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・ ・ {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・
2017年3月号 Hanada「実は9割が中国産 国産榊(さかき)復活の夢
中国産は3つの問題
日本で古くから、神式や祭事で使われてきた榊。あまり知られていないことですが、実は流通している約9割の榊が中国産です。
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中国産榊には3つの問題があります。
1つめは日持ちです。中国産は、切ってから加工してお客さんの元に届くまで40日間はかかります。
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一方、国産榊は輸送する時間も短いので新鮮です。『彩の榊』の場合ですが、遅くとも一週間以内には届けることが可能ですし、やろうと思えば、伐採したその日に加工してお客さんに届けることもできます。
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一目瞭然。中国産榊は一週間を過ぎた当たりから、水の濁り、匂いがきつくなり、二週間を過ぎると枯れも目立ちましたが、国産榊のほうはほとんど枯れることなく元気だったのです。
2つめは、価格競争を引き起こし、生産者農業の生活を圧迫すること。
国産榊の卸値が、一束あたり98円〜140円。対して、中国産の卸値はその約半分です。買ってもらうために国産も価格を下げざるをえず、生活は苦しくなります。中国産榊の流通が伸び始めてから榊屋はどんどん疲弊していき、廃業していきました。
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なぜ、中国産榊が市場を独占するようになったのか。実は、中国に榊の生産・加工の技術を持ち込んだ人物がいるのです。その人物とは、大阪で花の生産・加工をしている某社会社のA社長です。A氏は1989年に、中国で榊生産・加工を始めさせました。
中国産は〝榊〟なのか
中国でも榊は自生しており、それを安く日本に流通させれば国内の榊市場を独占できると考えたのです。その狙いが見事に当たったわけです。
3つめは、精神性の問題です。
私たち榊屋は、榊を伐採する時には神様に捧げるという意識で切ります。切らせていただく感覚に近いかもしれません。切ったあとは大切に山からおろして、神棚に飾られる、神式に使われることを考えながら丁寧に加工します。
そういった気持ちが、中国産榊には込められているでしょうか。ご承知のように、中国は共産主義国で無神論の国です。中国で榊を加工している人々はおそらく、神道のこともよくわかっていないでしょうし、自分たちの生産・加工した榊がどうのように使われるのかさえわかっていないでしょう。」
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歴史的事実として、天皇・皇族・皇室を戦争をして命を捨てても護ろうとした勤皇派・尊皇派・天皇主義者・攘夷論者とは、日本民族であり、学識と知識などの教養を持たない小人的な、身分・地位・家柄・階級・階層が低い、下級武士、身分低く貧しい庶民(百姓や町人)、差別された賤民(非人・穢多)、部落民(山の民{マタギ}・川の民・海の民)、異形の民(障害者、その他)、異能の民(修験者、山法師、祈祷師、巫女、その他)、芸能の民(歌舞伎役者、旅芸人、瞽女、相撲取り、その他)、その他である。
日本民族には、天皇への忠誠心を持つた帰化人は含まれるが、天皇への忠誠心を拒否する渡来人は含まれない。
儒教の学識と知識などの教養を持つ、身分・地位・家柄の高い上級武士・中流武士や豪商・豪農などの富裕層・上流階級には、勤皇派・尊皇派・天皇主義者は極めて少なく、明治維新によって地位を剥奪され領地を没収された彼らは反天皇反政府活動に身を投じ自由民権運動に参加し、中にはより過激に無政府主義やマルクス主義に染まっていった。
江戸時代、庶民は周期的に伊勢神宮への御陰参りや都の御所巡りを行っていた。
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現代の部落解放運動・同和解放運動が対象とする被差別部落民は、明治後期以降の人々で、それ以前の人々ではない。
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同じ儒教価値観で卑賤視され差別される部落民や賤民(非人・穢多・散所{さんじょ}・河原乞食・他)とでは、何故・どういう理由で偏見をもって差別されるかが違う。
マルクス主義・共産主義の階級闘争史観やキリスト教の最後の審判価値観では、日本の部落民や賤民を解釈できないし説明できない。
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🌈19)─1─日本の道徳・規律・規範は天道様崇拝であって武士道精神ではない。〜No.37No.38 ②
日本の「お天道様」は、キリスト教の全知全能の神ではなく、儒教の天・天帝でもなく、ユダヤ教やイスラム教の絶対神でもない。
お天道様は、何となくの崇拝宗教であって律法・戒律の啓示宗教ではないので、信仰を契約して入信した信者・教徒はいない。
日本民族は、お天道様崇拝者である。
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日本の価値観には、白(イエス・生)と黒(ノー・死)とその間に灰色(中間)の多元論による三層構造であった。
世界の価値観は、イエス(白・生・正・善)とノー(黒・死・邪・悪)の二元論による二層構造であった。
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日本神道・日本神話とは、狭間・境を神聖視する自然崇拝宗教である。
隙間・境とは、生と死、平地と山・森林・海、天と地、光と闇、明と暗、そして神と人、人と動植物である。
人は、地上界、平地・平野で生き働き家族とともに生活している。
八百万の神々は、天・天界(高天原)、山・森林・海におられる。
神々の世界・天上界と人間界・地上界を繋ぐ狭間・境には、神社仏閣を建て穢してはならない祈りの場として掃き清めていた。
狭間・境に立つ事ができる人が、男系の正統天皇御一人であり、女系の正当天皇ではないし皇族ではない自称天皇の紛い物でもなかった。
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世界文明・世界宗教、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教なども啓示宗教は「平野と森の対立文化」から発生した為、人は神に祝された命溢れる平野・平地に住み、山・森林・海は神と敵対する悪魔、魔物、獣、犯罪者などが巣くう魔窟であり、神の平野・平地を離れて魔窟がある山・森林・海に少し入った所は魔女・異端者・追放者が潜んでいると信じられていた。
つまり、自然とは悪魔、魔物、獣、犯罪者が蠢いている魔窟であり、聖なる火で焼き滅ぼすべき汚れた土地であった。
それ故に、普遍宗教である啓示宗教・都会宗教は自然宗教である田舎宗教・土着宗教を「神の御名」によって滅ぼし、人間文明は生活を邪魔する自然を破壊してきた。
人類最古の神話とは、半神半人の英雄が森林の守護神(魔物)・大地母神(大蛇)を倒し、森を切り開き、開墾して農地を拡げ、城塞都市を造って王国を打ち立てる物語である。
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仁徳天皇「私はすっかり富んだ。民が 貧しければ私も貧しい。民が豊なら私も豊ななのだ」(かまどの逸話)
天皇の意思は「大御心(おおみこころ)」で、民は「大御宝(おおみたから)」として、天皇と日本民族は信頼という硬い絆で結ばれていた。
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天皇は、宮中祭祀として、最高神の女神・天照大神と第一代天皇・神武天皇の皇祖と第二代天皇以降の歴代天皇の皇宗に対して、正統性の世襲で受け継いできた一子相伝の秘儀で我が身の事よりも「国安から民安から」と数千年前の弥生時代・古墳時代から祈られて来られた。
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紛れもなき日本民族日本人の切なる願いはただ一つ、数万年前・数千年前の祖先と数千年後・数万年後の子孫の為に、民族中心神話所縁の正統性世襲男系父系天皇制度と神の裔である現皇室の天皇・皇族を守り残す事のみであった。
日本民族日本人が天皇に向ける畏敬・敬愛・親愛は、情緒、情愛よりも強く深く濃い「情念」である。
ゆえに、日本民族日本人は天皇・皇族・皇室、国體=天皇制度を守る為ならば死を厭わず、武器を取って戦った。
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