関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
・ ・{東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・
日本神道とは、世界の最果て、大陸の端・縁・片隅にある、一民族による自然崇拝の神話宗教で、寛容で開放的な宗教的多様性と多宗教多文化共生を色濃く秘めている。
神道は、自然崇拝で、自然を八百万の神々が鎮座する神聖不可侵の聖地として崇め、自然を愛し、自然を大事にし、自然を護ってきた。
日本民族とは、自然の民である。
・ ・ ・
日本神道は、精神的にひ弱・気弱・軟弱な日本民族にあっている。
・ ・ ・
2025年9月10日 MicrosoftStartニュース「\アメリカが消した禁断の書籍を復刻/
『神道思想史』
Q.アメリカが日本からどうしても
消し去りたかった神社はどれでしょうか?
①出雲大社
②伊勢神宮
③靖国神社
・
・
・
正解は、、、
全てです。
これは決して嘘ではありません。
では、なぜアメリカはこれらの神社を消したかったのでしょうか?
それは、日本から〇〇を消し去るためだったのです。
なぜなら、〇〇と神社は密接に関係していたから...
アメリカ「今すぐ神社を破壊しろ!」
ところが、日本人からはもちろん、世界中から反対を受け破壊することはできませんでした。
これは、キリスト教でいえば、ノートルダム大聖堂を、イスラム教でいえば、聖地メッカを破壊するようなことと一緒です。
そこでアメリカは、日本人や世界に気づかれずに〇〇を奪うためにある計画を立てたのです...!
「神社がムリならこの本を消そう」
そう、アメリカは、〇〇を消すために、ある本を消したんです。
「〇〇は日本人を知るための鏡である」
島田裕巳(宗教学者)
「〇〇こそ日本の魂なのである」
ラフカディオ・ハーン(日本研究家・新聞記者)
「日本人というのはやっぱり〇〇」
司馬遼太郎(歴史小説家)
「もし日本人が〇〇を失うと、
彼らのアイデンティティも失われていくだろう。」
ウィリアム・P・ウッダード(元GHQ)
多くの著名人は、〇〇について高く評価しています。
ではいったい〇〇の正体とは何でしょうか?
アメリカが消した禁断の書物のタイトルとは...?
約1万5千年前から続く日本人のルーツ◯◯
日本人にとって大事な〇〇の正体は「神道」です。
そもそも「神道」とは、、、
自然や祖先に神が宿ると考え、それらを敬い感謝する信仰のこと。
この信仰は、日本固有のものとして世界中で知られています。
きっとあなたも
一度は聞いたことがあると思います...
ところが、アメリカは、そんな神道を日本から消すことを計画していたのです。
その時、アメリカが計画して日本に出したものが「神道指令」
この指令では、神道を学ぶことを禁止し、神道の精神や価値観が描かれた日本神話も学ぶことを禁止したのです。
しかし、日本では昔から、神道と神話の重要性が認められ、多くの著名人が神道の精神を身につけていました。
例えば、日本を代表する
天才作家・芥川龍之介や三島由紀夫。
さらには『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』の
作者である手塚治虫。
そして、江戸時代の天才学者・本居宣長や、『源氏物語』の作者・紫式部も神道の精神を学んでいたとされています。
このように、日本では昔から、神道が欠かせない精神とされ、日本人に当たり前のように根付いていました。
つまり、神道こそが日本人に受け継がれてきたルーツであり、なくてはならない大事なものだったんです。
だからこそ、アメリカは日本から「神道」を消そうと思っていました...
実際に、当時、アメリカ政府のGHQとして日本で活動していたウィリアム・P・ウッダードは次のように語ります。
「日本人が日本人であるのは、皇室と国民を結びつけている神道のおかげであり、もし神道の信仰を失うと、日本人としてのアイデンティティは失われていくだろう。」
アメリカ政府は、戦時中から日本人の強さの秘密を研究し続けていました。
その結果、神道こそが、日本国民を結びつけていた絆そのものだと結論づけたのです...
アメリカ政府
「日本人のルーツを奪って、ヤツらを骨抜きにしなければ...」
その時に、アメリカに消されてしまった本の名前は、
『神道思想史』
この本は、日米戦争の最中、昭和十八年(1943年)に出版されました。
そんな山田孝雄の『神道思想史』を読めば、次のような重大な謎が解けます。
※商品画像はイメージです。
『神道思想史』 著 山田孝雄
●アメリカが奪いたかった「神道」はいつから日本人に根付いていたのか?
┃
●1万年5千も前に誕生したのに、なぜ今日まで伝わっているのか?
┃
●教えも教相もない神道が、なぜ日本人の中心にあり続けたのか?
┃
●「お葬式は仏教、初詣は神道」なぜ日本人は2つの宗教を自然に使い分けて居るのか?
┃
●なぜ「神道」こそが日本人のルーツと言われるのか?
つまりこの本には、数千年も前から、日本人の精神を支えていた神道の秘密がビッシリと詰め込まれているのです。
そんな「神道」は、かつて日本人のほとんどが学び、身につけていました。
そのため、日本人の日常生活にも自然に結びついていました。
その証拠に、今も日本人が日常生活で行なっていることにも神道由来のものがたくさんあります。
例えば、食事の際に
「いただきます」や「ごちそうさま」を言ったり、家族でお墓参りや神社へお参りに行ったり、各家庭で神棚をお祀りしたり、などなど。
かつては「神道」という
名前もなかった時代もあり、経典や教えもなかったのですが、先人たちはこれらを規範にして生きていたのでした...
しかし現代の日本人には、神道の存在がほとんど知られていません...
それは、アメリカ政府に意図的に消されてしまったからです。
『神道思想史』という書籍をはじめ神道に関連する本や神話も片っ端から消してしまいました...、、、
とはいえ、神道は、私たち日本人の日常に結びつき、今も溶け込んでいます。
自然と溶け込んでいるのなら
あえて学ばなくてもいいのでは?
そう思ってしまうかもしれませんが、実は、そこが落とし穴なのです...
神道は、日常に溶け込んでしまっているからこそ、時代が進むにつれ、形骸化が進んでしまっています。
そして、本来の意味や目的も失われつつあります。
さらに、戦前に生まれ、神道をしっかり学んでいた世代の方々も失いつつあるので、今まで神道を教えていた人も少なくなっているのが現状です。
では、このまま、神道の大切な精神、本来の意味を知らない日本人が増えたらどうなるのでしょうか。
想像してみてください...
あなたの子供や孫たちが、、、「いただきます」や「ごちそうさま」を言わない…
ご先祖様のお墓参りに行かない…
家に神棚がなくなり、神棚の存在すら知らなくなる...
神社のルールを守らず、単なる写真映えスポットとして使う…
神社や寺、御神木に落書きをする…
これでは、日本人らしさなど微塵もない、日本で好き勝手する中国人・韓国人などの外国人と同じになってしまいます。
さらには、
かつての礼儀正しい日本人の姿は消え、恥を恥と思わずに平気でいられる民族になってしまう可能性もあります。
このままだと、日本らしさはどんどん失われていってしまうのです...
そこで
日本人にとって大事な神道の記憶を取り戻してほしい...日本人になくてはならない神道の精神を次の世代に伝えていきたい...
そのような思いから、、、
『神道思想史』
という本を現代に蘇らせました。
目次
普及の辞...................................................................2
序..............................................................................6
第一章 神道の語について.......................................19
第二章 両部神道......................................................37
第三章 伊勢神道......................................................65
第四章 吉田神道......................................................73
第五章 吉田神道興起の情勢...................................91
第六章 儒家の神道..................................................101
第七章 理学神道・垂加神道...................................111
第八章 復古神道......................................................123
第九章 神道史上に於ける平田篤胤の地位............133
第十章 結び..............................................................145
敬神(付録)................................................................152
著者
山田孝雄
Yamada Yoshio
『神道思想史』の著者。国語学者、国文学者、歴史学者。
山田孝雄は、国学の伝統に連なる最後の国学者とも評価される人物。
富山県の神社の家に生まれ、教員を務めたのち、神宮皇学館大学(現在の皇學館大学の前身)の初代学長を務める。
そして、日米戦争(大東亜戦争)が起こった頃の日本を間近で経験し、昭和19年(1944年)には、貴族院勅選議員、文部省国史編修官も務めた。
日本の激動の時代において、学者と政治家を担っていたという経歴の持ち主。
著名人が推薦
『神道思想史』は、神宮皇学館大学初代学長であった山田孝雄がどのような角度で、神道というものを捉えていたのかがわかる書物なので、ぜひ読んでいただきたい。
新田均
皇學館大学特別教授
一気に読んでしまった。これほどわかりやすく神道思想史について教えてくれる本はないからだ。神道思想の歴史を、仏教や儒教におかされない純粋な神道の確立への歩みとしてとらえる著者の姿勢にまったくぶれはない。
島田裕巳
宗教学者/作家
本書『神道思想史』は、神宮皇學館大學長であった山田孝雄が行った昭和十六年(一九四一)、神祇院での講義をまとめたものである。
山田孝雄の神道観は『神道思想史』で存分に発揮され、まず冒頭で「神道とはなにか」を説く。国語・国文を専門とする学者らしく、「神道」の語の初出を文献で押さえながらも、そのような言葉でいいあらわされる以前の神道、惟神、神習の道から確かめていく。特に平田篤胤の評価が高いのが特徴だろう。篤胤は神道の祭儀を礼と祓の面で実践し、「純真の古に復した」と位置付けたからである。
神道のとらえ方を行く川の水に譬え、変遷する事象と変化しない本質を見究めようとするなど、「最後の国学者」とも称された山田孝雄の率直な語りが魅力である。講義の型式が読みやすく、初学の方にも一読を勧めたい。
遠藤慶太
皇學館大学教授
でも、今回の復刊には
「大きな壁」がありました...
内事情を明かして恐縮ですが、『神道思想史』の復刊に際して、実は大きな壁がありました。
普通の本を出版するのと、絶版本を復刻するのとではやや事情が異なるのです。
しかし私たちは、『神道思想史』という本には、それ以上の価値があると信じて、戦後アメリカによって密かに没収されていた書物、あるいは歴史の闇に埋もれてしまった絶版本や重要史料などを現代に蘇らせる「焚書復刊プロジェクト」を行なっています。
日本のためを思うのであれば、出来るだけ多くの人に読んでいただくために、安くした方がいいのは承知しています。
しかし、このように絶版本を復刊でき、継続的に、世に正しい歴史を伝える活動ができるのは、日頃、ご支援していただけるお客様のおかげで、ビジネスとしても成立しているからです。
・ ・ ・
2019-2025 歴史逍遥『しばやんの日々』
GHQに焚書処分された神や神道関連の書籍~~山田孝雄 『神道思想史』
2020.09.132025.02.13
GHQ焚書 GHQ検閲・GHQ焚書神道
目次
神道指令
『神道思想史』
神や神道関連のGHQ焚書
神道指令
教科書などには絶対に書かれていないことだが、昭和二十年(1945年)十二月十五日にGHQが日本政府に対して神道指令、正確には「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(SCAPIN-448)という覚書を出している。全文は文部科学省のHPで読むことができる。Travel guide本棚
連合国軍最高司令部指令:文部科学省
この指令には、公の財源による神道や神社の支援を禁止するほか、信教の自由の確立と軍国主義の排除、国家神道の廃止、神祇院の解体などが記されており、1952年の講和条約発効とともに効力はなくなったが、日本国憲法の第二十条に、この指令の内容の一部が継承されている。Travel guide本棚
第二十条:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
神道指令の立案に関わったウィリアム・ウッダードは著書にこんなことを書いている。
神道を国家から分離した理由は、神道の教義が世界平和に敵意あるものであり、日本の超国家主義、軍国主義および侵略主義も国家神道のカルトに根付いており、それによって精神が汚染されているという連合国指導者たちの理解によるものであった。連合国軍の指導者たちは、右翼過激派が国民を洗脳し、天皇を制御する権力を獲得し、法律を支配し、教育を統制し、宗教を管理し、日本国を全面的崩壊の淵に追いやったのは、現津神たる天皇、神国、神の地などの概念を中心につくられた国家神道のカルトによったと考えたのである。Travel guide本棚
「神道指令」の第一節において、宗教課長ウィリアム・K・バンス博士は、このカルトを「神道の教理並びに信仰を歪曲して日本国民を欺き侵略戦争へ誘導するために意図された軍国主義的並びに過激なる国家主義的宣伝に利用」したものと呼んでいる。連合軍は、平和主義的で民主主義的な日本を作るためには、他の手段とあわせて神道を国家から分離することが必要だと考えていたのである。
(W.P.ウッダード『天皇と神道―GHQの宗教政策』サイマル出版 昭和47年刊 p.6~7)
天皇と神道: GHQの宗教政策
サイマル出版会
¥2,000(2025/09/09 23:40時点)
Amazonの商品レビュー・口コミを見る
Yahoo!ショッピング
彼らは、日本軍が命を惜しまず戦ったのは日本人がカルト宗教に精神が汚染されているからだと考えており、その論理的帰結として、神道の教義が書かれているテキストの頒布の禁止を禁止し、「大東亜戦争」、「八紘一宇」という用語や、国家神道、軍国主義、過激な国家主義と切り離せないものは使用禁止とすることを、神道指令の中に明記しているのだ。
普通の日本人なら神道の中にカルト宗教的な危険な要素があるとは思わないと考えるのだが、彼らは「神道が国家から分離され、教育体制から除去されるまでは、神道が軍国主義、超国家主義イデオロギーを宣布するための機関として使われる危険性が常に存在する」(同上書p.69)と信じ込み、国家神道の廃止の命令まで受けていたのである。Historical thrillerTravel guide
そのため、GHQが焚書処分した神道関連書籍は意外と多く、『神祇に関する制度作法事典』のような作法中心に書かれた本までが焚書されているのだ。
『神道思想史』
今回は GHQ焚書の中から山田孝雄 著『神道思想史』の一節を紹介したい。本棚
…神道という言葉は本来わが国の上代にはなかったものであると思います。何故かと申しますれば神道という言葉は日本語ではない。元来漢語であります。これを神の道といったかどうかしりませぬが、今日われわれが神道と言っているのは漢語であります。この神道ということばが我が国史籍の上に表れたのはいつ頃かと申しますと、これは日本書紀の用明天皇の巻に初見するのが文献的に言えば一番古いのであります。その日本書紀に書いてあります文章は「信仏法尊神道」天皇仏法を信じ神道を尊び給うと書いてあります。これが我々の目に触れるものでは一番古い。それから孝徳天皇の初めに、これも天皇のことを御書き申上げたところに「尊仏法軽神道」仏法を尊び神道を軽んずと書いてあります。…中略…本棚Travel guide
そこで、その神道に対して用いられている仏法ということについて考えて見ますと、これは御存知の通り欽明天皇の十三年(西暦552年)に百済王が朝貢した際、貢物と共に伝え奉ったものであります。その初めにおいてはその仏法というものをわが国において採用すべきであるかどうかということについて、朝廷においても議論が区々で一致しない。そうして遂に政治上の争いまでになったのであります。が、用明天皇の御代を経過いたしまして崇峻天皇の御代に至りますというと、敬神主義の豪族であったところの物部氏が亡ぼされ、また同じ敬神主義の中臣氏は屏息して仏法がここから勃興したのであります。それゆえにここに言うところの日本書紀に書いてありますところの、神道という言葉は仏法が我が国に輸入せられ、それがだんだん盛んになるにしたがって、その仏法に対して用いられた言葉であるということは明らかであるのであります。…中略Travel guide本棚
そこで「古事類苑」の神道の部の初に…神道の名あるは中葉以後のことに仏道儒道に大した名前である、と…編者は説明しています。…儒教が公に朝廷に入りましたのは応神天皇の御代に論語を学ばれたことがはじめであるとしなければならぬ。しかるにその応神天皇の時から、前申しました用明天皇の御代まで随分長い間でありますのに、その間に神道という言葉が出てこないのであります。これは偶然出てこないのであると言えば癒えぬことはありませぬが、恐らくはそうではなくして、儒道と神道ということは初めから甚だしく矛盾していなかったためでありましょう。矛盾反対せず並び立ったのであります。…神道という言葉は元来儒教の使う言葉であります。儒教の周易の中にこの神道という言葉があります。この神道という言葉は支那の用法から申しますと、天然自然の怪しき道という意味でありまして、もとよりわが国の神の道というのではないが、それが我が国の神の道というのに都合がよいから、後に使うことになったのでありましょう。
(山田孝雄 著『神道思想史』明世堂書店 昭和18年刊 p.13~17)
国立国会図書館デジタルコレクション
こんな感じで、両部神道、伊勢神道、吉田神道、儒家の神道、理学神道・垂加神道、復古神道などが解説されているのだが、わたしの学生時代にこのような歴史を詳しく学んだ記憶がないし、市販の本でこのような本は先ず見当たらないと思う。
神や神道関連のGHQ焚書
以下のリストは、 GHQ焚書リストの中から、タイトルに「神」を含む書籍から、明らかに他宗教に関する本を除いたものである。全部で100点あるが、うち25点が「国立国会図書館デジタルコレクション」でネット公開されている。
・ ・ ・
戦前の宗教教育を受けた日本人が減少し、祖先から受け継いだ宗教的理(ことわり)が失われる事によって日本から民族の正統な伝統宗教として有り様が滅びようとしている。
それは、反宗教無神論の戦後民主主義教育による政教分離の原則で更に加速している。
それを証明しているのが、日本人のマルクス主義的無宗教化である。
・ ・ ・
日本民族の神道のルーツは、数万年前の縄文人の宗教祭祀にある。
神道の最高神は、お天道様の女性神・天照大神(伊勢神宮の祭神)で、天皇家の祖先神である。
・ ・ ・
敗戦利得者である左派リベラルは、反宗教無神論・反天皇反民族反日的日本人として、日本人の間で神殺し仏殺しをおこない、日本の国土から神話物語を消滅させようとしている。
・ ・ ・
中世キリスト教会・イエズス会伝道所群は日本に対して宗教侵略をおこなっていた。
現代の歴史教育は、宗教侵略をキリスト教伝来と言い換え、白人キリスト教徒商人による日本人を世界に商品として輸出する事よりも日本人によるキリシタン弾圧を子供達に教えている。
・ ・ ・
キリスト教会とイエズス会伝道所群は、日本を中南アメリカ大陸や中南アフリカ大陸の様にキリスト教国に変える為に日本人をキリシタンに改宗しようとした。
・ ・ ・
2025-01-07
〖目次〗貼り付ける記事:日本の皇位継承と人口激減の原因はアメリカ大統領の敵意であった。2025年版。
・ ・ ・
日本列島とは、春夏秋冬、季節に関係なく、広範囲に同時多発的に頻発する複合災害多発地帯である。
日本の自然は、数万年前の旧石器時代・縄文時代から日本列島に住む生物・人間を何度も死滅・絶滅・消滅させる為に世にも恐ろしい災厄・災害を起こしていた。
日本民族は、自然の猛威に耐え、地獄の様な環境の中を、家族や知人さえも誰も助けずに身一つ、自分一人で逃げ回って生きてきた、それ故に祖先を神(氏神)とする人神信仰を受け継いで来た。
日本人は生き残る為に個人主義であり、日本社会は皆で生きていく為に集団主義である。
日本の宗教・文化・言語は、こうして創られてきた。
・ ・ ・
日本民族の人間性である価値観・人格・気質を作り出したのは、人間(他国・異民族・異教徒)の脅威ではなかったし、唯一絶対神(全智全能の創り主)の奇蹟と恩寵ではなく、自然の脅威と恩恵(和食)である。
つまり、日本人と朝鮮人・中国人は違うのである。
・ ・ ・
9月10日 MicrosoftStartニュース FNNプライムオンライン「【独自】林道の脇に「ボロボロの畳」「机の引き出し」大量の廃材が“不法投棄” 4月にも7t撤去 埼玉・飯能市
© FNNプライムオンライン
林道の脇に捨てられていたのは、ボロボロになった畳。
家屋を解体した際に出たとみられる廃棄物が大量に不法投棄されていました。
埼玉・飯能市クリーンセンター 真野昌己主幹:
(Q.いつ捨てられた?)通報があったのが今年5月。
これらは2025年5月、埼玉・飯能市で見つかった、不法投棄された廃材です。
壁の一部や机の引き出し、さらに石材など、さまざまな廃材がまとめて捨てられています。
捨てられてから長い時間が経ち、ごみの上からは草が生えていました。
この状況を目の当たりにした市の担当者は「残念ですね。(飯能市は)自然が売りなので、美観を損ねるのは本当に残念。(Q.どのように捨てられた?)推測ですが、下に国道があるので、そちらから投棄の車が搬入してきたか」と話します。
さらに、不法投棄は別の場所でも。
道路脇の崖の斜面にも大量の廃材が捨てられていました。
埼玉・飯能市クリーンセンター 真野主幹:
(Q.奥の方にある石も?)不法投棄のものだと思います。
市によると、これらの場所は市が所有する土地ではないためすぐに撤去はできないといい、市・県・警察と連携をとって、どう進めるか話し合っているところだと言います。
一方で、2025年4月に見つかった廃棄物については、市の所有地に不法投棄されていたため、市の職員らがすでに撤去しています。
ごみを取り除くと、そこには水路がありました。
ここで撤去された廃棄物は約7トンに及ぶといいます。
市は不法投棄が相次いだため、新たに複数の看板を設置して警告。
さらに、不法投棄を監視するパトロールの回数を増やすなど、対策を強化しています。
・ ・ ・
amazon.com
神道思想史(校註) GHQ焚書 (いざなみ文庫) Kindle Edition
by 山田孝雄 (著者), いざなみ文庫 (翻訳者) フォーマット: Kindle 版
【GHQ焚書第12巻】山田孝雄『神道思想史』(明世堂、昭和18)の電子復刻版。「神祇叢書」シリーズの一つとして、神道思想史についての山田孝雄博士の講演録。仏教渡来以降、神道が仏教と習合し、仏教から脱却する過程で儒教思想を採り入れ、江戸時代に国学が起つて漸く仏教渡来以前の姿に復古した歴史が語られてゐます。戦後GHQによつて焚書された一冊です。
・ ・ ・
相州藤沢白旗神社
神道は宗教か?
投稿日:2009年9月30日(水)
神道は宗教か?皆さんはいかがお考えでしょうか。
神道には、教義・経典が無いというのが一番の特徴だと思います。教義・経典が無いので、布教や説法などもしませんでした。なぜなら神道は、太古の昔より永い年月をかけて日本人が培ってきた日本民族固有の信仰・思想であるからです。ですから仏教が伝来する以前、神道という言葉はありませんでした。
神道でいう神様、氏神様とは我々の祖先です。天皇陛下のご祖先が天照大御神(伊勢の神宮の神様・日本国の氏神様)であり、氏神様が〇〇氏(うじ)の祖先であるように、祖先を崇拝するという【まごころ】【清らかな心】であり日本人の一般的道徳心が神道の根本だと思います。
悪い事をすると【バチが当たる】とよく言われました。【バチ】は誰も見ていなくても当たります。神様が空から見ているから…。
核家族化が進み、神仏・祖先を敬う方法が分からない若い世代が増えています。それに伴い子供たちは、親・友達・自然などを敬う心が崩壊してきたといわれて久しい昨今…。【目に見えないものにこそ本質がある】神社の存在意義が益々大きくなっているように感じます。
・ ・ ・
神道国際学会
日本文化における神道の役割(過去・現在・未来)
※この文章は2009年10月22日~25日に大韓民国・高麗大学校にて行なわれた第一次仙&道国際学術大会での梅田善美前理事長の基調講話によるものです。
神道とは何か?
最初に神道を簡単に紹介します。神道とは日本の土着の宗教です。日本の古代から現代に続く民族宗教であり、日本人の生活文化の全般に浸透し、しかも外来文化を受け入れて、日本的に変容させるというエネルギーをもっています。その原点は古来の民間信仰と儀礼の複合体で、動物や植物その他生命のないもの、例えば岩や滝にまでも神や神聖なものの存在を認めるいわゆるアニミズム(精霊信仰)的な宗教です。その起源は遠い昔に遡ります。西暦紀元前200年頃までといわれる縄文時代の遺跡から発見された遺物の多くには何らかの呪術的な意味を持っていたとおもわれるものがあります。
古代の日本では、各地方で様々な慣習が行われていましたが、それらが一つの宗教的体系をなしていたとは言えません。各地に儀式や禁忌、タブーをつかさどる専門家や占い師や語り部の集団がありましたが、それらは、繁殖を促す儀礼と祓い清める儀礼が中心でありました。地方ごとにおこなわれた季節の祭りや先祖崇拝、超自然的な力への畏敬、それらが日本の島々の創造とそこに住む神々の降臨の伝説がつながっていました。
神道はこのように、人々の日常生活と密接な関係を持つ日本の信仰形態で、過去においてもそうであり、現代にもそれが続いています。神道は、それを作り出した教祖もなく、キリスト教における聖書やイスラム教のコーランにあたる教典もなく、組織化あるいは体系化された教団もありません。そのため、神道は宗教ではないとさえ言われています。神社には氏子とよばれる崇敬者たちがいますが、これは、いわゆる「信者」あるいは「教会員」とは異なっています。神道には神学や会衆による礼拝はあまりありません。崇拝される対象となる統一的概念は「カミ」もしくは「カミガミ」と言う言葉で言い表されていますが、近代になって、それが英語で「Godゴッド」と訳されたものですから、今もしばしば、いわゆる一神教の神と混同され、誤解を生じています。
古代からの信仰は、西暦538年に日本に伝来した仏教という新しく輸入された宗教との競争に直面して、はじめて神道と名づけられました。すなわち「神道」という言葉は、日本の伝統的な信仰形態を仏教と区別するために、中国の道教につながる言葉をもちいたのであり、「神(かみ)の道」という意味を表わします。
この「神道」という用語が最初に文献に出て来るのは、西暦720年に編纂された『日本書紀』という歴史書ですが、そこでは宗教的儀式や神々または社(やしろ)を指したもので、現在使われているような宗教の教義のまとまった体系の意味で使われるようになったのは12世紀からです。
古代の日本には、ほとんどが韓半島を経由して、中国からの膨大な文物が流入しています。その中に道教にかんするものが含まれていたとしてもなんら不思議ではありません。
日本の神社仏閣にはいろいろな道教的要素が見られますが、中国に見られる道観という形式の組織は形成されませんでした。ここで、日本では道教がどのように位置づけられているかについて、日本における道教研究の第一人者として知られている窪徳忠(くぼのりただ)先生の定義をご紹介いたします。すなわち道教とは、「古代の神仙説および古代の民間の雑多な信仰を中心とし、それに道家の哲理、易、陰陽、五行、および讖緯(しんい=未来の予言)や医学、占星などの説や、巫祝(ふしゅく=巫女・シャーマン)の信仰などを加え、仏教の体裁や組織にならって、宗教的な形にまとめられたもので、不老長生を主な目的とする、現世利益的な宗教」という長いものです。
こうした道教的要素が中世の神道や仏教と交わって、修験道や風水占い、あるいは陰陽道などという日本で独特の信仰体系を成立させていきました。
数世紀にわたって神道と他の信仰形態は様々に展開しました。とくに仏教との関係はある時は「両部神道」として、神仏が合体して信仰の対象となり、日本全国に神社と寺院が共存していたわけです。近世になると『古事記』や『日本書紀』に記載されている神話が、歴史につながっているものだという「復古神道」がとなえられ、そこから天皇を天照大神の子孫として崇める人々がでてきました。
国家神道の発生と海外神社の設立
19世紀になると、神道の歴史に大きな転換期が訪れました。それは、200年以上にわたる鎖国による封建主義が終わりをむかえようとした1860年代から、日本が新しい国づくりを目指す文明開化という時代に入ったからです。ヨーロッパやアメリカで、自分たちとは違う文明や価値観を見聞した日本の為政者たちは、日本にも精神的な規範が必要だと考え、神道が日本の伝統的な信仰であり、日本人の日常生活に深く浸透しているものであることに着目しました。そこでまず神社と寺院とを分離し、さらに神社を整理統合し、国家の支配下に置くことにしました。いわゆる「国家神道」の発生です。
ここで注釈を加えますと、国家神道という定義は、もとから存在したものではありません。この言葉は、1945年に日本が第二次世界大戦に敗北して、米国の太平洋陸軍総司令官ダグラス・マッカーサー元帥率いる連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本を支配しはじめたときに、さまざまな占領政策を打ち出し執行した中で、「神道指令」を発して、神社を国家の関与から切り離すことを命じた中で、神道をState Shintoと名づけたものです。もともとは、神道の皇祖崇拝の伝統を基礎にしたものが国の公の祭祀となり、1868年の明治維新と呼ばれる王政復古に対して、神代へ回帰するという表面的なイメージを与えることになりました。こうして神道は、すべての日本国民に対し、宗教としてではなく、愛国的義務的儀礼として定義されることになりました。
いっぽうでは、この時期に、いくつかの民衆宗教運動から派生した天理教、金光教、黒住教などが広く全国的に普及し、布教活動が許されるようになりました。その一つである大本(おおもと)は世直しを訴えて日本ばかりか海外にも知られるようになりましたが、そのユニークな活動は国家に対立するものであり、天皇への反逆的な活動であるとして、当時の日本政府から大弾圧を受けました。
明治時代の日本は「富国強兵」というスローガンのもと、海外進出をはじめました。北米や南米やハワイなどへの移民が始まり、多くの日本人が中国大陸や韓半島や東南アジアの国々に住み始めました。それにともなって、各地に大小さまざまな神社が建設されました。それらは「海外神社」と呼ばれ、約600箇所にも及んでいたと言われています。最盛期は1915年頃から1945年までで、「日本民族のあるところ、必ず神社あり」と表現されたほどでした。多くは移住した日本人たちの心のよりどころとして建設されたのですが、中には日本政府の植民地支配と日本の国家観念を植え付けるための「統治の手段」として特別に作られた神社もありました。「朝鮮神宮」や「扶余神宮」がそれにあたります。
1945年にいたって、第二次世界大戦で日本は敗れ、占領軍の民主化政策により、「国家神道」は解体され、新しい宗教法人法のもと、神道は「神社神道」と「教派神道」に大きく二分されるようになりました。現在、日本全国には約10万の神社があり、そのうちの8万社あまりは「神社本庁」に属しています。また、多くの教派神道組織がその活動を復活し、それ以外にも神道や仏教の基本的な教えや実践に基づいて全国各地で数百の新宗教が現われました。
私は日本人の一人として、国の政策によって作り出された国家神道が、わずか80年足らずの存在だったとはいえ、近隣諸国で神道の名の下に、神道本来には無い活動をしたことを恥ずかしくおもいます。
日本人の日常生活における宗教の役割
ここで、日本人の宗教に対する考え方や接し方をとりあげてみましょう。日本人に「あなたの宗教は何ですか?」と質問してみると、すぐには答えがかえってこないのです。そのために「日本人は無宗教だ」といわれるのですが、それは、日本ではあらゆる宗教が共存しているからなのです。さきほどお話ししたように、神道は古代から現代につづいている日本の民族信仰ですが、その間に、西暦3世紀から4世紀頃には儒教や道教が伝来して日本人の生活になじみはじめました。つづいて6世紀には仏教が伝わって来て、それらと日本固有の伝統信仰と区別するために神道(シントウ)という言葉が生まれました。16世紀にはキリスト教が日本に上陸しました。
キリスト教の宣教師たちは、日本人が神社にもお寺にもおまいりするのを見て、驚きました。ある宣教師は祖国に、次のようなレポートを書き送っています。「日本には宗教が二つある。神道と仏教というもので、長い年月を経て、お互いに影響しあって、日本人の生活に溶け込んでいる。日本人はホトケという偶像を拝み、カミという見えない存在に畏敬の念を抱いている。仏教のお寺にも行き、神道の社にも行くことに何の不思議も感じない。」一神教であるキリスト教徒にすれば、カミもホトケも同一に感じ、礼拝しているのは、理解できないことだったのです。
このような日本独特の宗教共存を可能にしたのは、八百万の神々を崇拝する神道が基盤になったからです。神道には、もともと包容性があり、客人(まれびと)を大切にして、異文化との接触による文化変容を可能にする素地がありました。これを人間の身体にたとえてみると、日本人は自分たちの作った食物のほかに、外国から入ってくる食材をもとにして新しい食物を食べ、それらを消化して、栄養源にしている、と言うことです。
日本では「文化庁」という役所が宗教団体を取り扱っていて、毎年、「宗教年鑑」という日本の宗教に関する統計を発表しています。それによりますと、文化庁に登録されている宗教法人の総数は182,985法人で、内訳は、神道系が84,996法人と全体の46.4%を占めており、仏教系が42.9%、諸教が8.4%、そしてキリスト教系が2.3%となっています。さらに、それらの法人に属している信者・会員の総数は、213,826,700人で、神道系がそのうちの50.3%、仏教系が44.0%、諸教が4.7%、そしてキリスト教系が1.0%となっています。ここで、みなさん、気が付いたことと思いますが、日本の最近の人口は1億2千万人強ですが、文化庁に登録された宗教団体に属する信者総数は2億1千3百万人強となっていることです。つまり宗教人口が実際の日本人口の2倍近くになっているのです。どうしてこんな現象が起きているのでしょうか。そのわけは、一人の日本人が複数の宗教団体に登録されているからなのです。神社の氏子であり、お寺の檀家であり、新宗教の会員でもあるということが何の不思議もなく行われているのです。さすがにキリスト教系の団体では、そんなダブルブッキングは許されていないようですが、神社やお寺は二重、三重に所属していてもとやかく言うことはありません。ですから、最初の「あなたの宗教は何ですか?」という質問にすぐに「私の宗教はこれです」と答えがでないのは、そのような事情があるからなのです。韓国や中国の場合はいかがですか。
いずれにせよ、この宗教年鑑の統計にあらわれているように、神道系の宗教が日本人の宗教生活に最も大きな影響を与えていることがお分かりになるでしょう。
世界の平和文化への神道の貢献
今日のお話しの最後に、神道の現代における存在意義を考え、未来への展望をしてみたいと思います。
神道国際学会がアメリカ合衆国のニューヨークで1997年に開催した「神道と環境」をテーマにしたワークショップに、アメリカの有名な環境問題専門家で『地球の夢』、『宇宙物語』の著者であるトーマス・ベリー博士が次のようなメッセージを寄せられました。
『神道から教えられる普遍的なものは、聖なる世界へ通ずる道は我々が住む世界にこそ見いだされる、という考えだ。神道の一番の特長は、ありのままの姿の自然とその永遠なる価値が直接結びついたシンプルさにある。日本の文化は今、世界中から注目を浴びている。神道の伝統から来るインスピレーションのもとで、この自然の力との交わりを新たにすることによって、 人類が今まさに求めている自然からの活力を受け、導かれ、大いに癒されることができるかもしれない。』
“The universal lesson of Shinto is that the way to the world of sacred is through the place of our dwelling. The primary virtue of Shinto is its utter simplicity, its immediacy with the natural world in its primordial reality and its enduring value. The Japanese heritage now finds a resonance throughout the Earth. Through a renewed communion with these powers under the inspiration of the Shinto tradition the larger human community might attain that increase in the energy, the guidance and the healing that are among its present needs.” (From a special message to ISF’s workshop on “Shinto and the Environment” from Dr. Thomas Berry, eminent environmentalist and author of influential ecological writings such as The Dream of the Earth and The Universe Story.)
神道は、「多神教」と定義することができます。先に述べたように、カミを「ゴッド」と訳すのは、一神教における創造神に伴う考え方と混同しやすいため誤解を招きます。私たちは、kamiとそのまま使うことをすすめています。説明的にはdeity(deities)と訳します。
神道は汎神論ではありません。なぜなら、この世のすべてのものが霊性を持っていることは認めますが、すべてが神として崇められるのではないからです。神として崇める対象に選ばれるのは、人間を超えた知恵や力などの霊的特性を示すものに限られます。神道は、絶対的な神あるいは全知全能の神を認めず、それぞれの霊的特性を持つ八百万の神々に対して崇敬を寄せるのです。
「ネイチャー」という言葉は二つの意味を持つと言えます。一つは、「自然界」の自然であり,もう一つは、「あらゆる物の本質」と表現できます。環境問題の文脈で使われる「ネイチャー」が前者、つまり自然という意味で使われるのはいうまでもありません。しかしこの概念は19世紀の半ば頃日本人がはじめて接した西洋の思想から来たもので、日本ではまだ新しい概念であるということを忘れてはなりません。それまでは、後者,つまりものの本質という意味しかなかったのです。日本人が自然界について語るときは「天地」とか「万有」あるいは「山川草木」というような表現を使っていました。
遠い祖先の時代から受け継がれて来た日本の伝統的な信仰である神道が求めるものは、自然とともに生き、祖先の心を己の心とし、人と平和に暮らすことであります。自然と調和して生きることによって安心を見いだし、祖先の時代から受け継がれて来た伝統を尊重することによって精神的な支えを得て、人と人とをつなぐ絆を大切にして、より良い生き方を見いだすことができるのだと、日本人は昔から信じて来ました。
近代における科学の進歩の結果、世界は大きく発展を遂げ、その進展は世界中で止まることなく続いています。しかしこの発展は同時に地球の自然環境の破壊を意味し、その危機はますます深まりつつあるのです。この地球的危機に急いで対処しなければならないのですが、まず自然と人間との関係を見直し、昔から積み上げて来た人類の知恵を活用して破滅への行進をどのようにして止めるかを考えなくてはなりません。
本来、日本人の自然観は、畏敬の念をもって神々の世界としての山や森、 川や海に接することでありました。こうした態度はおそらく日本の土地が青々としていて海に囲まれ、比較的温和な気候とはっきりした四季に恵まれているせいでもあるでしょうが、ともかく日本人は自然を征服すべき敵としてではなく、慎みをもって接すべき神々の恵みあふれる聖なる空間として見たのです。最近,日本の文化を歴史的に考察して、そのさまざまな側面を「森の文化」、「海の文化」、「農耕文化」などと呼ぶ学者が増えましたが、これらはすべて日本人の神への信仰が根本にあることに注目したものです。
環境保護問題への対応は、ときには狭い専門分野の問題として分けられる傾向があります。神道の多神教的な性格は包括的であり、すなわち相対論的価値観を備え、世界の人々の様々な洞察や能力を調和させる可能性を示していると言えるでしょう。私は神道がそのような役割を演じることを期待しています。そして、今こそこのような個々の宗教の狭い利害を超えた共通の目的意識に目覚める時であると考えます。私たちの地球を守り、子供たちによりよい環境を残すためにこのような運動の促進が急務であり、それに力を注ぎたいと思っています。
私たちは世界中に富める者と貧しい者との格差、そして持てる者と持たざる者の格差がますます広がっている現状を深く憂えています。そればかりではなく、さまざまな宗教組織の絶えざる不和が原因となって、宗教の眞の価値が危機にさらされていることにも憂慮しています。国際連合が2009年を「国際和解年=International Year of Reconciliation」と提唱したことにちなみ、私たち神道国際学会は、真の和解を実現するためには、世界中の民草が胸襟を開いて対話しあうことが必要であると考え、その方策をみなさまとともに考えたいとおもいます。
次に、新しい時代に対して東アジアの仙と道の教えにつながるみなさまに提案したいのは、持続可能な地球にするには、私たちの行動原理をShallow Ecology(浅い生態学)からDeep Ecology(深い生態学)に転換することです。Shallow Ecologyとは、人間の利便性に役立つように自然を克服し、自然環境を改変することです。 この概念は自然を一神教の見地からとらえているものです。それに対して、Deep Ecologyは人間を自然の一部として扱い、自然は人間の仲間であり、血肉を分けた兄弟姉妹であると考えます。これは、まさに、東アジアの仙や道につながる思想や哲学にほかなりません。つまり土着の民俗宗教(信仰)の考え方です。
神道は、日本における真正の民族宗教であり、日本人のみに受け入れられるのだと考えられがちですが、一方では世界的レベルにおいて容易に受け入れられる普遍的な要素もじゅうぶんにあります。また世界のどの宗教についてもいえることですが、新しい千年紀に入った今、私たち皆が普遍的な立場に立って、直面する重大な課題にこれまで以上に目をむけるべきでありましょう。今も続く宗教間の紛争または戦争、変動する生態系への危惧、科学技術と人間の関係、政治もしくは共同体の取るべき役割や形態など多くの課題があります。これらの問題を解決していくことこそが今日の宗教思想への大いなるチャレンジではないでしょうか。
昨今、世界の宗教運動を見るとき、はっきり異なる二つの現象を認めることができます。一方には多くの宗教間または宗派間の争いや紛争を見ることができます。しかし他方には、それぞれ異なった宗教によって理解と協力と相互の啓発によって新しい道をまじめに切り開こうとする人々の動きも活発になっています。そしてこれらの人々の数が増えているということは私たちに勇気を与えてくれるものです。神道の内包する「和の精神」が大いに役立つことでしょう。
・ ・ ・
神社本庁
神道とは
神社本庁トップ 神社と神道 神道とは
目次
神道―日本人の暮らしの中から生まれた神々への信仰
神道の起源
神道は、八百万(やおよろず)の神さま
信仰がかたちとなった祭り
日本人の暮らしにとけ込む神道
神道
日本人の暮らしの中から生まれた神々への信仰
街中の鳥居、田んぼの中のこんもりとした森、山の頂の小さな社、全国至るところに神社はあります。神社のある風景、それはごく身近な、しかし日本にしか見られない独特の風景です。
そのような神社を中心とした、日本の神々への信仰が神道です。
神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。
遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁労などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。
神道の起源
自然の力は人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。
人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。
また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。
そして、清浄ななかにも威容を誇る山や岩、木や滝などの自然物にも神さまが宿るとして、お祭りをするようになりました。
やがて、祭りの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。
このように、日本列島の各地で発生した神々への信仰は、大和朝廷による国土統一にともない、形を整えてゆきました。
そして、6世紀に仏教が伝来した際、この日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。
神道は、八百万(やおよろず)の神さま
神道の神々は、海の神、山の神、風の神のような自然物や自然現象を司る神々、衣食住や生業を司る神々、国土開拓の神々などさまざまで、その数の多さから八百万の神々といわれます。
さらに、国家や郷土のために尽くした偉人や、子孫の行く末を見守る祖先の御霊(みたま)も、神として祀られました。
奈良時代にできた『古事記』『日本書紀』には、多くの神々の系譜や物語が収められています。
信仰がかたちとなった祭り
祭りには、稲作を中心に暮らしを営んできた日本の姿がよく反映されています。
春には豊作を祈り、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝する祭りなどがあり、これらは地域をあげて行われます。
これらの祭りの日には、神社での神事に加えて神輿や山車が出され、たくさんの人で賑わいます。
また、神道の祭りを行うのは神社だけではありません。
宮中では、天皇陛下による国家・国民の安寧と世界の平和を祈るお祭りが行われています。
身近なところでは、家庭においても祭りが行われています。
例えば、神棚の前では家内の安全や家族の無事を祈ります。これも神さまへ祈りと感謝を捧げる小さな祭りといえます。
日本人の暮らしにとけ込む神道
神道の教えには、古代から培われてきた日本人の叡智や価値観が生きています。
それは、「鎮守の杜(神社を囲むようにして存在する森のこと)に代表される自然を守り、自然と人間とがともに生きてゆくこと」、「祭りを通じて地域社会の和を保ち、一体感を高めてゆくこと」、「子孫の繁栄を願い、家庭から地域、さらには皇室をいただく日本という国の限りない発展を祈ること」などです。
このような教えが神道では、神々への信仰と一体となって形づくられています。
また、神道には、神々をまつる環境として、「清浄を尊ぶ」という特徴があります。
神社は常に清らかさが保たれ、祭りに参加する人たちは必ず心身を清めます。
これら神道の教えや特徴は、日本人の生き方に深く影響しているといえるでしょう。
神道は、日本の民族宗教といわれ、日本人の暮らしにとけ込んでいます。
しかし、一般の日本人は、あまりにも身近なせいか神道について知らないことが多いのも事実でしょう。
例えば、初詣や厄除、初宮参りや七五三、結婚式や地鎮祭など、実際には神道の行事は日常生活のいたるところに見かけることができるのです。
・ ・ ・
テンミニッツ・アカデミー
DATE/ 2023.12.25
神社を中心とする「神道」はどんな宗教なのか?
日本は、先進国でも珍しい多神教の国です。太陽、月、山、海、そして先祖の魂などを祀る風習を持ち、そうしたあらゆるものに宿る神々を「やおよろずの神」と呼んでいます。漢字では「八百万の神」と書き、つまり数え切れないほどたくさんの神がこの世には存在しているという考えを持っているのです。この日本古来の宗教観を、一般的には「神道」といいます。
しかし、神道には教典もなければ戒律も存在しません。宗教としての説明を求められるといささか困るということもありますよね。では改めて、神道とはいったい何なのでしょうか?
教典も教祖も存在していない神道
キリスト教、イスラム教、仏教の3つが世界三大宗教といわれています。いずれも教典が存在し、信仰する対象や、教徒として求められる規範が明確に存在しています。神道との大きな違いは、こうしたルールの有無といえます。
キリスト教であれば開祖はイエス・キリスト、仏教であればゴータマ・シッダールタが開祖となりますが、神道には開祖も存在していません。あくまで、日本列島の各地域に土着した風習が、長い時間をかけて、同民族の間でうすぼんやりと共有されるようになった“感覚”や、文化そのものが神道なのです。
ならば、それを宗教といえるのか、疑問に思われる方もいるかもしれません。しかし、そもそも宗教とは、精神を支える指針や考えのことをいいます。決して、教典や教義のある教えだけを指す言葉ではありません。広く、神道も立派な宗教のひとつといえます。
仏教を取り入れ、発展した文化
日本でもうひとつメジャーな宗教といえば仏教があげられますが、実は明治時代に仏教と神道が区別されるようになるまで、ふたつはないまぜになっていたのです。歴史の授業などで「神仏習合」という言葉に聞き覚えのある方もいるかもしれません。日本の仏教は、神道の神々と合わさり、神道にも影響を与えながら独自の進化をとげました。
仏教を受け入れ、風土に合わせてアレンジを加えたように、日本はさまざまな宗教の風習に寛容な性格を持った国といえます。新年は神社に参拝し、葬儀では仏教の経典であるお経をあげ、クリスマスやハロウィンをイベントとして文化のなかに取り入れています。まるで節操がないと思われることもありますが、それは「八百万の神」という多様な神を祀る土壌があってこそ実現していることなのです。
自然のひとつとして存在する人間
では、神道の世界観とはどんなものなのでしょうか?例えば、キリスト教には創造主とされる唯一神が存在しています。その神が人をつくり、人は自然を支配することを役割として担っているといわれます。つまり、神と人を頂点としたピラミッド構造の世界観です。対して日本の神道の世界観は、自然という大きなくくりのなかに、木々があり、山や川、があり、自然のひとつとして人間が存在しているという世界観です。
この世界観のなかで、日本人は自分たちに人間もふくめ、あらゆるものに神が宿るとしました。おもに信仰対象となってきたのは自然神ですが、決して彼らは善行を行うだけの神ではありません。自然神はときに荒れ、飢饉や嵐などで人々を苦しめます。その行為には「人に試練を与えるため」などの理由もありません。自然のなかに人が場所を与えられているのだから、自然がなすがままに荒れ、ときに人が災難に見舞われることは特別なことではないからです。東日本大震災などの災害を受けても、日本人が比較的冷静にいられるというのは、そうした感覚が強いためともいれます。
また、神道で祀る神は自然神だけではありません。江戸幕府を開いた徳川家康は、日光東照宮の祭神となっています。こうした人の魂も、ときには信仰対象になります。また、怨霊となって厄災を京にふりまいたとされる菅原道真は、天満神社の神として祀られ、現在では学問の神として有名です。
神道を信仰している人の割合は?
「あなたの信じている宗教はなに?」と聞かれると、戸惑いを感じる人は多いのではないでしょうか。文化庁の宗教統計調査結果統計では、日本人の約48%が神道であり、約45%が仏教とされています。しかし、すんなりとそれが口には出て来ません。日本人にとって、神道は、宗教というよりも、「風習」や「文化」といった言葉の方がしっくり来るのかもしれませんね。
<参考サイト>
・文化庁:宗教統計調査結果(平成26年12月31日現在)
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu/pdf/h26kekka.pdf
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連動画
なぜ日本人は信仰心が薄いのにモラルが高いのか
イスラム教スンニ派とシーア派の違いとは?
本来本法性、天然自性身…仏性と悟りを道元はどう考えたか
・ ・ ・