💍3)─4─日本国憲法の象徴天皇制度とは、皇室を軟禁、監視し、天皇・皇族の人権や自由を奪っている。~No.10No.11 

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   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・
 日本国憲法は、象徴天皇制度を奴隷制に、天皇・皇族の人権や自由を奪い、政府に皇室の生殺与奪の権を与えている。

 未来の天皇は、政府の皇族会議が適当に人選し、国会が無責任に承認し、国民が世論として好き嫌いの人気だけで支持して即位する。

 日本国憲法の目的は、男系の血統を根拠で特定の一族に支配されている天皇位を剥奪し他の血筋に解放する事である。

 男系天皇制度は、皇位継承可能男系皇族の減少で自然消滅する。

 女系天皇制度は、皇位継承可能男系皇族が一人も生まれなくても天皇制度は存続できる。

 将来、天皇位は、神話を根拠とする特定の血統に基づく家族制度による祭祀王から、血統を排除した皇統のみの政治制度による名誉職となる。

 日本の祭祀王は、教祖、教義・戒律、聖典・教典、布教を伴う原理主義的宗教制度ではない。
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 天皇が中国大陸あるいは朝鮮半島から軍団を率いて日本列島に侵略し、先住民・縄文人を殺し屈服して、占領した征服者ではない。
 日本の皇室は、外国からの征服王朝ではないが、国内を一つにまとめあげげる為に武力を用いた国内的な征服王朝であった。
 日本の地政学は、敵である中華帝国(中国・朝鮮)の侵略から日本を守る為には日本を統一国家にする必要があった。
 つまり、強力な軍隊を持った軍国主義国家になる事は日本の正しい選択であった。
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 宮澤俊義東京大学教授)「(天皇の象徴性は)なんらの実質的な権力をもたず、ただ内閣の指示にしたがって機械的に『めくら判』をおすだけのロボット的存在」
 「(憲法4条の)天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」(『日本国憲法』)
 高学歴出身知的エリートは、憲法解釈で政教分離・信教の自由を皇室の伝統や祭祀より優先しようとした。

 戦後の高学歴出身知的エリートは、反宗教無神論マルクス主義史観(共産主義史観)に染まっていった。
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 2019年5月号 Voice「天皇と日本人の未来
 『象徴』はどこへゆくのか  苅部直
 『象徴』の誕生
 天皇はいつから『象徴』になったのか。まず戦後史をふりかえって、そこから考えてみよう。
 法律論としてはもちろん、1946(昭和21)年11月3日に公布され、翌年の5月3日に施行された日本国憲法が第一条で『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって』と規定したときからである。それ以前、大日本国憲法においては『天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬(そうらん)シ』(第四条)と定められていた。
 帝国憲法の時代には、その法典の解釈として『統治権』は主権と同じなのかどうか、それを『総攬』するとはどういう意味かをめぐって、学者の理論が岐(わか)れていた。しかしこの点をどう解するにせよ、国家制度における天皇の位置づけがこのときに大きく変わったことは明らかである。
 天皇は、政治の実質にかかわる権能をいっさい失ない、内閣の助言と承認によって、内閣総理大臣の任命や法律の公布など、儀礼的・形式的な行為を行うのみの存在になった。また、その地位は『日本書紀』神代巻に記された神話ではなく、『主権の存する日本国民の総意に基く』ものとされた。条文からはさしあたりそのように、『象徴』という規定がもたらされた変化を確認できる。
 しかし他面で、政治の決定に実質上関わることがなく、儀礼や文化の職掌(しょくしょう)とし、王朝の権威を担(にな)う者という特質に関してみれば、前近代から長らく天皇はそういう存在だった。したがって、『象徴』としての天皇のあり方が、むしろ皇室の伝統にそくしているという見解も生まれてくる。その立場をとりならば、実質的な主権者のように見立てたり、軍の頂点に位置づけたりするのは、むしろ明治政府の創った歪(ゆが)んだ天皇像にすぎないという結論になるだろう。
 こうした意見もまた、終戦直後の津田左右吉和辻哲郎の例にみられるように、日本国憲法制定の前から存在している。これに基づくなら、天皇は古代以来、日本国憲法にいう『象徴』に等しい存在であったのであり、後醍醐天皇のようにみずから積極的に政治権力を行使したり、明治・大正・昭和前期の天皇のように、軍服を着てみずから軍隊を率いたりするのは例外にすぎない。現行憲法の規定から70年以上がすぎ、天皇が『象徴』であることが自明なことになった現在では、そうした見解が自然に感じられるかもしれない。
 ……
 日本においては古代王権のもとで『国民の統一』が成立し、その一体性を『表現』するものとして、時代をこえて天皇が民衆から尊崇(そんすう)されてきた。日本のナショナル・アイデンティティの伝統と皇室との関係をめぐる、そうした見解は、和辻が『日本古代文化』(岩波書店、1920年)以来、説き続けてきたものであった。」
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2019年5月3日 朝日新聞「『象徴』依存する日本人
 法哲学井上達夫さんに聞く
 改元後初めての憲法記念日を迎えた。日本国憲法が明記した天皇の地位『象徴』の具体像は、平成を通じて大きく変わった。独自のリベラリズム論を展開してきた法哲学者の井上達夫・東大教授は、天皇に依存し続ける日本の今のあり方にリベラルな理念の欠如が読み取れるという。どういうことなのか。
 『われら』のため利用 リベラリズムと相反
 ──日本国憲法で2度目の代替わりになりました。
 『昭和から平成の時とは大きな違いを感じます。昭和天皇の体調が悪化してから社会に蔓延したのは「自粛」という名の同調圧力ですが、今回は穏やかな歓迎ムード。死去と生前退位の違いはありますが、天皇の存在の変化もあるでしょう』
 『日本国憲法天皇の地位が「主権の存する日本国民の総意に基く」と定めます。明仁天皇はこの憲法下即位した初めての天皇です。自らの地位の正統性の根拠である「国民の総意」による支持を日々調達しないといけない。その自覚ゆえに国事行為を超え、慰霊の旅などを繰り返した』
 『特に強く印象にのこっているのはハンセン病患者への慰問です。家族とも切り離された人たちのもとに足を運ぶ。こうした「忘れ去られた」人たちを社会的に包摂(ほうせつ)しようとした振る舞いの蓄積ゆえに、天皇制への高い支持を可能にし、暗さのない代替わりにつながった』
 ──象徴天皇制が多様な人の生を社会に包摂していく。つまり平成を通じてリベラルな社会になっていった、と。
 『私はリベラリズムを「異質な他者との共生」の思想として捉えています。確かに天皇個人はリベラルな人物だったと思います。都教育委員(当時)で将棋棋士米長邦雄氏が「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事」と園遊会で言うと、強制にならないように、と答えた。憲法上明記された天皇の国事行為以外に踏み込む言動はリスクを伴う。政治的な行為・発言は禁じられ、生前退位の意思を明らかにした「おことば」には批判の声も上がった。それでもリスクをとったのはリベラルな考えゆえでしょう』
 『ただ天皇個人と天皇制は区別して考えないといけない。私は象徴天皇制を、日本に残った最後の「奴隷制」だと考えます』
 ──奴隷制、ですか。
 『民主主義とは「われら人民」による自己統治です。統治者たる「われら人民」を一体化させるシンボル(記号)として、特定の血統をもった天皇・皇族を利用しているのが「象徴天皇制」です。記号的存在にされた天皇・皇族は政治権力どころか人権まで剥奪され、表現の自由職業選択の自由もない。皇位継承が男性に限られ、女性の皇族だけが民間人と結婚したら自動的に皇族離脱するのはひどい女性差別で、法の下の平等を定めた憲法14条違反ですが、問題視する声はかつてより小さくなっている。主権者国民が一体化できるための結節点として天皇・皇族が利用され「人権なき記号」と扱われることに違和感がないのです』
 『象徴天皇制は民主主義とは両立します。しかし、特定の血統をもった一族から人権を剥奪し、彼らを「われら国民」のアイデンティティーを確保する道具として利用し続けるのは、「異質な他者との共生」の思想としてのリベラリズムとは相いれない』
 ──日本国憲法象徴天皇制を明記しています。憲法はリベラルではないのですか。
 『日本国憲法2条は天皇の地位を世襲と明記している点ではリベラルとはいえませんが、それ以外は、国会が議決した皇室典範の定めによる、としている。つまり皇籍離脱女性宮家の可否といった問題は立法に委ねている。立法によって象徴天皇制をリベラルな方向に変えていくことは可能です。しかし、代替わりの今も問題は棚上げされたままです』
 『天皇・皇族に対する人権侵害は被差別少数者の人権侵害と通底しています。さらに、リベラルな理念からは、政治的に争う諸勢力が、自分とは意見の異なる「他者」への公正さを無視していることも問題です。これは憲法をめぐる議論で深刻に表されています』
 ──具体的にどういうことですか。
 『9条の問題です。リベラリズムにとって、人々が正しい政策をめぐって対立しながら議論するのは、社会が健全である証しです。立憲主義の要請とは、この対立を包容して公正に物事を決定する政治的競争のルールとして憲法を尊重することを意味する。しかし9条をめぐっては政治右派勢力も、護憲派左派勢力も、自己の安全保障政策を「われこそ正しい」と政敵に押しつける手段として9条を歪曲し、憲法を「政争の具」におとしめている』
 『護憲派は、一切の戦力保有行使を禁じる9条2項の明文に反する自衛隊日米安保専守防衛ならOKという。安倍晋三首相改憲案は9条2項を温存しながら自衛隊を明記する、と。これは論理的な矛盾で憲法を自殺させます。一方護憲派集団的自衛権の行使の拡大を安倍政権が解釈改憲で「解禁」したことに、立憲主義を掲げて批判しましたが、個別的自衛権なら自衛隊日米安保もよいという。解釈改憲していることに変わりがない。この現状は極めて危険です。最小限の戦力統制規範すら憲法に規定できないまま、憲法の外部で、戦力の現実を肥大化している。護憲派がこれに加担している』
 ──では今考えるべき立憲主義とは。
 『立憲主義というなら、護憲・改憲派も、公正な政治的競争のルールに従うべきです。護憲派は、96条の改正規定にのっとって、専守防衛・個別的自衛権の枠内で自衛戦力を明示的に承認し戦力統制規範を盛り込む「立憲的改憲」を支持すべきです』
 『「異質な他者との共生」というリベラルな理念は、人々が「われら」として集団的に一体化したとき排除しながちな「彼ら」への公正な配慮を求めます。「彼ら」は被差別主義者も「政敵」も含む。天皇制を抑圧する多数派国民と、9条問題で政敵に勝つために憲法を改ざんしあう諸勢力は、いずれも「われら」の「彼ら」に対する不公平な支配欲求に駆られ、リベラルな共生理念を蹂躙しています』
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 近代的人道的リベラルと縄文人の生き方は、共生できず、反発し、対立する。
 近代的人道的リベラルは、縄文人の生き方を日本から抹消する。
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 右翼・右派・ネットウヨクも左翼・左派・ネットサヨクも、縄文人の生き方とは水と油のように相容れない。
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 数万年前から、日本民族日本人は日本列島に流れ着いた異質な他者(敗北者・弱者)と乱婚を繰り返して生まれた混血の雑種民族である。
 乱婚を繰り返したのは、近親相姦的同種同族婚で繁殖すると遺伝子の劣化異常を起こして死滅する恐れがあったからである。
 遺伝子の劣化異常を避ける為には、異人種異民族の血を流し込む必要があった。
 ゆえに、昔の日本民族日本人には異種を排除する排他性は薄かった。
 もし、現代日本のような排他性が強かったら日本民族日本人は遺伝子の劣化異常で死滅していた。
 日本文化となっている「マレビトへのおもてなし」とは、外の世界から新たな異種遺伝子を獲得する為の手段であった。
 日本民族日本人は、新たな異種遺伝子を獲得する為に、積極的行動として対外侵略と強制連行をせず、消極的行動としてジッとマレビト(渡来人・帰化人)と流れ着くのを待ち続けた。
 何故なら、日本民族日本人は体力や知力に劣った敗北者・弱者の集団であったからである。
 日本民族日本人は、必然ではなく、勢い・活きよいと偶然と幸運で生きてきた。
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 人の遺伝子は1万9,000個あり、出産して子供が生まれる度に700個の遺伝子が自然と異常を起こす。
 遺伝子異常を繰り返したホモ・サピエンスが、人類として生き残り、子孫を残してきた。
 変化を怖れ、変化を嫌い、変化しない生物は、死滅するしかない。
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 現代の価値観で過去を見、評価する事は無意味であるどころか害毒である。
 現代の価値観は、過去には通用しない。
 もし通用するとういのならば、中世キリスト教会と白人キリスト教徒商人による非人道的日本人売買を説明する必要がある。
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 日本民族日本人の祖先は、未開地を切り開いた先駆者・開拓者でもなければ、人跡未踏の地に分け入った冒険者・探検家でもなく、生存競争に敗れた敗北者か故郷を追われた弱者である。
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 強者・勝者は豊かな中央に住み、敗北者・弱者は周辺、地方、奥地、僻地へと住処を変えていく。
 強者・勝者はグローバルで、弱者・敗北者はローカルである。
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 日本民族の祖先は、アイヌ人や琉球人同様に縄文人である。
 縄文人は、温暖地域出身の南方系海洋民(漁労民)と揚子江流域民(稲の長江文明)、乾燥地域の西方系草原民(農耕民)と黄河流域民(麦の黄河文明)、寒冷地域の北方系山岳民(狩猟民)が日本列島に逃げて来て、乱婚して生まれた混血の雑種民族である。
 縄文人は、日本列島を中心に、南は台湾・沖縄、西は朝鮮半島南部、北は北方領土4島・樺太・千島列島・カムチャツカ半島に広く住み、舟で日本海を主要航路として行き来していた。
 縄文人の生き方は、船乗りの生き方である。
 船乗りは、血と死をもたらす争い・競うを恐れ、空気・空気圧・同調圧力を重んじた。
 舟は船板一枚そとは地獄の一蓮托生の運命共同体である以上、皆一緒・全会一致の原則の下、船主・船長・船頭は一人で、全ての船員はそれぞれの特殊能力・特殊技術を持って何らかの働きをし、怠けて働かず遊んで過ごす事は許されなかった。
 舟は、アリ社会である。
 船乗りは、女性が舟に乗る事は難破の原因になると怖れ、舟を女人禁制とし、女性を差別して舟から排除した。
 舟は、必然ではなく、勢い・偶然・幸運で海原を行き来していた。
 天皇制度は、この中から生まれた。
 船乗りは、異質の他者である人種・民族にこだわらないし、多神教として宗教も主義主張も気にはしない。
 船長・船頭は時代や年齢、判断力・行動力低下などで交代するが、船主は神聖不可侵として代わる事はない。
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 天皇制度の皇統は、初代神武天皇の直系子孫である。
 天皇家・皇室の血筋・血統は、日本の最高神である女性神天照大神の直系子孫である。
 皇統や血統・血筋の正統性は、日本民族が2000年以上にわたって信じ、守り、受け継いできた、伝統的な皇室神話・民族中心神話・天孫降臨神話によって証明されている。
 日本の建国精神は、人為的作為的な近代的憲法や法律ではなく、縄文時代からの自然発生的な神話である。
 天皇が定める元号とは、国内外に対する独立宣言、建国精神、国家方針である。
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 熱烈な勤皇派・尊皇派・天皇主義者は、下級武士、貧しい庶民、賤民(非人・穢多・乞食など)、部落民(山の民・川の民・海の民など)であった。
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 現代において、国家の統治理論として民族中心神話を持っているのは世界広しといえども日本だけである。
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 天皇・皇族・皇室は、舟を持つ船主であっても、船長や船頭ではない。
 船主は、船員に指図して舟を操る事については船長・船頭に一任し、操船について一切口出しない。
 豪華客船タイタニック号は、利益優先の横暴な船主が経験豊かな船長の安全航行という忠告を船主権限で拒否し高速航行を命じた為に遭難した。
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 現代日本人は、西洋近代化と強欲市場主義的生き方こそ人間らしい生き方として、日本古来の縄文人的船乗りの生き方を捨てた。
 日本国憲法は、縄文人的船乗りの生き方を否定する。
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 皇室財産は、自国民を搾取して築いた私有財産ではないし、他国から暴力的に強奪した略奪した資産でもない。
 江戸時代。天皇家・皇室は、徳川幕府から資産を制限され大名はおろか豪商・豪農に比べて貧しかった為に、裏で庶民からの金銭や食べ物の支援を得ていた。
 敗戦後日本は、没収した皇室財産を元手にして戦後復興と高度経済成長を成し遂げた。
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 世界の王朝史における常識では、優秀なイギリス人が日本天皇に即位し、イギリス人天皇キリスト教の教義・絶対神の福音で日本を統治する事を認めている。
 つまり、天皇に即位できるのは、日本民族でもなく、特定の家族ではなく、人間であれば人種・民族、宗教・主義主張に関係なく全ての人に資格がある。
 それが、究極の開かれた皇室である。
 天皇人間性を否定されたお飾りであるなら、人でなくても構わない。
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 日本から人種・民族、宗教・主義主張による差別と各種の格差をなくす有効な手段は、天皇の即位を特定の一族から不特定多数の人々に開放する事である。
 ローマ教皇は、「敬虔な信仰」を唯一の資格として人種・民族に関係なく開放されている。
 リベラリズムにおける究極の天皇制度とは、人種・民族、神話も宗教も断ち切って即位できる天皇制である。
 それが、人種・民族、神話・宗教を根拠とした排除を否定する「異質な他者との共生」である。
 そこには、血を根拠とする日本民族も宗教の日本民族神話も否定される。
 女系天皇擁立・女性宮家創設の真の目的は、ここにある。
 つまり、日本民族日本人ではない外国系日本人による天皇即位である。
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 イギリス女王ヴィクトリアは、インド人ではなかったがインド皇帝に即位した。
 世界の王室・帝室は征服王朝史である以上、「その国の国民のみが自国の国王に即位するべき」とは嘘で、「他国の国民でも自国の国王に即位できる」が正しい。
 イギリス王家の財産は、公認海賊が稼いだ略奪・強奪であった。
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 歴史的事実として、天皇の戦争責任や戦争犯罪はない。
 昭和天皇明治天皇も、如何なる戦争には反対で、戦争を回避する為の話し合い・外交を臨んでいた。
 政府と軍部、国会と国民世論は戦争を決定し、戦争をする事を天皇に圧力を掛け裁可を強要した。
 昭和天皇明治天皇も、抵抗できず、本意ではなかったが戦争をする事を認めた。
 天皇は最終決定権者ではあったが、政府や軍部、国会や国民世論が戦争を望んだ為に、「天皇の名」によって戦争を認めた。
 現代日本の「甘え体質」とは、自分たち負うべき戦争責任や戦争犯罪天皇に押しつけ逃げ回っている事である。
 日本人の「天皇依存」とは、自己欺瞞の為に天皇を悪用している事である。
 陰湿な日本人にとって、天皇・皇族・皇室は反論・反撃してこないだけに、使い勝手のいい便利な道具に過ぎない。
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 現代日本では伝統的な皇室神話・民族中心神話・天孫降臨神話は、科学的ではない、合理的論理的ではないと否定され、日本の歴史から抹消されている。
 現代の日本史教育とは、邪悪なナショナリズムの源泉となる危険性のある日本民族の否定、日本民族意識の抹消である。
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 天皇制度は、時代によって変わる部分と変わらない部分の二面性がある。
 変わらない部分とは、伝統的な不磨の慣習法と歴代天皇の遺言・遺訓・家訓に関する部分である。
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 奴隷化された象徴天皇制度を救い出す方策は、特定の神話に基づく男系血統を否定し消滅させ、天皇制度を赤の他人の血筋に解放する女系天皇擁立と女系宮家創設を実行する事である。
 つまり、現皇室の血筋、菊の皇統と血統を絶やす事である。
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 日本人が、天皇・皇室に依存せず、菊の軛(くびき)足枷(あしかせ)から解放され自由になる唯一の方法は、特定の男系血統・血筋、皇統に女系で赤の他人の血筋を押し込んで消し去る事である。
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 世界に存在する全ての王家は、例外なく男系であり女系は存在しない。
 イギリス王家には、他国にイギリス王位継承権を持った親戚が数多く存在している。
 現イギリス王家は、ドイツ系でり、その前はフランス系であった。
 エリザベス2世女王の夫エジンバラ公は、イギリス国王継承権を持ったギリシャ王家の王子であった。
 イギリス人以外で、イギリス国王継承権を持った外国人王族・貴族は数多くいる。
 現イギリス王家の血筋が絶えれば、継承権を持った他国の王族や貴族がイギリス国王に即位する。
 他国人が持つイギリス国王継承権の正統性は、女系ではなく男系である。
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