💍12)─1─「拉致被害者全員奪還」を口にしたらキリスト教団をクビになった元牧師。〜No.61 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 天皇家・皇室は、日本人拉致被害者とその家族に心を寄せ、一刻も早い拉致問題解決を希望し、日本人拉致被害者全員の無事な帰国を願っている。
 天皇家・皇室は憲法で政治的権能が認められていない為に、公式ではなく私的な発言と個人的に祈る事しかできない。
 が、天皇家・皇室の日本人拉致被害者とその家族を想う心は、日本神話に基ずく皇道主義=大家族主義、つまり家族を想う「八紘一宇の心」であり、「四方の海 はらから」である。
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 宗教的命・心・魂の救済をもたらす存在とは。
 日本民族では、民族中心神話を起源とする神の血筋を正統に継承する万世一系の男系父系天皇・皇族(宮家)・皇室である。
 キリスト教会では、迷える小羊である人間の宣教師・神父・牧師ではなく、父なる絶対神と神の子であるイエス・キリストのみである。
 男系父系の天皇・皇族(宮家)・皇室の救済とは、唯一正統の神の裔(神の子孫)・祭祀王・最高司祭、「余人をもって代えがたい血筋の存在」として、祖先の最高神である女性神天照大御神から受け継いだ生命体の血を依代にして全ての人々を対象とした八百万の神々への祈りである。故に、血の神話(Y染色体神話)と言われる。
 キリスト教会の救済とは、信仰者のみ限定の絶対神イエス・キリストから授かる奇跡・恩寵・恵み・福音である。
 何故、キリスト教会が天皇を認めず天皇制度を廃絶しようとするのか、それは神聖な命・心・魂の救済の独占であった。
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 儒教マルクス主義共産主義には、死を語れないし、命・心・魂の癒し・慰め・励ましはできないし救済もできない。 
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 2021年5月23日 産経新聞「曽我さん「時間がない」 一昨年末以来の署名活動
 拉致被害者の早期救出を求め、署名を呼び掛ける曽我ひとみさん(右)=23日午前、新潟県佐渡市
 北朝鮮による拉致被害者曽我ひとみさん(62)が23日、地元の新潟県佐渡市で、一緒に拉致され帰国が実現していない母、ミヨシさん(89)=拉致当時(46)=らの早期救出を求め、署名活動に参加した。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、令和元年12月以来の署名活動となった曽我さんは、市職員や支援団体メンバーらと協力を呼び掛け「本当に時間がない」と語った。
 拉致被害者横田めぐみさん(56)=同(13)=の父、滋さんが亡くなり、6月5日で1年。曽我さんは帰国から1、2年後にカラオケに行った際、滋さんから「(北朝鮮で)めぐみと一緒に歌っていた歌を聴かせてほしい」と頼まれ、童謡「紅葉」を歌った思い出を披露し「時間は刻々と過ぎている。政府には強い思いで一日も早い解決のために全力を尽くしてほしい」と語った。」
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 2021年6月号 正論「拉致解決訴えてクビ キリスト教団の体質
 上野庸平
 『「拉致被害者全員奪還」を口にしたら教団をクビになった』とSNSで発信を続ける元牧師がいる。
 彼の名前は一森文彰氏。2012年、関西学院大学の神学修士課程を終え、日本最大のプロテスタント教団・日本基督教団で献身していた36歳の男性である。
 信仰があればこそ拉致問題解決を願うのはキリスト者として当然──。そうした信念を持つ一森氏が、北朝鮮による日本人拉致問題に関心を持ったのは関西学院大学の神学生だった頃にさかのぼる。ナチス政権期のドイツで独裁政権に異を唱えて処刑された神学者ボンヘッファーを学んだこともそのきっかけだった。以来、キリストへの信仰を深めるにつれ、拉致問題北朝鮮人権問題に対してキリスト教者として果たす役割は何かと、自問自答してきた。
 2010年、無事に神学修士を得た一森氏は、2012年から日本基督教団所属の大阪府・東梅田教会に赴任し、次いで翌年から福岡県・飯塚教会に牧師(伝道師)として献身し始める。
 キリスト教の信仰を持つ者として、拉致問題解決を願いたい──。そう思い続ける一森氏は教会での牧会活動のかたわら、ブルーリボンバッチを胸に付け、『救う会』のボランティア参加などの拉致問題解決の活動をしていたほか、牧師として出席する日本基督教団の九州教区(九州地域の教会を束ねる教団の組織)の会合などでも常々拉致問題解決の提唱を呼びかけるなどの行動をしていたという。
 そして2019年2月、一森氏は飯塚教会退任後の赴任先教会の斡旋を彼の出身校である関西学院大学神学部に依頼したが(一般に日本基督教団では牧師の人事は出身神学校が斡旋する)、同人事委員会(神学部・神学後援会・神学部同窓会合同委員会)は、一森氏に対して赴任先教会を斡旋できないと通告したのである。その理由は驚くことに『一森牧師が拉致問題解決への取り組みを公に行っているから』というもの。人事会議の結果を伝えた九州教区議長の梅崎浩二氏は電話口で一森氏に『拉致問題解決の取り組みをやりたい君に働ける教会はない』『拉致問題への取り組みをやめるなら斡旋も可能なのだが』と言ったという。
 一森氏は耳を疑い、拉致問題解決への取り組みが人事斡旋拒否の理由とされることは何かの間違いではないかと考え、同人事委員を務め、彼の神学部時代の恩師でもある中道基夫氏(関西学院大学神学部長)に『これは梅崎先生の個人的な意見ですか?』と確認したが、『人事委員会の結論です』と暖簾に腕押しの冷淡な回答が返ってきただけだった。
 一森氏は自身のSNS上に中道氏から送られたメールを公開しているが、そこには確かに次のような驚くべき言葉が載っている。
 『これ(拉致問題解決の取り組み)を「信仰と信じて」というのは(中略)教会全体を導き、そこに集う魂を牧する牧師として逸脱した考えであると言わざるを得ません』
 このメールをSNSに投稿した一森氏はその後、関学側から呼び出され、『あなたが拉致問題解決の取り組んだことを人事斡旋拒否の理由としたのではない。単に紹介できる教会がなかっただけで』と不自然に前言を撤回され削除を要請されたという。
 教団で拉致解決に取り組むこと
 以上が『拉致被害者全員奪還を口にしたら牧師をクビになった』という『事件』の概略であるが、『一森氏が拉致問題解決の取り組みを、教会を私物化して行おうとし、それが問題視されたのでは?』と思う人もいるかもしれない。実情はどうやらそうではないようだ。彼は教会を拉致問題解決の運動の場としようとしたことは一度もなく、『教会で署名を集めたり、拉致問題啓発のポスターを貼ったりとか、そういうことは絶対にしないようにしていた』と言う。これについては現在同教会で司牧する牧師に確認したところ、確かに『そうした話は聞いていない』とのこと。
 なぜ、人事の斡旋を拒否されたのか。それは教区の会議などで彼が度々拉致問題解決を唱えていることが、日本基督教団の『規範』を乱したとされたからだった。
 一森氏はこう語る。
 『教区の大会や超教派(キリスト教の他教団との集まり)の集会などで、平和についていろいろ話し合うんですが、九州教区では例えば「平和憲法9条を守りましょう」というのが教会の宣教の方針なんです。僕はそれに反対はしていないのですが、「では、拉致被害者はどうやって救出するのかということも考えなければならないですよ」と発言していましたね。「会議の議題に拉致問題のことが入っていないから考えていきましょう。拉致被害者の家族会や救う会と一緒に考えていくのはどうでしょうか」と言っていました』(一森氏)
 確かに、『拉致問題』という重大な人権侵害問題について考え、取り組むのはキリスト教の信仰実践として間違っていない。拉致問題は日本で平和を考えるならば避けてはならない課題だろう。
 しかし、一森氏によれば『そういうことをやると、大変なことになる』らしい。
 『(その後)すごい反発が来ました。その会議の後で偉い牧師先生から囲まれたり、怒鳴られたりすることにもなります。ま、一方的に僕が怒鳴られるんですが・・・そういうことをやっているうちに、九州教区では次第に「極右の牧師さんだ」と思われていきました』(同)
 拉致問題解決を訴えただけで『極右の牧師』と見られるという状況は想像が容易ではないが、彼が胸に付けたブルーリボンバッジを見ただけで『あれ、安倍の仲間か?』『在特会系なの?』などと、まるで踏み絵を踏まされるようなセリフを教団メンバーに投げかけられたこともあったという。
 そして2019年2月、ついに『極右の牧師に働く場はない』と言わんばかりの人事斡旋拒否にいたったのである。
 『極右の牧師』というレッテル
 実は、そもそも彼が飯塚教会を退任することになったのも、拉致問題解決を提唱する彼の言動が飯塚教会の信徒役員会から問題視されたからだった。まるで〝極右の牧師〟のようなイメージが教団内部で形成されてしまったため、牧会する飯塚教会もいつしか『極右の牧師がいる教会』と見られ始め、ある時には『九州教区は飯塚教会に予算を配分するのをやめた方がいいんじゃないか?』などという話が教区の上層部でささやかれることもあったらしい。
 そうなると教会に所属する平信徒の教会員としては『とにかく目立つことはしないでほしい』という反発感情も確かに生まれるだろう。中には『一森先生が拉致問題の話をするなら、私はもう教会に来られない』と嘆く信徒もいたという。そして『教会の代表者である以上、(拉致問題解決の取り組みが)個人としての活動であっても許容できない』という教会員の意見のもと、牧師の職を退任するにいたったのである。
 もっとも一森氏は、このように教会員が彼の活動に反対し、牧師の任を退かねばならなくなったことについては『役員会と牧師の間で問題が発生することはなくはないんです。人間関係ですから』として素直に受け止めている。彼の教会の運営は牧師と信徒代表者の合議で取り決められることになっていた。
 彼が憤るのはむしろ関西学院大学人事委員会の『拉致問題解決の提唱を理由に牧師として人事斡旋を拒否する』という恣意性、そしてさらに『拉致問題への取り組みをやめたら人事を斡旋してあげても良い』と軽々に言ってしまう人権意識の低さ、さらにこちら側の追求に斡旋拒否の理由を二転三転させる不誠実さだ。
 『僕が一番怒っているのは、拉致被害者の救出をしましょうという人権運動をするんだったら、あなたに牧師としての職業はないですよ、牧師を職業として飯を食っていきたいんだったら拉致問題の取り組みはやるな・・・と、キリスト者がそういう言い方を自信満々にしてしまうことです』
 一森氏の言葉の端々から日本基督教団と母校・関西学院大学神学部に対するやるせない想いがあふれている。
 キリスト教会の左傾化
 一森氏は拉致問題解決を提唱する牧師が異端視されてしまう原因を、戦後日本のキリスト教界の思想的『左傾化』が根本的な原因だと言う。日本のキリスト教界は、ホーリネスなどの一部の弾圧された教派を例外にして、戦時中は国家神道や権力へ迎合し、戦争協力を行ったとされている。これに対する反省から、戦後は一転して反権力・反体制の立場を明確にしたことで知られる。
 例えば、一森氏の所属する日本基督教団の九州教区もその『宣教基本方針』として、『米軍基地の撤廃』や『集団的自衛権行使容認の撤回』、『外国人住民基本法の制定』など一般に『左翼的』と形容される政治的活動を掲げ、教団を挙げて社会への取り組みを行っている。これらは『宣教基本方針』ちう名の通り、宗教活動の一環であるという位置づけだ。
また、日本と国交のない北朝鮮との対話にも熱心で、2019年にはプロテスタント超教派団体『日本キリスト教協議会(NCC)』の北朝鮮訪問も行われた。NCCのプレスリリースを調べてみると、訪朝でNCCは日本の過去の戦争責任に対する謝罪は表明したものの、拉致問題北朝鮮国内の人権侵害問題については何も声明を出されなかったことが分かった。それどころか、朝鮮総連機関紙の『朝鮮新報』(同年8月5日号)の記事を見てみると、NCC幹部は平壌市内の医療や教育施設を見学して、『朝鮮の無償医療制度や教育制度などの社会的施策に感動を覚えた』と話し、『朝鮮では、国家によって出産・育児の環境が十分に整えられ、女性たちの社会進出が進んでいることを知った。また、ホームレスも見当たらず、弱者を包み込む優しい社会だと感じた』と北朝鮮の体制を絶賛していたことを伝える。
 こうした日本基督教団の『左翼的』な政治的体質が、〝救う会〟や拉致被害者家族の取り組みを〝右翼的〟に見て拒否反応を起こしたというのが『拉致問題解決を呼びかけた牧師がクビになる』という事件の背景なのだろう。一森氏は『そういう偏った言論の積み重ねをしてきたから関学(人事委員会)も自信満々に「拉致問題解決の取り組みをやめたら人事斡旋してもいいよ」なんて言ってしまうんですよ』と嘆息する
 『よいお働き』の牧師とは
 ……
 関西学院大学神学部長で人事委員会のメンバーでもある中道基夫教授に質問状を送った。
 ……
 回答状には、『良いお働き』の例として、書籍『拉致問題を考えなおす』(青灯社)と執筆者の故・東海林勤牧師の名前が書かれていた。
 しかし、一森氏によると、東海林牧師は救う会拉致被害者家族の主張に反して『北朝鮮と仲良くせよ』という具体的な働きをした代表的な人物だ。『東海林先生のような意見が受け入れられるから、救う会や家族会の話も聞きましょうよという僕の意見が排除されるんです』ということだ。
 『拉致問題を考えなおす』に載った東海林牧師の論考には、頭に疑問符の浮かぶような文章にいくつも遭遇する。
 『アメリカの覇権主義と日本の権力主義が、北の圧政の上に圧迫を重ねていると言えるでしょう。』
 『日本政府は・・・在日の方々を・・・北朝鮮政府と組んで「厄介者」を追放する目的で「帰還」させました』
 『横田早紀江さんは、在日朝鮮人の歴史と生活に目を向け、そこに足を運ばれるなら、きっとそこで今までとは違った新しい出会いを経験されるのではないかと思います』
 東海林牧師はかつて韓国の民主化支援や在日朝鮮人政治犯の救援運動をする〝活動家牧師〟として知られていた。であれば、なおのこと、北朝鮮の民衆が苦悩する直接的原因である北朝鮮の体制や強制収容所を非難してしかるべきかと考えるが、書籍を見ると、追求の矛先はひたすら日本の責任に向けられている。
 独裁体制に黙する体質
 『拉致問題に関わっておられた牧師』の『よいお働き』の実例として、このような言説を例示してしまう日本基督教団の偏った政治的党派性は、それをおかしいと気づかずに、無邪気さすら孕(はら)んでいて深刻だと言わざるをえない。
 一森氏は先述のドイツの神学者ボンヘッファーを引き合いに出してこう語る。
 『私は関学の神学生時代に、教会は(ナチスの)独裁体制に対して戦うべきだった、それが神の宣教であった、信徒数を増やして献金を増やすことだけが宣教ではないのだと教えられました』
 彼らの言う『ナチス』を『金正恩』に置き換えれば、北朝鮮を訪問して拉致や人権問題も口に出さないキリスト教徒がいかに偽善的かがわかるだろう。皮肉なことに神学生時代の一森氏に『独裁体制に迎合するな』と教えた牧師たちは、彼を『拉致問題解決を提唱するから』という理由で『クビ』にした人事委員たちでまあった。
 一森氏は次のように決意を強くする。
 『ボンヘッファーの精神に則れば、独裁体制におべっかをつかう、拉致されたり、人権侵害されている人たちのことは何も言わない人たち(前述したNCC訪朝団)と一緒になってしまうのは、僕が人事委員会の先生から教わった神学ではない。僕の神学生時代にそれと戦えと教わったはずです。教えてくださった人たちと戦ってでも、僕を導いてくださった人たちが教えてくれた志や信仰は貫きたいと思っています』
 一森氏は、病気の妻と傷害がある子供の世話をしながら日々を過ごしている。牧師として生きることへの想いはなくはないが、拉致問題に冷淡な体質が改善されない限り、日本基督教団の牧師として奉職するつもりはないという。
 日本のキリスト教界は戦時中の体制迎合と戦争協力への反省から、戦後は政治的に『左傾化』したと先述した。しかしながら、今回取材した一森氏の一件を見ると、日本のキリスト教界が反省すべきは〝右〟や〝左〟といった『政治的党派性』ではなく、むしろその『体質』ではないのか、と思えてならない。
 少し専門的な話になるが、戦時中のキリスト教界の主流派は戦時体制に迎合して戦争協力を行ったのみならず、弾圧にあったホーリネス派などの一部教派に対しては『大局的見地から言えば、こうした不純なものを除去することによって・・・今後の運営上かえって好結果が得られる』や『(ホーリネス派が弾圧されるのは)彼らの学的程度が低いからだ』と見捨て、宗教弾圧を放置し続けたのも事実だからだ。そして、その弾圧される教派を見捨てたキリスト教界の主流派教団こそが、今回、一森氏を『拉致問題解決の取り組みをしている』という理由で人事斡旋拒否した関西学院大学神学部の所属する日本基督教団なのである。
 戦時下の日本基督教団が見せた体質的な非寛容さと冷淡さは、北朝鮮の体制を擁護し、拉致被害者全員奪還を口にした牧師を『クビ』にしてしまう現在の姿に重なって見える。」
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 政教分離の原則による人の法律が認める正当性な女系母系天皇には、縄文時代から受け継いだ伝統文化の神話的宗教性はなく、祖先神である最高神の女性神天照大御神から授かった正統な魂の救済権はない。
 女系母系天皇とは、法律を正当な根拠とした外面的政治制度であって、心・魂・志を正統な依代とする内面的宗教祭祀ではない。
 つまり、女系母系天皇とは反宗教無神論マルクス主義)の科学万能主義・人間中心主義に基づく宗教否定・家破壊・家族崩壊・日本民族の絆遮断を目的とした神殺し・仏殺しである。
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 日本に昭和天皇と皇族を惨殺しようとする狂信的キリスト教原理主義テロリストがいて、戦前の天皇主義者・軍国主義者・民族主義者らは昭和天皇と皇族の命を守るべく不敬罪・大逆罪・治安維持法で徹底した宗教弾圧を行った。
 戦後、GHQ、キリスト教会、マルクス主義者(共産主義者)は、天皇・皇族・皇室を守ってきた不敬罪・大逆罪・治安維持法を悪法として廃止した。 
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 現代の一部のキリスト教会は、戦国時代の中世キリスト教会に似ている。
 何処が似ているかと言えば、助けたいと思う相手(キリシタン)は助けるが、助けたくない相手(異教徒)は助けない、という事である。
 そうした一部のキリスト教会は、異教徒の天皇家・皇室が救出を望み、保守系の国家権力・政府・体制が軍事行為放棄の憲法の制限下で助けようとしている拉致被害者とその家族を切り捨てている。
 拉致された、売られた、日本人は、新しい世界・素晴らしい世界へ連れられて行き、見た事のない優れた人々と新しい出会いを経験し、優れた人間と生活する事で自分も更なる高みへと成長できるだから、と。
 事実、世界中に渡った日本人のほぼ全員がキリスト教徒になり日本・日本人を捨てた。
 キリスト教は、「不幸な者、貧しき者、虐げられる者、悲しき者、哀れな者は幸いである」、何故なら絶対神は彼らを慈しみ祝福し救済し神の王国(死後の世界=天国)で永遠の命を与えるからであると教え、絶対神への信仰の神聖を説き、信仰の為に生きる事を力説している。
 つまり、殉教も、拉致も、奴隷の身分さえも、隣人愛の信仰・神の福音を成就する為の試練であるとして甘受すべきである、と宣う。
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 エセ正義の味方や自粛警察などという同調圧力、場の空気、空気圧が、日本人から活力・生気・精気を奪い、陰々滅々な陰湿な空気で日本社会をブラックに支配している。
 ブラックなのは、右翼・右派・ネットウヨクでも左翼・左派・ネットサハでも同じである。
 そうしたブラックな日本人は、日本民族とは正反対の人間で、数万年前の石器時代縄文時代から先祖代々受け継いだ民族の歴史・伝統・文化・宗教を持っていない。
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 ハッキリ言って、現代日本には真の意味での人権意識は存在しない。
 拉致問題解決に非協力的な日本人は、ウイグル・ジェノサイドの人権問題にも同じように非協力的である。
 良心的日本人、友好的日本人、正しい日本人達は「したり顔」で言う、遠い親友(戦友)より近くの友人(中国・韓国・北朝鮮)とは親しく付き合うべきであり、遠い親友(戦友)に気を使って近い友人が嫌がる事はしない方がいい、と。
 現代日本人は、中国共産党に虐殺されているウイグル人チベット人・モンゴル人・少数民族など関心がない。
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 戦後日本とくに1980年代以降の日本を動かしたのが、学生運動で活躍したリベラル派戦後民主主義世代とその薫陶を受けた才能触れる優秀な次世代であった。
 その流れは令和の時代でも続いていて、その毛色は東アジアには馴染み、欧米では馴染まない。
 全体主義独裁体制は中国共産党北朝鮮・ロシアであり、自由・民主主義体制はアメリカやヨーロッパそして日本や台湾である。
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 原始キリスト教の信仰ではなく精神の精髄は、海の外から日本に上陸して来たゾロアスター教や仏教などその他の宗教や数多くの神話と同様に、奈良時代から日本神道皇室神道宮中祭祀に取り込まれている。
 その顕現が、聖武天皇光明皇后による、貴人・下人、金持ち・貧乏人、善人・悪人、日本人・外国人、帰化人・渡来人、個人的宗教・哲学・思想に関係なく日本国に住む全ての衆生(民草)を「家族とみなして救済したい」という祈願から始まった東大寺建立国家事業である。
 そこに反宗教で神仏否定・迷信破壊の非寛容的非現実的観念的教条的狂信的儒教は入っていない。
 東大寺大仏に仏・魂を吹き込む最重要な開眼供養は、天皇や皇族ではなく、日本人僧侶でも中国人僧侶でもなく外国人であるインド人僧侶がおこなった。
 こうした中から生まれ出たのが、大家族主義=皇道主義=八紘一宇の心である。
 聖武天皇の御稜威・大御心は、宗教的伝統文化として、男系父系天皇の血筋を正統とする現皇室まで正しく受け継がれている。
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 日本は、シルクロードの東の終着地として、中央アジア人やペルシャ人などの雑多な人々と共に数多くの宗教・思想・哲学・文化・芸能・文芸・工芸品・その他が中国や朝鮮を経由して自然に・自由に伝えら根付いていた。
 それを日本統治に有効に利用したのが聖武天皇である。
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 天皇家・皇室の正統性は、民族中心神話=血の神話、最高神である女性神天照大御神の血を受け継ぐ子孫・男系父系天皇にある。
 女系母系には、生物として人間的政治的正当性はあっても、血筋としての民族的宗教的正統性はない。
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 日本の宗教は、崇拝宗教であって信仰宗教ではなく、神は自然の精霊神と祖先の人神(氏神)である。
 日本民族は、日本人は自然と祖先にとって生まれてくるのであって、人とは全知全能の神・天地創造の神・絶対神が土・ゴミ・塵を混ぜ合わせて神に似せた姿に創り命を埋め込まれる泥人形とは考えていなかった。
 つまり、日本民族の宗教心は「神秘的に生まれる」という事であって「信仰として創られる」ではない。
 日本で、キリスト教が根付かない最大の原因はここにある。
 それは、宗教破壊の儒教マルクス主義共産主義でも同様である。
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 昔、日本社会党日本共産党マルクス主義者の左翼・左派、リベラル派・革新派そして一部の保守派やメディア関係者、進歩的学者、キリスト教その他の宗教団体など多くの日本人達が挙って日本人拉致事件を否定し、北朝鮮を貶め様とする公安警察など警察権力の陰謀だと激しく非難していた。
 政治家も官僚も、本気で拉致家族の悲痛な訴えを聞かず、被害者である拉致被害者を助けようとせず、何らかの問題を抱えた行方不明者、私的な家出人として切り捨てていた。
 そうしたブラックな意識は、現代日本にも消えず残り、日本人の間にドス黒く渦巻いている。
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 天皇・皇室とローマ教皇バチカンカトリック教会は、普遍・民族(神話)など全ての宗教・信仰を反宗教無神論マルクス主義共産主義勢力にる破壊から守るべく強い信頼関係を築いていた。
 戦前のカトリックキリスト教会は、マルクス主義共産主義勢力から宗教・信仰を死守する為に昭和天皇に協力した。
 昭和天皇ローマ教皇バチカンカトリック教会の協力・支援を得るべく、親ユダヤ派、人種差別反対派で、国家元首として人道貢献と平和努力を心掛けていた。
 バチカンカトリック教会は、中国を含むアジアにおける信仰をマルクス主義共産主義勢力から守る為に、キリスト教徒による信仰抜きの靖国神社礼拝を認めた。
 敵は、宗教・信仰を破壊するソ連中国共産党日本共産党・国際共産主義勢力であった。
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 反天皇反日本のキリスト教系テロリストは、日本人共産主義テロリスト同様にい異教国日本を転覆崩壊させるべく、昭和天皇や皇族を惨殺する為につけ狙っていた。
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 東條英機松岡洋右松井石根らは、ヒトラーから逃げてきたポーランドユダヤ人難民を保護し、同盟国ナチスドイツの外圧をはね付け、親ドイツ派や反ユダヤ派・人種差別主義者の動きを封じ、ゲシュタポによる上海ホロコーストを潰した。
 昭和天皇日本陸軍ユダヤ人難民を助けた動機は、破滅を救ってくれたユダヤ人への恩返しと民族中心神話=皇室神話における八紘一宇の精神からである。
 つまり靖国神社の心・志・まごころ、それは命を捨てても「他人の為に尽くしきる」という自己犠牲である。
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 宮中祭祀は開闢以来、神の血を正統に受け継ぐ男系父系天皇のみに許された一子相伝の国家祭祀で、世俗・他人の血が混じった女系母系天皇・皇族には許されない神聖不可侵の天皇神・天皇霊崇拝であった。
 戦後、政教分離の原則で宮中祭祀から国家祭祀が排除され天皇家・皇室の私的個人祭祀とされた。
 宮中祭祀の原型は、縄文時代から受け継がれた自然祭祀に、弥生時代に祖先神・氏神の人神崇拝が加わったものである。
 日本宗教における神の対象とは、自然と自分の祖先であった。
 つまり、血の繋がらない他人が赤の他人の祖先を神として崇める事に俗欲な政治的意味があっても神聖な宗教的意味は何もない。
 祖先を神として祀り崇め崇拝するのは、その子孫だけに与えられた義務であり特権である。
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 拉致問題・領土問題・外国資本の国土買収問題など日本が抱える深刻な諸問題の多くを解決不能にさせている原因は、国内外に問題解決を望まない日本人が多数存在し活動しているからである。
 彼らとは、マルクス主義の左翼・左派・ネットサハで、親中国派・媚中派、親韓国派、親北朝鮮派であり、反米派・反安保派・反米軍基地、そして護憲派人権派、反自衛隊派、反戦平和団体、その他と反天皇反日的日本人達である。
 リベラル派・革新派そして一部の保守派やメディア関係者、学者、文化人・・・。
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 江戸時代後期・明治初期の狂信的天皇主義者(勤皇派・尊皇派)とは、貧しい下級武士と身分が低い下層民である庶民(百姓や町人)、賤民(非人・穢多)、部落民、芸能の民、異能の民、異形の民、その他であった。
 天皇日本民族の紐帯とは、恵まれた中間層の中抜きをした、最上階の天皇家・皇室と最下層で惨めに這いつくばってようやく生きている極貧の困窮者との心的絆である。
 狂信的天皇主義者(勤皇派・尊皇派)は、天皇を神聖不可侵の現人神と崇め、民族中心神話を起源とする神の血筋を正統とする万世一系の男系父系天皇の擁護者である。
 が、現代日本ではそうした正真正銘の日本民族は急速に減少し始めている。
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 キリスト教会は、中世キリスト教会と白人キリスト教徒商人が「隣人愛信仰」・「神の御名」・「神の福音」で行われた日本人奴隷交易を認めず、キリスト教を禁教としてキリシタン弾圧を行った豊臣秀吉徳川家康徳川幕府を極悪非道の重罪人と激しく非難し、日本人異教徒によって処刑されたキリシタン絶対神への信仰を守った殉教者として讃え、隠れた意図として日本の非人道性を批判している。
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 現代日本無宗教無神論が広がる事で、現代の日本人による「神殺し」と「仏殺し」が静かに進んでいる。
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 現代の日本人は、昔の日本人ほどに天皇・皇室に対する関心も魅力も持たず、それ故、口で公言するほど、必ずしも現在の正統な皇室を維持したいとは思ってはいない。
 その傾向は、リベラル派戦後民主主義世代とその薫陶を受けた次世代に強い。
 現代の日本人は、昔の日本人に比べて、民族的な歴史力・文化力・伝統力・宗教力はない。
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 明治日本の近代化とは、ロシアの武力侵略とキリスト教の宗教侵略から軍事力で日本天皇・日本国・日本民族を守る為の大構造改革であった。
 大正期になると日本侵略に、ソ連中国共産党・国際共産主義勢力による反宗教無神論イデオロギー侵略が加わった。
 日本人共産主義テロリストとキリスト教系テロリストは、日本を破壊・崩壊させる為に昭和天皇と皇族を惨殺する為につけ狙った。
 敗戦後。マッカーサーアメリカ・キリスト教会は、野蛮国日本をキリスト教国家に大改造しようとしたが、靖国神社明治神宮伊勢神宮宇佐神宮など主要神社の焼却廃棄と一子相伝宮中祭祀を廃止できず失敗した。
 一子相伝として天皇にのみ受け継がれる宮中祭祀は、神の血筋を正統に受け継ぐ男系父系天皇のみである。
 国際共産主義勢力とキリスト教団と一部の仏教勢力は、昭和天皇処刑・天皇制度廃絶・天皇家消滅の為に手を組み、日本国内に赤い教師、赤い神父、赤い牧師、赤い僧侶を送り込んで敗戦で自信を失った日本人の洗脳活動を行った。
 しかし、歴史力・文化力・伝統力・宗教力を強く持つ日本民族縄文時代から受け継いできた「八百万の神々」への崇拝宗教を護る為に、排他的不寛容なキリスト教の信仰宗教と「神殺し・仏殺し」を正義とする反宗教無神論マルクス主義共産主義を嫌い日本から排除してきた。
 外国勢力から日本国と日本民族を救ったのは、神の血筋を正統に受け継ぐ男系父系の昭和天皇による全国巡幸であった。
 日本国と日本民族を滅ぼす為には、神話を根拠とする正統な男系父系天皇を消滅させる事であった。
 キリスト教会とマルクス主義者は、天皇制を廃絶し、日本を新たな理想国へと改善する為に、学校教育と新聞・雑誌・書籍そしてラジオ・テレビなどのメディア情報機関の支配を強化した。
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 日本天皇を守ってきたのは、旧石器人・縄文人弥生人倭人と日本列島内のみで乱婚を繰り返して血が汚れた混血・雑種の日本民族である。
 倭とは儒教用語で、文明・文化を持たず、教養・知識のない、人間以下の獣のような未開で野蛮な人間という差別用語である。
 中華の「倭」と西洋の「イエロー・モンキー」「ジャップ」は人種差別用語である。
 日本人に対する蔑称に対して、戦前の日本人は激怒して反発し抗議し名誉と尊厳を守る為に世界的人種差別と戦ったが、現代の日本人は人種差別に対してを争わずむしろ甘受し軽蔑され馬鹿にされている事に恍惚的な喜びを感じている。
 現代の日本人は、「嫌われるのは意識されている証拠で、完全無視されるよりも良い」と考え、「日本は世界で信用され、日本人は世界で愛されている」というウソを信じている。
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 奈良時代の日本人は弱小国ではあっても天皇・国家・民族の名誉と尊厳の為に、強大な中華皇帝に対して粘り強い外交努力で「倭」という差別用語を「日本」とい偉大な名前に変えた。
 朝鮮人は、中華帝国保護国としてへりくだり、中華皇帝に臣下の礼をとり、その褒美として「朝鮮」という国名と暦を拝受した。
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 中世キリスト教会と白人キリスト教徒商人は、日本人を日本人から奴隷として買い取り世界に輸出する事で金儲けをしていた。
 ローマ・カトリック教会は、改宗した日本人キリシタンを奴隷とする事を禁止したが、改宗しない日本人を奴隷にする事は認めた。
 イエズス会などの宣教師は、奴隷として売られる日本人を救うべくキリシタンに改宗させた。
 白人キリスト教徒商人は、宣教師らの妨害で奴隷交易ができないとして、ローマ教皇に日本人キリシタンを奴隷にする許可を求めた。
 豊臣秀吉徳川家康キリスト教を禁教として弾圧し、徳川幕府鎖国で日本人の渡航を禁止した為に、日本人奴隷交易は自然消滅した。
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