✨35)─1─人間宣言。バチカン、イエズス会による、日本キリスト教化計画。昭和天皇の全国巡幸。1946年~No.140No.142No.142 @ 

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 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 ジョン・ダワー「日本に来たアメリカ軍は、軍規の厳しい軍隊だった」
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 民族宗教である、祖先神・氏神の人神信仰という日本神道消滅の危機。
 600近い新宗教が生まれ、新しい神や仏そして人間の生き神や生き仏があふれた。
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 昭和天皇「ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををえしき人もかくあれ」
   ・   ・   ・   
 鈴木大拙は、戦争に敗れた日本人の日本精神を明らかにする為に『日本的霊性』を書き上げた。
   ・   ・   ・    
 日本が救われたのは、昭和天皇が退位はもちろん国外に逃亡せず、国家と民族の統合の象徴としての責任を果たすべく天皇の座に踏み止まったからである。
 何故なら、日本民族日本人である国民は国體・天皇を守る為に死力を尽くしていたからである。
 もし、昭和天皇が退位したり国外に亡命したら、それは国家と国民に対する背任行為となり、怨嗟の声が上がって昭和天皇は処刑され皇室・天皇家は滅亡したであろう。
 昭和天皇は、責任逃れの為に退位しなかったのではなく、むしろ責任を真っ当する為に退位しなかったのである。
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 在日韓国・朝鮮人は、昭和天皇を暗殺しようとした朝鮮人テロリストの遺骨を発掘し、民族の英雄として「義士」の称号を与え、祖国で国民葬を行い、ソウルの孝昌公園に埋葬した。
 韓国・朝鮮人は、国家元首昭和天皇の暗殺は植民地支配からの独立闘争として正当な行為であると認めている。
(2012年8月 韓国大統領は、昭和天皇の皇子で或る今上天皇明仁親王)への韓国訪問条件としての謝罪を要求する発言をおこなった。
 韓国国民は、反日から、大統領の天皇謝罪要求発言を支持した。
 一部の日本人も、昭和天皇戦争犯罪を認めて韓国側の天皇謝罪要求を支持している。
 今上天皇は、日本人ではないという噂が、不謹慎にも、インターネットにまことしやかさに流されている。
 日本は、型どおりの抗議声明を行っても、両国の関係悪化を避ける為にそれ以上の事は発言せずに沈黙を通した。
 日本の一部の政治家は、天皇国家元首にすることに反対した。)
 朝鮮人テロリストは、国家元首昭和天皇を暗殺しようとした。
 一部の親韓国派日本人にとっては孝昌公園や独立記念館は聖地であり、極意一部の日本人政治家は両国の友好関係からその聖地を訪問している。 
 アメリカは、天皇に対する日本国民の意識調査を行った。
 「皇室を今後も守りたいか?」 イエス 90%。
 国際的知識人の多くは、敗戦後でのドイツ帝国オーストリア帝国の崩壊を当然のように思っていただけに、日本国民が天皇を恨まない事が理解できなかった。
 彼等は、国際常識を日本に根付かせる為には天皇制度は邪魔であると判断して廃絶を画策した。
 GHQは、勅令101号で国粋的神道系宗教団体を取り締まる様に政府に命じ、日本的宗教習慣は軍国主義の温床であるとして規制を強化した。
 アメリカ的民主化大義は、皇国史観による愛国心の否定と民族中心教育の廃絶である。
 マッカーサーは、日本精神復興の為にアメリカのカトリック教会に支援を要請した。
 アメリカ軍兵士による、暴行事件が多発し、娘を守ろうとした親を殺す殺人事件も起きていた。
 警視庁管内だけで、1日に40件以上という暴行事件が報告された。占領期間中のアメリカ兵の事件で、殺害された日本人は2,536人で、強姦・暴行の被害者は3,012人とされている。
 アメリカ軍は、刑事事件とせず、犯罪を起こしたアメリカ兵の罪を不問として帰国させた。
 GHQは、性犯罪を防止す為に、日本政府と東京に対して慰安所を開設する様に命じた。
 日本側は、占領軍の絶対命令に従って多くの日本人女性を慰安所に集めて、連合軍兵士の性的奴隷とした。 
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 GHQは、日本人の精神を破壊する愚民化政策として、スクリーン、セックス、スポーツという「3S政策」を秘かに実行し、日本人に奴隷根性を付ける洗脳工作を行った。
 こうして、戦前の日本人と戦後の日本人は別な日本人となった。
 現代に於いては、日本人自身が、子供達に自虐史観或いは日本人悪玉史観による正しい歴史教育として、日本を嫌うように、日本を憎むように、教えている。
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 ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムとは、洗脳的戦争責任周知徹底計画の事であり、自立心・独立心を奪ってアメリカへの従属意識(奴隷根性)を植え付ける事であった。
 GHQは、日本の報道機関に「日本人は軍部に騙されていた」と日本人を洗脳する様に命令を出した。
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 戦後。敗戦国日本は、サムライ的精神力では科学技術には勝てないとして、新たな技術によるモノ作りに邁進ンした。
 日本は、自然環境の内に神仏を見るアニミズム社会から人間中心の現実的技術社会となった。
 戦前までの精神主義に基づいた徳育を悪の根源として切り捨て、子供達に教えない事とした。
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 中野重治「去年の8月15日僕はぼんぼんといつて泣いた。……あの時僕は決して騙されたとは思わなかった。しかしあれからあと、毎日のようにだまされているという感じで生きてきた」(『五勺の酒』)
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 昭和天皇の御製「ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ」
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 帝国主義時代の皇室財産
 天皇の財産は、不当な手段で国民を抑圧し搾取して得たものではなく、軍隊に命じて他国を侵略し住民を虐殺して略奪したもでもない。
 皇室が所有する財産は、中国・朝鮮・欧米諸国の王侯貴族や上流階級の様に、支配者階級と被支配者階級という階級的上下関係のもとで、95%以上の身分低き貧しい領民や労働者などの人民から収奪したものではない。
 島国の天皇・皇族と大陸の王侯貴族・上流階級とは、別物である。
 天皇家が、日本経済を闇から牛耳り、皇室財産を築いて菊のベールで隠してたわけではない。
 「陰険な経済支配」と、反天皇意識を国民の間で拡大させようとしているのは、天皇を打倒し皇室を廃止させようとしている左翼・左派のマルクス主義者とキリスト教徒である。
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 天皇家・皇室は、政治権力も、宗教権威も、金銀財宝などの巨額の資産も持ってはいなかった。
 万世一系男系天皇(直系長子相続)は、屏は崩れ、草ぼうぼうに荒れ果てた、無防備な御所に住み、豪商や豪農よりも貧しい生活をしていた。世俗的な快楽に溺れる事なく、贅沢三昧な生活をせず、ひっそりと清貧の生活を送っていた。その詐らざる誠実な生活態度で、民衆の敬意を受け崇拝されていた。
 「神の裔」として、政治的権威や私欲的資産よりも、天皇神話に基づく農業祭祀を重要視した。神話の時代から、農業と皇室は密接な関係を持っていた。その意味で、天皇・皇室の守護者は農民・百姓であった。
 万世一系男系天皇(直系長子相続)は、キリスト教ローマ教皇とも、イスラム教のカリフとも異なっていた。
 皇族を守る警護の武士は極少数いたが、公家や武士に対抗するだけの武力も持ってはいなかった。
 日本を異国の侵略から守ったのは、死を恐れない強力な戦闘能力を持ったサムライ集団ではなく、あやふやでつかみ所のない女性的な万世一系男系天皇(直系長子相続)と皇室であった。
 ゆえに、民族主義者日本人は、臣民として、自己犠牲的に天皇と皇室を守ろうとしていた。その象徴が、勤王の志士が眠る靖国神社である。
 国内外の反天皇反日派は、閉鎖的な日本を国際的に改造する為に、民族統合の核である天皇制度を破壊するべく全力を挙げてきた。それが、靖国神社問題の本質である。
 日本が、自主独立国で有り得たのは、万世一系男系天皇制度(直系長子相続)があったからである。
 日本が他国の軍隊に侵略を受けず、日本が他国の植民地にならなかったのは、万世一系男系天皇制度(直系長子相続)があったからである。
 日本が独立国として永遠に存続できるのかは、現在の皇室が平穏無事に存続できるかである。
 だが、正しい形での「皇室典範」の改正が行われなかったら、確実に皇位継承者がいなくなり、皇統は断絶し、皇室は消滅する。
 現在の政府も、政治家も、緊急に「皇室典範改正」の意志を持っていない。
 現皇室の血筋は、日本国内の無関心と一部の日本人の敵意で断絶させられようとしている。
 一部のマスコミは、金儲けの為に、皇族に対して有る事無い事のバッシングを繰り返した。
 読者は、皇室への尊崇の念がないだけに、スキャンダラスな記事を興味本位に読んで嘲笑っている。
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 鄕見俊輔「マルクスが凄いのは資本論を書いたからじゃない。『餓え』という問題を見付けたからなんだ。問題を解決する事よりも、自分の問題を見付ける事が重要なんだ」
 原田泰「なぜか、資本主義は日本では評判が悪い。資本主義は戦争を招き、格差を拡大し、環境を破壊し、労働条件を低下させ、福祉を破壊し、文化を浅はかなものにするなどと論じる事が多い」
 「資本主義の生み出す豊かさがあればこそ、格差を縮小し、環境を保全し、労働条件を高め、福祉政策を行い、文化を発展させる事が出来る」
 「資本主義は確かに格差を生み出したが、それでも王侯貴族と奴隷しかいないような社会の格差よりはずっとマシである事」
 「資本主義が戦争を招くという議論は誤りである事」
 「かってのソ連・東欧の共産圏諸国の環境破壊は、日米欧の資本主義国の比ではなかった」(『反資本主義の亡霊』)
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 GHQによるキリスト教布教政策は、ある一面、マルクス主義者による思想戦でもあった。
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 1945年12月 昭和天皇は、GHQの要求のうち「天皇は現人神ではない」という事は受け入れても、「天皇は神の裔でない」という事には断固反対した。
 GHQは、昭和天皇の反対を受け入れて、「天皇を以て神の裔なり」を詔書に加える事を認めた。 
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 1946年1月 昭和天皇は、著名なクリスチャンである賀川豊彦を宮中に招いて聖書講義を受けた。
 賀川豊彦は、日本のキリスト教化には農村が重要であるとして、宮中でも聖書講義の実績を前面に出して宗教活動を行った。
 「終戦直後のキリスト教信者は40万人であったが、今では200万には確実になっていると思う」
 GHQ民間情報教育局宗教課は、賀川豊彦が戦時中に太平洋戦争を正当化した経歴から好戦的扇動家と見なしていたが、戦後は布教活動を行うなど占領政策に協力的である評価した。
 ニューズウィーク誌東京支局長コンプトン・パケナムは、1月27日号に「公職追放の裏で 占領軍内部の暗躍」と言う記事を掲載して、保守的政治家・経済人・官僚・言論人らの公職追放は日本を混乱させ共産主義に付け込み隙を与えると批判した。
 1月1日 GHQの民間情報教育局は、天皇の神格性が否定するべく、昭和天皇に「人間宣言」(「新日本建設に関する詔書)を発表させた。
 «『新日本建設に関する詔書(いわゆる人間宣言)』(昭和21年年頭の詔書
 茲(ここ)ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、

 一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ陋習(ろうしゅう)ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
 一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

 叡旨(えいし)公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新(あらた)ニシテ国運ヲ開カント欲ス。須(すべか)ラク此ノ御趣旨ニ則(のっとり)リ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達(ちょうたつ)シ、官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ。
 大小都市ノ蒙(こうむ)リタル戦禍、罹災者(りさいしゃ)ノ艱苦(かんく)、産業ノ停頓(ていとん)、食糧ノ不足、失業者増加ノ趨勢(すうせい)等ハ、真ニ心ヲ痛マシムルモノアリ。然(しかリ)ト雖(いえど)モ、我国民ガ現在ノ試練ニ直面シ、且(かつ)徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克(よ)ク其ノ結束ヲ全(まっと)ウセバ、独リ我国ノミナラズ全人類ノ為ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。夫(そ)レ家ヲ愛スル心ト国ヲ愛スル心トハ我国ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ実ニ此ノ心ヲ拡充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、献身的努力ヲ效(いた)スベキノ秋(とき)ナリ。
 惟(おも)フニ長キニ亘(わた)レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、我国民ハ動(やや)モスレバ焦躁(しょうそう)ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪(ちんりん)セントスルノ傾キアリ。詭激(きげき)ノ風漸(ようや)ク長ジテ道義ノ念頗(すこぶ)ル衰ヘ、為ニ思想混乱ノ兆(きざし)アルハ洵(まこと)ニ深憂ニ堪ヘズ。然レドモ朕ハ爾等(なんじら)国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚(きゅうせき)ヲ分(わか)タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(あきつみかみ)トシ、且(かつ)日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延(ひい)テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
 朕ノ政府ハ国民ノ試練ト苦難トヲ緩和センガ為、アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途(ほうと)ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我国民ガ時艱(じかん)ニ蹶起(けっき)シ、当面ノ困苦克服ノ為ニ、又産業及文運振興ノ為ニ勇往(ゆうおう)センコトヲ希念ス。
 我国民ガ其ノ公民生活ニ於テ団結シ、相倚(よ)リ相扶(たす)ケ、寛容相許スノ気風ヲ作興(さっこう)スルニ於テハ、能(よ)ク我至高ノ伝統ニ恥ヂザル真価ヲ発揮スルニ至ラン。斯(かく)ノ如キハ、実ニ我国民ガ、人類ノ福祉ト向上トノ為、絶大ナル貢献ヲ為(な)ス所以(ゆえん)ナルヲ疑ハザルナリ。
 一年ノ計ハ年頭ニ在リ。朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一(いつ)ニシテ、自ラ奮ヒ、自ラ励マシ、以(もっ)テ此ノ大業(たいぎょう)ヲ成就センコトヲ庶幾(こいねご)フ。
 御名 御璽
     昭和21年1月1日
 内閣総理大臣兼第一復員大臣第二復員大臣
            男爵 幣原喜重郎
 司法大臣          岩田宙
 農林大臣          松村謙三
 文部大臣          前田多門
 外務大臣          吉田 茂
 内務大臣          堀切善次郎
 国務大臣          松本烝治
 厚生大臣          芦田 均
 国務大臣          次田大三郎
 大蔵大臣       子爵 渋沢敬三
 運輸大臣          田中武雄
 商工大臣          小笠原三九郎
 国務大臣          小林一三  »
 昭和天皇は、「人間宣言」 の中で、天孫神話に基ずく天照大神の「心」と「絆」と「志」を受け継ぐ「神の裔」ではあるが、「現御神(あきつみがみ)」ではないと「天皇の神格性」を否定した。つまり、右翼・右派が騒ぐ様な民族の優位を証明する絶対神的な「現人神」ではなく、「人」であると。そして、国民に明治天皇の「五箇条の御誓文」で日本を再建する様に説いた。
 皇室関係者は、天皇の「現人神」を否定したが、皇室の歴史と神話をの為に「神の裔」を守った。
 CIE(民間情報教育局)と学習院の英国人教師らは、キリスト教観念から、天皇を神の子孫であるという民族的祖先神信仰の最高祭祀王という神聖さを日本から永久に排除する為に、天皇自ら否定する詔勅を発表させるべく動いた。
 人は等しく「神の僕」という普遍的宗教概念を持つ彼等にとって、人や生物は例外なく祖先神の子孫とする民族宗教天皇中心ナショナリズムは地上から消滅させるべき異端概念であった。
 昭和天皇は、祖先神信仰にもとずく神格化否定よりも、明治天皇が残した日本型衆議主義の原点である「五ヶ条の御誓文」の挿入にこだわった。
 日本独自の氏族社会として、民族的祖先神信仰の象徴である天皇制度は守られ存続された。
 ロサンゼルス・タイムズ「ヒロヒトは、インチキな神である」
 ニューヨーク・タイムズ天皇は明確に人間とされ、国民と同じ存在にされた」
 欧米の新聞・雑誌で、昭和天皇を擁護する記事はなく、全てが戦争責任を厳しく追及していた。
 歴代の天皇で、「朕は神である」と宣言した天皇は存在しない。
 周囲の者が、天皇を神の様な存在として尊び畏まって崇めただけである。
 木下道雄「(現御神とは)天の下しろしめす天皇という、至って慎み深い、祈りを込めた天皇御自身の自称」
 宮沢俊義天皇の人間化を徹底させようとして、天皇からあらゆる神的なものを洗い落としてしまったら、肝心の『天皇』まで消えてしまう」
 氏族社会の祖先神信仰として、天皇家の皇祖皇宗を祀る事が出来るのはその子孫である万世一系男系天皇(直系長子相続)だけである。
 天孫降臨神話を根拠とした皇統に連なる者のみが、「心」と「絆」と「志」を宿してその資格あり、血統を受け継ぐ者として責任がある。
 法律で選ばれた赤の他人には、皇室祭祀を執り行う資格はない。もし行えば、それは厳かに「祀る」のではなく馬鹿騒ぎとして「祭る」事である。
 反天皇の日本人マルクス主義者は、この歴史的事実を正確に理解した上で、日本民族の精神を祀る祭祀王・万世一系男系天皇(直系長子相続)制度の廃止を訴えて、人民の幸福の為に天皇中心の国體を破壊する事を子供達に教えた。
 順徳天皇「(天皇としての)禁中の作法は、神事(祭祀)を先にし他事(政治)を後にす」
 「人間宣言」を狂喜して喜んだのは、天皇の改宗と日本のキリスト教化を使命とするアメリカのキリスト教会と日本人キリスト教徒であった。 
 タイム紙「日本人は、天皇が神でない事を前々から知っていたという。これこそがナゾの日本人である」
 左翼・左派のマルクス主義者は、反宗教無神論者として、日本の共産主義化を妨害する靖国神社明治神宮伊勢神宮などの神社群を目の敵とした。
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 年頭、國運振興の詔書(【新日本建設に関する詔書】)
 ここに新年を迎う。顧みれば明治天皇明治の初国是として五箇条の御誓文を下し給えり。曰く、
 一、広く会議を興し万機公論に決すべし
 一、上下心を一にして盛んに経綸を行うべし
 一、官武一途庶民に至るまで各々その志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す
 一、旧来の陋習(ろうしゅう=悪習) を破り天地の公道に基くべし
 一、智識を世界に求め大に皇基を振起すべし
 叡旨(えいし=天子のお言葉、お考え) 公明正大、また何をか加えん。朕はここに誓を新たにして国運を開かんと欲す。すべからくこの御趣旨に則り、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民拳げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上を図り、新日本を建設すべし。
 大小都市の被りたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は真に心を痛ましむるものあり。然りといえども、我国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束を全うせば、独り我国のみならず全人類の為に、輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。
 それ家を愛する心と国を愛する心とは我国において特に熱烈なるを見る。今や実にこの心を拡充し、人類愛の完成に向かい、献身的努力を効すべきの秋(=時)なり。
 思うに長きにわたれる戦争の敗北に終りたる結果、我国民はややもすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈淪せんとするの傾きあり。詭激の風漸く長じて道義の念すこぶる衰え、為に思想混乱の兆しあるは誠に深憂に堪えず。
 然れども朕は爾等国民と共に在り、常に利害を同じうし休戚を分たんと欲す。朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものにも非ず。
 朕の政府は国民の試煉と苦難と を緩和せんが為、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は我国民が時艱に決起し、当面の困苦克服の為に、また産業及び文運振興の為に勇往せんことを希念す。我国民がその公民生活に於て団結し、相倚り相扶け、𥶡容相許すの気風を作興するにおいては、能く我至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。この如きは実に我国民が人類の福祉と向上との為、絶大なる貢献を為すゆえんなるを疑わざるなり。
 一年の計は年頭に在り、朕は朕の信頼する国民が朕と其の心を一にして、自ら奮ひ自ら励まし、もってこの大業を成就せんことをこいねがう。
  御名御璽
 昭和二十一年一月一日
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 日本の民主主義は戦後の輸入品ではない
 記者「ただそのご詔勅の一番冒頭に明治天皇の「五箇条の御誓文」というのがございますけれども、これはやはり何か、陛下のご希望もあるやに聞いておりますが。」
 昭和天皇「そのことについてはですね、それが実はあの時の詔勅の一番の目的なんです。神格とかそういうことは二の問題であった。
 それを述べるということは、あの当時においては、どうしても米国その他諸外国の勢力が強いので、それに日本の国民が圧倒されるという心配が強かったから。
 民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入のものではないということを示す必要が大いにあったと思います。
 それで特に初めの案では、五箇条の御誓文は日本人としては誰でも知っていると思っていることですから、あんなに詳しく書く必要はないと思っていたのですが。
 幣原がこれをマッカーサー司令官に示したら、こういう立派なことをなさったのは、感心すべきものであると非常に賞讃されて、そういうことなら全文を発表してほしいというマッカーサー司令官の強い希望があったので全文を掲げて、国民及び外国に示すことにしたのであります。」
 記者「そうしますと陛下、やはりご自身でご希望があったわけでございますか。」
 昭和天皇「私もそれを目的として、あの宣言を考えたのです。」
 記者「陛下ご自身のお気持ちとしては、何も日本が戦争が終ったあとで、米国から民主主義だということで輸入される、そういうことではないと、もともと明治大帝の頃からそういう民主主義の大本、大綱があったんであるという……」。
 昭和天皇「そして、日本の誇りを日本の国民が忘れると非常に具合が悪いと思いましたから。日本の国民が日本の誇りを忘れないように、ああいう立派な明治大帝のお考えがあったということを示すために、あれを発表することを私は希望したのです。」
(『陛下、お尋ね申し上げます』、高橋紘+鈴木邦彦、徳間書店
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 1946年 戦後第1回正倉院宝物展示会。
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 1月中頃 マッカーサーの軍事補佐官であるバナー・F・フェラーズ准将は、吉田茂外相に対して、現天皇制度を擁護する為に、GHQと宮中が直接に連絡がとれるようにスポークスマンを置く必要性と、皇太子にアメリカ人女性の家庭教師を付ける事を提案した。
 寺崎英成は、吉田外相から宮内省御用掛を命じられた。英成夫人のグゥエンは、アメリカ人で、フェラーズ准将の祖母の親戚であった。
 1月18日・20日 マッカーサーは、皇室とクリスチャンの関係を深めるべく、自由学園に宮城清掃奉仕の為の勤労奉仕団を派遣するよう望んだ。
 昭和天皇・皇后両陛下、明仁皇太子と三内親王らは、清掃奉仕している児童約560人に声をかけた。
 1月25日 マッカーサーは、陸軍省に、昭和天皇を戦犯として裁判にかける危険性を訴える極秘電報を打った。
 「天皇を告発すれば、日本国民の間に想像も付かないほどの動揺が引き起こされるだろう。その結果もたらされる事態を鎮める事は不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤激は、間違いなく未来永劫に続くであろう。復讐の為の復讐は、天皇を裁判にかける事で誘発され、もしその様な事態になれば、その悪循環は何世紀にもわたって途切れる事なく続く恐れがある。政府の諸機構は崩壊し、文化活動は停止し、混沌無秩序はさらに悪化し、山岳地帯や地方でゲリラ戦が発生する。私の考えるところ、近代的な民主主義を導入するという希望はことごとく消え去り、引き裂かれた国民の中から共産主義路線に沿った強固な政府が生まれるだろう。その様な事態が勃発した場合、最低100万人の軍隊が必要であり、軍隊は永久的に駐留し続けなければならない。らに行政を遂行する為には、公務員を日本に送り込まねばならない。その人員だけでも数十万人にのぼる事になろう。
 天皇が戦犯として裁かれるべきかどうかは、極めて高度の政策決定に属し、私が勧告する事は適切ではないと思う」
 国務省陸軍省は、マッカーサーの極秘電報をもとにして、昭和天皇を戦犯として処罰するか協議し、そして戦犯として裁かずその地位に止める事を決定した。
 アメリカは、対ソ連共産主義戦略として天皇制度を利用する事に決めた。
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 近代文学 昭和21年2月号 小林秀雄「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省しているがいいじゃないか」(座談会にて)
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 2月 GHQは、教育の場から軍国主義的要素と非科学的神話や寓話を一掃するように指示した。
 東京帝国大学総長南原繁は、神道学講座や日本思想史講座など国学関係の講座を廃止し、浮いた資金でキリスト教関係の講座を開く事を提案した。
 南原繁『新日本文化の創造』「人間を超えた超主観的な絶対精神─『神の発見』と、それによる自己克服がなされなければならない。……宗教に代わりうるには同じ宗教をもってすべく、ここに新たに普遍人類的な世界宗教の対立を、いまこそ国民としてまじめに遂行すべき」
 西洋礼賛主義の国際派教育者は、軍国主義者や民族主義者からの迫害された苦い経験から、日本を国際化する為に教育改革を主張し、民族語の日本語を廃止してフィリピン同様に欧米語の一つを公用語とすべきであると訴えた。
 マッカーサーは、神道や仏教には「信教の自由」で制限を強めたが、キリスト教に対して特権を与え布教の為の支援をおこなった。
 民間情報教育局宗教課は、過度の支援は、信教の自由を侵害し公平性に欠くと危惧を表明した。
 民政局のホイットニー局長やケーディス局次長らは、昭和天皇の地方巡幸には反対であったが、マッカーサーが就任した以上は停める事ができなかった。
 左翼政党は、昭和天皇を戦犯として裁く事を望んでいた。
 保守的な農村では、昭和天皇の巡幸を望んでいた。
 革新的な町工場では、日本共産党の指導の下で赤旗を林立させ、昭和天皇を戦犯と罵っていた。
 昭和天皇「心配しなくてよいではないか」
 2月2日 改正宗教法人令。日本軍と苦しい死闘を繰り返して勝利を得たアメリカ軍は、絶望的状況下で国や家族を守る為によく戦って戦死した日本軍兵士への尊敬の念が強かっただけに、日本人が戦没者を公的に追悼事業を行う事を禁止するつもりはなかった。
 アメリカ軍幹部は、日本の降伏は時間の問題で広島や長崎への原爆投下は必要なかったと分析し、原爆の甚大なる被害が判明するにつれてやり過ぎであったという思いを募らせていた。
 アメリカ軍人は、同じ祖国と国民を守って戦う軍人として、正々堂々と勇敢に戦って戦死した日本軍兵士が祀られている靖国神社を表敬訪問し、宗教が違うが哀悼の意を込めて参拝した。
 GHQは、国家神道神社神道を切り離して廃止させるが、靖国神社神社神道との神社として今後も存続を希望するのならば、国家との関係を遮断すべきであると要求した。
 日本政府は、靖国神社を守る為に民間の1宗教法人とする事を決めた。
 GHQは、国家が公的追悼行事を行う為に、靖国神社を無名戦死の墓か戦没者の祈念堂の様な宗教性をなくした、アーリントン墓地の様な追悼施設にしてはどうかと提案した。
 日本側は、伝統的な宗教観及び死生観から、靖国神社を、霊魂を排除した公的追悼行事を行う為の無宗教的祈念碑にするのではなく、霊魂を伴った追悼行事ができる宗教施設に拘った。
 日本人が心情として残したかったのは、戦争で死んだ親兄弟や親戚、知人や友人、戦友達の霊魂を弔う宗教施設であって、マルクス主義者が求めた死んだ者の霊魂を排除した無味乾燥的無宗教施設ではなかった。
 生きている日本人は、生き残ってしまった罪悪感を癒し生きて家族を持つ為に、自分の替わりに死んだ者を忘れない靖国神社という慰めの宗教施設を欲した。
 日本人は気弱な人間であるだけに、自分一人だけの幸せを喜び死んだ者を忘れその霊魂を捨てる事ができず、反宗教無神論マルクス主義者が求める無宗教の無名戦死の墓や祈念碑を嫌った。
 日本人が欲しかったのは、名前のある死者の霊魂を神として祀る宗教施設、つまり靖国神社であった。
 公的あるいは私的に関係なく、一人間として戦死した者を心から真摯に追悼できる宗教施設である。
 神道の宗教観は単一ではなく多様性に富んでいる為に、祀る対象や祈願する目的に応じて幾つもの系統の神社を全国に数多く配置している。
 2月4日 マッカーサーは、憲法制定に当たって民政局に対して、絶対に叶えるべき3つの必修条件を示したメモを渡した。
 「国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決の為の手段としての戦争、さらに、自己の安全を保持する為の手段としての戦争も、放棄する。日本は、その防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍をもつ機能は、将来も与えられる事はなく、交戦権が日本軍に与えられる事もない」
 アメリカは、今後、日本を保護国として監視下に置き、主権国家として当然の権利である交戦権を停止させ、軍備保持を禁止し、将来にわたって軍隊の保持を許可しないと決めた。
 つまり、自国を他国の侵略から武力を持って守るという自衛的交戦権は否定されている。
 日本は、非暴力無抵抗主義で、一切抵抗せず奴隷の様に土下座をして無条件降伏する事を絶対命令として押しつけられた。
 アメリカは、日本が行う全ての戦争は侵略戦争であり、たとえ自衛目的であっても武器を持って侵略軍と戦う事は世界の平和を脅かすと決めつけた。
 アメリカの日本占領政策は、日本から軍国主義民族主義を一掃して自由と民主主義の理想で大改造するのではなく、飾り的自主独立を与え生存に必要な最低限の権利のみを許すという懲罰的であった。
 そてが、第九条の平和憲法の実態である。
 2月13日 GHQは、日本側に憲法草案を突き付けた。
 幣原喜重郎首相は、すぐさま閣議を開いて押しつけられた憲法草案について議論を開始した。
 閣僚からは、戦勝国が敗戦国の憲法を勝手に作って押しつける事は国際法違反であると憤った。
 だが。有条件降伏したはずが軍隊に占領され無条件降伏状態に置かれている現状において、他を置いても国體護持、昭和天皇の命と地位、現皇室による天皇制度の維持を守る事で意見一致した。
 日本政府は、国體護持の一点に絞って交渉を開始した。
 マッカーサーも、日本占領の為に昭和天皇を守る事を最優先としていた。
 小村寿太郎「外交より内交の方が難しい」
 2月19日 昭和天皇は、「国民に寄り添って歩む」という御心と自分の為に犠牲になった国民に対する責任から、義務として戦火で傷付き、疲れ果てた国民を慰め、励ます為に全国を巡る御巡幸を始めた。
 体調が悪くても動ける限り、予定した行程を我慢し、笑顔を見せながら国民の身近に近づき各地を回られた。
 「この戦争によって祖先からの領土を失い、国民の多くの生命を失い、たいへんな災厄を受けた。この際、わたしとしては、どうすればいいのかと考え、また退位も考えた。しかし、よくよく考えた末、この際は、全国を隈なく歩いて、国民を慰め、励まし、また復興のために立ちあがらせる為の勇気を与えることが自分の責任と思う」
 象徴天皇として、私心を捨てた「無私」となって、国家の安全と国民の安寧、五穀豊穣と収穫に対する感謝を、全国民を代表して誠心誠意・一生懸命に皇祖皇宗を敬って祈っている。
 日本国憲法は、国民国家を思って祈る祭祀王・天皇が執り行う宮中祭祀は、天皇が自分で勝手に行う私的行事で国事行事で、皇室の公的行為でもないその他の行為と断じている。
 ゆえに、頼みもしない勝手な祭祀である以上、感謝するに値しないと。
 アメリカが残した占領時憲法である日本国憲法の隠れた真の目的は、国民主権として、特権階級である皇室を廃止する為に皇統を絶やす事である。
 ユダヤ共産主義者は、是が非でも、何年かかろうとも、日本天皇を地上から消滅させようという意図で日本国憲法を日本に押し付けた。
 シカゴ・サン紙記者マーク・ゲインら左翼系外国特派員らは、昭和天皇を貶めるような記事を送っていた。
 全国巡幸は回を重ねる内に随行員が増え、昭和天皇走らなかったが随行員の目的は食糧などの買い出しであった。
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 香淳皇后は、「国家の安寧と国民の慰安」を行うという皇室の責務から、昭和天皇が全国御巡幸に旅に出られた時は東京に留まり、都内や近県の病院や戦争孤児施設を積極的に慰問された。
 着る物も儘ならぬ物資不足な折りだけに、家族を亡くし住む家を失った孤児への贈り物うるべく女官達と一緒になって夜遅くまでチャンチャンコを縫われた。
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 2017年8月号 新潮45「すでに『象徴天皇制』は危機にある 八幡和郎
 ……
 本来は、陛下のご希望があったとしれも、自由に多方面から議論して、なるほど、陛下の仰るとおりだと政府や国会も判断し国民もそれを支持すればそれはそれでよし、逆に、やっぱり不都合が多いとなれば、おそれながら、従来どおりの原則でお願いしますのが象徴天皇制の本旨であろう。
 さらに、象徴天皇制でなくとも、君主制の一般論として、君主が自分の意見を表すのは、国民から自由に批判をされることになるし、政争に巻き込まれることにもなりかねず、結果にも責任を持たなくてはならなくなり、制度の安定のためにはよろしくないのだ。
 『天皇無謬説』は皇室の伝統にない
 一部の日本人は『天皇無謬説』というべき突拍子もない考えにとりつかれている。ローマ教会には『教皇無謬説』がある。厳密に定義すると難しい話になるが、一般に理解されているところでは、『教皇は間違いを犯すはずがないので、その意向は、批判をするべきでなく、だまって従うべきだ』というものだ。
 しかし、日本では古代から天皇が絶対的な独裁者であったことは少ない。一般国民からみれば、そう見えたことがあるかもしれないが、天皇の意向は、朝廷において、衆知を集めて議論し、調整を行ったうえで公に表明されてきた。ときの天皇が早めの退位を望まれても、臣下がお止めしたことはいくらでもある。
 そして、朝廷のなかでは、天皇がこうしたいといっても強い反対意見をほかの皇族や近臣、摂政・関白をはじめとする廷臣たち、さらには、幕府などが出して議論が行われ、収まるべき所に収まってきた。
 明治憲法下では、皇族や華族たちもうるさかった。昭和天皇の場合、母親である貞明皇太后は怖い存在だったし、秩父・高松・三笠という3人の弟宮さまたちも遠慮なく、戦争に負けたのは昭和天皇が神事を疎かにしたためとまで意見をいった。
 また、元老や枢密院とか内大臣といった顧問的な人々がいた。そして、天皇の最重要な相談相手はやはり首相だったし、天皇のリーダーシップがそんなに際立っていたわけでない。衆知を集めて皇室に関する意思決定は行われてきたのである。
 そのあたりを総括して、昭和天皇は『人間宣言』と俗称される『昭和21年新年詔勅』について、本来の趣旨は、天皇がこれからは現人神ではないとしたのではなく、日本の民主主義は明治天皇が採用されたもので、五箇条の御誓文の万機公論に決すべしというのが出発点だと、のちに仰っている。
 ところが、戦後、皇室をめぐる補佐機構はどんどん空洞化していった。皇族は11宮家が皇籍を離脱し、華族は廃止され貴族院も枢密院もなくなった。内大臣もいなくなり、天皇のほかは、わずかの皇族と貧弱な官僚機構が残り、辛うじて入江相政侍従長)のような『奧』の生き残りが少数いただけだった。
 戦前の首相は天皇と直接に対話する機会も多かったはずだが、そういうことも少なくなっていった。今上陛下と歴代首相が激論を交わすということがあったとは聞かない。
 宮内庁参与という元高級官僚や学者が就任するポストがあって、定期的な意見交換がなされ、彼らとの参与会議の席で皇后陛下も退位に反対されたと報道されて話題になったことがあるが、年配の長老ばかりで十分に機能したとは言いがたい。皇族の方々がご学友とかいうかつての同級生に過度に頼っておられるように言えるが、その人たちにかつて皇族の周囲にいた人々の代わりができるほどの見識や立場があるわけでない。結果、陛下や皇族個人の経験から来る見識に頼ることになっている。
 皇室の現状は頭痛のタネばかり
 こうした皇室を支える体制の弱体化は、昭和天皇のときにもさまざまな問題を引き起こしていたが、平成になってますます悪い方向に進んでいると思う」
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