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2024年12月17日 MicrosoftStartニュース 現代ビジネス「和歌は、私たちを「遠くに連れていってくれる」…ってどういうこと? 「歌」がもつ「スゴい力」
「和歌」と聞くと、どことなく自分と縁遠い存在だと感じてしまう人もいるかもしれません。
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しかし、和歌はミュージカルにおける歌のような存在。何度か読み、うたってみて、和歌を「体に染み込ませ」ていくと、それまで無味乾燥だと感じていた古典文学が、彩り豊かなキラキラとした世界に変わりうる……能楽師の安田登氏はそんなふうに言います。
安田氏の新著『「うた」で読む日本のすごい古典』から、そんな「和歌のマジック」についてご紹介していきます(第22回)。
【前回の記事】「「和歌の枕詞」と「現代の最新技術」…その「意外すぎる共通点」』よりつづきます。
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能『雲林院』
春になると旅に出たくなります。歌枕や謡跡を巡りたくなる。歌枕を自身の和歌に多く詠む古典の和歌作者たちは、実際には歌枕には足を運ばなかったといわれています。それを批判的に捉える人もいますが、これは何も悪いことではありません。
『雲林院』という能があります。ワキは、幼い頃から『伊勢物語』を愛読する蘆屋の里に住む公光という者。不思議な夢を見て、都、雲林院を訪れると折しも桜の季節。一枝折ろうとすると老人(シテ)が現れて、古歌を引きながらふたりは会話をします。
いいですね。能にはこのように和歌を引きながらの会話が多いのです。老人(シテ)も公光(ワキ)も古歌を知っているという前提での会話。和歌好きにはたまらない。老人に促されて公光はここ、雲林院を訪れるきっかけとなった夢を語ります。
「桜の蔭に紅の袴を召した女性と、伊勢物語の草紙を持つ衣冠束帯の姿の男性が佇んでいました。近くにいた翁に、彼らは誰でしょうと問うたところ、あの男性こそ在原業平、女性は二条の后、そして処は都の紫の雲の林(雲林院)だと教えられ、夢が覚めました」と。
すると老人は「さては御身の心を感じて、在原業平が『伊勢物語』の秘事をそなたに授けようとしたのであろう」といい、そして「別れし夢」を待ち給えと告げて姿を消してしまいます。
公光が眠っていると、その夢の中に先ほどの老人が本当の姿、すなわち在原業平の霊(後シテ)として現れます。先ほどの老人こそ在原業平の霊の化身だったのです。
『伊勢物語』の秘事
業平の霊は、公光に『伊勢物語』の秘事を伝える舞を舞うのですが、この舞(クセ)は『伊勢物語』好きにはたまらない。その詞章の一部を紹介しましょう。ぜひ、声に出して読んでみてください(謡を習っている方は、謡ってください)。
地謡「彼の遍昭が連ねし。
花の散り積る芥川を打ち渡り。
思ひ知らずも迷ひ行く。
かづける衣は紅葉襲。
緋の袴踏みしだき。
誘ひ出づるやまめ男。
紫の。一本ゆひの藤袴。
しをるゝ裾をかい取つて。
シテ「信濃路や。
地謡「園原しげる木賊色の。
狩衣の袂を冠の巾子にうちかづき。
忍び出づるや2月の。
黄昏月も早入りて。
いとゞ朧夜に。
降るは春雨か。落つるは涙かと。
袖打ち払ひ裾を取り。
しをしをすごすごと。たどりたどりも迷ひ行く。
いいでしょ。舞っていると『伊勢物語』の芥川の段、二条の后を連れて逃避行をする在原業平になったような気持ちになります。
ところがこの詞章。この前に重要な一文があるのです。それは次のような文です。
「そもそも日の本の。中に名所と云ふ事は。我が大内にあり」
なんと日本の中の名所はすべて皇居の中にあるというのです。そして、これこそ業平が公光に伝えたかった「未完の夢(別れし夢)」であり、そして『伊勢物語』の秘事でした。遥か遠くまで飛んで行ったと思っていた孫悟空が、お釈迦様の手のひらの中から一歩も出ていなかったというようなもの。
能のワキ僧は漂泊の旅をします。西行法師も旅をしました。彼を慕った芭蕉も旅の人でした。しかし、旅のことを書こうとするとき、あるいは語ろうというとき、その旅は彼の脳裏にある。そうであるならば、脳に記録され、再生された記憶こそが旅なのかもしれません。
年を取れば体は動かなくなる。「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」と芭蕉は詠みましたが、病んで、体が動かなくなっても脳内の旅は可能です。いまではVRを使って、旅の代理をしたりもしますが、そんなことをしなくてもその場にいながら歌枕を巡るという「定住漂泊」は可能なのです。
『伊勢物語』の秘事は、それを教えるのではないでしょうか。
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「「日本の和歌」のスゴさを、心の底から体感できる…意外な「東京の公園」の名前」へつづきます。
安田 登(能楽師)
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12月17日 MicrosoftStartニュース 現代ビジネス「「日本の和歌」のスゴさを、心の底から体感できる…意外な「東京の庭園」の名前
安田 登能楽師
「和歌」と聞くと、どことなく自分と縁遠い存在だと感じてしまう人もいるかもしれません。
しかし、和歌はミュージカルにおける歌のような存在。何度か読み、うたってみて、和歌を「体に染み込ませ」ていくと、それまで無味乾燥だと感じていた古典文学が、彩り豊かなキラキラとした世界に変わりうる……能楽師の安田登氏はそんなふうに言います。
安田氏の新著『「うた」で読む日本のすごい古典』から、そんな「和歌のマジック」についてご紹介していきます(第23回)。
「和歌は、私たちを「遠くに連れていってくれる」…ってどういうこと? 「歌」がもつ「スゴい力」」よりつづきます。
バーチャル和歌巡り
「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」と芭蕉は詠みましたが、病んで、体が動かなくなっても脳内の旅は可能であることをお話ししました。いまではVRを使って、旅の代理をしたりもしますが、そんなことをしなくてもその場にいながら歌枕を巡るという「定住漂泊」は可能なのです。しかし脳内だけで「定住漂泊」をするのはかなり高度なわざです。私たちも宮中の庭園でバーチャル『伊勢物語』巡りができればいいのですが、そんなことはむろんできません。
しかし、バーチャル和歌巡りができる庭が日本全国にはあります。そのひとつである六義園を紹介したいと思います。このような庭園でバーチャル和歌巡りを楽しみ、そして体が動かなくなったときに脳内バーチャル和歌巡りである「定住漂泊」をする。そのための準備にしたいと思います。
六義園は、東京都にある大名庭園です。大名庭園とは江戸時代に各地に造られた池泉回遊式庭園を言います。池を掘り、その土で築山を築き、池中には小島を造り、橋をかける。そして、そこを回遊しながら楽しむ庭園、それが大名庭園です。
六義園の中には和歌の名所・旧跡がちりばめられていて、和歌が好きな人は1日いても飽きない庭園です。日本各地の大名庭園にもそのような趣向のところが多くあります。ただし、たとえば同じく東京都にある小石川後楽園などは、ここを十全に楽しむには漢籍の知識も必要になるために、ちょっと高度なのでそれは別の機会にしましょう。
和歌の名所・六義園
まずは和歌の庭園である六義園を紹介しようと思います。
さて、六義園の築庭に関してもいろいろお話ししたいことはあるのですが、今回は、この庭が江戸幕府の五代将軍、徳川綱吉の時代に、その御側用人であった柳沢吉保によって造られた庭であるということだけを押さえておき、まずは現地に足を運ぶことにしましょう。
六義園は東京都の駒込にあります。JR山手線か東京メトロ南北線の駒込駅が最寄り駅です。開園日などはホームページでご確認いただきたいのですが、桜の時期と紅葉の時期は人が多いので、和歌の庭園として楽しもうとする方はこの時期は外した方がいいでしょう。それ以外の時期は、あまり人も多くなく、ゆっくりと楽しむことができます。六義園の大きさは東京ドーム約ふたつ分。ここを一周回るのに、私は2日か3日かけます。
次回以降、六義園の要所を、そのくらいゆっくりと紹介していきますので、どうぞゆるゆるとお読みください。
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「「日本の和歌」のスゴさが体感できる「東京の庭園」をご存じですか? じつは「門」からすでにおもしろかった…!」の記事につづきます。
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