⛩9)─1─産神。古事記・日本書紀は神が神を産み、神が出産で死ぬ民族神話である。~No.16No.17 

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 現代日本では、天皇神話である古事記日本書紀を否定し、神が国を生み神を産み、そ女性神が出産で死んで悪鬼となる日本民族心神話を否定している。
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 産神(読み)うぶがみ
 精選版 日本国語大辞典「産神」の解説
 うぶ‐がみ【産神】
 〘名〙 (「うぶかみ」とも)
① 出産の前後を通じて、妊婦や生児を見守ってくれると信仰される神。妊娠や安産に効があると信じられている神。また、生まれた土地の守護神。著名な大社、村の鎮守、小祠など種々の場合がある。うぶのかみ。うのかみ。うぶすながみ。
十輪院内府記‐文明一七年(1485)五月九日「早旦参二詣今宮旅所一。余生神也」
※都鄙問答(1739)四「国本へ参り候所、産神(ウブガミ)へはまいり申さず候」
② 出産の場に立会い、見守ってくれると信じられている神。東北地方では山の神をこの神だとする信仰が強く、山の神が来ないとお産ができないなどといい、また、障子の桟や長持の上に腰かけているという伝承も広くある。あるいは箒神だとする信仰も広く、出産のさいに箒を立てたりする。うぶのかみ。〔日葡辞書(1603‐04)〕
③ 赤子に入れるべき霊魂の称。生まれたばかりの赤子は、単なる肉塊と考えられていたので、そこに小石などに象徴された霊魂をあてがい、成育をうながす必要があると考えられた。
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 日本大百科全書(ニッポニカ)「産神」の解説
 産神 うぶがみ
 出産に立ち会う神をいう。産神については各地によっていろいろな信仰がある。山の神をもって産神とすることが東北地方に多くみられ、産気づくと夫が馬を引いて山の神を迎えにいく。山中で馬が身震いをしたり鳴いたりすると、山の神が乗り移ったと解して家に帰る。するとまもなく出産となるという。産神にはこのほか箒(ほうき)神、便所神などがある。箒神を産神とする所は多く、この神がこないと生まれないといい、女は箒をまたいではいけないという。便所神を産神とする所は関東に多く、女は平素便所をよく掃除すると、きれいな子が生まれるという。なお、生児の初宮参りには便所に連れて行き、米、かつお節などをあげる風習がある。
 [大藤時彦
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 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「産神」の解説
 産神 うぶがみ
 妊婦と生児を守ってくれるということで信仰された神。日本では産の忌があり,出産は穢れ多いものとして神参りを遠慮させられたが,産神だけは産屋の忌のなかへ入って守ってくれるものと信じられていた。東北地方では,山の神を産神として伝承しているが,これは山の神が女神でお産をするという考え方が根拠になっていると思われる。このほか産神として箒神,便所神,道祖神などが信仰されている。
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 世界大百科事典 第2版「産神」の解説
 うぶがみ【産神】
 出産の前後を通じて不浄を忌まず,産婦と生児を守ってくれる神。ウブサマ,ウノカミ,オブノカミなどともいう。ウブもオブも産を意味するウムと同じ語源からきているが,愛媛県南部では小児の魂をウブという。産のけがれのあるものは神参りを避けるのがふつうであるが,産神だけは特別で,進んで産屋の忌の中に入ってきて産婦を守るものと信じられていた。産神は出産と同時に産屋にきて,3日目か七夜には立つと考えられているが,熊本県阿蘇地方では帯祝の日からまつりはじめるという。
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 神産み(かみうみ)とは、『日本神話』にて伊邪那岐命伊邪那美命が国産みの後、神々を生み出したことを指す。
 あらすじ
 古事記
 伊邪那岐命伊邪那美命はさまざまな神々を生み出したが、火の神火之迦具土神を出産した際に伊邪那美命は火傷で死ぬ。そのため伊邪那岐命は怒って火之迦具土神を十拳剣で切り殺した(この剣からしたたった血からまた神々が生まれる)。伊邪那岐命伊邪那美命に再び会うため黄泉の国へ赴くが、伊邪那美命は変わり果てた姿になっていたため、おののいた伊邪那岐命は逃げた。伊邪那岐命は黄泉のケガレを清めるために禊ぎをしたが、このときもさまざまな神々が生まれた。最後に生まれた天照大御神(日の神、高天原を支配)・月読命(月の神、夜を支配)・須佐之男命(海を支配)は三貴神と呼ばれ、伊邪那岐命に世界の支配を命じられた。

 日本書紀
 第五段の本文では、伊弉諾尊伊弉冉尊大八洲国を産み終えたあと、海(うなはら)、川、山を産み、次に木祖(きのおや)である句句廼馳(くくのち)、草祖(かやのおや)である草野姫(かやのひめ)を生んだ。またの名は古事記と同様に野槌(のづち)とある。
 そして、両神ともに日神(ひのかみ)を生みその神が大日孁貴(おほひるめのむち)である。次に月神(つきのかみ)を生み、次に蛭児(ひるこ)を生んだ。三歳になっても脚が立たなかったので天磐櫲樟船(あめのいはくすふね)に載せて風のままに放ち棄てたとある。最後に素戔嗚尊(すさのを)を生んでいる。
 第五段の一書(一)では、伊弉諾尊が、左手で白銅鏡(ますみのかがみ)を持ったときに大日孁貴が成り出で、右手で白銅鏡を持ったときに月弓尊が成り出で、また首を回して振り返ったときに素戔嗚尊が成り出でたとある。
 そして大日孁貴と月弓尊は、ともに性質が明るく麗しかった。そこで天下(あめのした)を照らすようにさせた。素戔嗚尊は残虐な性質だったので降(くだ)して根国を治めさせたともある。
 第五段の一書(二)では、日月がすでに生まれ、次に蛭児を生んだが、三歳になっても脚が立たなかった。次に素戔嗚尊を生んだ。天磐櫲樟船を生んだ。すぐにこの船に蛭児を載せて、流れのままに放ち棄てた。
 次に火神の軻遇突智(かぐつち)を生んだが、伊弉冉尊軻遇突智に焼かれて死ぬ間際、臥しながら土神(つちのかみ)の埴山媛(はにやまひめ)と水神(みづのかみ)の罔象女(みつはのめ)を生んだ。そして軻遇突智が埴山姫を娶(めと)り、稚産霊(わくむすひ)を生んだ。この神の頭の上に蚕と桑が生じ、臍(へそ)の中に五穀が生じたとある。
 第五段の一書(三)では、伊弉冉尊が火産霊(ほむすひ)を生んだ時、子のために焼かれて亡くなろうとする時に、水神の罔象女と土神の埴山媛を生み、また天吉葛(あめのよさつら)を生んだとある。
 第五段の一書(四)では、伊弉冉尊が火神の軻遇突智を生もうとする時に、熱に苦しんで嘔吐し、これが金山彦(かなやまひこ)となり、小便が罔象女(みつはのめ)となり、大便が埴山媛(はにやまひめ)となったとある。
 第五段の一書(五)では、伊弉冉尊が火神を生んだ時に焼かれ神去られた後、熊野に葬られた旨が記載される。
 第五段の一書(六)では、伊弉諾尊伊弉冉尊はともに大八洲國(おほやしまのくに)を生んだ後、以下の神を生んでいる。
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 国生み/国産み(くにうみ)とは、日本神話を構成する神話の一つで、日本の国土創世譚である。国生み神話ともいう。 イザナギイザナミの二神が高天原の神々に命じられ、日本列島を構成する島々を創成した物語である。
 なお、国生みの話の後には神生み/神産み(かみうみ)が続く。
 本項では日本神話における国生みの物語を紐解いてゆくが、それは「大八島/大八洲(おおやしま)」すなわち日本の島々(日本列島)の、神話的の形成過程を読み解くことになる。
 古事記
 『古事記』によれば、大八島は次のように生まれた。
 伊邪那岐イザナギ)、伊邪那美イザナミ)の二神は、漂っていた大地を完成させるよう、別天津神(ことあまつがみ)たちに命じられる。別天津神たちは天沼矛(あめのぬぼこ)を二神に与えた。伊邪那岐伊邪那美は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛で渾沌とした地上を掻き混ぜる。このとき、矛から滴り落ちたものが積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となった。
 二神は淤能碁呂島に降り、結婚する。まず淤能碁呂島に「天の御柱(みはしら)」と「八尋殿(やひろどの、広大な殿舎)」を建てた。『古事記』から引用すると、以下のようになる。

 日本書紀
 『日本書紀』の記述は、基本的に、伊奘諾(イザナギ)、伊奘冉(イザナミ)が自発的に国生みを進める(巻一第四段)。本文では、「底下(そこつした)に豈国無けむや」といって国生みを始めている。また、伊奘諾、伊奘冉のことをそれぞれ「陽神」「陰神」と呼ぶなど、陰陽思想の強い影響がみられる。『日本書紀』によれば、『古事記』と同様、天降った伊奘諾、伊奘冉は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天之瓊矛(あめのぬぼこ。『古事記』でいう天沼矛)で渾沌とした地上[注 1]を掻き混ぜる。このとき、「滄溟」(あをうなはら)を得た矛から滴り落ちた潮が積もって島(オノゴロシマ)となった。ただし、このとき、他の天つ神は登場しない。
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