⛩195)─1─日本天皇とは、民族文化と民族宗教の唯一の保護者であり、良心と道徳と教養の唯一の体現者である。キリスト教排除の理由。〜No.399No.400/@             

水子―“中絶”をめぐる日本文化の底流

水子―“中絶”をめぐる日本文化の底流

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 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。↗
   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 第45代聖武天皇は、繰り返される内乱と相次ぐ甚大な自然災害を憂慮し、御仏に救いを求め、国家鎮護を祈願して大仏建立の詔を発した。
 仏教は、家の中の一室で個人が信仰する私的宗教から、公の場で全ての人々が一緒に信仰する国家的宗教に引き上げられた。
 仏教の御仏は、日本天皇と並ぶ日本の支柱となった。
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 反天皇反日的日本人は、日本天皇を否定し、天皇制度を廃絶し、日本皇室を消滅させようとしている。
 新しい日本には、天皇など必要はないとしている。
 外国人移民が増加すれば、天皇廃絶支持者が急増する。
 西ローマ帝国領に移住した異文化・異宗教の異民族によって、ローマ皇帝は殺害され、西ローマ帝国は滅亡し、ローマ市民は大虐殺された。
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 日本神道は、男尊女卑の儒教と違って、男系より女系の方がやや優位であった。
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 気の弱い日本民族日本人は、大陸や半島の地獄に恐怖して列島に逃げ込んだ。
 中国大陸や朝鮮半島は、日本列島に比べて世にも恐ろしい地獄であった。 
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 生き物は、死を避ける事ができない。
 人は死ぬ前に、やり遂げる仕事、果たすべき使命がる。
 人の価値を決めるのは、生きているうちに何を成したかである。、 
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 空海「御経は、死者には届かない」
 墓を作って葬られる者は皇族や有力豪族のみで、それ以外の者は自然葬として野晒にされた。
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 文藝春秋 2013年6月号「山折哲雄保阪正康の対談」
 「山折 日本の歴史をみると、長きにわたる平和な時代が二度あったことが分かります。まず平安時代の350年間。次に江戸時代の250年間です。これは驚くべきことです。
 では、なぜこうした長期的な平和が現出したか。政治的、経済的条件や四方を海で囲まれているという地政学的な条件などもあったと思いますが、最大の要因は〝権威〟と〝権力〟が分立し、互いの調和がとれていたからではないか。うまり宗教的・文化的な権威を体現する皇室と、藤原氏徳川幕府といった政治権力とが互いに補完し、時に牽制しながら社会を安定させていたのではないかと私は考えています。……
 平安期、江戸期のもう一つの特徴は、大規模な宗教戦争が起きていないことです。日本でも戦国時代は一向一揆など宗教戦争が頻発していましたが、江戸初期の島原・天草の乱を最後にして、200年以上の安定が続きました。この理由を考察する上で、日本特有の『神仏習合』を外すことはできません。仏教という外来の宗教と、神道という土着の信仰が共存する。その神輿の上に乗り、両者のバランスを取る役割を果たしてきたのが天皇の存在だったと思うのです。……
 かって正月に行われていた宮中祭祀をみると、この共存関係が見事にシステム化されているのがわかります。まず正月の第一週に『前7日の節会』として四方拝からはじまる神道祭祀を神職が執行する。それが切り替わって、次の週には仏教僧が『後7日の御修法』をとりおこなう。これが平安時代最澄空海の時代から明治にいたるまで続いていたのです。
 また京都には泉涌寺という天皇家菩提寺があります。じつに天武天皇から孝明天皇までの1200年間、朝廷では仏式の葬儀が行われていました。現在も泉涌寺には歴代の天皇皇后の位牌がならび、仏教式の祭祀が行われています。……
 このことが示すように、本来、皇室は多神教的で、懐の深い存在でした。
 このバランスを崩されたのが、明治維新でした。明治政府は西欧キリスト教国家に対抗するため、日本でも精神的な軸をつくろうとしました。そのために万世一系天皇を中心に据え、仏教分離で仏教を排除して、天皇を神格化しようとしました。その帰結が戦前の国家神道です。
 さらに戦後は政教分離によって、大嘗祭などの重要な祭祀が、天皇家のプライベート、私事に追いやらえてしまった。こうした流れの中で、皇室の宗教的・文化的なありようが狭められ、重心となる機能を失っている。私はここに今の皇室の危機の淵源があると思う。なぜなら皇室の本質とは何かを突き詰めて考えていくと、必ず古代からの祭祀という宗教的伝統にいきつくからです。……
 政治権力が権威を尊重しなくなると、社会のバランスは大きく崩れます。最近の例でいえば、民主党政権の時、天皇習近平の会見が強引に設定されたことがありました……
 諸外国の日本研究者と話していると、しばしば聞かれる質問があります。それは、『日本にはなぜいまだに天皇がいるのか?』。彼らに言わせると、『今の日本は民主主義が非常にうまく機能している。だから天皇制なくてもいいのではないか?』というわけです。私は彼らにこう答えることにしています。『フランス革命でも、ロシア革命でも、どれだけの血が流されたか。天皇の下で繁栄し、民主制を実現している日本にそんなリスクを取るだけのメリットがどこにあるのか』と。
 しかし、現在の世界を見ていると、この問いは、新たな別の意味で重要になっているように思えます。
 現在、世界的にデモクラシーが機能不全を起こしているケースがたくさんあります。たとえばEUの金融危機でも、放漫財政を引き締めなければ共倒れになるのに、国民が強く反発して、身動きが取れなくなってことがありました。そうした状況に陥ったときに、天皇制は何かポジティブな役割が果たせるのではないか。……
 明治維新がそうでしょう。先ほどは薩長による政治利用として論じましたが、歴史の見方は一つだけではありますん。逆に言えば、国内で深刻な対立が起きたとき、その『最後の調停者』ないしは『裁定者』としての役割を担いうるだけの権威を、天皇という存在は歴史的に育んできともいえるのです。……
 日本の文化的・精神的伝統を深く理解し、その体現者たろういと心掛けていることでしょう。いずれにせよ、そのとき皇室のあり方と、それを受け入れる国民の姿勢が問われることは間違いありません」
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 万葉集。日本人は、古代から心の中の最も大切な思いを和歌・大和歌の形で表した。
 上は天皇から下は詠み人知らずの庶民に至るまで、和歌・大和歌を詠っていた。
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 1994年4月14日 週刊新潮山本夏彦「……古いことは悪いこと新しいことはいいことと親子ともども小学校から教わっている。
 古い言葉と新しい言葉があったら古いほうをとれ、歴史のある言葉は使い方ひとつで天地(あめつち)を動かす。私が言葉を大切にと言うのは、震災と戦災で日本中まる焼けになったからで、衣食住が焼けうせたら残るは言葉だけである。言葉をたよりに過去にさかのぼるよりほかにない。いま歴史ある言葉を一つ失うのは歴史を一つ失うことになるのである。
 古いことは悪いこと知らなくていいことと教えたのは学校では教師であり、家庭では父兄である。3月24日号で私は文部省は家永説を一蹴すればよかったと書いたが、これもまた一蹴すればおかったのである。
 教育は過去の財産を今に伝えるものだから、本来保守的なものである。昭和23年『ブラリひょうたん』は分かったのである。今は分からないのである。
 小学4年生の国語の時間は大正7年14時間、大正8年から昭和15年までは12時間あった。今は6時間だそうである」(『夏彦の写真コラム。国語の時間が減るばかり』)
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 天皇は、政治権力でも、宗教権威でもなく、生きる指標としての良心と道徳であり、文化・生活・精神の具現者である。
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 国際社会で、民族中心宗教を国教的に扱っているのは日本だけである。
 そして、同じ祖先神・氏神信仰を持っている国家は地球上には存在しない。
 人は人として理解し合えるのではなく、同じ価値観・同じ認識を持つが故に理解し合えるのである。
 日本の価値観と世界の価値観が違う以上、世界の非常識として理解されづらくて当たり前である。
 現代日本のグローバル教育は、世界的非常識な日本を国際社会で理解されやすくする為に、生活の全ての場所から日本的価値観を排除し国際的価値観を子供達に教えている。
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 中華世界は、厳格な男尊女卑として、男系絶対社会である。
 陰陽の東洋思想において、「祖先の気」は男の骨の中だけに宿り、女性は血や肉を授かっても祖先の気は受け継がないと考えられた。
 中国社会は、血族関係と言うより、「気血族関係」である。
 そして、重要なのは、血縁ではなく「気縁」である。
 ゆえに。女性が結婚しても、家族の一員・一族の一員とは認めず、気血がつながらない赤の他人として同姓にはしなかった。
 女性が持っている気とは、一族をまとめる偉大な祖先の気ではなく、自分が生きる為だけの価値の低い「個人の気」とされた。
 祖先の気を持つ男は「陽」として、一族を背負って立つ存在として大事した。
 祖先の気を持たない女性は「陰」として、政略結婚の道具、権力者への貢ぎ物、奴隷として売る道具として大切に育てた。
 夫婦別姓の本質は、女性を尊重するのではなく、その正反対で女性蔑視の性差別である。
 敵を滅ぼす時は、敵の気血を絶やす為に乳児から老人まで全ての男を皆殺しにしが、祖先の気を受け継がない女性は奴隷として売り飛ばした。
 男女関係や夫婦関係に対する考えは、日本と中国・朝鮮では異なる。
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 儒教は、中国に統治する為の政治と礼節をもたらし、朝鮮に隷属する為の道徳と節度をもたらした。
 神道は、日本に和合する為の祈りと恋愛をもたらした。
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 2015年10月15日号 五木寛之「生き抜くヒント!
 新しい物語を求めて
 人は何によって動くのか。
 たぶんそれは道徳によってではない。なんとなくそんな気がする。
 私たちの日常の行動は、常識によるものが多いのではないだろうか。常識、というより通念といったほうがいいのかもしれない。
 『嘘をついてはいけない』
 と、教えられているから嘘をつくのが気になるのではない。
 『嘘をつくと、地獄で閻魔さまに舌を抜かれるんだよ』
 と、子供の頃からおばあちゃんにいわれて、昔の人はそれが体にしみこんでいたのである。
 地獄、というのも一つの物語である。閻魔さんというのもそうだ。三途の川というのも、極楽浄土というのもそうだ。物語というのは、思想ではない。もちろん道徳でもない。
 思想や道徳は、時代と体制によってどうにでも変わる。いつの頃とも知らず、世間の泥沼から湧きだしたボウフラのような物語は、ながく生きて、なかなか変わらない。
 物語は、いろんな形で世の中に広がっていく。芝居や、音曲をともなった芸能や、説教や、その他もろもろの大衆娯楽となって人びとの心にしみわたる。説教というのは、いわゆる説教ではなく、仏教的芸能の一ジャンルとして確立された芸である。新聞記事も、小説も、テレビも、SNSも、ニュースも、みな物語だと私は思っている。
 ……
 『人は死んだら・・・』
 ……
 『人は死んだらどこへ行くのか?』
 という問いに、いまの私たちは答えるすべを持たない。体にしみこんだ物語を失ってしまっているからだ。
 世間で右翼といわれる人びとは、おおむね『大義』という物語を持っている。人が死ぬのはの『大義に殉ずる』である。では左翼と目される人びとの物語は何か。思想から物語が生まれるのではあるまい。その逆ではないだろうか。
 戦前の修身の時間に教わった道徳的な訓話は、ほとんど忘れてしまった。ただ、その中に出てくるさまざまな人物のエピソードだけは、なぜかしっかりと記憶に残っている。新しい物語は、今後はたしてどこから生まれてくるのだろうか」
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 平安中央末期。天災による凶作、栄養失調による餓死と病死、権力者同士の内乱や盗賊の横行、嘘偽りや裏切りが当たり前の世、世は乱れに乱れ、真に「生きるも地獄、死んでも地獄」という末法の世になっていた。
 か弱い衆生は、生きているのが辛いから、せめて死んだ後のあの世だけでも救われたいと願い、多くの神仏に救いを求めた。
 「はかなきこの世を過ぐすとて 海山稼ぐ(卑しい稼ぎ)とせしほどに よろずの仏に疎まれて 後生わが身をいかんせん」
 生きる為に悪行と知りながら、嘘を付き、騙し、殺し、奪い、娼婦となって身体も売った。
 悪人達は、仏にも神にも見放されたと嘆き悲しんだ。
 日本仏教の法然親鸞道元栄西そして日蓮ら高僧らは、そうした悲嘆に暮れ絶望する衆生を救う為に、御仏にすがって安心してあの世に「逝ける」ように引導を与えた。
 日本の「生き方」とは、あの世への「逝き方」である。
 死から逃げることなく、死を見詰めながら生きる。
 それが、逃げる事ができない、自然災害多発地帯の死生観である。
 人の力でどうにか出来る事は人が対処すれば良いが、人の力ではどうにもならない事は神仏にすがるしかない。
 人の力で、田畑を耕して農作物を作る事は出来るが、日光や雨といった天候はどうにもならない。
 天候は自然の巡りであるが、好天に恵まれて凶作を免れて豊作になる様に神仏に祈るしかなかった。
 日本の自然崇拝は、そこから自然発生的生まれたがゆえに、教祖がいなければ、経典や聖典もない。
 法然親鸞道元日蓮等は、イエス・キリスト仏陀マホメットのように独自の宗教を開いたのではなく、外来宗教の仏教を独自に解釈して一つの宗派を起こしたに過ぎない。
 日本人は、運の悪さを嘆き悲しみ、神仏に救いを求めた。
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 日本が、インドで誕生した大乗仏教を受け容れ、中華で創作された正統派儒教を拒否したのか。
 正統派儒教とは、天子・中華皇帝を絶対君主とし古典典籍丸暗記の科挙による官僚選抜機構とする古代的中央集権制度を理想体制とする、発展及び進歩を完全否定する閉塞と硬直した不寛容な教条的観念思想であった。
 故に、祖先崇拝と道徳規範を受け容れたが政治制度や道徳的価値観は拒否した。
 物事を相対化し、多種多様を好み、知らない事を知りたい好奇心から、唯一の絶対価値観で身動きできないように雁字搦めにする正統派儒教を毛嫌いした。
 朝鮮は、正統派儒教を受け容れ、反論異論を徹底排除する頑迷固陋な道徳的観念形態を打ち立てた。
 仏教には、如何なる俗世もなかったが故に、日本は邪推する事なくすんなりと信じて受け容れた。
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 日本が、キリスト教を拒絶したのは、正統派儒教同様に、絶対神が定めて唯一の不寛容的価値観で他者を排除し、神聖な教理・教義に基づく神の王国を築き、法的価値観、政治体制、社会風俗、道徳規範で人々を服従させようとしたからである。
 多神教の日本では全てを相対化して、神聖不可侵の教義的価値観を持たず、変わる事なき理念的な核を消し去り、有無を言わせぬ道徳規範や掟も定めなかった。
 明確な輪郭を持ち個性を発揮して自己主張する代わりに、自分を小さくし未完成未熟のままにして、他者や外から絶えず学ぼうとした。
 日本民族日本民族としてまとめていたのは、目の前に存在する神の裔で「生き神」である日本天皇と、手の届かない遙か彼方の天竺にあって救い導いてくれる「御仏」である日本仏教であった。
 日本史の宗教・精神には、生き神と御仏という二重信仰が争う事なく相互補完共生しながら均衡よく息づいている。
 一方に生き神の日本天皇という御柱があり、正反対の一方に御仏の日本仏教という御柱があって、その真ん中で見えない両者から出ている霊力という磁力でバランスよく宙に浮いているのが日本である。
 普遍的絶対価値観を打ち立てようとするキリスト教も正統派儒教も、この神霊二重構造に合わなかった。
 神霊二重構造は、多発する甚大なる災害と四季折々の恵みをもたらしてくれる変化の激しい日本の自然という錦・羽衣に覆われている。
 ゆえに。日本人の精神は、心を空にし、無に帰し、一点に偏らず囚われない事で、自由となって安定する。
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戦死者霊魂のゆくえ―戦争と民俗

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