✨15)─1・B─昭和天皇は、杉山元帥に原爆開発中止を再度厳命した。1945年~No.52 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 延安の毛沢東中国共産党幹部は、亡命している野坂参三ら日本人共産主義者から、抗日戦勝利の為には天皇を利用すべきとの助言に従い、捕虜とした日本人兵士捕虜の心証をよくする為に日本皇室への敬意を口にしていた。
 中国共産党と日本人共産主義者、日本を戦争に追い込んだのは軍国主義者達であり、昭和天皇は悪者の軍国主義者に囚われ利用されているから、戦争を止めるには軍国主義者から昭和天皇を救い出さねばならないと、日本人兵士捕虜に洗脳教育を行った。
 つまり。中国共産党は、日本皇室を利用する為に天皇や皇族に敬意を払っているに過ぎない。
 中国共産党の対皇室利用戦略とは、皇室と民族主義者などの保守層の間に楔を打ち込んで国論を分断させる陰謀にすぎない。
 日本人共産主義者の最終目的は、天皇制度を廃絶し、宗教を根絶して、国際的共産党による一党独裁の人民共和国の樹立であった。
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 キリスト教会は、400年以上の長きに渡った苦難の布教活動で学んだ事は、異種異教の日本文明、日本民族、日本的価値観、日本風土の核に宗教的神の裔・万世一系男系天皇(直系長子相続)が存在する限り、日本を普遍的価値観の下で生まれ変わらせるのは不可能であるという事であった。
 そこで、日本精神・大和心・大和魂天皇の御稜威・天皇の大御心の大本である神代からの古層を破壊する事にした。
 つまり、日本人から民族的心を破棄させようとしたのである。
 日本人を、強制的に心無き愚かな木偶の坊に改造すれば、その空虚な空洞に救いとしての「神の愛」が染み透りやすいと計算したのである。
 神の裔・万世一系(直系長子相続)の男系天皇制度とは、国家の消滅と民衆の大虐殺を回避する為の、古代人の島国的叡智である。ゆえに、日本には大陸的な民族を消滅させるほどの大虐殺は一度も起きなかった。
 天皇は、祭祀王として、ひたすら「民の安らぎ」を祈る宗教的存在である。
 日本(大和)民族は、神の裔・万世一系男系天皇(直系長子相続)と不可分で存在している。
 ゆえに。日本民族日本人は、例外なく、天皇を中心とした国體を守る為に自己犠牲を払った。
 それが、靖国神社である。
 無国籍日本人は、日本民族との「絆」を否定するだけに、その両方とも嫌い反対している。
 そして、国旗「日の丸」も国歌「君が代」も嫌悪している。
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*神国日本の史上初めての敗戦
 仁科博士は、原子力は人類の将来を切り開く重要な科学で、日本はその研究を進める必要があるとの使命感から、優秀な若い物理学者助ける為に原爆開発メンバーに加えた。
 有能な科学者であれば、日本が戦争に負ける事は分かっていたからこそ、一人でも多くの若い科学者を戦死させない為に徴兵免除させて軍部の研究所に引き抜いた。
 不公平にも、小数の有能な科学者の為に、多くの若者が戦死した。
 軍部は、科学者等の自己保身の陰謀を黙認した。
 現代日本の科学技術はこうして世界トップレベルとなり、敗戦後の日本を世界第二位の経済大国に押し上げた。
 1944年暮れ 艦隊本部の本部長渋谷隆太郎中将は、京都帝国大学物理学教室を訪れ荒勝文策教授に原子爆弾の研究を依頼した。
 荒勝文策は、原爆の完成は今の戦争中には間に合わないと答え、そしてアメリカなどでも製造は無理であろうと結論を出した。
 海軍側は、原爆研究は今の戦争ではなく、次の戦争に備えての極秘ミッションであると返答した。
 荒勝は、必要な予算と人員を条件に原爆の研究依頼を受けた。
 軍令部は、原爆開発研究を正式に行う事を正式に決定した。
 海軍の原爆開発である、「F号研究」の始動である。
 名古屋帝大、大阪帝大、東北帝大の研究室が、原爆研究に協力した。
 海軍の技術将校らは、荒勝教室に出入りして「F号研究」での研究データーや軍部が手に入れた外国の資料を持ち込んで議論を重ねた。
 艦隊本部は、原爆開発費に500万円(現代の貨幣価値、約7億円)を与え、要求された若手科学者や技術者を集めた。
 一部の作戦参謀以外は、この戦争で原爆を開発して使用するという期待は持っていなかった。
 海軍は、レイテ決戦で艦隊戦力の大半を失った為に、航空機による特攻作戦に戦略変更し、資金・資材・人員を特攻兵器開発に注ぎ込んだ。
 上海の児玉機関は、闇市場で酸化ウラン130キロを購入して日本に送った。
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 マクスウェル・テーラーケネディ「日本の真珠湾攻撃を合理的に説明するのは困難だ。神風特攻ともども、狂信国家が考えた非理性的な行動だと片付けしまう方が、ずっと容易い」(『特攻』)
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 レイテ沖海戦から終戦までに、海軍特攻隊4,156人、陸軍特攻隊1,689人が、天皇と国家に忠誠を誓い、世の中と民族に尽くすべく日章旗旭日旗を掲揚して、敵艦に突入して戦死した。
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 サムライ日本は、生き延びる為に戦いを避けて隷属する事を潔いとせず、むしろ生き残る為に戦い抜いた。
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 政府は、天皇から付与された国権を行使して、財政及び外交で国益と国民の生命財産を守り重責がある。
 軍部は、天皇から命じられた統帥権を行使して、軍隊を動かして国の安全を守る重責がある。
 議会は、天皇から認められた法律立案と予算案の審議大権で、政府と軍部を監視する責務があった。
 国民は、天皇の欽定憲法で認められた選挙権で代議士を選んで議会に送り込んでいた。
 天皇は、国民の為に存在するのではなく、神代からの皇統を護持する神聖な責務から三種の神器を国民の命以上に隠匿する必要があった。
 戦争責任は、大権で戦争を行った政府・軍部・議会にあって、天皇には道義的責任のみがあった。
 軍国主義国家日本は、自由を制限されていたものの、アジアで唯一の近代憲法で保障された議会を持つ民主主義国家であった。
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 2015年1月25日 産経ニュース「【戦後70年】
 B29撃墜へ電波兵器開発「旧海軍実験所」跡取り壊しに悲痛な声…「電子レンジ技術の起点。日本の産業遺跡の面も」
 大井川の河道拡幅工事のため、取り壊し工事が始まった「第二海軍技術廠牛尾実験所跡」=15日、静岡県島田市牛尾
 強力な電波兵器でB29を撃墜しようと、大戦末期に旧日本海軍が研究を進めた静岡県島田市牛尾の「第二海軍技術廠牛尾実験所」。平成25年から市教委による発掘調査が行われ、直径10メートルのパラボラ反射鏡を据え付ける架台などが発見されたが、大井川の治水工事のため取り壊しが始まった。貴重な戦争遺跡が失われることを危惧し、保存を求めてきた地元有志からは「一部でも遺跡を保存すべきだ」という声が上がっている。
 「ガガガガッ」。15日午後1時ごろ、重機の先端に付けられた破砕機がコンクリート製の基礎に突き刺さると、実験所電源室の跡地は次々と崩れていった。「70年も残っていた遺跡なのに、あまりにもあっけない最期だ」。「牛尾実験所跡遺跡を守る会」共同代表の臼井利之さん(68)はそう言って唇をかむ。崩れた基礎の中から姿を現したのは、か細い2本の鉄筋。臼井さんは「通常ではあり得ないもろい構造だが、戦時中で物資が不足していたのだろう」と往時に思いをはせる。
 実験所の跡地が残る牛尾山周辺は、隣接する大井川の川幅が約300メートルと狭く、数十年前から洪水の危険性が指摘されてきた。河道拡幅工事を行う国土交通省静岡河川事務所によると、遺跡を含む牛尾山を掘削し、150メートルほど川幅を広げる計画だという。
 しかし、5年ほど前に地元の郷土史研究会が地中に埋もれた遺跡の存在を確認し、平成25年に市教委が発掘調査を実施。直径10メートルのパラボラ反射鏡を据え付け可能な高さ約4メートルの架台2基や、約500平方メートルの電源室の基礎などが発見された。臼井さんらは遺跡の保存を求める署名活動を行い、昨年11月に市長に3163人分の署名を提出。同12月には、市議会でも治水工事と遺跡の保存を両立する工法の採用を訴えたが、採択されなかった。
 レーダーなど、旧日本海軍が開発した電波兵器に詳しい東京工業専門学校の河村豊教授によると、牛尾実験所では地上の高射砲から発射した砲弾にマイクロ波を照射し、B29のそばで起爆させる研究を進めていたという。河村教授は「反射鏡の架台部分も見つかっており、実用化に向けて相当程度の研究が進んでいたのでは」と分析。「電波兵器の研究は、戦後電子レンジの技術にも応用された。実験所は戦争遺跡であるだけではなく、日本の産業遺跡という側面もある」と遺跡の重要性を指摘する。臼井さんは「2メートルでも3メートルでもいいから、遺跡の一部を残してほしい。当時につながる『場』を維持していくことが必要だ」と話した。
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 徴兵された日本人兵士は、銃を持って殺し合いたくもなかったのに、国の命令で強制的に嫌々ながら戦場に送り出された。
 特攻隊員となった若者達は、内心は嫌で逃げ出したかったが、上官の命令には逆らえず強要されて出撃した。
 だが、特攻は志願制であった。
 日本人は、国も、人種・民族も、宗教も、思想・哲学も、価値観も、それこそ命の危険になる人間か勝手に作った全てのモノを捨て去って生きたいと想いながら、ただそこにある自然の風景・郷土の情景を眺めていた。
 日本人にとって、孤独を恐れ嫌って自分を殺してまで煩わしく苦痛なだけの人間関係を我慢して続けるより、一人となって心穏やかに落ち着ける自然の中で生きる事が性に合っていた。
 本当の日本の生き方とは、集団ではなく孤立であっり、その意味で個人主義であった。
 死から逃れられないと悟ったとき、半狂乱とならない為に心の支えとしたのが、死に価値を持たせようとする美辞麗句の理屈ではなく、毎年咲き誇る「靖国神社の桜」であった。
 神道的死後観に於いて、仏教における極楽浄土や地獄はなく、キリスト教イスラム教における神の王国・天国も地獄もなく、儒教的死後の世界もなく、マルクス主義的反宗教無神論が半狂乱となって騒ぎ立てる完全消滅の死後もなく、ただ風情としての「靖国神社の桜」がそこにあるだけであった。
 こうしたいああしたいという「私」の欲得を全て捨て、生まれながらの「個」という純粋無垢な自分に立ち返って、静かなに覚悟して「何かを守る」為に死を受け入れる、それが「靖国神社の桜」であった。
 「靖国神社の桜」に、「他人がどうであれ自分はこうした」という、日本独自の個を確立した「滅びの美学」があった。
 生まれて来る時は一人。
 死んでいく時も一人。
 人はしょせん一人。
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 山岡荘八「もはや完全に日本軍は負けているのだ。したがって自殺行為を少なくするためには条件のいかんは問わず、終戦に導くべきだという理性に通ずる。
 ところが、一方にはそうした計算を愍笑(びんしょう)する感情の奔流もあった。いや、けっしてこれも感情だけのものではない。仮に鹿屋の飛行場で、特攻の出番を待っている若者たちに、
 『──それは自殺行為だ』
 などと云ったら、彼らは、苦笑して首を振ったに違いない。私自身、それに近いことを云って、愍笑されたことがある。
 『──日本人という人間の生きているのは、今日、只今だけではない。永遠ですよ』と。そして、その学鷲は私に『──往生』という言葉の意味がわかるかと問い返してきた」(『小説太平洋戦争』)
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 1945年 プロジェクト・ペーパークリップ。アメリカの国務省、軍情報部、中央情報局は、ソ連との冷戦備えるべく、ドイツ人科学者達に戦争犯罪を免罪する代わりに最高機密計画に従事する事を求めた。
 合衆国原子力委員会(AEC)は、マンハッタン計画Fとして、原子爆弾の主要化学成分であるフッ化物が健康に与える影響を調べるべく、人体実験を行った。
 さらに、プルトニウムの毒性の人体吸収率を調べる為の人体実験も行われた。
 アメリカは、極秘で、非人道的な人体実験を続けていた。
 1月20日 アメリカ陸軍は、日本の軍事施設や軍需工場などに限定した精密爆撃を行っていたヘイウッド・ハンセン准将を更迭し、民間人を巻き込んだ無差別爆撃を主張するカーチス・ルメイ少将を対日爆撃総司令官に任命した。
 アメリカ軍は、非戦闘員を攻撃目標に変えた。
 1月26日 昭和天皇の弟君で海軍将校の高松宮宣仁親王は、京都にある藤原家・近衛家の古文物・宝物を収蔵している陽明文庫を訪れ、茶室「虎山荘」で近衛文麿と酒井美意子と会食した。
 近衛は、先日、和平派の岡田啓介、米内光政、仁和寺門跡の岡本慈航らと戦争終結昭和天皇の退位と出家に関して密談した内容を話し、徹底抗戦派に気付かれない為に、昭和天皇のご長女の照宮成子内親王を通じて昭和天皇の耳に入れる事を進言した。
 密談は、戦争に負けても歴史と伝統ある皇室の安泰、存続を図る事と、昭和天皇に戦争責任の追求が及ばないようにするた為に御退位と御出家を願い、裕仁(ゆうにん)法王として仁和寺に入ってもらう、の二点であった。
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 2月4日 親中国反日派のルーズベルトは、自国の被害を最小限にとどめる為にソ連の参戦を希望し、日本領土・北海道及び北方領土の割譲というスターリンの要求を受け入れた。世に言う、ヤルタの密約である。
 ルーズベルトは、日本人に原爆を落とす為に、原爆開発を急ぐ様に命じていた。
 ルーズベルト「日本は、明治以来、世界征服の陰謀を企て、段階的に実行に移してきた悪の帝国だ!」
 2月14日 近衛上奏文「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存侯
 以下此の前提の下に申述べ侯、  
 敗戦は我国体の瑕瑾たるべきも、英米輿論は今日までのところ、国体の変更とまでは進み居らず、(勿論一部には過激論あり、又将来いかに変化するやは測知し難し)随て敗戦だけならば、国体上はさまで憂うる要なしと存侯。国体護持の立前より最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴うて起ることあるべき共産革命に侯。
 つらつら思うに我国内外の情勢は、今や共産革命に向って急速に進行しつつありと存侯。即ち国外に於ては、ソ連の異常なる進出に御座侯。我国民はソ連の意図は的確に把握し居らず、かの一九三五年人民戦線戦術、即ち二段革命戦術採用以来、殊に最近コミンテルン解散以来、赤化の危険を軽視する傾向顕著なるが、これは皮相且安易なる見方と存侯。ソ連は究極に於て世界赤化政策を捨てざることは、最近欧洲諸国に対する露骨なる策動により、明瞭となりつつある次第に御座侯。
 ソ遅は欧洲に於て、其の局辺諸国にはソピエット的政権を、爾余の諸国には少くとも親ソ容共政権を樹立せんとし、着々其の工作を進め、現に大部分成功を見つつある現状に有之侯。ユーゴのチトー政権は、その最も典型的な具体表現に御座侯。ポーランドに対しては、予めソ連内に準備せるポーランド愛国者連盟を中心に新政権を樹立し、在英亡命政権を問題とせず押切侯。
 ルーマニアブルガリアフィンランドに対する休戦条件を見るに、内政不干渉の原則に立ちつつも、ヒットラー支持団体の解散を要求し、実際上ソビエット政権に非ざれば、存在し得ざる如く強要致侯。イランに対しては、石油利権の要求に応ぜざるの故を以て、内閣総辞職を強要致侯。スウェーデンソ連との国交開始を提議せるに対し、ソ連スウェーデン政権を以て、親枢軸的なりとて一蹴し、これがため外相の辞職を余儀なくせしめ侯。
 占頷下のフランス、ベルギー、オランダに於ては、対独戦に利用せる武装蜂起団と、政府との間に深刻なる斗争が続けられ、且つこれら諸国は、何れも政治的危機に見舞われつつあり、而してこれら武装団を指導しつつあるものは、主として共産系に御座侯。ドイツに対してはポーランドに於けると同じく已に準備せる自由ドイツ委員会を中心に、新政権を樹立せんとする意図なるべく、これは英米に取り今日頭痛の種なりと存ぜられ侯。
 ソ連はかくの如く、欧洲諸国に対し、表面は内政不干渉の足場を取るも、事実に於ては極度の内政干渉をなし、国内政治を親ソ的方向に引きずちんと致居候。ソ連のこの意図は、東亜に対しても亦同様にして、現に延安にはモスコーより来れる岡野を中心に、日本解放連盟組織せられ、朝鮮独立同盟、朝鮮義勇軍、台湾先鋒隊等と連絡、日本に呼びかけ居候。
 かくの如き形勢より推して考うるに、ソ連はやがて日本の内政に、干渉し来る危険十分ありと存ぜられ侯。(即ち共産党公認、ドゴール政府、バドリオ政府に要求せし如く、共産主義者の入閣、治安維持法及び、防共協定の廃止等々)
 翻って国内を見るに、共産革命達成のあらゆる条件、日々具備せられ行く観有之侯。即ち生活の窮乏、労働者発言権の増大、英米に対する敵慨心昂揚の反面たる親ソ気分、軍部内一味の革新運動、これに便乗する所謂新官僚の運動、及びこれを背後より操りつつある左翼分子の暗躍等に御座侯。
 右の内特に憂慮すべきは、軍部内一味の革新運動に有之侯。少壮軍人の多数は、我国体と共産主義は両立するものなりと信じ居るものの如く、軍部内革新論の基調も亦ここにありと存侯。皇族方の中にも、此の主張に耳を傾けられるる方あり、と仄聞いたし侯。
 職業軍人の大部分は、中以下の家庭出身者にして、その多くは共産主義主張を受け入れ易き境遇にあり、又彼等は軍隊教育に於て、国体観念だけは徹底的に叩き込まれ居るを以て、共産分子は国体と共産主義の両立論を以て、彼等を引きずらんとしつつあるものに御座侯。
 抑々満洲事変、支那事変を起し、これを拡大して遂に大東亜戦争にまで導き来れるは、これら軍部内の意識的計画なりしこと、今や明瞭なりと存侯。満洲事変当時、彼等が事変の目的は国内革新にありと公言せるは、有名なる事実に御座侯。支那事変当時も、「事変永引くがよろしく、事変解決せば国内革新はできなくなる」と公言せしは、此の一味の中心的人物に御座侯。
 これら軍部内一部の者の革新論の狙いは、必ずしも、共産革命に非ずとするも、これを取巻く一部官僚及び民間有志(之を右翼というも可、左翼というも可なり、所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義者なり)は、意識的に共産革命にまで引ずらんとする意図を包蔵しおり、無智単純なる軍人、これに躍らされたりと見て大過なしと存侯。
 この事は過去五十年間、軍部、官僚、右翼、左翼の多方面に亘り交友を有せし不肖が、最近静かに反省して到違したる結論にして、此の結論の鏡にかけて、過去十年間の動きを照らし見る時、そこに思い当る節々頗る多きを、感ずる次第に御座侯。
 不肖は、この間に二度まで組閣の大命を拝したるが、国内の相剋摩擦を避けんがため、できるだけこれら革新論者の主張を容れて、挙国一体の実を挙げんと焦慮せる結果、彼等の主張の背後に潜める意図を十分看取する能わざりしは、全く不明の致す所にして、何とも申訳無之、深く責任を感ずる次第に御座侯。
 昨今戦局の危急を告ぐると共に、一億玉砕を叫ぶ声、次第に勢を加えつつありと存侯。かかる主張をなす者は所謂右翼者流なるも、背後よりこれを煽動しつつあるは、これによりて国内を混乱に陥れ、遂に革命の目釣を達せんとする共産分子なりと睨み居候。一方に於て徹底的米英撃滅を唱う反面、親ソ的空気は次第に濃厚になりつつある様に御座侯。
 軍部の一部には、いかなる犠牲を払いても、ソ遅と手を握るべしとさえ論ずる者もあり、又延安との提携を考え居る者もありとのごとに御座侯。以上の如く、国の内外を通じ共産革命に進むべき、凡ゆる好条件が日一日と成長しつつあり、今後戦局益々不利ともならばこの形勢は急速に進展致すべくと存侯。
 戦局への前途につき、何らか一縷でも打開の望みありというならば、格別なれど、敗戦必至の前提の下に論ずれば、勝利の見込なき戦争をこれ以上継続するは、全く共産党の手に乗るものと存侯。随って国体護持の立場よりすれば、一日も速に戦争終結の方途を、講ずべきものなりと確信仕侯。
 戦争終結に対する最大の障害は、満洲事変以来今日の事態にまで時局を推進し来りし、軍部内のかの一味の存在なりと存候。彼等は已に戦争遂行の自信を失いおるも、今までの面目上、飽くまで抵抗可致者と存ぜられ侯。
 もしこの一味を一掃せずして、早急に戦争終結の手を打つ時は、右翼左翼の民間有志、この一味と饗応して国内に大混乱を惹起し、所期の目的を達成し難き恐れ有之侯。従て戦争を終結せんとすれば、先ずその前提として、此の一味の一掃が肝要に御座侯。
 此の一味さえ一掃せらるれば、便乗の官僚並びに右翼左翼の民間分子も影を潜むべく候。蓋し彼等は未だ大なる勢力を結成し居らず、軍部を利用して野望を達せんとするものに他ならざるが故に、その本を絶てば、枝葉は自ら枯るるものとなりと存侯。
 尚これは少々希望的観測かは知れず侯えども、もしこれら一味が一掃せらるる時は、軍部の相貌は一変し、米英及び重慶の空気は緩和するに非ざるか。元来米英及び重慶の目標は、日本軍閥の打倒にありと申し居るも、軍部の性格が変り、その政策が改らぱ、彼等としても戦争の継続につき、考慮する様になりはせずやと思われ侯。
 それはとも角として、此の一味を一掃し、軍部の建て直しを実行することは、共産革命より日本を救う前提先決条件なれば、非常の勇断をこそ望ましく奉存侯。」
 2月19日 アメリカ軍、硫黄島に上陸した。
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 3月 陸軍は、ナチス・ドイツから酸化ウラン560キロを輸入しようとしたが失敗し、原爆研究は後退した。
 昭和天皇は、中止を命じた二号研究を継続している事に対して杉山元帥に叱責し、大量破壊兵器開発の中止を再度厳命した。
 戦争を行っている限りにおいて、負けない為に、勝つ為には殺し合わねばならない。
 だが。人間性を否定し命の尊厳を踏みにじる様な、都市に対する無差別攻撃、女子供しかいない人口密集地帯への原子爆弾攻撃は、国民の安寧を祈る祭祀王として容認できなかった。
 神代から受け継がれて来た神道の心からしても、善人も悪人も、兵士も女子供も関係なく、一瞬にして大勢の命を消滅させる大量虐殺兵器を赦し訳にはいかなかった。
 戦場で殺し合うのは戦争である以上はやむを得ないとしても、人がいたという存在そのものを無に帰する事は、霊魂を思い出と共に人神として祀る神道に反する大罪であった。
 原爆の炸裂は、戦場で涙して戦死した戦友の別れを惜しむ哀しみは存在せず、命を奪う事への無関心しかない。
 そこにあるのは生死への真実の悲劇は存在せず、一瞬に無を招来する悲喜劇しかない。
 死体はもちろん生きていた痕跡も残さず消滅させては、霊魂を人神として祀る事が出来ない。
 人神信仰とは、命に関心を持って拘り、生前の思い出に拘って祈る事である。
 無関心と無責任で全てを一瞬にして無に帰する原爆は、神道精神に反する恐怖の兵器であった。
 ゆえに。ヒロヒト天皇は原爆に猛反対したのである。
 神道には、ハルマゲドンや最後の審判といった絶対神の正義が完成するという終末論は存在しない。
 祖先の過去が有り、自分の現在が有り、子孫の未来がある。
 原爆とは、そうした命・霊魂のつながり・絆を無意味、無価値として完全否定するものであった。
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 昭和天皇の原爆開発中止の厳命が、東京大空襲の前か後か分からない。
 昭和天皇にとって大東亜戦争は、無慈悲な殲滅戦賭しての宗教的な「聖戦」ではなく、残忍極まる反宗教無神論的なイデオロギー戦争でもなく、戦争ルールを定めた戦時国際法における「正戦」であった。
 昭和天皇は、破滅的な戦争を回避する事を切望したが拒否され、理不尽な要求で追い詰められた上での自衛行為と言う思いが強かった。
 戦時国際法にに基づた自衛戦争を主張する以上、大量の非戦闘員を虐殺する原爆の開発など許すわけには行かず、まして使用するのどは言語道断の振る舞いとして許可など出来なかった。
 戦争は勝たねば意味が無いが、だからといって負けない為に何をしても許されると言う戦争行為は認めるわけには行かなかった。
 滅びの美学を信奉する大和民族は、勝つには勝つ作法を、負けるには負ける作法を持っていた。
 ぶざまでどんな汚い手段を使っても生きて欲望を果たそうとする東アジアとは違い、潔さを貴んだ。
 勝つにせよ、負けるにせよ、生きるにせよ、死ぬにせよ、自分が納得できる道理にかなった真っ当な筋を通そうとした。
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 現代日本の、人種差別的ヘイトスピーチや暴力的排斥運動を行う軽薄で教養低い自己満足的日本人には、理解できない境地である。
 現代のネット右翼や排他的右翼は、昔の理想を掲げた右翼とは、月とすっぽんのような雲泥の開きがある。
 つまり、現代の右翼の大半が弱い者イジメ的なエセ右翼である。
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 陸軍は、戦争の勝利の為に、昭和天皇の命令に逆らってまでも秘かに原爆開発を続けた。
 軍人は、如何なる手段を使っても、今そこにある戦争に勝とうとした。
 勝利への願望は、人間が存在する限り万国共通である。
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 3月9日・10日 東京大空襲アメリカ空軍のB29爆撃機344機は、「無条件降伏で戦争を早期に終わらせる」事を理由に、東京を夜間無差別絨毯爆撃し、逃げられないように閉じ込めて一般市民約10万人を焼き殺した。
 それは、計画された大量虐殺であった。
 カーティス・ルメイ「東京は空襲に対してまったく無防備であり、爆撃機の損失が大きくなる事はない」
 アメリカ空軍司令官アーノルド大将は、日本の非武装都市への無無差別爆撃と一般市民の殺戮はハーグ陸戦条約及びジュネーブ協定には違反していないとの見解を示した。
 スチムソン陸軍長官は、今次大戦が戦場・銃後に関係ない総力戦であるとし、「無条件降伏」を勝ち獲る為には、敵兵とその家族がいる都市・町・村への無差別爆撃の必要性を認めた。但し、表向きに、国内の人権派キリスト教会に配慮して行き過ぎの都市爆撃を激しい口調で非難した。
 連合軍は、総力戦として、全国の都市を無差別爆撃を開始し、兵士であろうと民間人であろうと関係なく、日本人であれば問答無用に焼き殺した。
 海軍内から、敗色を挽回する為にも、早急に原爆を完成させるべきであるとの声が強くなった。
 木村毅一「実際にどれくらいの規模かが分かってくるにつれて、海軍の将校達もこれは現状では無理だなと気付いていったのです。原子爆弾というのは無理だと、私達もむろん気付いていました」
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 3月17日 硫黄島玉砕。日本軍側戦死約2万100名。アメリカ軍側死傷者約2万4,857人。
 栗林忠道中将「戦局遂に最後の関頭に直面せり17日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち皇国の必勝と安泰とを祈念しつつ全員壮烈なる総攻撃を敢行す……国のため重きつとめを果し得て 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」
 『ルーズベルトに与える書』  日本海軍市丸利之助少将
「我、今、我が戦いを終わるに当り、一言貴下に告ぐるところあらんとす。
 日本が『ペルリー』提督の下田入港を機とし、広く世界と国交を結ぶに至りしより約百年。この間、日本は国歩艱難を極め、自ら慾せざるに拘らず、日清、日露、第一次欧州大戦、満州事変、支那事変を経て、不幸貴国と干戈を交ふるに至れり。
 これを以って日本を目するに、或は好戦国民を以ってし、或は黄禍を以って讒誣(ざんぶ)し、或は以て軍閥の専断となす。思はざるの甚きものと言はざるべからず。
 貴下は真珠湾の不意打ちを以って、対日戦争唯一宣伝資料となすといえども、日本をしてその自滅より免るるため、この挙に出づる外なき窮境に迄追い詰めたる諸種の情勢は、貴下の最もよく熟知しある所と思考す。
 畏くも日本天皇は、皇祖皇宗建国の大詔に明(あきらか)なる如く、養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)を三綱(さんこう)とする、八紘一宇の文字により表現せらるる皇謨(こうぼ)に基き、地球上のあらゆる人類はその分に従い、その郷土において、その生を享有せしめ、以って恒久的世界平和の確立を唯一念願とせらるるに外ならず。これ、かつては
 四方の海 皆はらからと思ふ世に 
      など波風の立ちさわぐらむ
 なる明治天皇の御製は、貴下の叔父『テオドル・ルーズベルト』閣下の感嘆を惹きたる所にして、貴下もまた、熟知の事実なるべし。
 我等日本人は各階級あり各種の職業に従事すといえども、畢竟(ひっきょう)その職業を通じ、この皇謨、即ち天業を翼賛せんとするに外ならず。
 我等軍人また干戈を以て、天業恢弘(てんぎょうかいこう)を奉承するに外ならず。
 我等今、物量をたのめる貴下空軍の爆撃及艦砲射撃の下、外形的には退嬰(たいえい)の己むなきに至れるも、精神的にはいよいよ豊富にして、心地ますます明朗を覚え、歓喜を禁ずる能(あた)はざるものあり。
 これ、天業翼賛の信念に燃ゆる日本臣民の共通の心理なるも、貴下及チャーチル君等の理解に苦むところならん。
 今ここに、卿等(けいら)の精神的貧弱を憐み、以下一言以って、少く誨(おし)える所あらんとす。
 卿等のなす所を以て見れば、白人殊(こと)にアングロ・サクソンを以て世界の利益を壟断(ろうだん)せんとし、有色人種を以って、その野望の前に奴隷化せんとするに外ならず。
 これが為、奸策を以て有色人種を瞞着(まんちゃく)し、いわゆる悪意の善政を以って、彼等を喪心(そうしん)無力化せしめんとす。近世に至り、日本が卿等の野望に抗し、有色人種、ことに東洋民族をして、卿等の束縛より解放せんと試みるや、卿等は毫も日本の真意を理解せんと努むることなく、ひたすら卿等の為の有害なる存在となし、かつての友邦を目するに仇敵野蛮人を以ってし、公々然として日本人種の絶滅を呼号するに至る。これあに神意に叶うものならんや。
 大東亜戦争により、いわゆる大東亜共栄圏のなるや、所在各民族は、我が善政を謳歌し、卿等が今を破壊することなくんば、全世界に亘る恒久的平和の招来、決して遠きに非ず。
 卿等は既に充分なる繁栄にも満足することなく、数百年来の卿等の搾取より免れんとする是等憐むべき人類の希望の芽を何が故に嫩葉(わかば)において摘み取らんとするや。
ただ東洋の物を東洋に帰すに過ぎざるに非ずや。卿等何すれぞ斯くの如く貪慾にして且つ狭量なる。
 大東亜共栄圏の存在は、毫も卿等の存在を脅威せず。かえって世界平和の一翼として、世界人類の安寧幸福を保障するものにして、日本天皇の真意全くこの外に出づるなきを理解するの雅量あらんことを希望して止まざるものなり。
 ひるがえって欧州の事情を観察するも、又相互無理解に基く人類闘争の如何に悲惨なるかを痛嘆せざるを得ず。
 今ヒットラー総統の行動の是非を云為(うんい)するを慎むも、彼の第二次欧州大戦開戦の原因が第一次大戦終結に際し、その開戦の責任の一切を敗戦国独逸に帰し、その正当なる存在を極度に圧迫せんとしたる卿等先輩の処置に対する反発に外ならざりしを観過せざるを要す。
 卿等の善戦により、克(よ)くヒットラー総統を仆(たお)すを得るとするも、如何にしてスターリンを首領とするソビエトロシアと協調せんとするや。
 凡(およ)そ世界を以って強者の独専となさんとせば、永久に闘争を繰り返し、遂に世界人類に安寧幸福の日なからん。
 卿等今、世界制覇の野望一応将に成らんとす。卿等の得意思ふべし。然れども、君が先輩ウイルソン大統領は、その得意の絶頂において失脚せり。
願くば本職言外の意を汲んで其の轍(てつ)を踏む勿(なか)れ。」
 日本軍・皇軍は、天皇と国家と民族、そして家族と家と家庭を守る為に、自己犠牲で戦い玉砕した。
 彼らは、正真正銘の「サムライ」であった。
 平和教育下の現代日本には、そうした「誠」を命を賭けて貫くサムライはいない。
 3月25日 アメリカ軍、沖縄に上陸。
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 春頃 第8陸軍技術研究所は、希少元素を含む鉱石が産出される福島県石川町で、微量のウランを含む巨晶花崗岩(ペグマタイト)の採掘を開始した。戦時下で労働不足が深刻化した為に、地元の婦人会と小中学生を動員(約100人)して満足な食べ物を与えず過酷な採掘を強要した。
 陸軍は、終戦まで、旧制私立石川中学校の生徒を勤労動員して閃ウラン鉱・燐灰ウラン石・サマルスキー石等を採掘した。
 強制連行した朝鮮人労務者(約200万人)は、信用できなかったせいか、この重労働の現場に動員しなかった。
 某陸軍将校は、5月頃、空腹の上に疲労困憊している採掘現場の士気を鼓舞する為に、最高軍事機密に属する採掘の目的を説明した。
「君たちの掘っている石で爆弾を造るんだと。マッチ箱一つぐらいの大きさで、アメリカの大都市のニューヨークを一瞬にして破壊する事が出来るんだと、だから頑張れ」





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