🌈55)─1─江戸文化はアバター文化・変身文化であった。本業と副業。一つの本名と複数の名前。~No.88No.89 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 江戸時代の人々は、多様性・柔軟性・流動性で本業よ副業の仕事に合わせて複数の名前を名乗り使い分けて生きていた。
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 日本文化は変身文化である。
 江戸時代の日本人は、武士も百姓も町人も他者に変わる事を「粋」「伊達」そして「雅」として楽しみ、遊んでいた。
 自分でない者に一時変身し、その瞬間を楽しみ、その時を遊ぶ事が、江戸文化であった。
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 日本民族日本人は、多重人格ではないが、性格が異なる幾つかの分身を心の中・頭脳の中・思考回路の中に潜ませ、その分身を状況に合わせて出し入れしながら精神の均衡を保ち平常心を持って生きてきた。
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 日本民族日本人は、死んだら、霊魂は仏として供養され、魂は神として祀られる。
 氏寺・檀家寺。氏神神社
 祖先神・氏神の人神崇拝。
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 キリスト教において、人は聖人や福者教皇になっても神にはなれないし天使にもなれない。
 中華儒教において、人は聖人君主、皇帝になっても天・天帝にはなれない。
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 日本の障害者・弱者は、商売繁盛・千客万来の神として祀られている。
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 ウィキペディア
 アバター
 語源
 サンスクリット語のアヴァターラ(avataara ?????)は、インド神話や仏教説話の文脈で「(神や仏の)化身」の意味。「アバター」は、その(もしくはヒンディー語形アヴタールを英語表記したavatarの)西洋風の読み方で、概念が似ていることからネットワーク用語として転用されたもの。
 なおネットワーク以前には、コンピュータRPGウルティマ』シリーズにおいてプレイヤーが操作するキャラクターを「アバタール」と称した用例がある。
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 2019年1月11日 朝日新聞「法政大学×朝日新聞 朝日教育会議
 自分の多様性 社会を変える
 江戸文化は多くの小規模な共同体が担い、個人は異なる名前を使い分けた。現代ではネット上に第2の自分『アバター』をつくり、交流している。法政大学は、第13回となる朝日教育会議を企画。江戸時代から現代へと通底する日本人の共同体と個の関係を、多様性『ダイバーシティー』という切り口から探った。
 基調講演
 江戸時代 文化を深めた『複数の私』 田中優子
 法政大学は『ダイバーシティ宣言』を掲げた。多様性を認め合う社会。そこへ向かっていく為の一助けとして『複数の個人』、すなわち『アバター』というものの存在に注目してほしい。
 アバターとは元々、インド神話の神様・ビシュヌ神の異なる100の化身のことだ。最近は、ネット上のコミュニケーションツールの1つとして、ユーザーの分身となるキャラクターのことを呼ぶ。
 本日は『江戸文化とアバター』と題し、江戸時代を現代世界へ通じる社会としてとらえ、未来を考えたい。
 江戸時代には『連』というものがあった。何かを創造するとき、人々は何人かで集まっていた。
 例えば浮世絵。江戸中期以降に世界最高の色彩印刷技術を持つようになった。これは、連の新しい技術開発が功を奏したからだ。連は適正な規模で保ち、組織化しない。大きくても20人以下。1つの組織が大きくなるのではなく、小さな組織が増えていく。リーダーはいるが、コーディネーター的な役割を受け持った。おカネではなく何かを一緒につくるために動き、他の連とも交流していく。存続を目的とせず、つくり終わったら解散。いろいろな年齢、階層、職業が交わる。特徴的だったのが『多名』。一人が多くの名前を使い分けた。『個人の中の複数の私』という様々な能力を、それぞれ個別のものとして名づけていたのだ。
 例えば、ある武士は幕臣として仕事における役割をこなしつつ、他の名前を用いて、通常の仕事とは事なる様々なものに属する自分を存在させていた。
 日本中に『連』『社』『組』『座』などという、『仕事ではない組織』がたくさんあり、それらに属する狂歌師や画家などといった自分が複数いる構造だった。
 町人も同様。たばこ入れ屋の旦那だった山東京伝は、浮世絵師、作家、狂歌師でもあり、様々な名前を持っていた。浮世絵師としては北尾政演という名前で絵を描き、漫画本である黄表紙の作者として何冊も出している。『御存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』では、夢の中という設定で、黄表紙のライバル『黒本』『赤本』が人間になって活躍する。本が作家自身の複数のアバターと化し、自分とは別の存在になっていろんな展開をしていく。単なる擬人化をしていくより、むしろアバターといっていい。
 最たるものは落語だ。落語家は一人で何役も演じる。例えば『粗忽(そこつ)長屋』。熊五郎が行き倒れた『自分の死体』を抱き上げ、『抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺はいったいだれだろう』。奇妙な落語だが、人が簡単に分裂しても平気な世界。江戸らしい。
 江戸の社会には非常に多様な人々がいて、それが『普通か』『普通じゃないか』という分け方はしなかった。落語の演目の中にもダイバーシティーな存在があった。そんな江戸文化のアバターと、現代のネット世界のアバター。それらは時代を超えてつながる存在、まさにダイバーシティーだ。
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 講演
 仮想世界のアバターが示す豊かな世界
 仮想世界の『分身=アバター』が、豊饒(ほうじょう)な世界を表現することもある──。『アバターで見る知の多様性』と題し、池上英子・米ニューススクール大学大学院社会学部教授が講演した。
 ……
 池上さんは実は江戸文化も研究している。西洋の個人主義と異なる、しなやかで自由なアバターの分身主義に引かれてたという。アバターの世界に映る多様性を知るようになれば、自分の中にある、世間にはまらない部分を発見できる。池上さんは『そこを肯定していけば、もっと気楽に伸び伸び生きられるはず』と力説した。
 多様性とはこれまで、文化や人種、ジェンダーなどで様々な価値を発見することだった。『いま、多様性を創造性とリンクしていることを痛感している。一番のフロンティアは我々の頭の中にある。人間のインテリジェンスの多様性に可能性を見いだし、目を向けてもよいのでは』という。
 江戸とアバター。テーマを最初に聞いたとき、どこに接点があるだろうと戸惑った。うまく話を盛り上げ、結論めいたところに着地できるだろうか、と心配になった。
 でも杞憂だった。3人のパネリストの話は、多様性という言葉でぴったり重なった。田中さんによると、江戸時代は、一人の人間がいくつもの顔を持つ時代だった。家にいる自分、俳諧などさまざまな趣味の世界にいる時の自分。名前も変え、一人なのに多様な自分を生きた。
 自閉症の人がネット上でアバターを操って別の自分になることを池上さんは研究している。多様性を持つことで生きづらさをやわらげるところは、江戸の時代とよく似ている。
 ……(一色清)
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 パネルディスカッション
 パネルディスカッションでは『江戸から未来へ』をテーマに掲げ、多様な人々の第2の自分『アバター』の可能性について探った。
 落語に生きやすさのヒント 柳家花緑
 社会との接点使い分け調和 池上英子
 1つの役割に固執する現代 田中優子
 ──まず、第3部からご登壇の柳家花緑さんからひと言。
 花緑 池上さんに『落語そのものがアバターですよね』と言われた。いろんな人間になるということは、既に自分の中にアバターを持っているのかもしれない。新しい視点だった。私は発展障害(識字障害)がある。障害のことを私が知ったのは2013年の夏。自分が社会性に劣るという意識を常に持ちながら落語家として活動してきたが、自由を手に入れたような気持ちになった。
 ──いろんな自分を名乗った江戸時代の『連』は、どうして廃れたのでしょう。
 田中 『自己統一性』や『近代的な自我』、一人の自分に統合しなければならないという価値観が生まれたのだろう。現在は自己責任の時代。1つの役割に固執し、『自分は自分でいなくちゃ』という社会になってしまった。
 ──落語の粗忽者や与太郎は結構愛され、社会の潤滑油的な存在として描かれています。
 花緑 『粗忽長屋』は私の祖父・小さんの十八番。江戸の人たちが彼らを受け入れていた事は確か。しかも、それを『いじめ』ではなく、『バカだなあ、お前は』と笑い飛ばしている。
 田中 与太郎の話によく出てくるのは、恵むことではなく『あいつ、てょっと仕事させてやろうか』という助け方。格差は当然あるが、みんな働いていきいきとしている。腕のいい職人は尊敬されていた。現代の私たちの価値観は、どちらかというと収入に重きを置く。そこが違う。
 ──アバターについて、自閉症の人たちがその世界で自然に振る舞えるのはなぜでしょうか。
 池上 自宅の心地良いソファの上でコミュニケーションできるから。もう一つは、アバターは今のところ表情をあまり変えられない。彼らの中には、表情を読んだり目を見たりするのが苦手という人がいる。表情の変わらないアバターの世界では、コミュニケーションが平等になる。
 ──池上さんの講演に『いろんな自分がいるけれども、上手にスイッチしていくことが大事』とありました。どういうことでしょうね。
 池上 私たちは生活の中に、趣味や仕事など、いろいろなアバターを社会との接点で使い分けている。そのスイッチを上手に切り替えたり、場を選んだりすることもできる。全体の調和がとれるよう、コントロールしながら切り替えていくというのが、人生そのものかなと思う。
 ──江戸時代には地方ごとに特色があり、独特の文化がありました。今、どうも日本は世界一律という解釈で、教育もそのように進めていますね。
 田中 法政大学は『スーパーグローバル大学』として進めていく際、『ダイバーシティ宣言』をした。グローバルとダイバーシティーは表裏一体。日本のなかでも地域の違いがある。その素晴らしいさを見つけながら、『国際化とは多様化だ』という意識を持っていくことが大事だ。
 ──それを、どう未来へつなげたら、私たちの社会に良いのでしょうか。
 田中 江戸時代の文芸・文学者たちは平安時代の名前を名乗った。つまり別の時代に飛びたい。どんな時代の人も思うのだろう。時代、空間、役割、いろいろな『別の』、今の自分じゃない要素を持つことにより、より良い生き方ができるかもしれない。自分のなかの多様性を存分に生きるという感覚だ。
 池上 未来のために、どんな才能や認知の特性、文化の資源がいいのかなど、誰にも分からない。一つの方法としては、ダイバーシティーを担保することだ。ダイバーシティーを認める社会なら、どこかで化学変化が起き、それまで大事だと思っていなかった特性が生きる社会になる。
 花緑 みなさんも落語をやってみればどうか。自分の中のいろいろな人間に悩みを言わせ、文字にしたものを改めて演じてみると発散になり、違う視点が生まれるかもしれない。これからの時代、落語じゃないですか、みなさん。オチをつけ、笑い飛ばせれば、混沌とした世の中にも生きやすくなるかもしれない。」
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 大谷大学アバター
 門脇 健(教授 哲学)
 「アバター?そんな言葉は私の生活の中にはないぞ!」と読者諸賢がご立腹なさるのももっともである。「アバター」なる言葉は、この世ではなくあの世の生活に関係する言葉だからである。しかし、あの世といっても死後の世界ではなく、インターネットやゲームなどの「仮想世界」のことである。その仮想世界で、この現実世界の「私」の分身をつとめるキャラクターを「アバター」と呼ぶのである。細田守監督のアニメ『サマーウォーズ』で描かれていたのをご存じの方もおられるであろう。小説でも、たとえば『吾輩は猫である』の苦沙弥先生と猫も作者・漱石の「アバター」と言ってもよいであろう。
 この「アバター」(avatar)はサンスクリット語のavat?raを語源とする。仏教漢語の「権化」「化身」に対応する語である。つまり、真の世界の存在が仮の人間界に現れる姿をアヴァターラと呼び、ヒンドゥー教では、この世に現れたゴータマ・ブッダヴィシュヌ神の十のアヴァターラのうちの一つとしている。生身のブッダはこの仮の世に送りこまれたアバターだったというのである。
 しかし、現在アバターという語を使うとき、インド的世界観とは逆転して、この世の人間界が真の世界となっている。あるいは、人間界が自らを真の世界だと主張して、そこから新たに仮の世界が構築したと言うべきかもしれない。いずれにせよ、真と仮の区別があると、この私の住まう世界こそ真の世界だという覇権争いが起こる。人工知能がインド的なキャラクターをまとうアバターとなって仮想世界から現実世界を攻撃する『サマーウォーズ』は、仮と真の覇権闘争を描いたものであった。
 おそらくそのような問題に気付いていた大乗仏教は、そこから空、中観そして一如ということを主張した。親鸞は次のように述べている。「すでにもって真仮みなこれ大悲の願海に酬報せり」(『教行信証真仏土巻)。真の仏土そして仮の方便化身土は一如なる大悲の願から展開されているというのである。真仮のどちらか一方だけが真実というのではない。大悲の願はこの二つを超え包んでいる。本体もアバターも超え包んでいるのである。」(『文藝春秋』2012年10月号)
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 江戸時代は本職での収入が乏しかった為に、幾つものの副業を持って生活費を稼いでいた。
 本業と副業を区別する為に、副業では本業で名乗る本名とは別の名前を名乗っていた。
 副業は隠れてするのではなく、堂々と表に出していた。
 つまり、本業を怠りなくやっていれば副業は構わなかったのである。
 本業を安月給だからとして疎かにして高収入の副業に精を出す事は、人としてあるまじき行為として、半人前の半端者として軽蔑された。
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 江戸時代の人間は、「名は体を表す」を信じていたが、だが家名に価値を持たず、姓名には無頓着であった。
 この点において、日本人と中国人や朝鮮人は違い、儒教における「名を惜しむ」の解釈も違う。
 日本人は、親を馬鹿にされ、親が付けてくれた名前を貶されると怒ったが、先祖代々の家名を何だかんだと言われても気にはしなかった。
 日本人にとって大切にするのは、家族・人であって家名・姓名ではなかった。
 何故なら、家名や姓名は取り換えられるが家族や人は取り換えられないからである。
 故に、江戸文化の中に養子文化がある。
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 江戸時代の日本は、現代日本とは違い、当然の事ながら中国や朝鮮とも全く似ていない。
 日本文化とは、日本民族日本人が生み出した一民族だけの孤独な文化である。


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