🏯42)43)44)─1─反戦平和と人権の戦後民主主義教育が武士道を潰し消し去った。〜No.79No.80No.81No.82No.83No.84 * ⑤ 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 忠君愛国・尊王攘夷・勤皇の武士道とキリスト教及び共産主義マルクス主義)とは、お互いに滅ぼそうとする敵対関係にある。
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 キリスト教徒や共産主義者マルクス主義)は、武士でもなければサムライでもなく、武士道・士道は微塵も持ってはいない。
 日本国民日本人であっても、日本民族日本人ではない。
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 戦後教育の原理原則となったのは、日本になじめないキリスト教隣人愛史観と共産主義マルクス主義)の階級闘争史観であった。
 それ故に、中世キリスト教会と白人キリスト教徒商人による日本人奴隷交易、キリスト教朝鮮人テロリストと日本人共産主義者テロリストによる昭和天皇・皇族を狙っていたテロ行為、そして昭和天皇や歴代天皇による人道貢献が歴史の闇に葬られた。
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 吾妻署で開かれた「少年柔剣道教室」で剣道7段の大沢孝志刑事課長(右)から 剣道の手ほどきを受ける少年少女=2010年9月1日、東吾妻町
 岩手県で行われた日教組の教育研究全国集会 =2016年2月5日、岩手県滝沢市
 イジメは最大の恥、日教組に蹂躙された「武士道」こそ教育には必要だ
 『野々村直通』
 野々村直通(開星高校前野球部監督・教育評論家)
 昨今の教育現場での「いじめ現象」に接するたびに日本人の資質が変質しているという感が否めない。そこには、おぞましい残虐性と卑劣さが窺えるからである。もはや「イジメ」などという言葉では表せない。これらは正に凶悪犯罪である。許しがたい悪業と言わざるを得ない。
 そもそも日本人が近代において持続してきた精神性は「武士道」に起因する。武士道には「勇猛さ」や「潔さ」に加え、実はその根底で最も重要な「徳」として唱えられているのは「卑怯であってはならない」ことと「寛容である」ことの二点に帰結する。
 今の子どもたちは聴くこともないであろうが、我々の幼少期には「昔噺(むかしばな)し」というものがあった。テレビもネットもない時代に、紙芝居や家族を通じてその物語りに触れた。その物語りは「勧善懲悪」であり、その退治された悪人(鬼)も、改心し反省すれば味方(子分)にするという寛容さがあった。『桃太郎』がその代表作であるのだが、絵本の中の鬼は悪行を働くときは正に鬼の形相だが、懲らしめられた後の子分として追従するときの顔はやたら柔和で仏の顔の如く変身している絵を見て妙に納得して安堵したことを思い出す。
 こうした物語りに接するたびに子ども心に寛容(許す)ということを身につけていくのだ。敵対しているときは力の差でもって相手を懲らしめ(イジメ)るが、どこかの時点で許し、その後は味方として自分の懐に入れて面倒をみるという寛大さを学ぶのだ。
 西洋のチェスと違って日本の将棋は、敵の駒を奪ったらその後、自軍の戦力として生き返させるというルールがある。これが日本の「寛容の文化」である。
 昔のガキ大将は、ケンカやイジメもしたが、負けて泣いている者や、謝っている者には、もうそれ以上は殴らないという暗黙のルールがあったように思う。「武士道」の寛容さは「昔噺し」を通して生きていたのである。
 幼少の頃、物理的に大人には敵わないと自覚する時期があった。どうあがいても肉体的「力」関係において子どもは敵わない。実は、このときが人格形成をする上で大人の責任としての最大の教育的チャンスである。
 大人と子供、男性と女性、教師と生徒など、この世に存在しながら、尚かつ必要にして十分条件を満たす事柄としての差異。これを正しく自覚することが、世の中や社会のことを身をもって感知していくことなのである。
 この力関係を正しく理解できた子どもは、相手を死に追いやるほどのイジメはしない。新潟の小学校で福島から避難して来た児童がイジメにあっていた。周りの児童たちに「弱者は守る」という優しさが決定的に欠けている。そして、驚くことに担任がその児童に「菌」をつけて呼んでいたという。
 俄かには信じがたい事象である。これはもう、教師の資質の崩壊である。長く教職にいた者として言わせてもらえば、この児童の転校時に、児童が置かれている状況を危機的と捉え、真剣な「誠」でもって級友に語り継げば放射能に関する偏見やイジメなど絶対に起きないと強く断言する。学力一辺倒で世の中を生き、人間の機微や感性を忘却してしまった教師が大量にその採用試験を潜り抜けている。事なかれ主義の教師が蠢(うごめ)いている
 日本でもある時期、「規制緩和」が叫ばれた。競争原理を活発化させるには必要な方策であったのかもしれない。しかし、結果として「緩和」による事件、事故が後を絶たないという負の一面も表面化した。ましてや教育界は、競争、強制をしないという価値観の現況において子どもたちは、叱られない、叩かれない、規則や規範もなく、義務や責任も持たさず、自由や個性や人権の美名のもとに「わがまま」が罷(まか)り通ってきた。
 戦後の日教組教育に蹂躝(じゅうりん)された「武士道的徳育」は遥か彼方へと喪失してしまった。「卑怯」であることが最大の「恥」であった武士道は廃(すた)ってしまった。会津藩は「什(じゅう)の掟」でもって子どもたちを厳しく律してきた。 
 その中に「弱い者をいじめてはなりませぬ」とある。人としての道を「掟」として規正したのだ。
 「日本のこころ」を忘れた教育が横行し、公(利他)に尽くすことの喜びも学ぶことなく、自分中心の価値観で生きる「わがままな子」に育てられる彼らこそ戦後教育の一番の犠牲者である。すべては教育の歪みから正していかねばならないことを強く叫びたい。
 大人よ! 教師よ! 幼少期には、悪を懲らしめ、善を推奨する物語りを語れ! 人として、卑怯であることを疎み、「力」は弱者を救済することのみに全うされることの「道義」を教え込め!
 いじめ問題の解決は、日本の「こころの教育」を正すことに他ならないのである。」 
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