➰164)165)─1─武士は、高い教養で農耕民的ではなく海洋民的に死を覚悟して辞世の句を詠んでいた。〜No.334No.335No.336No.337 /  @        

女たちの辞世の句 色此岸から夢彼岸へ(いろしがんからゆめひがんへ)

女たちの辞世の句 色此岸から夢彼岸へ(いろしがんからゆめひがんへ)

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   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 2017年2月12日号 サンデー毎日「一条昌也の『人生の四季』
 『辞世の歌・辞世の句のすすめ』
  わが最新刊『人生の脩活ノート』(現代書林)がおかげさまで好評だ。単なるエンディングノートではなく、死生観を育んでいくような内容を心がけた。特に、『辞世の歌・辞世の句のすすめ』というページがよく読まれているようである。
 日本人は辞世の歌や句を詠むことによって、『死』と『詩』を結び付けた。死に際して詩歌を読むとは、おのれの死を単なる生物学上の死に終わらせず、形而上(けいじじょう)の死に高めようというロマンティシズムの表れであるように思える。
 そして、『死』と『志』も深く結びついていた。死を意識し覚悟して、はじめて人はおのれの生きる意味を知る。有名な坂本龍馬の『世に生を得るは事を成すにあり』こそは、死と志の関係を解き明かした言葉にほかならない。
 また、『葉隠』には『武士道といふは死ぬ事と見つけたり』という句がある。これは、武士道とは死の道徳であるというような単純な意味ではない。武士としての理想の性をいかにして実現するかを追求した、生の哲学箴言(しんげん)なのである。
 もともと日本人の精神世界において『死』と『志』は不可分の関係にあったのだ。『辞世の歌』や『辞世の句』とは、それが一体となって紡ぎ出される偉大な人生文化ではないだおうか。
 わたしが特に好きな『辞世の歌』は、『良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏といふと答ヘよ』(良寛)、『あらたのし思ひは晴るる身は捨つる 浮世の月にかかる雲なし』(大石良雄)、『頼み無き此世を後に旅衣 あの世の人にあふそ嬉しき』(清水次郎長夫人のお蝶)の三首。
 また、好きな『辞世の句』は『旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る』(松尾芭蕉)、『もりもり盛り上がる 雲へあゆむ』(種田山頭火)、『春風や 次郎の夢 まだつづく』(新田次郎
 ぜひ、あなたも『辞世の歌』『辞世の句』を残してみませんか。きっと、死ぬのが怖くなくなりますよ」
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  武士たるもの、死に臨んで狼狽える事なく、詮無(せんな)きと覚悟して、潔く死を享受する。
 海洋民は、死に臨んで慌てふためかず、やれる限りの悪あがきをして駄目なら避けられない定め、やむを得ない星の巡り合わせと諦めて、潔く死を受け入れた。
 武士は、百姓・農民的に領地・土地を守るべく一所懸命に命を犠牲に戦っていたが、同時に、海洋民的に領地・土地の上で一生懸命に死を覚悟した生き方をしていた。
 死を覚悟して生きるのが、日本民族日本人の生き様死に様であった。
 百姓・農民は、命こそ大事として死を覚悟せず、農地・土地を守る為に従属して抵抗せず、命を守る為に戦わず逃げ回った。
 中国人や朝鮮人は農民的だった為に、異民族に侵略される度に戦わずに逃げ回り、相手が弱ったとみるやよってたかって虐殺した。
 海洋民的武士は、眼前の死を見据え、死を覚悟し、死と相対して生きていた。
 我を忘れて狼狽し惨めに死から逃げる者は、日本民族日本人の武士ではない。



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