🎑108)─9・H─マンガ輸入国フランスはマンガを「高尚な第9芸術」と認めている。~No.243 ㉓ 

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 2023年3月12日 MicrosoftStartニュース 現代ビジネス「日本のマンガ、じつはフランスで「高尚な芸術」として受け入れられていることをご存じですか?
 大野 舞
 日本漫画の快進撃
 フランスにおける日本の漫画市場はコロナ禍を経て、現在も成長を続けている。日本に次いで世界第2位の規模を誇るフランスのマンガ市場は、この10年間で4倍に膨らんだ。2022年には金額にして 3億8100万ユーロ(約530億円)の規模に達している。
 つい先日、フランスではヨーロッパ最大級のアングレーム国際漫画祭が開催され、そこでも日本の漫画が多くの人を惹きつけ、大盛況だったという。
 私は日本の漫画の快進撃を2010年代から見つめ続けてきた。フランスにある日本の漫画を翻訳出版する会社に入社したのが2013年だったが、その時に強く感じたことの一つは、フランスでは日本の漫画が、一種の「高尚な文化」として受け止められつつあるとのではということだった。
 日本での漫画の位置付けは一般的に、大衆文化、娯楽、エンタメ、という感じではないだろうか。では、フランスではどうだろうか。もちろん、ワンピースは毎週売り上げランキングでは一位に輝き、日本文化の祭典「ジャパン・エキスポ」は、例年コスプレをする若者や家族連れで大賑わいだ。
 このように、日本の漫画はフランスにおいても大流行りしているという感覚は大いにあるのだが、一方で私が住んでいた小さな町の図書館にも漫画は当たり前のように並び、そこで親が子どもに漫画を勧めている姿もあった。日本と同じように娯楽のひとつとして広く浸透しているという見方もできる一方で、もうひとつ、少し特殊な観点からの受容があると感じるのだ。
 フランスの書店 Photo by gettyimages
 © 現代ビジネス
 それは、一言で言えば、日本の漫画が一種の「芸術」として受容されているということである。
 フランスには、芸術に関する「分類」が存在している。それは一般的には「建築」「彫刻」「絵画」「音楽」「文学」「演劇」「映画」「メディア芸術」の8つである。そして、20世紀に入り、フランス語圏で主に発達を遂げてきた漫画文化、「バンド・デシネ(ベーデー(BD)と呼ばれる)」は「第9の芸術」として認められるようになった。
 このような背景の中で、日本の漫画も同じく「第9芸術」としてフランスでの受容が進んでいるわけだが、それは具体的にはどういうことなのか。
(1)「モノ」としての本のクオリティ
(2)文化の正当性
(3)メディアでの取り上げられ方
 という3つの観点から考えてみたい。
 「モノとしての本」のクオリティ
 まず(1)「モノとしての本」のクオリティ、という観点。
 ある作品を評価するために、その内容に関する議論がなされるのは当たり前であるのに対し、どのような紙を使って作られた本なのか、カラーページの有無や表紙の質、本のサイズなどといった「物質的な側面」「モノとしての側面」は忘れられがちである。
 しかしこの点は、本という文化現象の受容プロセスにおいて実はとても重要な役割を果たしている。上記した翻訳出版社の社長がこんな話をしてくれたことがある。
 「90年代の初め頃、フランスで出版されていた日本の漫画本は、紙が薄くて質の悪いものばかりだった。私はそれをなんとかしたかった。漫画を本としても、オブジェとしても質の良いものにして出版したかった」と。
 日本でも漫画本は単行本になっても紙は薄く、その意味では、愛蔵版などは別だが、どちらかというと「残念ながら消耗されてしまう品」という位置付けなのかもしれない。そもそも日本の図書館で漫画本が所蔵されにくい理由の一つが漫画本の質にあるようだ(すぐに劣化してしまうなどの問題があるという)。
 © 現代ビジネス
 一方、この社長が目指したのは日本の漫画本を「本」として、つまり本棚に収めて長期保存ができるものにする、ということだった。彼は実際、紙を厚くする、カバーを豪華にするなど、日本漫画の「モノとしての質」を上げることに力を尽くした。
 これは実は上記したBD(バンド・デシネ)に対する考え方に近い。BDは大きなサイズの単行本で、ハードカバーでフルカラー。値段も2000円前後するものが多い。
 だが、そもそもフランスのBDも、最初からこのような体裁だったわけではないそうだ。BDの専門家であるシルヴァン・ルサージュ(リール大学講師。文化史の専門家で、特にBDの分野での研究を続けている)は、最初はBDも雑誌のように消耗品として作られていたという。しかし流通方法の変化によって、その形は変わっていったらしい。そしてそれにより、BDを描いていた人たちが「作者」という地位を得たというのだ。
 このように、本の体裁、形が変わることで、作品や作者、さらにはジャンルの文化的ステータスが変化していく。日本の漫画を「本」として読者に提供するという上記の社長の戦略は、フランスの市場をよく熟知した上に立てられたものであり、さらに、フランスでの日本漫画文化の受容の内実を決定づける重要な点だったということがわかる。
 文化の正当性
 つぎに、(2)文化の正当性についてはどうか。
 日本の漫画がフランスでいかに受容されていったかという歴史的な流れについてはここでは詳述しないが、80年代に日本からやってくる漫画やアニメーションは決していい目で見られていたわけではない。80年代から90年代を通して、日本の漫画(そしてアニメーション)は商業主義的であり、文化帝国主義的であるとさえみなされた。
 確かに、90年代の日本は、現在に比べると「大国」の雰囲気を持っており、その時代に日本の漫画がフランスで広がり始めたことは、一般のフランス人たちにある種の脅威を感じさせる要因だったのかもしれない(その頃の日本の漫画出版社が海外進出を重要戦略として掲げていたなどということはまったくなかったと思うが)。
 しかし2000年代半ばごろから、日本の漫画の「芸術」としての受容が始まる。そこで欠かせない役割を果たしたのが、「賞」の制度である。フランスで1974年に始まったアングレーム国際漫画祭はヨーロッパ最大のBDの祭典だが、2007年には最優秀作品賞を水木しげるの「のんのんばあとオレ」が受賞し、2015年には大友克洋が日本人初の最優秀賞(le Grand Prix)を受賞した。こうした受賞を通して、日本の漫画が「第9の芸術」として浸透していったのである。
 ちなみに、フランスで日本の漫画が読まれるためには、もちろんフランス語に「翻訳」をされなければいけないわけだが、漫画の翻訳家たちのステータスも近年変わりつつある。アングレーム国際漫画祭の時期に合わせて、日本の漫画の翻訳家に贈られる漫画翻訳賞が開催されているくらいなのだ。
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 さて、こうして芸術として認識されるようになると、親から子に伝えるということが始まる。世界最大級と言われている日本文化の祭典である「ジャパン・エキスポ」の漫画ブースにやってくる親たちが「子供にそろそろ漫画を読ませたいんですが」とアドバイスを求めてくることには驚いたものだ。
 BDは幼い時期(幼稚園後半くらい)から読ませることも多いのだが、それと同じように子供たちに読ませる日本の漫画を求める親がたくさんいたのである。こうして社会の中には、ある文化を芸術として正当化するシステムが存在し、それを介することで、人々の認識も変化していく。
 漫画家へのインタビュー
 最後にあげたいのが、(3)メディアでの取り上げられ方である。
 今年のアングレームに来仏した漫画家の1人、諫山創氏(『進撃の巨人』の著者)はフランスの主要な公共ラジオ放送の「France inter」で、フランスの大スタージャーナリスト、レア・サラメ(大統領選では毎回のように彼女が候補者たちのTV討論会の司会を務める)のインタビューを受けたのである。
 また、私が勤めていた出版社では、毎年日本から漫画家を招待し、高級ホテルに滞在させ、朝から晩までサイン会とインタビューの予定が組まれた。インタビューはいわゆる漫画やアニメの専門メディアからのものも多かったが、全国紙のル・モンド紙やル・フィガロ紙、公共ラジオ放送で文化を専門とするフランス・キュルチュールなどからのインタビューも度々あった。どのような種類あるいは立場のメディアによって報道されるのかという点も、ある文化現象が社会からどのように見られているのかを理解をするためには重要な点だ。
 ところがこうしてインタビューを受け、顔を出してのサイン会をすることに戸惑いを見せる日本人漫画家も少なくなかった。普段の生活ではひたすら漫画を描き続けるのが自分の役割であり、作家として表舞台に立つことはほぼないと語ってくれた人もいた。
 一部の文芸作家たちがするような、大々的なメディアでの露出やサイン会は、日本の漫画家たちにとってはそれほど普通のことではないのかもしれない。一方、フランスではBDだろうが文芸作家だろうが、作者が個人的に全面に出ることでその作品の権威も上がる。サイン会やインタビューは自分を売り出すために、また、その地位を高めるために重要な過程の一つなのである。
 こうしてフランスでは日本の漫画は大衆的な人気を博すと同時に、「芸術」の一部としても受容されつつある。また、この二つの受容は実は密接につながっている。たとえばアングレームの賞にノミネートされると、その作品の出版社はすぐに「○○賞ノミネート作品」として帯を変えるなどして商業的な成功に結びつけるためのマーケティング戦略を展開する(日本でも文学賞などで見られるだろう)。つまり、単に「高尚な地位を得る」だけではなく、それは商業的な成功とも表裏一体なのだ。
 同じもの、同じコンテンツでも、国を跨ぐことでそこに付与される意味は少しずつ変化をする。また、物の形(物理的な作品としての形)が多少変わることや国のシステムが異なることによって、受容のされ方も変わる。
 フランスでの日本の漫画の成功をつぶさにみると、作品の内容だけでは説明しきれないものがあることがわかる。フランスでの日本漫画の受容を通し、今一度、日本の漫画を別の角度から見ると、新しいものが見えてくるのではないだろうか。
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 4月15日 YAHOO!JAPANニュース クーリエ・ジャポン「フランスはいかにして「世界最大のマンガ輸入国」になったのか
 パリでアニメのコスプレをする人々Photo by Nicolas Briquet/SOPA Images/LightRocket via Getty Images
 フランスでは、2021年に売れたコミックの半数以上を日本のマンガが占めていたという。どのようにして、日本のポップカルチャーはフランスで確固たる地位を築くにいたったのか。
 【動画】村上春樹作品にインスパイアされたアニメ『めくらやなぎと眠る女』
 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、ヨーロッパで最初の「オタク」の一人だったといえるかもしれない。現代のコレクターが珍しいマンガを集めるように、19世紀のジャポニズム・ブームが最高潮を迎えた頃、彼は浮世絵の木版刷を熱心に求めた。日本美術は、その遠近法の平板化から大胆な輪郭線にいたるまで、ゴッホの作品に深く影響を与えている。
 自身が抱いていた東アジアに対する幻想を追い求めて、彼は南仏に赴いた(自作「星月夜」のインスピレーションになったと考えられている)。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を見たゴッホは、すぐに弟のテオに宛てた手紙でこう激賞している。
 「波は鉤爪のようで、舟はそのなかに囚われている。そう感じられるのだ」
 ディズニーとは対照的
 フランスを拠点とするアニメ作家ピエール・フォルデの新作アニメーション映画『めくらやなぎと眠る女』は、日本の視覚芸術とフランスの“ラブストーリー”が、今なお続いていることを示している。アニメとマンガは世界規模の文化的勢力となっているが、フランスほどそれが顕著な場所はほかにない。信じがたいことに、消費者調査団体「GfK」によれば2021年にフランスで売れたコミックの55%が日本のマンガだったという。
 2011年の東日本大震災直後を舞台とする村上春樹の6つの短編を魅惑的に混ぜ合わせたアニメ『めくらやなぎと眠る女』は、フォルデ自身が10代の頃に体験した日本文学との最初の出会いから生まれた。
 「語りのスタイルが西洋のそれとは非常に違うことが、とても気に入りました」と監督は話す。
 「日本のものはもっと現代的で、構造化されていません。ここ(西洋)では、あらゆるものが非常に構造化されており、始まりと終わりがあります。物語は、さまざまな感情的な瞬間を経て『ここ』から『あそこ』へと進む。私はそういうものにはあまりのめり込めないのです」
 そこでフォルデは、村上作品を自己流に表現し、共鳴した題材を選りすぐった。物語は以下の話を織り交ぜて進む──「あなたと暮らすのは、空気のかたまりと暮らすようなものだから」という理由で妻に去られ、街をさまよう東京のサラリーマン。その妻が数年前に体験したホテルでの奇妙な出会い。地震を起こす巨大なミミズと闘うべく、喋るカエルと手を結ぶ銀行員。これらのパーツを 「菓子店の美味しいケーキのように」選びつつ、フォルデはそれらを混ぜ合わせた。それは、なおどこか完璧にムラカミ的だ。
 明晰なアニメーションも効いている。ディズニーの滑らかさとは対照的に、シャープな輪郭で描かれる日本の風潮から着想を得ている。
 日本アニメが社会現象に
 フォルデは、1970年代末に始まったフランスにおける日本のポップカルチャー第2ブームの、アートハウス寄りの先端に位置している。
 1970年代初頭、フランスに日本アニメを紹介しようとする試みが何度か失敗したあと、1978年、フランスの3つの公共テレビ局の一つ「A2」にロボットアニメ『UFOロボ グレンダイザー』がやってきた。万能変身ロボットが主役の本作は、瞬く間に社会現象となり、大衆誌「パリ・マッチ」の表紙も飾った。 そしてフランスの子供向けテレビ番組に、日本アニメが洪水のごとくなだれこむようになったのだ。
 『グレンダイザー』に刺激されたほかの企業は、ただ輸入する以上に大きな野心を抱いていた。ジャン・シャロパンの映画製作会社「DIC」は、70年代中盤に、子供向けのテレビシリーズ制作を主軸に据えることを決断する。
 だが、ヨーロッパのアニメ制作会社は限られていた。そのため当時まだ20代半ばだったシャロパンは、連続ものの制作に必要な技術を手に入れるため、アジア市場を漁り回った。大半のフランス人と同じように、シャロパンは日本の強力なマンガ・アニメ産業についてほとんど知識を持っていなかったのだ。だがそれを見たとき、まさに自分の問題に対する答えがそこにあると、彼にはわかった。シャロパンはこう振り返る。
 「幸運は無知な者に味方する」
 当時、彼は日本語を話せなかったにもかかわらず、日本に支社を立ち上げてアニメーターを雇い、日仏の代表的なコラボレーションとなる2作品を制作した。『宇宙伝説ユリシーズ31』と『太陽の子エステバン』である。
 バンド・デシネ(フランス語圏のマンガ)の伝統があるフランスは、日本アニメが育つのに肥沃な土地だった。それにもかかわらず、シャロパンは、自身の作品を公開してもらうために公共テレビチャンネルの教育委員会をなお、満足させなければならなかった。そこで、彼は31世紀が舞台のSF作品の創作源として『オデュッセイア』を選んだ。
 「フランス人に受け入れられる世界を舞台に、『グレンダイザー』的な物語を作ったのです。そして『エステバン』でも同じような文化的アリバイを使いました」
 日本のアニメーターたちは、このようなエキゾチックな題材を手掛けることを熱望していた。そして、パノラマ的でもありサイケデリックでもあるこれらのサーガに、彼らのダイナミックなスタイルを取り入れたのだ。
 両作品はそれぞれ1981年と1983年にフランスで放送されたあと、世界中で広く販売され、おかげで「DIC」は北米市場向けに制作することができるようになった。『ユリシーズ31』と『エステバン』は西洋のアニメーション界を揺るがしたと、シャロパンは確信している。
 「ハンナ・バーベラ・プロダクションやフィルメーション・アソシエイツが当時していたことを見ると、カメラは常に固定されていて、キャラクターがその前を動いているのがわかります。1秒12コマで制作されていました。予算の都合上、日本のアニメは通常6コマまたは8コマでした。けれどもその埋め合わせとして、日本のアニメは写実的なカメラ移動をしていたのです」
 アニメを排除へ
 同時にフランスでも、躍動感ある奇異な輸入アニメがテレビを支配しようとしていた。(英国の子供向けチャンネル)「CBBC」の子供用オムニバス番組の後援を受けてのことだった。なかでも重要な番組は、1987年から始まった、歌手で俳優のフレデリク・オシェデ(ドロテとして知られる)が司会を務める「クラブ・ドロテ」だった。
 80年代末から90年代初頭にかけて、「クラブ・ドロテ」はフランスの若者たちに日本アニメを与え続けた──神話的要素を持つアクション娯楽作品『聖闘士星矢』、高校生のスーパーヒーロー・ファンタジーセーラームーン』、そして一大ブームと化していった、鳥山明の『ドラゴンボール』。
 だが、子供たちがアニメに殺到したことは「ジャパニメーションがフランスの若者を堕落させている」と恐れる人々のあいだに、強い反発を引き起こした。とりわけ、『マッドマックス』にインスパイアされた『北斗の拳』のような、エッジの効いたものに対しては。
 最も著名な批判者のなかには、後に大統領候補となるセゴレーヌ・ロワイヤルがいた。彼女は『赤ちゃんチャンネル視聴者にはうんざり』(未邦訳)で、とりわけその常習的な暴力をこき下ろした。マンガの専門家ニコライ・ショーヴェは、この熱狂ぶりをこう振り返る。
 「子供たちはこのドラッグにハマっていました。それは紛れもなくセロトニンでした。子供たちは『ドラゴンボール』の“接種”を求めていたのです。そしてロワイヤルは、日本のアニメのせいでフランスの子供たちの頭がおかしくなるのを食い止めるために、それを政治問題化させました。そういうわけで、プログラムから除外する脱洗脳がおこなわれたのです。アニメは『クラブ・ドロテ』からほぼ消え失せ、バカみたいなティーンエイジャーがファーストキスをする、おぞましいフランスのコメディーに差し替えられました」
 そして1997年、「クラブ・ドロテ」は完全に終了した。
 危機のときこそマンガを買う
 だが、それはフランスにおける日本のポップカルチャーの「始まりの終わり」にすぎなかった。しっかりと製本されたマンガが、90年代末に一挙にこの国に届きはじめたのだ(それまでは大友克洋の『AKIRA』などが、読み捨てられる媒体でしか掲載されていなかった)。日本のマンガ産業が頂点に達し、50年に及ぶ想像力豊かな仕事の財産が、フランスになだれ込んだ。
 現在「メコ」という仮名でフランスをリードするコレクターの一人となったショーヴェは、フォルデよりもさらに強いカルチャーショックを受けた。
 「マンガは私に平手打ちを食らわせました。それはバンド・デシネよりもパンクでした。何でもやりたいことをやる自由があった。気のふれたレジェンドが出てくる中国のカンフーもののなかに、恐竜を登場させて、おまけにターミネーターを差し込むこともできるんです! ユーモアと、ひどく精密で悪魔的な正確さを持つ絵が、マンガにはありました。そして、作者のエゴが邪魔をすることなく、すべてが読者のために作られていたのです」
 この「超」が付くほどの生産性が、フランスにおいて、日本のマンガを現在の最高の地位まで押し上げた。いまやフランスは、世界最大のマンガ輸入国となっている。しかし、その取引は一方通行にすぎない。
 フランスのバンド・デシネは、日本では概ね無視されている。日本の影響を受けた近年のフランスのアニメ『レッドタートル ある島の物語』や『神々の山嶺』といった先達のように、アニメ『めくらやなぎと眠る女』がこの国で評判となれば、衝撃となるだろう。
 フランスをテーマにしたマンガがほしければ、日本は自らそれを創ってしまう。たとえばフランス革命を題材にしたドラマ『ベルサイユのばら』のように。
 「日本は島国です。日本は『取り入れる』のです」とショーヴェは語る。
 「日本人はオープンで好奇心旺盛ですが、自分たちがほしいものを取り入れます。ポップカルチャーのこととなると、日本は自家培養できてしまうのです」
 だがおそらく、日本のクリエイターたちもむしろ、与えられたものに報いているのだ。1980年代にスタジオジブリが創業した当初の試金石の一端は、ポール・グリモーのほとんど忘れられていた1980年のアニメ『王と鳥』の持つシュールレアリスムと、辛辣なユーモアだった。
 最近では、紛れもなく若い人たちへの立派な道徳的影響力になっているからといって、ジブリを責める人はいないだろう。そしてフランスは、日本のマンガとアニメが提供しうるあらゆるものを、幅広く無条件で受け入れている。
 パンデミックはマンガ熱をいっそう過激にさせた。最初期にマンガを買っていたミレニアル世代の親たちが、家の外に出られない子供と情熱をシェアすることを熱望し、それらを購入したのだ。尾田栄一郎のめくるめくド派手な海賊サーガ『ONE PIECE』は、『ドラゴンボール』『ドラゴンボールZ』のあとを継ぎ、ベストセラーのチャンピオンになっている。
 煩わしいほど子供たちに同調するエマニュエル・マクロン大統領は、自身のツイートでそれをネタにするのが好きだ。新作の権利が高騰している今、フランス市場は極限に達しているかもしれないと、ショーヴェは考えている。だが、そうでもないかもしれない。
 「私たちは以前にもこうした状況を見たことがあります──危機に陥れば陥るほど、ティーンエイジャーはマンガを買うのです」
 Phil Hoad
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 4月15日 YAHOO!JAPANニュース「「マンガを読む人が多い都道府県」ランキング!3位「大阪府」2位「神奈川県」を抑えた1位は?
 子どもから大人まで楽しめるマンガ。
 日本の誇るべき文化の一つであり、海外でも日本のマンガは多く読まれていますよね。
 では、どの都道府県の人が一番マンガを読んでいるのか、あなたは知っていますか?
 今回は、総務省統計局の「令和3年社会生活基本調査」の結果をもとに、過去一年間でマンガを読んだ人(※)が多い都道府県をランキング形式でご紹介します!
 (※)調査対象は全国都道府県の10歳以上
 【第3位】大阪府:302万6,000人
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 出典:SIHASAKPRACHUM/Shutterstock.com
 第3位にランクインしたのは、大阪府です。
 大阪では定期的に「COMIC CITY大阪」という西日本最大のマンガ・アニメイベントが開催されています。
 マンガやアニメなどのサブカルチャーが好きな方が多いのでしょうか。
 また、大阪府を舞台としたマンガも数多く販売されているため、大阪の人はほかの都道府県の人に比べてマンガとの距離感が近いのかもしれませんね。
 【第2位】神奈川県:344万1,000人
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 出典:okimo/Shutterstock.com
 第2位は、神奈川県です。
 東京のお隣にある神奈川県は、東京で働く人のベッドタウンとしても人気の場所です。
 また、神奈川県には、まるでビジネスホテルのような過ごしやすさのマンガ喫茶も多くあるのだそう。
 そういった空間でゆったりとマンガを楽しむ方も多そうですね。
 【第1位】東京都:549万5,000人
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 出典:CHEN MIN CHUN/Shutterstock.com
 第1位に輝いたのは、東京都です。
 東京では、「コミックマーケット」という世界最大規模のイベントが開催されています(2023年は8/12〜8/13予定)。
 マンガを読むだけでなく、自分で描いたり、販売する方も多いのかもしれません。
 また、全国で一番人口が多い都道府県であるため、子どもから大人まで自分たちに合った方法でマンガを楽しんでいるのではないでしょうか。
 日本が世界に誇るマンガ!
 マンガと聞くと、子供が読むものだと思う方もいるかもしれませんが、そうとは限りません。
 さまざまな言語に翻訳され、世界中で愛されているマンガ。
 最近マンガを読んでいないという方は、ぜひこの機会に魅力的な作品に触れてみてくださいね。
 参考資料:総務省統計局「令和3年社会生活基本調査 生活行動-地域(調査票A)
 第93-1表 男女,趣味・娯楽の種類別行動者数(10歳以上)-全国,都道府県」、COMIC CITY大阪 | OSAKA-INFO、コミックマーケット公式サイト
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