⚔37)─3─庶民は統治者不安で、武士は庶民不信であった。~No.161 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 江戸時代の陽気な庶民は政治に興味も関心もなく、好ましい君主とは、善政を行う優れた名君・明君ではなく失政を繰り返す暗君であった。
 日本では、賢く優秀な強いリーダーは嫌い、統治者・武士を信用していなかった。
 江戸文化が華開いたのは、明君・名君の治世ではなく暗君の治世であった。
 大田南畝「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」
 庶民は武士が嫌いで信用せず、武士も庶民が嫌いで信用しなかった。
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 武士は、乱取り、落ち武者狩り、戦場荒らしを行って金儲けする、強欲な庶民を嫌悪し差別した。
 庶民は、乱取り、落ち武者狩り、戦場荒らしを許さない、殺し合いしか能のないぼんくら武士を軽蔑した。
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 武士と庶民の関係は、江戸時代は幕府・諸大名と領民の関係で、明治以降は国家・政府と国民の関係である。
 つまり、両者の間は冷えきっていて信頼・信用など存在しなかった。
 その意味でも、日本は冷たく薄情なブラック社会であった。
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 2020年9月21日 読売新聞「文化
 元々高い『不安感』
 『感染』し自己拡大
 背景に統治者不信
 政治自身も『民意』に迷走
 コロナへの恐れ際立つ日本
 平時から説明責任
 ネット糸口に政治参加
 日本では、新型コロナウイルスへの不安感が、他国に比べ特に高いようだ。そう指摘する2人の社会学者に、背景や構造を聞いた。(文化部 小林祐基)
 池田謙一・同志社大教授らが関わり、約60か国で行った世界価値調査では、日本人の不安感は元々、他国に比べかなり高い。平和なのに戦争を心配し、失業率が低いのに失業をひどく不安視しているといった具合だ。こうした事実を『統治の不安と日本政治のリアリティ』(木鐸社)で指摘した池田教授は、『まったく同じことが新型コロナでも起きている』と話す。日本は死者数や人口当たりの感染者数が比較的少ないのに、各国の新型コロナへの脅威感を数値化して比べると際立って高く、政府の対応には世界最低水準の低評価を下しているという。その理由を『日本人には、統治者は危機にまともに対応できないだろうと考える「統治の不安」があるからだ』とする。
 西田亮介・東京工業大準教授も、『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)の中で、日本では急速に拡大する感染が不安を招き、感染への不安も、SNSなどを通じて『感染』していると指摘する。そして両者が一体となった『感染の不安/不安の感染』が、実際の感染状況とは関係なく、独自に拡大していると説く。それに伴い、感染者数などが比較的少ないにもかかわらず、政府への不信感も過剰に高まっているという。
 他方で政治にも、『不安のマネジメント』に失敗しており、不安の感染拡大を止められていない。理由は『イメージで動く政治が、正体の分からないネット上の書き込みなどの「民意」に過剰に耳を傾けすぎた結果、効果が不明で場当たり的な政策が目立つようになったからだ』と見る。本来届くべき生活困窮者への支援が手薄になったことなど、弊害も大きいという。
 西田准教授は『政治は民意に耳を傾けすぎず、平時から説明責任を果たすことなどが求められる』と話す。また、過去の出来事を正しく理解するなど、社会全体で不安との向き合い方を考える必要もあるとする。そうしなければ有事をすぐに忘却し、次の事態に再び脊髄反射的に反応を繰り返し、不安が高まるという悪循環が繰り返されると危ぶむ。 
 池田教授も『「統治の不安」は、市民が政治に参加し、責任の一端を引き受けることでしか制御できない』と話す。日本人は政治に関与せず、私生活での自己実現を重視しがちだといい、『私生活志向から一歩を踏み出すべきだ』と話す。
 そこで注目するのが、SNSなどネットの有効活用。歌手の星野源さんの楽曲『うちで踊ろう』に多くの人々がコラボ動画を作ったように、ネットが思いがけない政治参加の糸口になることもあると指摘。人々が協調し、お互いさまで社会に関わり合うきっかけを、ネット上にも作ることが大事だとした」
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 日本を3つの力が交わる事なく3すくみとして支配していた。
 人間の欲得に基ずく政治権力と宗教権威そして神話の神聖不可侵に基ずく天皇の御威光であった。
 日本の統治者になるのは政治権力と宗教権威であったが、天皇の御威光はならなかった。
 庶民は、統治者に誰が就任して統治権を振るっても気にはしなかった。
 その実例が、敗戦後にアメリカ軍(連合軍)が占領してマッカーサーが統治者になっても反対し暴動を起こさなかった。
 極端な話し、統治者が犬や猿などの動物でもかまわないし、人ではなくお札(紙きれ)や大きな石や木でも滝などても構わなく、それ故に未来ではロボットやAIを統治者として認めるかもしれない。
 ただし、天皇の御威光だけは日本民族日本人と神の血筋しか認めなかった。
 それは、縄文人からの遺産である。
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 日本は、いい話より悪い話の噂・流言飛語・風説・デマが渦巻く陰険なブラック社会で、噂に尾鰭が付いて誇大な噂は量産されて無責任に拡散され、心ない噂が人々の心を傷つけていた。
 日本人は噂話が好きで、コソコソと囁き合い、話はいい話・褒める話より悪い話・貶す話・陰湿な話が多かった。
 言霊を信じる日本人は、嫌いな相手の悪評を立てて追い込み、最悪の時は相手が自殺するまでデマ・噂を止めない。
 日本人は心優しく相手を思う、はウソである。
 日本人は忘れやすい性格をしている為に、いい話も悪い話もいつの間にか風化し、人の噂も七十五日として忘れてしまう。
 忘れた後は、面白おかしく笑って過ごした。
 日本の歴史とは、そうした日本人達の歴史である。
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 西洋の民衆は、政治に関心が強かった。
 西洋では、自然災害・大火・疫病で被害が発生すると被災者を救済したのはキリスト教会であった。
 政府・領主は、特定の被災者を助けるとそれ以外の国民・領民から依怙贔屓として暴動と略奪が起きる恐れがある為に、公平と平等の為に救済をキリスト教会に丸投げして多額の寄附金を出していた。
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 江戸時代の政治は、『儒教』「泰伯」の「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」であった。
(民=小人には定めた法に従わせる必要があるが、民=小人は教養がなく分別が分からない無知蒙昧な愚か者であるから説明しても法を理解できない以上理を知らせる必要はない)。
 儒教は、徳と器量を備えた一部の聖人君主・権力者・支配者の独占教養とされ、大多数の人民・大衆・民衆を身分卑しい小人と切り捨て救わなかった。
 経世済民の、民とは小人の事ではなく、世とは聖人君主・権力者・支配者の事である。
 日本儒教の解釈と中華儒教(中国儒教・朝鮮儒教)の解釈は、雲泥の差、天地の差ほど違う。
 日本人は、儒教を正しく読めないし真意を汲み取れないし本意を理解できない。
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 江戸時代の武士は、庶民は1施(ほどこ)すとさらに2つ3つとたかってくる強欲だとして嫌い、御政道(政・政治)の御沙汰を知らしめても馴れ合う事を避けた。
 日本の統治者は、庶民を信用していなかった。
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 庶民にとって生きる事が最優先で、御政道などに関心も興味もなく、自分の仕事や家族の生活を邪魔しなければ如何でもいい話であった。
 庶民は統治者不信から、本音と建前、面従腹背で、「ご無理ご尤も」と従っている振りをしていた。
 自然災害・大火・疫病で悲惨な状況になり苦境に追い込まれても、あえて御公儀(幕府や大名)に助けてもらおうとは思わず、まず自助として自分で出来る事を、次に共助で皆でやれる事をやり、どうしようもないときは御公儀の公助に頼った。
 庶民は、最初から負んぶに抱っこで御公儀に助けて貰うと後々がうるさいく煩わしいと嫌った。
 只(ただ)より安い物はないと言うより、只より高いものはないとして、只ほど怖いモノはないとして御公儀の公助は極力頼らなかった。
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 日本社会においては、自然災害・大火・疫病で被害が発生するや頼るべきは自分と家族しかいなかった。
 日本は、自己責任・自助努力・自力救済が原則であった。
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 日本民族日本人は、御上の政治権力や神仏の宗教権威を本心から信じてはいなかった。
 その為、政治の法津や宗教の戒律に関係なく自主的に行動する。
 その証拠が、コロナ時の自主規制・自粛である。
 自主規制・自粛の原動力は、見えない物に対する怖れであり不安である。
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 明治維新会津戦争において、会津藩は官軍と戦って勝てない事が分かっていても、武士・足軽・小者までの全身分が、老人・女性・子供に至るまで藩の禄(藩の禄・家禄・俸禄)を食んで生きてきた者は、主君の為に死を覚悟して戦った。
 が、領民(百姓や町人)は、「おらが殿様」を助ける為に戦わず、我が身大事、命あっての物種、として蜘蛛の子を散らすように逃げ、山の上など安全な場所から殺し合いを眺めていた。
 明治維新が、世界史的時代変革期の革命のように大量の犠牲者を出さなかったのはこの為である。
 明治新政府(官)は、如何に善政を行って庶民(国民)に恩義を与えても、庶民(国民)はいざとなれば裏切り・見捨てる薄情さ秘めていると再認識した。
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日本人の考え方 世界の人の考え方: 世界価値観調査から見えるもの