🌏41)─5・D・②─明治新政府は近代化の為に神武天皇の古代徴兵制を復活させた。〜No.134 

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 2024年12月29日 YAHOO!JAPANニュース 現代ビジネス「「古代の徴兵制を復活させよ!」…明治新政府が一貫して「神武天皇」にこだわった「驚きの真実」
 歴史家・辻田真佐憲さん
 神武天皇教育勅語万世一系、八紘一宇……。私たち日本人は、「戦前の日本」を知る上で重要なこれらの言葉を、どこまで理解できているでしょうか?
 【写真】「古代の徴兵制を復活させよ」明治新政府が「神武天皇」にこだわる驚きの真実
 右派は「美しい国」だと誇り、左派は「暗黒の時代」として恐れる。さまざまな見方がされる「戦前日本」の本当の姿を理解することは、日本人に必須の教養と言えます。
 歴史研究者・辻田真佐憲氏が、「戦前とは何だったのか?」をわかりやすく解説します。
 ※本記事は辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書、2023年)から抜粋・編集したものです。
 徴兵令も「神武天皇からの伝統」
 神武創業の時代は曖昧だったので、そのぶんなんでも代入することができた。
 明治新政府にとって、神武天皇が使い勝手がよかった理由はそれだけではない。神武天皇がみずから兵を率いて戦う軍事指導者だったことも見逃せない部分だった。
 時代は多少前後するが、このような軍人天皇像は、1873(明治6)年1月、徴兵令が施行されるにさきだってさっそく利用された。徴兵は西洋の制度を模倣したものではなく、神武天皇以来の伝統だとされたのである。
 前年11月に布告された徴兵告諭をみてみよう。
 我朝上古の制、海内挙て兵ならざるはなし。有事の日、天子之が元帥となり丁壮兵役に堪ゆる者を募り、以て不服(ふくせざる)を征す。役を解き家に帰れば、農たり工たり又商賈(しょうこ)たり。固より後世の双刀を帯び武士と称し抗顔坐食(こうがんざしょく)し、甚しきに至ては人を殺し、官其罪を問はざる者の如きに非ず。
 日本ではもともと国民皆兵であり、有事のときには天皇が司令官となり、働き盛りの健康な男性が兵役についた。そう述べられている。
 これにたいして武士はイレギュラーな存在であり、「抗顔坐食」(驕り顔で働かずに飯を食う)だとずいぶん酷く言われている。
 明治維新は「中世キャンセル史観」
 神武天皇の名前は、つづく箇所に出てくる。
 抑(そもそも)、神武天皇珍彦(うずひこ)を以て葛城の国造(くにのみやつこ)となせしより、爾後(じご)軍団を設け衛士防人(えじさきもり)の制を定め、神亀天平の際に至り六府二鎮の設け始て備る。
 珍彦とは、神武天皇が大和へ向かって海路を進むとき水先案内を買って出た神をいう。「徴兵告諭」では、この珍彦を国造にしたことを徴兵制度の始源とみている。
 その後、古代に順次軍事制度が整えられたものの、中世になって武士が台頭してすべて台無しにしてしまった。しかるに明治維新になり、神武創業に戻った以上、古代の徴兵制を復活させるのは当然だと続く。
 明治維新は、徹底して中世暗黒史観、中世キャンセル史観なのである。
 もっとも、このような歴史観がただちに受け入れられたわけではない。徴兵告諭では「西人之を称して血税と云ふ」の部分がもっとも注目された。
 徴兵は血の出るような苦労をして納める税金(つまり身命を賭する義務)だという西洋人の暗喩なのに、文字どおり「税金として生き血を取られる」と誤解され、血税一揆の一因となってしまったのだ。
 さらに連載記事<戦前の日本は「美しい国」か、それとも「暗黒の時代」か…日本人が意外と知らない「敗戦前の日本」の「ほんとうの真実」>では「戦前の日本」の知られざる真実をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
 辻田 真佐憲(文筆家・近現代史研究者)
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 11月16日 YAHOO!JAPANニュース 現代ビジネス「大日本帝国は「神話国家」だった…日本人が意外と知らない「敗戦前の日本」を支配していた「虚構」の正体
 辻田 真佐憲文筆家
 神武天皇教育勅語万世一系、八紘一宇……。私たち日本人は、「戦前の日本」を知る上で重要なこれらの言葉を、どこまで理解できているでしょうか? 
 右派は「美しい国」だと誇り、左派は「暗黒の時代」として恐れる。さまざまな見方がされる「戦前日本」の本当の姿を理解することは、日本人に必須の教養と言えます。
 歴史研究者・辻田真佐憲氏が、「戦前とは何だったのか?」をわかりやすく解説します。
 ※本記事は辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書、2023年)から抜粋・編集したものです。
 大日本帝国は「神話国家」
 では、戦前とはなんだったのか。本書は、神話と国威発揚との関係を通じて、戦前の正体に迫りたいと考えている。
 大日本帝国は、神話に基礎づけられ、神話に活力を与えられた神話国家だった。明治維新は「神武天皇の時代に戻れ」(神武創業)がスローガンだったし、大日本帝国憲法教育勅語の文面は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の神勅を抜きに考えられないものだった。
 また、明治天皇の皇后(昭憲皇太后)は神功(じんぐう)皇后に、台湾で陣没した北白川宮能久(きたしらかわのみやよしひさ)親王日本武尊(やまとたけるのみこと)に、日本軍将兵は古代の軍事氏族である大伴氏(天忍日命の子孫)になぞらえられていた。
 そして大東亜戦争(本書では歴史上の用語としてこれを用いる)で喧伝されたスローガンのひとつは、神武天皇が唱えたとされる八紘一宇だった。
 それ以外にも、国体、神国、皇室典範万世一系、男系男子、天壌無窮の神勅、教育勅語靖国神社君が代、軍歌、唱歌など、戦前を語るうえで外せないキーワードはことごとく神話と関係している。
 もっとも、神話が重視されたといっても、大日本帝国政府が神社を縦横無尽に操り、プロパガンダをほしいままにしていたなどと主張するつもりはない。戦前の宗教政策は一貫性に欠け、おおよそ体系的なものではなかった。
 それでも、神話は戦前に大きな存在感をもっており、モニュメントやサブカルチャーなどで参照され続けたのである。いわゆる国家神道をめぐるこれまでの議論は、政府や軍部の動きにとらわれすぎていたのではないか。
 本書ではそのような「上からの統制」だけではなく「下からの参加」も視野に入れて、神話と国威発揚の結びつきを考えたい。
 いうなれば本書は、神話を通じて「教養としての戦前」を探る試みだ。そしてこの試みはまた、今後の日本をどのようなかたちにするべきか考えるヒントになることも目指している。
 戦前の物語を批判的に整理する
 そのため本書は、細かな事実をあげつらって、神話の利用を解体してそれで事足れりとする立場にも与しない。国家はなにがしかの国民の物語を必要とするからである。
 たしかに、国民国家は近代に成り立ったものであり、虚構にすぎないといえばそうだろう。だが、現在の国際秩序はその虚構をベースに動いているのであって、これを否定したところで無政府状態のカオスを招来するにすぎない。
 そもそも虚構というならば、人権も平等も皇室制度も貨幣も共産主義もすべて虚構である。そんなことをエビデンスやファクトなどのカタカナを振り回して、あらためて指摘しても意味がない。むしろわれわれが本当に考えるべきなのは、そのなかから適切な虚構を選び、それをよりよいものに鍛え上げていくことではないか。
 戦後民主主義の永続・発展を望むにせよ、21世紀にふさわしい新しい国家像を描くにせよ、自分たちの立場を補強する物語を創出して、普及を図るしか道はない。このような試みが十分に行われていないから、戦前の物語がいつまでたってもきわめて中途半端なかたちで立ちあらわれてくるのだ。
 「感染症」を終わらせるためには、怖い怖いと「自宅」に立てこもるのではなく、積極的に「ワクチン」を打たなければならない。
 そこで本書では、「原点回帰という罠」「特別な国という罠」「先祖より代々という罠」「世界最古という罠」「ネタがベタになるという罠」という5つの観点で、戦前の物語を批判的に整理することにした。
 批判的というのはあえて述べるまでもなく、物語にはひとびとを煽動・動員するリスクもあるからである。
 このような物語の構造を知っておくと、今日、軍事的な野心を隠さない他国、たとえばロシアや中国の動きを読み解くときにも役立つかもしれない。戦前的なものの再来は、なにも現代日本だけで起きるとは限らないのだから。
 また、北朝鮮の指導思想(金日成金正日主義)と日本の国体思想はしばしば類似性を指摘されるけれども、その比較をたんなる印象論で終わらせないためには、国体思想の核心を正しく掴まなければならないだろう。
 もっと身近なところでは、神話の知識はときにサブカルチャー作品の読解にも役立ってくれる。
 昨年(2022年)公開された新海誠監督の『すずめの戸締まり』は、明らかに天の岩戸開き神話が元ネタのひとつになっているし、主人公の岩戸鈴芽が宮崎県と目される場所より船に乗り、あちこちに立ち寄りながら東に進むストーリーは、神武天皇の東征をほうふつとさせる。その意味するところは、しかし、神話を知らなければ掴みようがない。
 いずれにせよ本書は、過度な細分化で物語を全否定するのでもなく、かといってずさんな物語でひとびとを煽動・動員するのでもなく、両者のあいだの健全な中間を模索することで、目の前の現実に役立てることをめざしている。
 この目的のため、本書では、銅像や記念碑などの史跡も積極的に取り上げた。現地に足を運んで、歴史を五感で味わってもらいたいからだ。歴史を一部の専門家やオタクの専有物にせず、また右派や左派のイデオロギーの玩具とせず、ふたたび広く教養を求めるひとびとに開放してその血肉としてもらうこと。それが新しい時代のとば口に求められていることだと筆者は強く信じている。
 さらに連載記事<戦前の日本は「美しい国」か、それとも「暗黒の時代」か…日本人が意外と知らない「敗戦前の日本」の「ほんとうの真実」>では「戦前の日本」の知られざる真実をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
 *本記事の抜粋元・辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書)では、「君が代はなぜ普及したのか?」「神武天皇によく似た「ある人物」とは?」「建国記念の日が生まれた背景とは?」……といった様々なトピックを通じて、日本人が意外と知らない「戦前の日本」の正体を浮き彫りにしていきます。「新書大賞2024」で第7位にランクインした、「ためになる」「わかりやすい」と話題のベストセラーです。
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