調整中♦Ⅷ─9─ダヤ人を完全排除した、閉鎖空間・江戸。1868年 

旧題名・「ユダヤ民族と日本民族は同族か? 天皇の祖先はユダヤ人か?」
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 二つのブログを、四つに分けて建設する。
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*仏教勢力による、神道の無力化計画。
 1868(明治元)年 近代的天皇制度の下で新政府が樹立された。
 植民地化しようとする欧米列強の軍事的外圧に対抗する為に、天皇に権力を集中して専制君主とした。
 現代日本で、平和に対する犯罪機構として世に嫌われる「天皇ファシズム」の走りである。
 この時から、マルクス主義は、天皇を人民を搾取する横暴なる専制君主であると認定し、人民の幸福を守る為に打倒すべき敵と宣言した。
 国学者及び神社側は、永年続いた外来宗教・仏教の精神支配を排除する為に、王政復古の大号令で下級武士階級が樹立した明治新政府に圧力をかけて神祇省を創設した。
 「神仏分離令」が発布され、多額のお布施を強要する葬式仏教に不満を持っていた貧しい庶民は、全国で廃仏毀釈を起こした。
 庶民は、利益優先で金儲けに狂奔する強欲な寺院を襲撃し、仏像や仏具や仏典などを破壊した。
 欧米の美術商は、奪い去られた仏像や仏画などの美術品を安く買い叩いて国外に持ち出した。キリスト教徒商人にとって、仏像は信仰の対象ではなく、単なる金儲けの為の美術品に過ぎなかった。
 仏教界は、国際感覚のある政治家や軍人や高級官僚そして在野の上級武士階級を総動員し、1906年に「神社合祀令」を発令させた。小作人出身の伊藤博文(東荷神社)や足軽出身の山県有朋ら下級武士出身の政府高官や上級将校らは、仏教界に協力した。
 庶民の困惑を無視して、国家権力で全国にあった由緒ある神社約20万社の内10万社以上を潰した。そして、神社の神域である自然を破壊した。
 2600年以上守って来た民族の神々が息づく神域を国家財産として接収し、永年入山禁止としてきた山野を破壊し、神が宿るとされた御神木を伐採し、神が降臨する巨石・巨岩を砕き、「神殺し」を断行した。
 神聖とされた農耕地は、都市の投資家の単なる金儲けの道具にされ、貧しくとも何とか生活できていた農村は借金苦で荒廃した。
 明治になるや、貧困化した農民の一部が、重税に苦しめられる日本に絶望して、自由を求めて人種差別の激しいアメリカに移住した。
 移住する勇気のなかった農民は、抵当は言っている田畑を都市の投資家にとられ、幼い娘や妻を都市の遊郭に遊女として売り、高利貸しから借りた借金の返済にあてた。
 都市の男達は、金を払って農村から売られてきた生娘を好んで買った。
 都市の慈善家は、農村の救済を声高に訴えるが、自分の手を汚す様な現実的行動は取らなかった。
 農村優位にあった日本は、国際化に伴って欧米社会同様に都市優位となった。
 日本の近代化は、都市型資本主義による「神殺し」で推進された。
 軍部は、農村部の都市部への不満を利用して政治力をつけ、農村型ファシズム体制の確立へと暴走した。
 国際社会から非難を受ける日本の農村型軍国主義は、閉鎖的農村部を地盤として成立した。
 その被害を蒙ったのが、開放的都市部であった。
 反天皇反軍部反日派日本人は、マルクス主義を受け入れて、都市部を中心に勢力を拡大し、都市労働者を味方に引き入れて天皇制度破壊の暴力的プロレタリア革命を目差した。
 日本人マルクス主義者は、反日朝鮮人テロリストやソ連共産主義勢力と協力して天皇暗殺計画を練り、日本人の目の前で実行した。
 現代(人口約1億2,000万人)では、約8万1,000社の神社に激減し、名も無き小さな社は敬虔な氏子(神の血を引く子孫)を失い、無宗教反神論の日本人リベラリストから忘れられて朽ち果てようとしている。
 政治力を強めた仏教界は、近代国家の条件とされた「政教分離」の原則を大義として、民族中心主義的神社神道の政治力を無力化し、天皇親政を全面に出して責任を宮中に負わせ、無宗教で単にお辞儀をするだけの「国家神道」を新設して巧みにその陰に隠れた。
 国家神道とは、布教を行わない宗教性の薄い頭を下げるだけの「儀式行為」であって、他国を宗教侵略し、日本人以外の外国人を改宗させて信仰を強要する宗教ではない。
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 世界の常識として、「政教分離」とは表向きに過ぎず、如何なる政府でもその正統性はその国の神によって承認されている。
 宗教儀式を経ない国家元首は、存在しない。
 神の承認を否定するのは、共産主義体制のみである。
 政治と宗教を完全に分離するのは、反宗教無神論の国際的マルクス主義者である。
 ゆえに、国際的マルクス主義者は、科学的人工の一党独裁体制革命を唱え、日本を完全破壊するべく天皇制度と民族主義を攻撃した。
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*日本を普遍的な「神の国」に改造する為に、再上陸して来たキリスト教会。
 1858年 セポイの乱。イギリスはフランスと共謀して、インド・ムガール帝国の内紛を煽り、大反乱をそそのかし、社会を混乱させ、三世紀続いた帝国を崩壊させて植民地化した。
 アメリカは、「天から与えられた明白な使命」を掲げて、インディアンを虐殺し、生き残ったインディアンを不毛の保留地に強制移住させて土地を奪った。保留地で多くのインディアンが餓死したが、政府は救済する事なく放置した。
 キリスト教会は、彼等を救済し、半強制的に改宗させ、祖先からの宗教を捨てさせた。こうして、多くの民族宗教が消滅した。
 インディアンの組織的抵抗は、1890年のウーンデッドニーの虐殺で終結した。
 アメリカは、領土拡大の為に戦争を繰り返していた。
 欧米の大陸史とは、平和ではなく、植民地と奴隷を獲得する為の戦争と略奪の歴史であった。
 普遍宗教であるキリスト教の伝道史は、民族宗教の撲滅を使命としていただけに、戦争と略奪史と切っても切れない密接な関係にあった。
 1861(〜65)年 南北戦争。62万人が犠牲となる。
 北軍と南軍は、それぞれ捕虜仮収容施設を設けて敵軍兵士捕虜を収容したが、戦争の勝利を優先して食料や医薬品を送らず、多くのアメリカ人を敵と言うだけで飢えと病気で死亡させた。
 1863年1月 リンカーン大統領は、奴隷解放宣言を発表した。表面的には、黒人差別がなくなったが、差別はなくならず、南部を中心にリンチは発生して多くの犠牲者が出ていた。
 自由と平等は、白人にのみ許された特権であり、黒人や有色人種には認められていなかった。
 その人種差別は、ヨーロッパでも常識であった。
 最高裁は、1896年に、差別は憲法の精神に違反するが、人種隔離は合法と認めた。
 1871年 明治政府は、日本人全員に「苗字」を持たせる事に、「姓」を廃止して「苗字」に一本化する事を決定した。
 1872年 修験道廃止令。各地の霊山を歩き回る修験道の開祖、山伏の元祖は、役の行者である。修験者や山伏は、アニミズム多神教の神々に呪術を唱えながら、山に籠もり、滝に打たれ、山野を駆け巡っていた。
 知的エリートは、一神教的価値観を日本に根付かせる為に、日本の非科学的な多神教的発想を廃棄しようとした。
 神が住むとされた神聖な山嶺は、神を信じない無神論者の登山家によって切り開かれ、ゴミは捨てられて汚され、自然は無惨に踏み荒らされた。
 1873年 欧米列強は、キリスト教会の要請を受けて、「信教の自由」の原則を大義としてキリスト教禁止令の廃止を日本政府に迫った。
 弱小国日本は、列強の協力で国を近代化する為に外圧に屈した。
 キリスト教会は、日本人が御上の権威・御威光に弱い事につけ込む為に、全国での布教活動を開始する前に多くの政治家や上級軍人や高級官僚を改宗させた。
 ちなみに、「信教の自由」とは、普遍宗教に認められた権利であり、民族中心宗教には認められていない権利であった。事実、「信仰の自由」の名目で多くの民族宗教が消滅させられている。
 国家・民族を改宗させる為には、将来ある子供を効果的に洗脳する事であった。
 そこで、子供をキリスト教に馴染ませる為に、民族宗教的生活習慣を排除するべく近代的教育運動を推し進めた。
 普遍宗教の排他的絶対教義で、民族中心神話的神事を非文明的行為として軽蔑し、神代から受け継いだ現人神・天皇を野蛮な因襲として否定した。
 キリスト教価値観で日本を近代化させ、天皇キリスト教に改宗させ、最終的には非日本人を天皇に即位させることである。つまり、「分割して統治する」というインド方式による日本支配計画であった。
 つまり、ローマ教皇の様に、「公」としての血筋や血統重視ではなく「個」としての能力・才能・実力重視に変更する事であった。
 だが、日本民族キリスト教化は現人神・天皇の神性によって、またしても失敗に終わった。
 対して、歴史的に根強い反天皇反日本感情を持つ朝鮮では、日本に対抗する為に改宗者が続出した。
 欧米列強は、意味不明の天皇を中心とした独自の民族的価値観にこだわる日本を認めず、国際社会で孤立化させる政策を共同で採用した。
 反日朝鮮人と日本人キリスト教徒は、天皇の神性を悪魔的邪悪として憎悪し、日本民族の「心」「魂」「命」の拠り所である神社への礼儀としての敬意を「信仰の自由」を理由にして拒絶した。その最たるものが、靖国神社参拝拒否である。
 普遍宗教を信仰するキリスト教徒は、2600年間、日本民族日本人(愛国心と忠誠心を持った日本国籍者)が大事に受け継いできた民族中心宗教としての「情緒」(心情・情感・感情)に、理解を示す事なく不寛容にも土足で踏みにじったのである。自分の事しか考えない彼らは、日本国籍を嫌い、日本人が持っていた「相手に敬意を払う」という伝統的素養を愚の骨頂であるとして捨てた。
 「個」強靭的精神を信奉する彼等は、情緒的なひ弱な日本人を嫌った。
 プロテスタンティズムアメリカ系キリスト教会も、250年以上の永きに渡りキリスト教を排除している背教者日本人の人格を否定した。天皇信奉者日本人を、強制的に改宗させ、民族中心主義の日本精神を捨て、国際的普遍主義のキリスシタン精神を根付かせる為の強攻策を求めた。
 神道的日本人は、欧米列強のキリスト教的植民地化を憂えて天皇を中心とした神懸かり的軍国主義国家を目指すべく、殖産興業と富国強兵の両政策を採用して、武力を背景にして周辺地域を国家防衛の為に勢力下に組み込んだ。
 反日朝鮮人キリスト教徒日本人は、激しく抵抗し、天皇暗殺というテロ行為に走った。
 精神的に国家を防衛する為に、1890年に教育勅語渙発して天皇を現人神として崇拝する臣民倫理を基礎にした、神道的国家意識を国民に押し付けた。
キリスト教徒日本人は、地上に「神の王国」を建設する為にローマ教皇キリスト教会に絶対服従を誓い、天皇と国家への忠誠を拒否し、皇室を転覆し「神ながらの道」を破壊する為に陰謀に加担した。不寛容な彼等は、神社そのものを認めない。
キリスト教会は、天皇に無知を自覚させて土下座させる為に、国體破壊と神道解体を神聖な使命としていた。
 歴史的事実として、異教国家日本は滅ぼされ、現人神・天皇天皇を守ろうとした臣民日本人は「聖なる火」で焼き殺される運命にあった。
 日本を「絶対神の天罰」で焦土とする強い意志は、太平洋戦争で現実化された。
 だが、天皇を戦犯で処刑する事も、皇室を改宗させるという最終目的も失敗した。
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 時は、キリスト教による宗教的白人選民主義の差別時代であった。
 1877年 キリスト教徒のヴィクトリア女王は、異教国インド帝国の皇帝を兼ねる事を宣言した。
 インドを、イギリスの直轄領と友好的な旧王侯の藩王国に分割した。大小550の藩王国を設立し、対立させる事で反英的民族運動の芽を摘んだ。
 イギリスは、ベンガル地方で悪辣で徹底した搾取を行い住人の3分の1を餓死させた。
 1885年 西洋列強は、海岸線を占領した国はその内陸を植民地化できるという、世界再分配化条約であるベルリン条約を結んだ。
 当時の国際化は、白人キリスト教国による植民地化であった。
 アジアの小国日本は、一国で欧米列国の外圧と戦い、生き残る為に軍国主義による富国強兵を採用した。
 ここに、世界から敵視され、憎悪の的となる軍国日本が誕生した。
 1886(明治19)年 イギリスは、第三次ビルマ戦争に勝利するや、異教国ビルマ王国を植民地としてインド帝国の一州とした。ビルマ人は、文明無き獣とされ、人間以下の奴隷とされた。
 異教徒のビルマ王家は、悲惨な末を辿って消滅した。
 ヘンリー・S・パーマーの『タイムズ』の記事。「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌の良さがありありと現れていて、その場の雰囲気にぴったりと融けあう。彼等は何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見付けてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている」
 チェンバレン「一般的に言って、教養ある日本人は彼等の過去を捨ててしまっている。彼等は過去の日本人とは別の人間、別のものになろうとしている」(『日本事物誌』)
 1898年 アメリカ・スペイン戦争。フィリピン革命軍は、アメリカ軍に協力してスペイン軍を攻撃した。
 1902年 アメリカ軍は、フィリピン革命政府軍約12万人を攻撃し、フィリピン人20万人以上を虐殺した。
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天皇の国・賤民の国―両極のタブー (河出文庫)

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