⛩3)─1─運命論。運命を切り開く鍵は遺伝子に等しく組み込まれている。〜No.4No.5 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 災害時・戦時・非常時に対して、現代の日本人と昔の日本人は全然違う。
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 人類の運命と進化。
 個人の宿命と進歩。
 運命は変えられるが、宿命は変えられない。
 変えられかどうかは、心の持ちよう、意識の強さのみである。
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 2022年3月12日・19日号 週刊現代「『運命を変える方法』の科学 [後編]
 脳科学、心理学、進化人類学で導き出す『結論』
 人間は現実をコントロールできる!
 好奇心を持って自分の足で歩くことが運を切り開くきっかけとなる
 『幸運の女神には前髪しかない』とは古代ギリシャの格言だ。出遭った時に躊躇したら女神は二度と捕らえられない。自分の運命も同じなのだろうか?最新科学から解き明かす、運と心の関係とは。
 本当に自分の判断か?
 前号ではこれまで運命を司るとされてきた占星術や風水など、伝統的な思想を紹介した。
 こうした考えは、実は現代社会にも意外な影響を与えている。
 『中華圏では現代でも風水のしきたりが信じられており、香港では、どの企業のオフィスも気の流れを意識してデザインされています。経営者が風水について専門的に学んでいなくても関係ありません。そういうことを会社が大事にすることで社員が安心するのです』(財閥系金融EBSI高級副総裁・大村良幸氏)
 そうして風水信仰の象徴が、英国人建築家のサー・ノーマン・フォスターが設計し、ハイテク建築として世界的に名高いHSBC香港上海銀行)本社ビルだった。ところが最高の〝気〟を受けていた同社の風水が、03年を境に変わり、それと時を同じくして同社の業績も下降線をたどるようになったのだという。
 『きっかけはMTRC、サンフンカイという企業によってIFC(国際金融センター)が建設されたことにあります。この建物ができたことにより、最高の龍穴上にあったHSBCの風水環境が変わってしまったのです』(香港在住風水マスター・孟意堂久美子氏)
 HSBC埋立地に突如登場したIFCの〝風水戦争〟は、香港資本と中国資本によるつばぜり合いの象徴と見られ、市民の間で有名になっている。その後、香港の民主化運動は中国政府によって弾圧され、独立政府は難しくなった。香港の象徴だったHSBCビルから運気が去ったことは、人々に微妙な心理的変化を与えているんだ。
 私たちの周囲では、人知を超えた不思議なことがたびたび起こる。どこに生まれ、どの言語を話し、誰と結婚をしてどんな子を授かるのか。仕事の成功や貧富の差といった人間の生涯にまつわることは、すべて『自己責任』なのだろうか?そうした疑問を最新の脳神経学と遺伝学から検証した書籍が、昨年、発刊された。ケンブリッジ大学研究員、ハナー・クリッチロウ氏による『「運命」と「選択」の科学(原題)「The Science of Fate」』だ。同氏はこう語る。
 『私たち人類は誕生以来、何に、あるいは誰に運命を握られているのかを解き明かそうとしてきました。運命や宿命とは、古代ギリシャでは人知を超えた〝全能の力〟によって操られるものであり、中世には神が一人一人の行く末を最終的に審判する存在でした。
 しかし、産業革命を経て、宗教と距離を置くようになった現代社会では、多くの人が自分の人生は自分が決める、と思うようになっています。
 私自身、脳の研究を始めるまでは、運命的(フェイタル)な出来事を信じるタイプか、それを単なる偶然であると一蹴するタイプかと問われたら、完全に後者だったと言えます。
 ところが脳神経学や遺伝学を学んでいくうちに、ことはそう単純でないとわかってきたのです』
 巡り合わせを研究する
 クリッチロウ氏が驚いたのは、自分の意思で選んだと思っていた多くの出来事に進化や遺伝といった生物学的特性が潜んでいることだった。
 『たとえば誰かと恋に落ち、相手の子供を作りたいと願ったとします。それは100%自分が選んだことに思えますね。
 ですがこうした恋愛行為を生物学的に検証したところ、私たちは自分にとって〝魅力的な体臭〟がする人を無意識に恋人として選んでいることがわかってきました。
 しかもその匂いとは、自分とは異なった免疫システムを持つ相手を識別するものだったのです』
 二人の間に生まれた子供は両親から異なる免疫を受け継ぐことで、遺伝的にはるかに強くなり、生存可能性が高くなる。
 『近年は人がどんな政治的イデオロギーを選択するかにも遺伝が関係すると考えられています。それどころか、童貞を失う年齢にまつわる遺伝子までが特定されているのです。こうした事例を知るにつれ、私は人間が自由意志であらゆる物事を選択しているとは到底思えなくなりました。
 今では私は「運命」を信じています。それは生物学的制約を意味する言葉であり、運命を変えるのは容易なことではないというのが私の意見です』
 生物としてあらかじめ定められた道筋こそが「運命」。だから変えられない。果たしてこうか。
 人間の意識の流れを研究することで発展してきた心理学の観点からも見てみよう。
 明治大学教授の諸富祥彦氏が言う。
 『心理カウンセリングや心理療法の起源は、いわゆる17~18世紀の悪魔祓い(エクソシスト)です。その後、エネルギー療法や催眠術が試みられるようになり、精神分析が生まれます。これらはすべて一続きであり、怪しい要素を排除していった結果、心理療法になっていったのです。
 現代では、風水や占星術など、いわゆる占い的なものの心理学化が進んでいると思います。占いに頼る人は何らかの悩みを抱えている場合が多い。私は心理カウンセラーですが、私のところに相談に来る方も似ていますも』
 諸富氏によれば、心理学の分野では、運命は重要な研究テーマの一つとされてきたという。
 分析心理学の創始者ユングが唱えた心理学の基本概念に『コンステレーション』がある。諸富氏は続ける。
 『これは、バラバラに思える出来事が、実は相互に関わり意味をなすことを指しているのです。
 コンステレーションは〝人生における巡り合わせ〟と言ってもいいでしょう。その人にどういう巡り合わせがおきているのかを探るのがカウンセリングであり、ユング心理学を大事にしている我々にとって、「運命」は、まさにど真ん中の研究テーマなのです』
 心理学では、人間の意識は、運命を変える可能性を秘めていると考える研究者が少なくない。
 『わかりやすい例を挙げます。「自分に悪い運気のようなものがつているな」と感じた時に神社に行き、厄払いしてもらいますよね。それは一種の心理療法と言えます。
 なぜなら、お払いという行為を受けることで自分の心の中に貼り付いていた悪いものと〝距離を取る〟という感覚が生まれ、心を整えることができる。これは心理学的に「クリアリング・ア・スペース(空間づくり)」といい、ストレスマネジメントの一例として知られています』(諸富氏)
 認知心理学を専門とする大阪府立大学教授の山祐嗣氏は、運命を切り開く精神的要素として、近年、脚光を浴びている『レジリエンス』という概念を挙げる。
 『これは、「困難に直面しても未来への明るい展望を持ち続けられる能力」を意味します。たとえば大災害に遭ってもPTSDが重症化しない、幼少期に虐待を受けていてもそのトラウマを引きずらない、といった素質を持つ人がいます。「回復力」とも言い換えられるでしょう』
 レジリエンスの高い人は、その心のあり方によって運命を克服する力が強く、仕事などで失敗してもくじけずチャレンジすることができる。結果として成功を掴み取る可能性が高くなるという。
 心の回復力を探る
 その好例が、先日の北京五輪で銀メダルに輝いたカーリング女子日本代表『ロコ・ソラーレ』のメンバーだ。
 予選リーグで苦戦の連続だった彼女たちは最終戦でも敗北。辛くも4位に滑り込んだが、決勝トーナメント初戦の相手は前日に日本に圧勝した世界王者のスイスだった。『また戦っても、たぶん勝つのは難しいだろう』と思った人も少なくなかったはずだ。だがロコ・ソラーレのメンバーは、敗戦のダメージからたった一晩で回復する。そして大方の予想を覆してスイスに雪辱し、ついに日本チーム史上初の決勝進出を成し遂げた。
 『私たちの最大のアドバンテージは、予選を4位で通過し、どのチームよりもミスも劣勢もたくさん経験していたことでした』
 準決勝の後、、吉田知那美選手が語ったこの言葉は、まさに『レジリエンス』の象徴だ。本来ならマイナス要素であるミスをプラスに変える思考が勝利を引き寄せた。
 山氏は言う。
 『運命を切り開くには自己効力感が大事です。自己効力感とは、目標を達成する能力を自らが持っていると認識すること。これは成功体験を重ねることが有効なのですが、それには、たとえ失敗してもトライし続ける楽観主義が必要です』
 運命は幸運ばかりではない。たとえば日本では毎年98万例ものがんが発見されている。そうした過酷な運命に対しても、『心』で対抗することができる。
 『私は医師としてがん治療いあたっていますが、精神面=心の持ち方によってがんを克服できるという』
 こう証言するのは、素問八王子クリニック院長の真柄俊一氏だ。
 『いわゆる医学的な治療とは関係なく、がんや難病が治ることが実際にあるのです。これは「自然退縮」と言われていますが、アメリカの心理学者エマー・グリーンが400例以上の自然退縮を分析し、そこに共通する要素を探し当てました。それは前向きな心を持つこと、何らかの方法を心から信じていることでした。
 日本でも、患者さんの心の持ち方が治療にどれだけ影響するかという聞き取り調査がなされたことがあります。ステージⅢ以上から回復し、その後5年以上再発なく暮らしている81人に〈治癒者である自分とがんが治らない人の決定的な違い〉をひとつだけ選択してもらいました。すると1位は「考え方」で、実に30票を集めたのです。医師や病院のおかげと答えた人は「食事」「運」といった選択肢よりも少なく、たった2人しかいませんでした。
 現代医療では心と生理的作用の問題があまりにも軽視されているように思えてなりません』
 人間の意識が生理的にも影響を及ぼすことがわかり始めたのは20世紀の半ば頃だ。55年に初めの研究報告がなされて注目を集めた『プラシーボ効果』は、近年その影響が確実視されている。
 『プラシーボというと偽薬が有名ですが、手術でさえもその効果は明らかになっています』と言うのは立正大学客員教授内藤誼人氏だ。実験内容は以上のとおりである。
 テキサスの病院で、変形性関節症の患者180人を3つに分け、関節鏡を挿入した組織除去手術、関節洗浄手術、そして皮膚の表面をもっともらしく切っただけのニセ手術を行った。すると、被験者の1/3にあたるニセ手術の被験者は、術後1年の追跡調査で、除去手術や洗浄手術を受けた者より『痛みの感じ具合』が少なかったという。
 つまり実際の手術より『手術をしたと思い込んだ』だけの人のほうが効果が高かったのだ。
 運を開く3つの言葉
 『心理学では、「人生は生まれながらに決まっている」と考える人を運命論者と呼びます。
 しかし運命論者よりも「人間は運命や現実を自らコントロールし、切り開くことができるのだ」と思っている人のほうが、収入や地位もどちらも高くなる、という調査結果が明らかになっているのです』(前出・内藤氏)
 脳科学者である人間性脳科学研究所の澤口俊之氏は、運命を変えるためにキーワードがある、と明かす。
 『物事に対して楽観的であるか悲観的であるか。それが運命に関係していることはわかっており、楽観的な人ほど結果としてラッキーパーソンになります。
 他にも重要な要素があります。ホモサピエンスは7万年ほど前、南アフリカという広大な大陸にほんの少ししか棲んでいなかったのに、まだ見ぬ世界を求めてアフリカを出、世界中に散っていきました。その原動力には好奇心があったとされています。
 人間は移動する動物です。近年、GPSを用いた研究で、いろいろな場所へ行く人間のほうが幸福度が高まるという結果が出ています。また1日に20分ほどの有酸素運動をすると3カ月から4カ月後に知能テストの結果が向上したという報告もなされました。
 運命を変えるということは脳を変えるということです。ではどうやって変えるか。変えるためのキーワードは3つ。楽観的な思い込み、移動を伴う有酸素運動、そして好奇心です』
 人間は加齢と共に出不精になり、世の中の動きや新しいことへの興味を失いがちだ。
 運命を変えようと思うなら、まず家から一歩外へ出てみたらどうだろう。思わぬ運が、そこに開いているかもしれない。」
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 人類の誕生と大移動は運命である。
 日本人の祖先はアフリカのサルは宿命である。
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 600万年前~700万年前 人類(ヒト属)の祖先はチンパンジーボノボの祖先である類人猿から別れて進化していき、幾つかの人類種が枝分かれするが一つの系統を残して全て絶滅した。
 10万年前 新人・現生人類(ホモ・サピエンス)は、アフリカで誕生し、世界中に移住していった。
 数万年前 新人・現生人類(ホモ・サピエンス)は日本列島にたどり着き、上陸した、漂着した、流れ着いた。
 数千年前 揚子江流域民である弥生系渡来人が山東半島から朝鮮半島を経由し、続いて中国旧満州地方に住んでいた古墳系帰化人が朝鮮半島を経由して移住してきた。
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 日本土人である縄文人ヤポネシア人=石器人の子孫)は、日本列島を中心に、南は琉球(沖縄)、北は蝦夷地(北海道)・北方領土南樺太、千島列島その一部はカムチャツカ半島から北米大陸西北部太平洋沿岸まで、西は朝鮮半島南部、日本海縄文人の海)を主要航路として手漕ぎ丸木舟で移動していた。
 中国や朝鮮では、朝鮮半島南部に住んでいた先住民の弥生系日本人を倭族と偏見を持って軽蔑し差別していた。
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 日本文明は、揚子江流域(江南地域)にあった漁労農耕の温和で平和志向の長江文明の後継文明であって、黄河流域で軍事優先で栄えたの領土拡大・侵略志向の好戦的黄河文明の亜流文明ではなかった。
 朝鮮文化は、黄河文明の亜流であった。
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 ヤポネシア人とは、東南アジアの南方系海洋民と長江文明揚子江流域民が乱婚して生まれた混血した雑種である。
 数万年続いた日本列島の石器時代縄文時代は、争いのない、戦争のない平和な時代であった。
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 日本民族琉球民族アイヌ民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)を共通の祖先とする同種・同血族であって、中華民族、漢族、韓国人・朝鮮人とは血の繋がりが薄い別種・異種のアジア人であった。
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 日本民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)、弥生人(渡来人)、古墳人(帰化人)が混じり合い乱婚し混血して生まれた雑種である。
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 アイヌ民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)にシベリア・沿海州樺太北方領土4島・千島列島・カムチャツカ半島などオホーツク海沿岸に住んでいたオホーツク文化人が南下してきて、混じり合い乱婚し混血して生まれた雑種である。
 アイヌ人は住んでいる島・地域によって幾つかに枝分かれして、それぞれ他の人種・民族と乱婚を繰り返し混血度を濃くして独自の微妙に違う生活スタイルで生きてきた。
 蝦夷地・北方領土アイヌ樺太アイヌ、千島列島アイヌカムチャツカ半島アイヌ、その他。
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 琉球民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)に揚子江流域・東南アジアから渡って来た人々と混じり合い乱婚し混血して生まれた雑種である。
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 日本民族の祖先は、アフリカで誕生した下等な猿である。
 つまり、日本人を軽蔑して見下す偏見と差別の蔑称である「イエローモンキ」あるいは「ジャップ」は正し呼び名である。
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 日本列島には、自然を基にした日本神話・民族中心神話・高天原神話・天孫降臨神話・天皇神話が滲み込み、その上に石器時代縄文時代弥生時代古墳時代日本民族が住んできた。
 日本民族は、石器人・ヤポネシア人、、縄文人・日本土人弥生人(渡来人)、古墳人(帰化人)が乱婚して混血して生まれた雑種である。
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 日本民族の生き方は、仲間・友と一緒に小さな櫂(かい)を漕ぐ丸木舟生活である。
 つまり、日本の集団主義とは海で生きる船乗りの集まりである。
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 ヤポネシア人とは、東南アジアの南方系海洋民と長江文明揚子江流域民が乱婚して生まれた混血した雑種である。
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 ロバート・D・カプラン「揺るぎない事実を私たちに示してくれる地理は、世界情勢を知るうえで必要不可欠である。山脈や河川、天然資源といった地理的要素が、そこに住む人々や文化、ひいては国家の動向を左右するのだ。地理は、すべての知識の出発点である。政治経済から軍事まで、あらゆる事象を空間的に捉えることで、その本質に迫ることができる」(『地政学の逆襲』朝日新聞出版)
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 日本文化とは、明るく穏やかな光に包まれた命の讃歌と暗い沈黙の闇に覆われた死の鎮魂であった。
 キリシタンが肌感覚で感じ怖れた「日本の湿気濃厚な底なし沼感覚」とは、そういう事である。
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 柏木由紀子「主人(坂本九)を亡くしてから切に感じたのは、『誰もが明日は何が起こるからわからない』というこよです。私もそうですが、私以外にも大切な人を突然亡くしてしまった人が大勢います。だからこそ、『今が大切』だと痛感します。それを教えてくれたのは主人です。一日一日を大切にいきたい、と思い、笑顔になれるようになりました」
 神永昭夫「まずはしっかり受け止めろ。それから動け」
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 日本の文化として生まれたのが、想い・観察・詩作を極める和歌・短歌、俳句・川柳、狂歌・戯歌、今様歌などである。
 日本民族の伝統文化の特性は、換骨奪胎(かんこつだったい)ではなく接木変異(つぎきへんい)である。
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 御立尚資「ある禅僧の方のところに伺(うかが)ったとき、座って心を無にするなどという難しいことではなく、まず周囲の音と匂いに意識を向け、自分もその一部だと感じたうえで、裸足で苔のうえを歩けばいいといわれました。私も黙って前後左右上下に意識を向けながら、しばらく足を動かしてみたんです。これがびっくりするほど心地よい。身体にも心にも、そして情報が溢(あふ)れている頭にも、です」
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 日本の建て前。日本列島には、花鳥風月プラス虫の音、苔と良い菌、水辺の藻による1/f揺らぎとマイナス・イオンが満ち満ちて、虫の音、獣の鳴き声、風の音、海や川などの水の音、草木の音などの微細な音が絶える事がなかった。
 そこには、生もあれば死もあり、古い世代の死は新たな世代への生として甦る。
 自然における死は、再生であり、新生であり、蘇り、生き変わりで、永遠の命の源であった。
 日本列島の自然には、花が咲き、葉が茂り、実を結び、枯れて散る、そして新たな芽を付ける、という永遠に続く四季があった。
 幸いをもたらす、和魂、御霊、善き神、福の神などが至る所に満ちあふれていた。
 日本民族の日本文明・日本文化、日本国語、日本宗教(崇拝宗教)は、この中から生まれた。
 日本は、極楽・天国であり、神の国であり、仏の国であった。
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 日本の自然、山河・平野を覆う四季折々の美の移ろいは、言葉以上に心を癒や力がある。
 日本民族の心に染み込むのは、悪い言霊に毒された百万言の美辞麗句・長編系詩よりもよき言霊の短詩系一句と花弁一枚である。
 日本民族とは、花弁に涙を流す人の事である。
 日本民族の「情緒的情感的な文系的現実思考」はここで洗練された。
 死への恐怖。
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 2022年3月号 Voice「言葉のリハビリテーション 森田真生
 何もしない勇気
 最適化された世界の窮屈さ
 ……
 太陽がのぼるのも、雲が動くのも、鳥が鳴くのも自分のためではない。だからこそ、目に見えるもの、耳に届く音に、素直に感覚を集めることができる。
 ……
 『浅はかな干渉』が生み出す害
 ……
 『注意の搾取』が奪い去ったもの
 私たちはときに、浅はかな理解や理論に基づく性急な行動で安心を手に入れようとする前に『何もしない』という知恵を働かせてみることも考えてみるべきなのだ。
 だが、人間の設計したもので溢れかえる現代の世界において、『何もしない』ことはますます難しくなっている。
 ……
 物思いに耽(ふけ)って電車を乗り過ごし、都会の真ん中で月を見上げて立ち止まる。スマホを横に置いて窓の外を眺め、ただ理由もなく鳥の鳴く声に耳を傾ける。……」
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 日本の本音。日本列島の裏の顔は、甚大な被害をもたらす雑多な自然災害、疫病蔓延、飢餓・餓死、大火などが同時多発的に頻発する複合災害多発地帯であった。
 日本民族は、弥生の大乱から現代に至るまで、数多の原因による、いさかい、小競り合い、合戦、戦争から争乱、内乱、内戦、暴動、騒乱、殺人事件まで数え切れないほどの殺し合いを繰り返してきた。
 日本は、煉獄もしくは地獄で、不幸に死んだ日本人は数百万人あるいは千数百万人にのぼる。
 災いをもたらす、荒魂、怨霊、悪い神、禍の神が日本を支配していた。
  地獄の様な日本の災害において、哲学、思想、主義主張そして奇跡と恩寵を売る信仰宗教(啓示宗教)は無力であった。
 日本民族の「理論的合理的な理系論理思考」はここで鍛えられた。
 生への渇望。
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 仏とは、悟りを得て完全な真理を体得し正・善や邪・悪を超越し欲得を克服した聖者の事である。
 神には、和魂、御霊、善き神、福の神と荒魂、怨霊、悪い神、禍の神の二面性を持っている。
 神はコインの表裏のように変貌し、貧乏神は富裕神に、死神は生神に、疫病神は治療神・薬草神にそれぞれ変わるがゆえに、人々に害を為す貧乏神、死神、疫病神も神として祀られる。
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 日本の自然は、人智を越えた不条理が支配し、それは冒してはならない神々の領域であり、冒せば神罰があたる怖ろしい神聖な神域った。
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 日本の宗教とは、人智・人力では如何とも抗し難い不可思議に対して畏れ敬い、平伏して崇める崇拝宗教である。
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 現代の日本人は、歴史力・伝統力・文化力・宗教力がなく、古い歴史を教訓として学ぶ事がない。
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 日本を襲う高さ15メートル以上の巨大津波に、科学、哲学、思想、主義主張(イデオロギー)そして奇跡と恩寵を売る信仰宗教・啓示宗教は無力で役に立たない。
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 助かった日本人は、家族や知人が死んだのに自分だけ助かった事に罪悪感を抱き生きる事に自責の念で悶え苦しむ、そして、他人を助ける為に一緒に死んだ家族を思う時、生き残る為に他人を捨てても逃げてくれていればと想う。
 自分は自分、他人は他人、自分は他人の為ではなく自分の為の生きるべき、と日本人は考えている。
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 日本民族は、命を持って生きる為に生きてきた。
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 日本で中国や朝鮮など世界の様に災害後に暴動や強奪が起きないのか、移民などによって敵意を持った多様性が濃い多民族国家ではなく、日本民族としての同一性・単一性が強いからである。
 日本人は災害が起きれば、敵味方関係なく、貧富に関係なく、身分・家柄、階級・階層に関係なく、助け合い、水や食べ物などを争って奪い合わず平等・公平に分け合った。
 日本の災害は、異質・異種ではなく同質・同種でしか乗り越えられず、必然として異化ではなく同化に向かう。
 日本において、朝鮮と中国は同化しづらい異質・異種であった。
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 日本民族の感情は、韓国人・朝鮮人の情緒や中国人の感情とは違い、大災厄を共に生きる仲間意識による相手への思いやりと「持ちつ持たれつのお互いさま・相身互(あいみたが)い」に根差している。
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 松井孝治「有史以来、多くの自然災害に貴重な人命や収穫(経済)を犠牲にしてきた我が国社会は、その苦難の歴史の中で、過ぎたる利己を排し、利他を重んずる価値観を育ててきた。
 『稼ぎができて半人前、務めができて半人前、両方合わせて一人前』とは、稼ぎに厳しいことで知られる大坂商人の戒めである。阪神淡路大震災や東日本震災・大津波の悲劇にもかかわらず、助け合いと復興に一丸となって取り組んできた我々の精神を再認識し、今こそ、それを磨き上げるべき時である。
 日本の伝統文化の奥行の深さのみならず、日本人の勤勉、規律の高さ、自然への畏敬の念と共生観念、他者へのおもいやりや『場』への敬意など、他者とともにある日本人の生き方を見つめなおす必要がある。……しかし、イノベーションを進め、勤勉な応用と創意工夫で、産業や経済を発展させ、人々の生活の利便の増進、そして多様な芸術文化の融合や発展に寄与し、利他と自利の精神で共存共栄を図る、そんな国柄を国内社会でも国際社会でも実現することを新たな国是として、国民一人ひとりが他者のために何ができるかを考え、行動する共同体を作るべきではないか。」
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 昭和・平成・令和の皇室は、和歌を詠む最高位の文系であると同時に生物を研究する世界的な理系である。
 武士は文武両道であったが、皇室は文系理系双系であった。
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 徳川家康は、実理を優先し、読書を奨励し、経験を重視し、計算の数学と理・工・農・医・薬などの理系の実利で平和な江戸時代を築いた。
 が、馬車や大型帆船は便利で富をもたらすが同時に戦争に繋がる恐れのあるとして禁止し、江戸を守る為に大井川での架橋と渡船を禁止した。
 つまり、平和の為に利便性を捨てて不便を受け入れ、豊よりも慎ましい貧しさを甘受した。
 それが、「金儲けは卑しい事」という修身道徳であったが、結果的に貧しさが悲惨や悲劇を生んだ。
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 日本で成功し金持ちになり出世するには、才能・能力・実力が必要であった。
 日本で生きるのは、運しだいであった。
 日本の運や幸運とは、決定事項として与えられる運命や宿命ではなく、結果を予想して自分の努力・活力で切り開く事であった。
 それは、自力というより、神か仏か分からない他者による後押しという他力に近い。
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 左翼・左派・ネットサハ、右翼・右派・ネットウハ、リベラル派・革新派そして一部の保守派やメディア関係者には、日本民族ではない日本人が数多く含まれている。
 彼らには、数万年前の石器時代縄文時代と数千年前の弥生時代古墳時代から受け継いできた日本民族固有の歴史・文化・伝統・宗教はない。
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 日本民族は、石器時代縄文時代からいつ何時天災・飢餓・疫病・大火などの不運に襲われて死ぬか判らない残酷な日本列島で、四六時中、死と隣り合わせの世間の中で生きてきた。
 それ故に、狂ったように祭りを繰り返して、酒を飲み、謡い、踊り、笑い、嬉しくて泣き、悲しくて泣き、怒って喧嘩をし、今この時の命を実感しながら陽気に生きていた。
 「自分がやらなければ始まらない」それが、粋でいなせな江戸っ子堅気の生き様であった。
 江戸時代は、自助努力のブラック社会であった。
 田代俊孝(仁愛大学学長)「『人は死ぬ』という厳然たる事実を、誰しも普段の生活では見て見ぬふりをしているものです。しかし、自分がいずれは『死すべき身』だということを意識すれば現在の生への感謝が生まれ、生きる気力が湧いてくる。つまり天命、死というものを知ることによって人生観が変わる。祖父母、父母、そして自分と、連綿と続く流れのなかで思いがけず命をいただいたのだ、と気づくのです」
 植島敬司(宗教人類学者)「人生は自分で決められることばからりではありません。不確定だからこそ素晴らしいのです。わからないなりに自分がどこまでやれるのか、やりたいことを追求できるのかが大事で、それが人生の豊かさにつながるのだと思います」
 平井正修(全生庵住職)「コロナ禍に襲われるずっと以前から人類は病に悩まされてきました。病気やケガで自由な身体が動かなくなり、人に介抱してもらうと、当たり前のことのあるがたさに気づきます。何を当たり前として生きていくのか、それは人生でとても大切なことであり、すべての人に起こる究極の当たり前が、死なのです」
 「現代では死というものが過剰に重たく受け止められていますが、そもそも死はもっと身近にあるものです。考えようによっては、現世に生きているいまのほうが自分の仮初(かりそめ)の姿とさえ言える。
 最終的には、誰もが同じところへと生きます。みんなが辿る同じ道を、自分も通るだけ。そう思えば、死も恐れるものではありません」
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 日本文化とは、唯一人の生き方を理想として孤独・孤立・無縁、わび・さび、捨てて所有しないを求める、「何も無い所」に時間と空間を超越し無限の広がりを潜ませる文化である。
 それが、日本人が好む「色即是空、空即是色」である。
 日本文化は、中国文化や朝鮮文化とは異質な独立した特殊な民族的伝統文化である。
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 日本の宗教とは、虚空・虚無という理想の境地に入る為に自己や自我など自分の存在を肯定も否定もせず、ただただ「はかなく無にして消し去る=漠として死を見詰める」事である。
 それ故に、日本文化や日本の宗教は男が独占していた。
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 日本民族の伝統的精神文化は宮仕えする男性の悲哀として、行基西行、一休、鴨長明兼好法師芭蕉葛飾北斎など世捨て人・遁走者、隠者・隠遁者・遁世者、隠居、孤独人・孤立人・無縁人への、求道者として一人になりたい、極める為に一人で生きたいという憧れである。
 如何なる時も、オンリーワンとしてナンバーワンとして我一人である。
 そして日本で女人禁制や女性立ち入り禁止が多いのは、宗教的社会的人類的民族的な理由によるジェンダー差別・女性差別・性差別ではなく、精神力が弱い日本人男性による煩わしい女性の拘束・束縛からの逃避願望である。
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 女性は、子供を産み、子供を育て、末代まで子孫を増やしていく、つまり「命を喜びを持って育み、有を生みだす」存在である。
 日本における女性差別は、「死を見詰めて無を求める男」と「命を生み有りに生き甲斐を感じる女」、ここから生まれた。
 つまり、男尊女卑と一口で言っても現代と昔とは全然違う。
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 日本民族心神話において、最高神天皇の祖先神である女性神天照大神で、主要な神の多くも女子神である。
 日本民族は、あまた多くの女性神に抱かれながら日本列島で生きてきた。
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