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・ ・ {東山道・美濃国・百姓の次男・栗山正博}・
アジアにおける近代文学運動は、日本で日本国語で始まった。
朝鮮や中国の近代文学は、日本を真似をした。
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出口汪(ひろし)『早わかり文学史』(語学春秋社)
「坪内逍遥が最初に『文学』という概念を西洋から引っぱってきます。これ以降、文学の流れは、そのまま社会や産業の西洋化の流れと一致していくのです。西洋から学んでくるんだから、これは文学史上の『西洋化』でしょう。
これまで日本には『文学』という概念がなかった。となったら、1つの文学思想が西洋から入ってくると、必ずその反動が起こってくるのです。その後も、新たな西洋から新しいものを学んでくるたびに、反動が起こってくる。例えていえば、おれは波と一緒なのです。
僕は西洋から『四つの波』が入ってきたと思っています。西洋から四つの波がどっと入ってくると、そのつど必ず寄せ返しがくる。それを繰り返しながら、日本の文学はだんだん西洋化していったんです」
1,明治初期の写実・擬古典主義。
2,明治中期のロマン主義。
3,明治末期から大正期にかけての自然主義VS反自然主義。
4,大正期から昭和前期にかけてのプロレタリアと芸術派。
「僕は近代文学史というのは昭和初期までだと思っています。ここまで理解すれば、あとは文学史ではなくて文学常識の範疇だと思います。なぜかといったらね、昭和初期以降は、戦争に突入します。暗黒時代。そして戦後になると、『文学とは何か』という問いかけがなくなったのですよ。わかりますか。
既に『文学』というのは既成事実になってしまって、今や個人個人の『文学とは何か』ということが問題になってきたのです。ですから今の現代作家は、例えば村上春樹でも、文学とはいったいどういうものか、というような独自の考えを発表したり、何人かの作家が同じ考えの下にグループを作って文学活動したりすることがなくなったわけでしょう。ある意味で、世の中では文学という概念が完全に定着してしまったのです」
「彼(森?外)のドイツへ行く前の日記は希望に充ち溢れています。ところが、帰りの日記というのは憂鬱なんです。そして『自分が日本の土地に着いたら、森林太郎として一言も語らず』という決意を示しているんです。?外は人間たることを放棄しようと決意しているわけです。そして、『自分はドイツから幸福の青い鳥を持ち帰った。ところが青い鳥は船が日本へ着くまでに死んでしまった』と言っています。
つまり、いつの時代でもそうですけれども、留学生は一生懸命に国のために新しいものをいっぱい持ち帰ろうと思う。ところが皮肉なことに新しいものを持ち帰った先では、昔の人間がイヤがるのです。分かりますか。古い封建勢力があって、現実にはそういった人が力を持っているわけでしょう。新しく異質なものが留学生によって持ち帰られると、古い体制の権力者たちは居場所がなくなるのですよ。だから、新しいものを全力を挙げて潰そうとします。?外はそれを知って、あえて日本へ帰ると同時に新しいものを捨てようと決心するのですよ。このようなところが?外にはありますね」
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