⛩242)─1─グリーフケア。悲しみを受け入れ、悲しみとともに生き、悲しみを克服する。〜No.493/       

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   ・   ・  【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】 ・   
 日本にはない、日本人に欠けていた数多くの素晴らしいモノ、優れたモノは、全て海の外から伝わってきた。
 日本から海の外に伝えたモノは、それ程なかった。
 日本とは、日本民族日本人とは、その程度で、優れてはいなかったし、秀でていたわけでもなく、賢くもなかった。
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 2019年5月24日号 週刊朝日「週刊図書館
 書きたい人
 島薗進 『ともに悲嘆を生きる グリーフケアの歴史と文化』朝日選書
 悲しみを克服するというより
 悲しみとともに行く
 人は大きな悲しみをどう受け止めてきたのか。明治以降の悲嘆の文化を災害、文学、歌などから捉え直し、近年の新たな動きまで展望するのがこの本だ。
 題名の『グリーフケア』とは、悲嘆(英語でグリーフ)を抱える人に寄り添い、支援することを指す。
 『いちばん重い悲しみは、大切な人が亡くなった死別の悲しみだと思います。日本にはお墓参り、お盆の行事など、ともに悲嘆を分け合う文化がありました。重要なのは、ともに、という言葉です』
 一人ではなく誰かと共有することで力が与えられる。昔は血縁、地縁のある人たちが集まり、宗教的、民俗的な儀式を行った。しかし、個人主義の時代になると宗教に距離を感じる人が増え、ともに悲嘆を受け止めることが難しくなってきた。
 同時にグリーフケアという言葉が生まれ、悲しみの受け止め方が課題として浮かびあがっている。
 『イギリスの社会人類学ゴーラーは、すでに1960年代に、うまく悲しめない時代になったと言っています。それを私たちのこととして考えてみたい。みんながなぜグリーフケアに関心を持つようになったのか』
 日本では90年代半ばから、遺族会のような分かち合うための集まりが目立つようになったという。東日本震災の被災地を回った『カフェ・デ・モンク』は、僧侶がコーヒーを提供しながら被災した人の話を聞くという、新しい形のグリーフケアだった。島薗さんは、今後も新しい会やケアが広がっていくともている。
 本書では、悲しむ人への『よいアプローチ』『悪いアプローチ』も紹介されている。そもそも、悲しみはないほうがいいのでは?
 『悲しむことで人は成長し、生きている意味を再確認する。なくしたものの大切さを実感できる。悲しみを乗り越える、克服するというより、悲しみとともに行く。フロイトは、喪は心の仕事だと言っています』
 亡くなった人への感謝、恨みなどを思い返し、自分のあり方を問い直す。よりよく生きるために不可欠な『仕事』だというのだ。その人に向けていた愛を別のところに向け、自分の世界を再構築する機会でもある。
 ……
 『一人一人の悲しみをどう癒やすか。グリーフケアの歴史を振り返ることで、今の課題が見えてきます』
       仲宇佐ゆり」
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 日本民族日本人は、自分一人だけが助かる為に、逃げる時は周囲の者、誰彼関係なく決して助けず一人だけで逃げた。
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 日本で頼れるのは自分一人だけで、他人などは助けにならない。
 自己責任、自助努力、自力救済。
 甘えは許されず、依存は拒否された。
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 日本民族日本人には、哲学・思想・主義主張が理解できず、個性の強い宗教を嫌った。
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 日本民族日本人とは、良い事も悪い事も忘れてしまう忘却の民族である。
 忘れる為に、よく笑い、よく詠い、よく踊り、そして狂ったように働き、ヘトヘトに疲れて死んだ様に寝た。
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 日本民族日本人は、御上、強者、勝者に卑屈なまでに媚び諂い、弱者や敗者に冷たい。
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 日本を支配しているのは、自業自得という空気・空気圧・同調圧力である。
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 日本グリーフケア協会
 悲しみへの準備はできません
人は病気や悲しみについてなど自分の世界観が変わるほどの変化や不都合なことへの対応は後手後手となりがちです。これはしかたがないことであると思います。自分が重病に・不治の病に陥った時のことを想像はできますが、それが日常となってしまった時のことまでは想像が及ばないと思います。当然、心の準備は無いに等しいです。天災のような場合以外には、同境遇の仲間は見つけにくいです。大抵は、自力で乗り越えることになりますので、容易ではありません。
 心理的、社会的に遺族が孤立しないように支援体制が求められるところです。悲しみへのケアがあると、早期に自分の混乱とその整理、亡くなった方の生きた意味・自分の生きる意味、人生の意義などに気づくことができて、前向きに人生を捉えなおすきっかけとなるでしょう。

 グリーフGrief とグリーフケアGrief care
 喪失と立ち直りの思いとの間で揺れる時
 死別を経験しますと、しらずしらずに亡くなった人を思い慕う気持ちを中心に湧き起こる感情・情緒に心が占有されそうな自分に気づきます(喪失に関係するさまざま思い:「喪失」としてまとめます)。また一方では死別という現実に対応して、この窮地をなんとかしようと努力を試みています(現実に対応しようとする思い:「立ち直りの思い」としてまとめます)。この共存する二つの間で揺れ動き、なんとも不安定な状態となります。同時に身体上にも不愉快な反応・違和感を経験します。これらを「グリーフ」と言います。グリーフの時期には「自分とは何か」「死とは…」「死者とは…」など実存への問いかけをも行っています。
 このような状態にある人に、さりげなく寄り添い、援助することを「グリーフケア」と言います。

 人生における危機を、回復をもたらす力(レジリアンス)となる転機に
大切な人を亡くした時の悲しみが、深く複雑なものとなりやすい現代に生きる私達です。それは悲しみに寄り添う人の存在感が薄れたためです。
 実際、死別経験者は、感情にふたをしてしまい十分に悲しむことができずに、長年にわたる未処理感を燻(くすぶ)る人と、また一方では、予想を超えるような感情のゆさぶりに苦しむ人々がいます。今後は後者のような方が増えていくかもしれません。
 この苦痛の期間とは、まさに“人生危機”の時期にあたりますが、キチンと対処がなされれば、発想や生き方までも変えうるような個人のパラダイムシフトへとつなぐエネルギーを秘めてもいる大切な時でもあるのです。
 死別を経験しグリーフに陥り、突然不慣れな環境におしこまれた時に、じっくりと繰り言を傾聴してくれる人、さりげなく寄りそうサポート・ケアは大変心強いものです。サポートにより自ら進むべき道を確認するきっかけになります。これらの援助を「グリーフケア」といいます。人生の節目において、「苦境はチャンスだった」と後々思えるようにお力添えができるケアを目指したいと考えております。

 グリーフの反応
 人間は「生老病死」という宿命から免れることができない以上、いずれは「愛別離苦」という愛する人の死に遭遇します。配偶者、子供、両親、兄弟姉妹など、生きる時間を共有してきた大事な人を失うと、深い、どうしようもない悲しみに包まれます。
 深い悲しみがストレッサーとなり、様々な不調をもたらします。
 心(精神)的な反応
 長期にわたる、「思慕」の情を核に、感情の麻痺、怒り、恐怖に似た不安を感じる、孤独、寂しさ、やるせなさ、罪悪感、自責感、無力感などが症状として表れます。

 身体的な反応
 睡眠障害、食欲障害、体力の低下、健康感の低下、疲労感、頭痛、肩こり、めまい、動悸、胃腸不調、便秘、下痢、血圧の上昇、白髪の急増を感じる、自律神経失調症、体重減少、免疫機能低下などの身体の違和感、疲労感や不調を覚える。

 日常生活や行動の変化
 ぼんやりする、涙があふれてくる、多くの「なぜ」「どうしよう」の答えを求められ、死別をきっかけとした反応性の「うつ」により引きこもる、落ち着きがなく なる、より動き回って仕事をしようとする、故人の所有物、ゆかりのものは一時回避したい思いにとらわれますが、時が経つにつれ、いとおしむようになるなど
 以上のような症状は、混在して、それも時をかまわずして起こります。さらに困ったことには、きっかけさえあれば、何年か後に再発することもあるのです。恐らく、グリーフという根の深い事柄だからこそなのでしょう。

 悲嘆にまつわる主たる日本人の反応
 グリーフ(悲嘆)のプロセスとは、喪失と立ち直りの思いそれぞれとを天秤にのせた心の動きをします。一日のなかでも上下し、さらに回復に従い週・月単位などで変化させつつ進んでいくと考えるのが適切です。回復に従って動きが鎮静化に向かいっていきます。また文化・社会宗教的、時代によって異なることを考慮してはじめてぴったりした悲嘆の反応が理解できます。
 これまで段階的、位相的な経過をたどるとされてきましたが、ショック期の後をいくつかの段階に分けることや位相のように重なるというよりも、より悲嘆にくれる人を納得させるでしょう。
 筆者の研究によると日本人に特徴的な死別の主たるものは、(1)亡くなった人を思い起こし・愛しい・恋しい思いに占有される「思慕と空虚」、(2)人と違ってしまったような気後れ感覚に代表される「疎外感」、(3)何もやる気がしないうつにそっくりな「うつ的不調」、そして(4)自分を奮い立たせようとする「適応・対処の努力」などの代表的な反応がみられます。
 4つは、喪失と立ち直りの思いに分かれて天秤に乗ります。

 悲しみを癒すためには
 1. グリーフにより起こることについて知識をもつこと。…おおよその一般的症状(反応)、悲嘆の期間など。 
 2. 充分に悲しみ、何らかの方法で悲しみを表出して行きます。
受け止めてくれる人の存在や自ら悲しみを整理して行く作業が必要です。信頼できる場での心の解放、悲しみを癒すための機会創出、システマティックな心の整理を行うことによって、グリーフを軽減させることができます。
 3.時には、人の情けや助けをすなおに受け入れましょう。また、人さまの力をお借りしましょう。そしていつしか人生のなかでお返ししようと言う思いを失わずに生きてみましょう。
 
 複雑な悲嘆について
 悲嘆は死別後にみられる深刻ではあるけれども、あくまでも正常人に発生する正常反応と考えられています。
 以前には病的悲嘆と呼称されていた遷延的悲嘆、慢性悲嘆、回避的悲嘆、遅発性悲嘆,誇張的悲嘆、仮面的悲嘆など、さまざまなバリエ―ションの存在が知られてきました。それらは“複雑な悲嘆”に統一されつつありましたが、2007-2009年には正式に「複雑な悲嘆Complicated Grief」とされました。 そしてアメリカの精神医学会は、診断基準をさらに深め、2013年には継続性のある複雑な悲嘆Persistent Complex Bereavement Disorder:PCBDを付け加えています。
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 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
 グリーフケア
 ぐりーふけあ
 grief care
 配偶者や子供、親などの家族、親しい友人などと死別した人が陥る、複雑な情緒的状態を分かち合い、深い悲しみから精神的に立ち直り、社会に適応できるように支援することをいう。グリーフgriefは深い悲しみや悲嘆を意味する英語で、悲嘆ケアや遺族ケア(bereavement care)ともよぶ。落胆や絶望体験を伴う遺族などのグリーフには、多くの場合、ショック期、喪失期、閉じこもり期、再生期という回復までの段階があり、この過程をグリーフワークgrief workやモーニングmourning(服喪)ワークという。このような精神状態は正常な心理反応であり、自然に回復する過程をとるが、これが抑圧されるなど正常に行われないと、病的悲嘆という、精神や身体的な疾患を伴って長期化することがある。
 日本では2005年(平成17)4月25日に起こった西日本旅客鉄道福知山線脱線事故を機に、グリーフケアが一般に知られるようになった。事故の遺族に対する継続的な取り組みの一環として、2009年聖トマス大学兵庫県尼崎市)に日本初のグリーフケア専門の教育研究機関、グリーフケア研究所が、JR西日本あんしん社会財団の寄付により設立された。同研究所は2010年に上智大学(東京都千代田区)に移管された(研究所の所在地は大阪市北区上智大学大阪サテライトキャンパス内)。
 アメリカやイギリスでは、患者をみとった病院に遺族が死後も定期的に通い、現状に沿って医師やグリーフアドバイザーから助言を受けることが浸透している。日本では長い間にわたり、近親者や近隣住民との密着した人間関係、仏教の存在などによって悲嘆が癒やされてきたと考えられるが、このような慣習が急速に薄れ、核家族化や都市化が進んでいる現代では、悲しみに寄り添う存在や代替となるケアが求められている。[編集部]
 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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 知恵蔵miniの解説
 グリーフケア
 近しい人と死別した人が悲嘆(グリーフ)から立ち直る過程を支援する取り組み。1960年代に米国で始まったとされ、その後、欧州に広がった。日本では2005年に起こった西日本旅客鉄道福知山線脱線事故を機に一般に知られるようになり、医療機関市民グループなどで実施されている。子どもや親、配偶者、友人など身近な人を亡くすと、人は様々な心理的・身体的症状に見舞われるが、徐々に故人の死を乗り越え、新たな環境に適応していく。グリーフケアではこの過程に寄り添い、相手の感情や行動を認め、親身に話を聴く姿勢が重要とされる。(2014-11-19)
 出典 朝日新聞出版知恵蔵miniについて 情報
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 日本の素晴らしいモノの多くは、海の外から日本に伝来したモノであった。
 日本発祥、日本縁のモノは、ほんのわずかなモノにすぎない。
 日本民族日本人には、何もない所から何かを生み出す創り出すという独創性や創造性はなく、閃くという発想力が乏しかった。
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 日本人は自責の念が強く、死者・犠牲者に対して生き残った事に罪悪感を抱き、生き残った事に狂ったように自分を責め苛む事が多い。
 日本人は、その対処法として「忘れる」事を心掛け、「言霊」を信じて過ぎ去った事を口に出さず思い出さなければ綺麗サッパリ消えてなくなる。
 なかった事にすれば、なかった事になる。
 嫌な事を忘れる為に、笑い、詠い、踊った。
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 日本は、甚大な被害と夥しい死者を出す自然災害の多発地帯であった。
 日本民族日本人は、古代から、頻発する恐怖の自然災害にいつ殺されるかと脅えながら生きてきた。
 江戸時代は、自然災害の他に絶える事のない人為的な大火で苦しめられていた。
 数多くの自然災害の中で最も恐怖したのは、万単位の餓死者を出す飢饉と病死者を出す疫病であった。
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 歴代天皇は、国の平和、社会の安寧、国民の幸せを祖先神=天皇霊と日本の神々に祈った。
 権力者・支配者・為政者は、支配体制が崩壊しない為に、被災した弱者を助けるべくあらゆる手段を講じた。
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 江戸時代の第5代将軍徳川綱吉は、捨て子、捨て病人、行き倒れなどの弱者救済を生類憐れみの令として強制した。
 歴史教育において、徳川綱吉は一番評判が悪く、「犬公方」として嫌われている。
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