⛨445)─1─英語教育と自国言語の自殺。オランダ。〜No.1007No.1008@       

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 2018年7月13日 産経WEST「【世界を読む】英語に席巻される大学 オランダで「言語自殺」論争 日本語の未来は
 オランダの大学で英語による講義が急増し、自国語軽視との批判が高まっている。写真はアムステルダム中心部(ロイター)
 幕末、緒方洪庵が大阪に開いた適塾に蘭和辞書は1冊しかなかった。福沢諭吉ら塾生が奪い合うように使う「辞書部屋」は、明かりが消えることがなかったという。日本の開国と近代化はオランダ語で始まった。時代が移ったいま、英語が席巻するオランダの大学で自国語軽視との批判が高まっている。「言語自殺だ」との厳しい声も。英語という黒船を前に「言語開国」はいかにあるべきか−。(坂本英彰)
 「言語としてのオランダ語の質を守り維持することに失敗し、英語の重要性を過剰に評価している」
 オランダ王立芸術科学アカデミーは、2月に出した報告書で同国の言語政策を手厳しく批判した。AFP通信(電子版)が伝えた。同国教育省の報道官よると、オランダ語で行われる講義は学士課程で65%、修士課程ではわずか15%だという。
 学術レベルがあがるほど自国語の扱いが悪くなる状況は、アカデミーとして看過できないようだ。
 「オランダ語はキャンパスから消えつつある」
 背景にあるのは留学生の獲得という世界的な大学間競争だ。世界大学ランキングの普及などで「国際化」は数値ではかられる。英語の導入率も重要な指標だ。
 留学生は大学財政を潤し、有能な学生が集まれば評価も高まる。英語教育に力を入れてきたことや言語的な近接性から、非英語圏ながらオランダは国民の9割が英語を話すといわれ、もともと英語への抵抗は少なかった。しかし近年は過度な英語への傾斜は弊害も大きいとして批判も強い。
  アムステルダム大の創立386年式典で1月、カレン・マークス教授は「学生の80%がドイツ人や中国人という教室を想像してほしい。それは私たちが思い描く未来ではない」と述べ、過度な国際化に警鐘を鳴らした(ティルブルフ大独立ニュースサイト)。アムステルダム大の留学生は過去10年で4倍となり、全体では15%だが初年度生では25%になるという。同国の教育団体によると、オランダ全体の留学生は約12万人で学生の12%を占め、ドイツがトップで次いで中国からの留学生が多い。
 アムステルダム大の哲学教授、アド・フェルブルッヘ氏はAFPに「大学は留学生獲得競争に生き残るため英語での授業提供を強いられている。オランダ語は徐々にキャンパスから消えつつある」と指摘した。
 失われる繊細さやユーモア
 フェルブルッヘ氏が率いる同国最大の教職員組合BONはこうした状況を変えるため法廷闘争に踏み出した。国際ビジネスなど英語に直結する科目以外はオランダ語を使うとの法律に違反しているとして、心理学の修士課程を英語でのみ提供している2大学は違法だとして訴えた。
 フェルブルッヘ氏は裁判の行方はわからないとしつつも「少なくとも議論を引き起こすことはできる」と言う。同氏は「わたしたちは言語の自殺を見ているのだ」と危機感を訴えた。
  学生たちにも不満が高まっている。ダッチ・ニュース(電子版)は地元テレグラフ紙などを引用し、増大する留学生のためオランダの学生は学ぶ機会を逸していると伝えた。とくに定員のあるコースでは深刻という。また学生団体LSVBによる2015年末のアンケートで、英語が下手な教師の講義が理解できず苦労しているとの回答は60%にのぼった。ある学生は「英語での講義はいいとしても、教師の英語レベルをあげるべきだ」と述べた。
 ラテン語担当の教授は、自身も英語で講義を行う場合は細部やユーモアが失われていると認め、「大学は英語に主要な地位を与えて学術的な繊細さや情熱を失った。恥ずべきことだ」と言う。
 一方、教育行政をつかさどる側は英語の導入に積極的だ。イングリット・エンゲルスホーフェン教育相は6月、「国際化に圧倒されるという否定的な言い方で恐れをなすのは間違いだ」として、内向き志向に警鐘を鳴らした。
 国会の委員会にも呼ばれたマーストリヒト大のマーティン・ポール学長は英教育誌への寄稿で、英語はキャリアチャンスを高めると訴え、こう主張した。
 「英語の広範な使用でオランダ語が亡びるなどと恐れる必要はない。イスラエルの大学では英語で教育が行われてきたが、ヘブライ語が消滅するなどと誰も言わない」
日本語が亡びるとき
 オランダの言語論争は、日本にとっても全くの他人事とはいえない。理系を中心に論文発表は英語使用が標準化しつつあり、英語だけで学位取得できる修士課程を持つことは一流大学の必須要件ともいえる。
 慶応大は経済学部など学部レベルでも英語だけで学位を取得できるコースがあり、全学的には語学以外に800以上の英語による講義を設けている。
 2008年に話題となった「日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で」で作者の水村美苗氏はインターネットで英語の地位は不動のものになったと指摘し、学問などで使える書き言葉としての日本語の未来に悲観的な展望を示した。
 明治の知識人が西洋の学術用語を大量に日本語に置き換えたため、日本人は自国語での学問が可能になった。英語による論文執筆や授業はこうした作業を不要とし、日本語を日常会話の言葉におとしめかねないというのが水村氏の主張だ。

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