✶528)529)─1─人道的貢献は無意味で無価値。数万人のユダヤ人難民を助けたA級戦犯14柱の靖国神社合祀反対。1978年〜No.1233No.1234No.1235No.1236/@          

時効なき戦争責任―裁かれる天皇と日本

時効なき戦争責任―裁かれる天皇と日本

旧題名・「ユダヤ民族と日本民族は同族か? 天皇の祖先はユダヤ人か?」
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 ユダヤ系国際報道関係やキリスト教会は、ユダヤ人難民を助けたA級戦犯14柱の靖国神社合祀に反対した。
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 戦争裁判は、事後法として法の不遡及(ふそきゅう)原則を無視して行われる。
 戦争犯罪は、国家を指導する政治家や軍人の政治的開戦権を否定するものである。
 A級戦犯は戦争指導者として、国際条約に違反して戦争を計画し、開始し、遂行した罪であった。
 A級戦犯の罪とは、捕虜の虐待や拷問といった通常の戦争犯罪と、一般人の虐殺といった非人道行為ではなかった。
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 1978年 昭和天皇は、戦前からの慣例として、靖国神社から祭神として祀られる名簿を受け取っていた。
 3月26日 第四インター共産主義者同盟戦旗派(荒派)、共産主義労働者党の三派合同による、成田空港管制塔占拠事件。
 5月5日 革命的共産主義者同盟全国委員会中核派)による、京成スカイライナー放火事件
 10月17日 靖国神社は、A級戦犯とされえた14柱を「昭和殉難者」(国家の犠牲者)として合祀した。
 昭和天皇は、政府批判ができない為に、靖国神社親拝しない理由をA級戦犯の合祀とした。
 政府・自民党は、統一見解として「首相の参拝は、私的参拝であった」と発表した。
 新たに靖国神社宮司になった松平永芳は、前任者であった筑波藤麿宮司が12年間棚上げにしていた東条英機A級戦犯の霊魂を祭神として合祀した。
 松平永芳「これは私がここに着任する前から、いわゆる東京裁判を否定しない限り日本の精神復興はできないんだという考えをずっと持っていたんです。ここの宮司に任命れるなどとは露思わなかったけれどもず、それはずっとそう考えていました。たまたまどうしても宮司にという事で、お受けせざるをえなくなったんですが、主として私を口説き落としたのが石田和外先生、元の最高裁長官です。
 私はお受けするという事を最終的に決心する前に、東京裁判を否定しなければ日本の精神復興はできないと思うから、いわゆるA級戦犯の方々も祀るべきという意見を申し上げた。それに対して石田先生は、これは国際法その他から考えて当然祀って然るべきものだと思うと言われました」
 石田和外(英霊にこたえる会会長)「宮司は名誉職ではない。社を永久に護ろうとする使命感に燃えた人間でなければ勤まらない」
 松平永芳(昭和60年1月 東京教育懇談会)「生涯の内で意義ある事をしたと私の自負する事ができたのは、いわゆる〝A級戦犯〟を合祀した事である。現行憲法の否定は我々の願う所だが、その前には極東国際軍事裁判がある。この根源をたたいてしまおうという意図のもと〝A級戦犯〟14柱を新たに祭神とした。そして〝A級戦犯〟の呼称は御霊を呼ぶに相応しくないと考え、『昭和殉難者』とお呼びする事にした」
 11月18日 アメリカに於ける宗教団体人民寺院集団自殺事件(ジョーンズタウン事件)。教祖ジム・ジューンズは、918人の信者と共に青酸カリを呑んで自殺した。その内の303人が18歳以下の子供であった。
 ジョーンズ「ヒステリーはやめよう。これは社会主義者共産主義者の敗北ではない。我々が敗北したのではない。我々は尊厳をもって死ななければならない」
 「我々は敗北はしなかった。我々は非人道的な世界に抗議して革命的自殺を行った」
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 1979年 共同通信は、昨年、靖国神社A級戦犯達を合祀していた事を報じた。
 他のマスコミも大々的に取り上げて社会問題となり、中国、韓国・北朝鮮アメリカなどとの外交問題に発展した。
 左翼・左派の知識人は、合祀反対の為に市民団体を動員し、反靖国神社運動を展開した。
 単純思考で人を疑う事が苦手な日本人は、エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の煽てに乗せられて有頂天になり優越感で悦となり、愚かにも馬鹿になった。
 4月19日 朝日新聞共同通信は、靖国神社A級戦犯達が合祀されている事を報じた。
 朝日新聞A級戦犯14人靖国神社合祀 賛否、各界に波紋」
 4月21日 朝日新聞は、大平正芳首相が靖国神社の春の例大祭公式参拝した事を報じて、問題とした。
 「A級戦犯合祀が大きなニュースとなったため、外国人カメラマンを含む約50人の報道関係者が首相を待ち受けた」
 朝日新聞や反天皇反日的日本人が声高に騒ぎ立てても、アメリカも中国共産党政府も韓国・北朝鮮も問題視せず、国際的な話題にはならなかった。
 5月26日 昭和天皇皇后両陛下は、翌日の植樹祭に出席する為に、愛知県西尾市三ヶ根山にあるグリーンホテル三ヶ根に宿泊された。
 三ヶ根山頂には、A級戦犯7名を遺骨を納めた「殉国七士墓」と慰霊碑群がある。
 昭和天皇は、岡崎、名古屋、豊田と行った交通の便がいい都市ではなく、会場より遠く、交通の便が悪い遠隔地の山にあるグリーンホテル三ヶ根を強く希望された。
 昭和天皇と皇后両陛下は、翌27日朝早く起き、殉国七士墓と慰霊碑群の或る方向に立ち、静かに約20分間慰霊された。
 12月 キリスト教徒の大平正芳首相は、靖国神社公式参拝したが、訪中したが訒小平ら中国指導部は批判せず黙認した。
 経済力の弱い中国は、経済発展の為には日本からのヒト・モノ・カネの全面支援を必要とした為に、靖国参拝には批判しなかった。
 大平首相は、在任中に、春秋の例大祭に合わせて3回参拝した。
 韓国は、中国同様に抗議しなかった。 
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 1980年 鈴木善幸首相は、在任期間2年4ヶ月の間で9回参拝した。
 中国は、日本に対抗できる経済力が付くまでは靖国参拝問題には口出ししなかった。
 バチカンは、B級・C級両戦犯1,068人のミサを行ったと言われている。
 10月 常陸宮・同妃両殿下は、靖国神社A級戦犯達が合祀されている事を知りながら秋季例大祭に御参拝された。
 昭和天皇は、A級戦犯合祀後もかわず勅使をご差遣されていた。
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 1981年 アメリカは、信仰の篤い移民達がよって人工的に作られたキリスト教国家であり、キリスト教精神が政治の場から社会や家庭まで入り込んでいる。
 アメリカ人の90%近くが、絶対神の存在を信じ、週末の土日には教会の礼拝に出席している。
 多人種多民族による移民国家ゆえに、キリスト教価値観を国家の核においた。
 欧州諸国は、アメリカほど敬虔でないとしても、宗教の重要性は認識している。
 ヨーロッパでは平均40%で、日本は約20%である。
 絶対神を信じている者は、ドイツでは60%で、フランスでは50%である。
 国際人としての最低限の必修条件は、何れかの宗教を持ち、その信仰に基ずく道徳と良心で生きている事である。
 神を認めず否定する反宗教無神論者は、高レベルの知能・教養があっても国際人とは認めず、人類社会を破壊する邪悪なテロリストとして排除した。
 つまり、反宗教無神論者は、宗教的道徳も良心も拒絶し破壊と暴力の恐怖しかもたらさない冷血な共産主義者と見なされた。
 アメリカにおいて、大統領や判事から役人や警察官にいたるまで、公務に就くものは例外なく聖書に宣誓し、合衆国憲法を遵守し、国家と政府に忠誠を誓う。
 信仰心と忠誠心なき者は、いかに優秀であっても一切の公職には就けなかった。
 レーガン大統領の就任演説「今日、この日に、何万もの祈りの会が持たれる事に、私は深く謝意を表したい。我々は『神のもとなる国家』である。これから後も、大統領就任式の日が、祈りの日となる事は、適切で良き事であろう」
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 池田徳眞「ここに、平時の謀略宣伝についての恐ろしい本がある。それは、昭和4年発行の新潮社版の『世界文学全集』第38巻『新興文学集』に載っている、ユダヤ系ロシア人のイリヤ・エレンブルグ第一次世界大戦を見て1923年に書いた。『トラストD・E』である。……この『トラストD・E』は、一見、荒唐無稽の話のようであるが、武器を使わないで国々を亡ぼすなどということは、宣伝屋にとっては魅力満点なので、私は駿河台分室で対米捕虜放送に利用しようと思って、ずいぶん考えてみた。もし『日の丸アワー』がヨーロッパ向けの放送であるならば、そのまま米欧離間に使えるのであるが、対米に使う知恵はとうとう出てこなかった。
 このエレンブルグの小説は、アメリカ人もヨーロッパ人もみんな知っているのであるから、最近の日本経済の予想以上の高度成長を見れば、彼らがトラストD・Jすなわち日本破壊株式会社を秘密のうちに設立したとしても、不思議ではない。それは、エンス・ボードの子孫が世界の工業国をまわって、『あなたの国の製品が、なぜ最近売れなくなったか知っていますか。それは、日本があるからですよ』と、いまでもささやいているにちがいないからである。
 日本人は、こういう国際的なことにあ不慣れであるから、多くの方が『まさか』と思われるだろう。が、その『まさか』なのである。日本の首相のことを『チランジスタ・ラジオのセールスマン』といったり、トラストD・Jの支店が広く世界各地にあることを物語っている。『そんなデタラメがあるものか』といわれる方があるならば、動かぬ証拠を出さなければならない。
 アメリカの未来科学者と自称するハーマン・カーンが、『21世紀は日本の世紀になる』といった。彼は、日本の味方なのか。敵なのか。私のような戦時中にプロパガンダをやった人間には、直感的に、彼はトラストD・Jの手先であるまいかと思われる。彼は、『日本の経済をこのまま成長させると、21世紀は日本の世紀になってしまうぞ』と、アメリカ人やヨーロッパ人に対して警告しているのである。われわれ謀略宣伝屋は、こういう場合、『ぞ』を消して、『日本の世紀になる』と言うのである。だから宣伝屋なら、『ぞ』がなくても、『ぞ』が読めなくてはだめなのである。眼光紙脊に徹するとは、この目のことをいうのである。
 いったい、20世紀とは何だったのかを、静かに振り返ってみよう。20世紀とは、ドイツ袋だたきの世紀だったのである。すなわち、ヨーロッパ一、ひいては世界一になろうとしたドイツと、それを必死で食い止めようとしたアメリカ・イギリスとの、国の興廃をかけた激突だったのだ。そのただ一つのテーマのために、20世紀の4分の3は全世界がきりきり舞いをしてしまったのではなかったか。ドイツは、20世紀をドイツの世紀にしようとし、アメリカ・イギリスはそれに猛反対して、みんなを誘って袋だたきにしたのである。もし仮に──ほんとに仮にですぞ、この世界が、ドイツの世紀か、日本の世紀かの、どちらかにならなければならないという場合が来たとすると、欧米人は、間違いなく気心がわかったドイツの世紀を選ぶであろう。しかしそれさえも阻止しようとして、二度の世界大戦をして、膨大な犠牲をはらって死闘したのである。それゆえ、日本の世紀が来ると聞けば、欧米人は、それだけで胆をつぶすにちがいない。彼らからすれば、思うだに身ぶるいすることである。
 ことにヨーロッパ人は、8世紀にイスラム教徒がスペインを征服したのちに、フランク王国に侵入してきたときの故事を思い出すにちがいない。あのときヨーロッパ人は、イスラム教徒にヨーロッパ全土が踏みにじられるのではないかと心配した。が、さいわい、カール大帝の祖父カール・マルテルが732年にパリの南300キロのトゥールとポアチアの中間でイスラム軍を決定的に打ち破り、やっとその進出を食い止めることができたのである。実際、ヨーロッパ人とって、『日本の世紀が来る』とは、あのときいらいの大事件である。
 このような事情であるのにもかかわず、日本人は、このハーマン・カーンのことばを聞いて、何を勘違いしたのか、日本が褒められたと思っているのである。それで、総理大臣が彼に会い、日本の新聞やテレビも警戒論など少しもいわなかった。これは間違いなく、戦後35年間に起こった世界史大珍事件のナンバー1である。日本人のとんちんかんも、ここまでくればあきれるばかりで、怒りさえ感じる。宣伝戦では、武力戦の場合ほどに敵味方は明確ではないが、敵を味方と間違えると負けることは、同じである。
 この敵の強い決意を見て、われわれは、あのときに高度成長の警戒をはじめるべきだったのである。しずかに、その後の現実の推移を考えてもなさい。オイルショックという大事件もあったけれども、ハーマン・カーンが警告した方向に世界はどんどん動いている。そして彼ら欧米人は、いま、自由貿易主義などという古い念仏では打ち破れないような壁をつくっているのである。いまの日本人で、『21世紀が日本の世紀になる』とほとんど信じている人が一人でもいるだろうか。これは、平時の謀略宣伝の恐ろしさをしみじみ感じさせらた事件である。
 ヨーロッパに住んでみると、大国も小国も必死になって生き残ることに苦心している様子がよくわかる。ことに小国は、隣国のことばを勉強して各国の新聞を読み、彼らが何を考えているかについてとても敏感である。生き残るためには相手の心を深く読み、その本心を知らなければならないからである。
 この点、最果ての島国に住む日本人は、鎖国的で、鈍感である。しかし大国は、ハーマン・カーンのように、平時でも悪知恵をはたらかせて、世界的なスケールで謀略宣伝をしてくるのだから、油断は禁物である」(『プロパガンダ戦史』)
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 8月7日 明仁皇太子殿下は、記者会見で「どうしても記憶しなければならない四つの日」として、広島・長崎の原爆の日終戦記念日、そして沖縄戦終結の6月23日を挙げた。
 明仁皇太子殿下は、昭和天皇は自分の名で始めた戦争で沖縄に甚大な被害を与えたという贖罪の念を知るがゆえに、犠牲となった沖縄の御霊に対する鎮魂の巡礼・慰霊の拝礼を実践されている。
 そして。国民に対して、日本の為に犠牲となった沖縄な事を忘れず、沖縄県人が受けた痛みを分け合うようにとの御言葉を繰り返し述べられている。
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 1982年 靖国神社に、日清戦争から大東亜戦争まで軍事伝書鳩として徴用され戦没した数万羽の鳩の為に「鳩魂塔」が建立された。
 5月15日 大濠(おおほり)公園に隣接する福岡市美術館入り口で、大通りに面した一角にA級戦犯広田弘毅銅像が建てられた。
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 1983年 中曽根康弘首相は、82年11月から87年11月までの在任中に靖国参拝を10回おこなった。
 5月10日・6月8日 大日本晃友社による、奥田八二福岡県知事襲撃事件。
 6月7日 中核派による、東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件。
 7月12日・13日 第19献血運動推進全国大会。
 9月 中国は、靖国神社参拝を激しく非難した。
 中曽根康弘首相は、中国への配慮として靖国参拝を中止した。
 全てにおいて、中国への配慮は外交的失敗に終わる。
 歴史的事実として、中国を配慮し譲歩した事で日本に利益をもたらした事はなく、全て日本を窮地に追い込んでいる。
 中国への配慮と譲歩は、愚の骨頂である。
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 靖国神社公式参拝を国際問題として放置し、深刻なまでに悪化させ日本の名誉を傷付けたのは、日本外務省にある。
 真珠湾奇襲作戦を、騙し討ちとし、戦争犯罪としたのは、日本外務省である。
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 1984年 昭和天皇は、国賓として来日した全斗煥大統領を歓迎する晩餐会で、過去の日韓関係に対する天皇としての初めてのお言葉があった。
 9月2日 中核派による、大阪火炎瓶大量発射事件。
 9月19日 中核派による、自由民主党本部放火襲撃事件
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 昭和20年から昭和60年までに、日本の歴代総理は58回靖国神社を参拝し、中国や韓国など如何なる国からも非難を受けなかった。








 
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昭和天皇 (岩波新書)

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