欠片もない野卑で下品な乞食の所作と軽蔑されていた。
 大和猿楽師・観阿弥の子である世阿弥(実名・元清)は、舞が芸能に対する鑑賞眼のある足利義満に気に入られて庇護を受け、足利義満からの舞に対する高度な要求に応えるべく精進を重ねた。
 能舞は、公家の二条良基らからも贔屓にされた分、更なる厳しい要求に応えるべく優雅さに磨きをかけていった。
 江戸時代には武士の嗜みとされ、将軍や大名に能舞を教える能役者は武士の身分を与えられた。
 能役者は、第一人者として驕り、玄人肌的に能楽への鑑賞眼のある将軍や大名の前で手を抜いたいい加減な舞をすると咎め受け、身分やを剥奪され資産を没収されて追放されるか、最悪、切腹を命じられた。
 世に認められ名声をえ地位を上げた日本芸能は、武士の身分を得ると引き換えに死と隣り合わせの「覚悟」が強要された。
 演者の能舞に対する「死」の覚悟が、世界遺産をもたらした。
 真剣勝負の能楽は、日本独自の芸能であって、中国や朝鮮の身分低い卑しい芸事とは一切関係ない。
 日本の身分制度は、未来永劫変わる事なくその家族に押された烙印ではなく、流動的に変わりうるものであった。
 日本芸能の半数が、差別されていた下層民達が生活の為に金を稼ぐ手段として生まれた。
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 観世清和(26世観世宗家)「現在まで継承されている伝統的な稽古法を、まずは重んじるべきと考えます。なかでも『工夫する』ことをとりわけ重く受け止めていて、稽古中は『もっと工夫しなければ駄目だ』という言葉をよく使います。
 能では型や様式美、規範を重んじますのは、どんな工夫もその枠をはみ出してはいけない。なぜ型や規範が大事なのかといえば、逆説的な表現ですが、舞台の内容にはお客様がよりリアリティーを感じてもらうためなのです。無駄を削ぎ落とした方が、実はお客様の想像力を刺激する。
 静止していれば良いかというと、そうでもない。ある名人がこう話しました。『三間四方の能舞台で、いかに動かずに深いリアリティーを現出させるか』と。実現できればスゴい事ですが、面白くないですよ。
 あくまで規範の中でこそ自由さは許容される。『本番当日、舞台の上での即興はあるのか』と問われたら、『規範の中でなら、あり』それもなのです。
 ……
 観阿弥世阿弥がやっていた能の形をまったく変えずに踏襲し続けている訳ではありません。時代も人も常に変化している以上、芸術も変わらなければ嘘ですよ。私どもは現代人ですし、コピーマシンのように先祖と同じ事をやれるかといえば、それは無理です。
 ……」
 能には亡者を供養し鎮魂するという意味合いを持つ一面があります。能の作品には、老若男女、有名無名問わず、無念の死を遂げた人々を題材としたものが多いのです。『亡者達が生きていた時間のうちの一瞬でもよいから輝きを、舞台上で命の花を咲かせてやりたい』と人の心に寄り添う世阿弥の優しさを、演じていて感じます。能の数々の型や謡(うたい)の中の詞章(ししょう)は、世阿弥の優しい心が宿っているかあこそ美しいのだと思うのです。世阿弥の作品はこれ以上ないというほどの美文で綴られており、特に『松風』や『井筒』は、世阿弥の文章力が存分に発揮されている。これは文学史上の奇跡です。また『初心忘るべからず』や『秘すれば花』『離見の見』などの名文句が時代を超えて現代にまで受け継がれています。それは、能が日本人にとって心の原点であり、共感できる部分が多いからではないでしょうか。
 ……
 いまのような能の形になったのは、もう少し後の時代で、徳川幕府の式楽(国家指定芸能)に指定されてから能の洗練度を増しました。室町時代の文芸のエネルギッシュさが、徳川時代に失われたのではないかという通説がありかすが、まったく違います。能楽師達のエネルギーは式楽になってからまったく失われませんでした。それどころか、幕府お抱えの立場になり、今度はいかに洗練度を増すかという事に工夫を重ね、日夜力を傾注していたと思います。……涙ぐましい工夫を重ねてきた事がよく分かります。おうやって能楽の爛熟期を迎えたのが江戸時代だと、私は捉えています。
 ……
 江戸城の西の丸にあった能舞台で、将軍や諸大名の御前で演ずるのですから、やりにくかったでしょう。例えば『井筒』を舞うにしても、将軍や大名は、『井筒』の謡は諳んずる事が出来たと思います。そんな状況で家元クラスが演じて、間違えようものなら切腹ですよ。なかには自ら能を舞う将軍もいらして、……
 美しい型には、自然と美しい心が宿るのです」
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 観世清和(26世観世宗家)「再開の日を心待ちに……能楽において、私もまた、観阿弥世阿弥以来の、700年近い伝統を受け継いで行く使命を担っています。あるいは、歴史によって鍛えられた揺るぎない『型』をもつものの継承は、容易と思うかもしれません。しかし決してそうではないのです。ある碩学は著書に『伝統が形式として与えられた時、すでにそれは伝統ではない。伝統は追体験によって個に内在するものとなって初めて伝統になる』という趣旨の事を記されました。まさにそうだと膝を打った覚えがあります。
 確かに私どもの稽古は、型を繰り返す事から始めます。理屈は何もありません。ただ言われた通りに真似る。謡いも師匠の後に付いてオウム返しにするだけです。何度も違うと言われ、駄目だと叱られながら、しかし懸命に真似るのです。するとある時『なるほど、そういう事か』と腑に落ちる瞬間がやってきます。そしてそれは、ただ一回の経験ではありません。20年、30年と稽古や舞台を重ねてなお新たな気付きが沢山あります。私自身、あるとき父が言いたかったのはこの事だったかと、今になって改めて知る事が少なくありません。
 おそらく『伝統を受け継ぐ』という事は、与えられた型に対する敬意を持ち、それを懸命に真似る中で、何故そうなのかという意味を自分なりに見付けて行く、その努力にあるのだと思います。ただ上辺の型を繰り返すだけであったら、それはやがて形骸となって、命を失ってしまうでしょう。
 ホテルオークラのロビーに一歩足を踏み入れれば、そこには何時も変わらぬ気遣いともてなしがあるという事の背後に、どれだけの努力と訓練があるのか、しかもその努力の跡も見せないプロフェッショナルの心意気、私は心から敬意を表したいと思います。
 幸いホテルオークラからお誘いを頂き、半世紀の歴史を歩いてきた本館にお別れをする数々の記念事業の『最終章』として、『平安の間』を会場に『観世宗家特別公演』を二日間にわたって勤めさせて頂きました。
 ご存じのように、能楽の出自は神仏に奉納する舞です。地を鎮め、人の心を慰め、神仏の加護と世の平安を祈る役割を担っていました。もしも私どもの演能が、多くの人々と共に敬愛するホテルオークラ半世紀の歩みを未来へとつなぐ区切りの祝宴となったとすれば、これに勝る幸いはありません」
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 キリスト教世界の演劇における主要なテーマは、逃れられない「原罪意識」であった。
 日本の能楽、歌舞伎、文楽などの伝統芸能における主要な題材は、「そのままでいい」「あるがべきよう」にであった。
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 『栂尾(とがのお)明恵上人遺訓』「人は阿留辺幾夜宇和と云う七文字を持つべきなり。僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり」
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 澤田瞳子「歌や説話、更には数々の史実までを糧に紡ぎだされた能楽は、いわば古代から室町期に至る文化の結晶。それだけにストーリーを重んじる近代の文学は、高い物語性を有する能楽の前には、まさに手も足も出ないのに違いない」
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 真山和幸「(初心忘れるべからず、とは)これは世阿弥の書『花鏡』に記された言葉ですが、世阿弥のいう『初心』とは初々しさではなく、『芸の未熟だったころ』のこと。世阿弥は決して初心をいい意味に捉えていない。むしろ過去の自分の未熟さを心に刻むべきだと説いているのです」
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