⚓393)─2─外敵のいない平穏な時代は美の源氏物語、外敵の侵略に脅える時代は義の万葉集。〜No.927/     

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   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 平安時代の「源氏物語」は、雅な美を求める手弱女(たおやめ)ぶりである。
 奈良時代の「万葉集」は、清い義を求める益荒男(ますらお)ぶりである。
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 日本の最高神は、天皇家・皇室の皇祖である女性神天照大神である。
 それ以外でも、女性神は主要な神様として多くの男性神をその「徳」で従えている。
 男達を鼓舞し、奮い立たせ、戦場に送り出したのは女達であった。
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 アメリカ、GHQ(ユダヤアメリカ人マルクス主義者)は、日本改造の為に昭和天皇天皇制度を利用したが、最終目的は皇室の消滅であった。
 皇室消滅の手段は、日本国憲法天皇条項、皇室典範の通常法律化、皇室経済法と皇室資産没収、11宮家の皇籍剥奪と直宮家以外の皇族追放、男系男子相続の徹底であった。
 その皇室消滅計画の実行の為に洗脳されたのが、戦後の高学歴出身知的エリートである。
 左翼・左派・ネットサヨクなどの護憲派反戦平和市民団体、天皇制度反対派そして反天皇反日的日本人などは、アメリカが仕組んだ皇室消滅計画を遂行する日本人達である。
 その効果が現れ始めたのが、1980年代後半からであった。
 その効果が目に見え深刻化し始めたのが、2000年頃からであった。
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 天皇制度は、古代から慣習法に基づき血筋・血統の家族制度、統治の政治制度、祖先神・氏神の宗教制度の均衡で存在していたが、現代では象徴という存在するだけの制度とされた。
 最終的には、政府が適当な人物を指名し、議会が審議して承認し、国民世論が好き嫌いの人気で受け入れる、特定の血筋・血統を正統性としない人為的制度に改造されていく。
 天皇霊は、天照大神の血筋・血統である皇族のみが心・命・魂、身体と血で受け継ぐものであって、如何に能力や才能や人気があろうとも血が繋がらない赤の他人では不可能である。
 霊性の正統性は、特定の血筋・血統の中から生まれる。
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 熱烈な勤皇派・尊皇派つまり日本男子=益荒男は、下級武士、貧しい庶民(百姓や町人)、身分低い芸能の民(歌舞伎役者など)、差別される賤民(非人や穢多や乞食)と部落民(山の民・川の民・海の民)など社会の底辺を生きる人々であった。
 故に、日本では地獄の虐殺を引き起こすイデオロギー革命、易姓(徳)革命、宗教革命などは起きなかった。
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  2019年6月 WiLL「地球賢聞録 馬渕睦夫
 令和の時代精神は『八紘一宇
 伝統への復古
 4月1日、新元号『令和』が発表されました。世論調査などによれば、令和に対する国民の支持は80%を超えています。……これらは、新しい御代に対する期待の表明であり、国民が新元号に新しい風を感じていることを示すものといえます。それは、平成の重い苦しい時代とは違った明るい世の中になるのではないか、という無意識的な願いの表れともいえるでしょう。
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 従来のように中国の古典から引用するのではなく、わが国の古典である『万葉集』から元号が取られたことは、国書に対する敬意の表れでもあり、伝統精神への復古です。国難を克服し、改革を遂行する道は復古であるとの、わが国の伝統的知恵に従ったともいえます。それゆえに、明るい時代の到来は、私たちが復古の精神を発揮するかどうかにかかっているといっても過言ではありません。」
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 天皇位とは、中華帝国、中華皇帝からの独立宣言である。
 元号とは、中華文明圏、中華儒教との決別表明であり国家の施政方針である。
 日本民族日本人は、天皇元号で日本国を樹立させた。
 日本は、臣下の礼法国・従属国の道を選んだ惨めな朝鮮とは根本的に違うのである。
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 日本の季節や時間を支配しているのは、天皇・朝廷ではなく自然である。
 日本の元号・暦(こよみ)・時の鐘は、正業の農耕漁労の作業を間違いなく行う為に季節や時間を見える化したものである。
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 西洋の暦と時間は、大陸の正業・牧畜、副業・農耕に合わせてつくられている。
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 中世キリスト教会と白人キリスト教徒商人は、日本人を奴隷として売買して大金を稼いでいた。
 ロシア人共産主義者中国共産党は、日本人、特に逃げ惑う非力な女性や子供を虐殺した。
 キリスト教朝鮮人テロリストは、日本人共産主義者テロリストと同様に昭和天皇や皇族を殺そうとつけ狙っていた。
 共産主義者マルクス主義者)は、大虐殺を伴う暴力的共産主義革命を日本で起こそうとしていた。
 国際派現代日本人は寛大にも、日本をグローバル化させさらなる発展の為には必要な犠牲であるとして、売られていった日本人の想いは無意味・無価値でるとしてゴミのように捨て、日本人の人権を踏みにじった非人道的な彼らの罪を不問に付している。
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 現代日本で、日本民族日本人ではない所属不明で得体の知れない日本人が増え始めている。
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 2019年6月号 Hanada「蒟蒻(こんにゃく)問答 堤堯/久田紘之
 『令和』決定3つのキー・ポイント
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 西暦主義派は統制狂
 編集部 共産党の志位委員長は元号制度について、『もともと君主が時間も支配するという思想に基づいたものだ』と批判していました。
 社民党の又市党首は、『命令』の『令』を使ったことで『安倍政権が目指す国民への規律、統制の強化がにじみ出ている感が否めない』との見解を示し、『元号とは、古代中国において帝王が時間を支配する』と。
 久保 批判している連中は、西暦(キリスト暦)を世界普遍の暦(こよみ)だと錯覚しているのかな。村松剛によれば、タイには仏教暦、イスラエルユダヤ暦といったとうに、世界には50を超える暦がある。西暦だってキリスト教紀元(キリスト降誕の日)については12月25日のクリスマスの日だと日本では思われているけど、エジプトのコプト派ではキリストは1月7日生まれ、アルメニアは1月19日が降臨祭です。
 福田恆存は、西暦を推奨する論者を『近代化、西洋化、国際化という明治以来の拝外心理の現れであり、合理主義どころか、実はすこぶる安直な便宜主義、画一主義に他ならず、統制狂に通じるものだ』と批判しています。つまり統制狂は安倍ではなく、又市ら西暦主義派のほうということですよ。
 君主の時間支配云々(うんぬん)と言うけれど、朝廷がもっとも衰微(すいび)していた時代でも皇室は最低限、年号(元号)を通じて国民の生活に具体的に結びつき、国民もそれを受け入れた。それは、元号がその民族の歴史・文化の一番の根本、つまり時間感覚、歴史感覚、生活感覚に繋がっていたから。たとえば明治生まれとか大正、昭和、平成生まれと聞くだけで、その人々のおよその年代的な感じがわかる。津田左右吉によれば、『ヨーロッパでもビクトリア時代とかエリザベス時代といって形でその時代相を表現する場合がすくなくない』。元号はいらない、西暦一本でいいなんて言う輩(やから)は、そうした日本人の時間間隔、歴史感覚、生活感覚から切れているデラシネ(根無し草)、バガボンド(浮浪者)の類(たぐい)。日本の国会議員を名乗る資格はないね。
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 お祭り騒ぎは誰のせいか
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 生前譲位への疑問点
 久保 僕はそれでも、生前譲位については疑問符が付きます。
 たしかに、昭和天皇の御病気悪化に伴い自粛ムードには、職場などでの上から心理的強制や町内会などでの相互監視がなかったとは言えない。しかし一方で、芸能人が10億円も使う結婚式をやめたり、自民党が政治献金を集めるパーティをやめたりしたことに、賛同する声が上がったのも事実なんです。
 プロ野球では、中日ドラゴンがセ・リーグ優勝したのにビールかけが行わなかった。一方、そのあとの日本シリーズで優勝した西武ライオンズは、清原和博などの若手選手が自粛ムードを振り切ってビールを掛け合い、勝利を祝った。これを使って、共産党の機関紙・赤旗は『自粛をすることは天皇に隷従(れいじゅう)することだ』と反天皇キャンペーンを展開し、朝日なども『戦後民主主義の危機』と大々的に報じていた。
 そこで、当時現役記者だった僕はコラムで、だったらビールかけをしない中日ドラゴンは『民主主義の危機』で、本来飲むべきものを人にかけてはしゃぐ清原らは『民主主義が成熟している』ことになるのか、とからかってやりましたよ。
 でも考えてみれば、それは鏡に映った国民自らの姿でもあった。飲むべきビールが本来の使用価値と切り離せれ、人とかけ合うことで喜びを表現する小道具に変質させられたように、コマーシャリズムに踊らされて国民はブランド商品といった生活の必要とは切り離された消費に日々、駆り立てられているわけですから。
 戦後いち早く自立の思想を説いた啓蒙主義者、丸山眞男は『天皇制がモラルの確立を圧殺している。これを倒さなければ絶対に日本人の道徳的自立は完成しない』と言ったけれど、戦後43年経っても、やはり僕は、昭和天皇崩御の時に、戦後価値ニヒリズムに陥(おちい)った国民が、一体何をすべきで、何をすべきではないのかという秩序感覚を一時的にせよ取り戻したことにこそ、国民大衆を澎湃(ほうはい)として内面から自粛の念に駆りたて、突き動かす力の本質があったのだと思います。残念ながら、平成の時代はそのキッカケを活かしきれずに終わったわけですが。
 もう一つは、以前も指摘しましたが大嘗祭(だいじょうさい)についけです。
 保田與重郎が言った『萬世一系の思想』を担保するのが、天皇霊継承の秘儀といわれる大嘗祭です。折口信夫の『大嘗祭の本義』によれば、新しい天皇に代替わりする即位儀礼の一つに、真床襲衾(まとこおふすま)による『寝具の秘儀』がある。これは天皇霊を身につけて天子としての資格を得る儀式で、天皇霊の降りない天皇は、折口によれば『未だ、ただの器』に過ぎない。皇太子が天皇としての資格をえるのは、天皇霊が『死せる先帝から新帝へ移る』ことによってだとすれば、生前譲位では天皇霊は移りようがないのではないか、そういう疑念を僕は払拭(ふっしょく)できないんですよ。
 今上(きんじょう)天皇は即位後朝見(ちょうけん)の儀において、こうお言葉を述べられた。『国民と共に日本国憲法を守り、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望して止みません』。
 このお言葉に対し、憲法改正派からは『憲法玉座に座った感じ』(村松剛)といった批判が上がったのは周知のとおり。
 西田幾多郎らの言うように〈無為にして無私〉であり、〈無の場所〉に存在することが、天皇天皇たらしめていた。
 その天皇が〈私〉を語り、前述のように日本国憲法について発言するのは、その途端、天皇は『無の場所』から一歩、世俗権力の側へ足を踏み出してしまった、ということになる秋篠宮家の問題を見ても、皇室の〈私〉はますます拡散傾向にある。『天皇が〈祭祀権(さいしけん)〉に留まらず〈世俗権力〉に首を突っ込んだ時が天皇制の潰(つぶ)れる可能性が一番大きい』(網野善彦上野千鶴子等『日本王権論』春秋社)そう考えると、天皇制はいま非常に危ういところに来てしまっているのではないか・・・このことは平成の終わり、改めて指摘しておきたい点です。
 ガラク民主党政権
 堤 それにしても、平成という時代はロクなことがなかった気がするね。まず、いかにも災害が多かった。阪神・淡路大震災中越地震、東日本震災と福島原発、のべつ幕なしに揺さぶられる感じでね。
 バブル崩壊のあとは円高ドル安の失われた20年。朝日新聞とその亜流のメディアが『政権交代』を囃(はや)し立て、無能無策のガラク民主党政権が誕生した。
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 ルーマニアの哲学者でパリに亡命したエミール・シオランが、『生誕の災厄(さいやく)』だったかな、こんなことを書いた。『人間は国に住むのではない。使っている言語のなかに住むのだ』とね。日本は『言霊の幸(さきわ)ふ国』だといわれるけど、今回の元号をめぐる空気というかエトスに、つくづくそれを実感する思いを強くしたね。
 『源氏』か『万葉集』か
 久保 ナポレオンに敗退し、失意のどん底にあったドイツ国民を奮い立たせたフィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』で何より強調されたのも、ドイツ国民の性格を作り出した根本条件としての『国語』=アイデンティティを担保する生ける母国語(日本流に言えば言霊=原国語=それを語る国民が原民族)でした。
 言い換えれば、戦前・戦中・戦後の連続性を遮断し、歴史・伝統を軽んじ、解体に導くこと=善=進歩主義だ、と盲信するような戦後精神・戦後憲法秩序のもとで、言霊=内面的に豊かな精神のエネルギーが甦るわけがないのです。かつて三島由紀夫は『文化防衛論』で、天皇=日本文化の両義性を指摘しており、戦前は『益荒男ぶり』を前面に出したが失敗して、戦後は平和憲法を前面に掲げた『手弱女ぶり』に徹してきた、と書いていました。すなわち、戦後憲法前文の『日本が何もしなければ世界平和になる』なんて発想は受容の文化、女性原理そのものなんだ、と。
 振り返ってみれば、竹下登は平成の元号を『平和に成ことを願う』と説明したけれど、『平和に成る』のと『平和にする』のでは大違い。日本は『成る』の呪縛(じゅばく)から抜け出せずにいたわけですが、安倍の積極的平和主義、すなわち『平和にする』姿勢は、その呪縛からの脱出を試みていると言えるはずです。
 その意味で、新元号がこれほどの騒ぎになったのは、やはり『万葉集』由来であることが大きいと思います。なぜなら、日本でフィヒテの言う原国語=生ける母国語に当たるものは一に『万葉集』、二に『源氏物語』だからです。そして三島が言ったように、『万葉集』は『益荒男ぶり』、『源氏物語』は『手弱女ぶり』の象徴として、天皇=日本文化の両義性に見合う相互補完的な役割を担ってきたのです。
 三田村雅子(『記憶の中の源氏物語』新潮社)は、日本の歴史上、大乱のあとには必ずあらわれる『源氏物語』ブームの例として、第二次大戦後の昭和27年から28年にかけて、つまり大戦後の虚脱状況から日本がようやく復興の兆しが見え、占領下から脱しようとした時代に歌舞伎や映画、演劇、現代語訳にと、突如溢れ出た〝源氏流行(はや)り〟を挙げ、こう解説しています。
 『敗戦後の日本がもう一度誇りとアイデンティティを回復し、伝統を受け継ぐためには「源氏物語」の共有が何よりも求められたのだろう』
 しかし問題は、戦後の深刻なアイデンティティ・クライシス(自己喪失の危機)から脱するための縁(よすが)=手段が、なぜ女性的で柔弱(じゅうじゃく)なイメージを持つ『手弱女ぶり』の象徴としての『源氏物語』であり、雄々しい男性的イメージを持つ『益荒男ぶり』の象徴としての『万葉集』でなかったか、という点です。
 それは、武力放棄を強要されたマッカーサー憲法9条の制約以外に考えられない。たとえば欧米帝国主義列強の包囲網のなかで、『近代』への脱皮を迫られた弱小国日本は、まず江戸末期まで源氏絵の一大流行やひな祭りの形で庶民の間に広く浸透した王朝文化のイメージを一掃。天皇制の女性的な柔弱イメージ一大転換を試みます。
 明治27年の日清戦争直前には、あのキリスト教徒の内村鑑三でさえ、『「源氏物語」が日本の士気を鼓舞するために何をしたか。何もしないばかりでなく、我々を女らしき意気地(いくじ)なしにした。あのような文学は我々の中から根こそぎ絶やしたい』と聴衆に訴えたのです。
 長くなったけど、もう少し。
 編集部 どうぞ。
 『万葉集』の持つ言葉の力
 久保 戦後のアホな平和論者はこれを『軍国主義日本への危険な道を歩み始めた』と批判するけえど、司馬遼太郎のように、むしろ発展途上の国家・国民の健全な愛国心の発露と見るほうが自然な受け止め方ではないか、と僕は思いますがね。
 明治天皇の御製(ぎょせい)に、こういうものがあります。
 『老人を/家にのこして/いくさびと/国のためにと/出づるををしさ』
 『子らは皆/軍のにはに/いではてて/翁やひとり/山田もるらむ』
 日露戦争の折に詠まれた御製ですが、これ一つみても、雄々しさのなかに民への思いやりや慈(いつく)しみが溢れていることがわかる。これが万葉の心、益荒男ぶりなのです。日清の役では、明治天皇は広島大本営で兵隊と起居を共にしましたが、これは天智天皇の御世(みよ)、百済の要請で唐・新羅連合軍と戦い、大敗して以降、唐の侵略に備えて北九州の防衛線を強化し、筑紫に仮宮(本丸船)を作った故事にならったものです。
 『万葉集』には巻頭の雄略天皇の恋歌に始まり、この北九州の防備にあたった防人(さきもり)とその家族たちの哀別の情を詠んだ歌、果ては乞食(こじき)の詠む歌までが数多く集録されています。そこにの全ての歌に刺し貫かれた大らかさが『益荒男ぶり』なのです。
 つまり、それらの全てが日本の国家・国民のアイデンティティを担保する生ける国語と言うべきなのだと僕は思います。明治初期の『万葉に還(かえ)れ』とか『国の元気』とかいった言葉には、そうした生ける母国語の持つエネルギーが感じ取れる。
 すした『万葉』という言葉自体が持つ言葉の力が、機能不全に陥った戦後平和憲法戦後民主主義の物語のどうしようもに閉塞感から、国民を解き放ってくれるのではないか、という漠然たる思いが令和フィーバーとなって噴き出した。
 これは僕の勝手な解釈じゃありません。驚くべきことに令和決定の翌朝、あの毎日新聞朝刊の社会面には大きく横見出しでこうありました。
 『閉塞の時代 万葉に回帰』とね。
 そういう意味で、今回の元号は『令和』という漢字そのものにではなく、安倍が『万葉集』由来の元号を選んだ意味を読み込まなければ、元号とそれによって沸き立った国の祝祭空間の意味は、歴史的にも宗教的にも、また政治的にも理解できないとおもいます。
 不用意発言が命取り
 ……」
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