⚔480)481)─1─ 「フーバー回顧録」、ルーズベルトが日米戦争を始めた。ヴェノナ文書、ルーズベルト政権内の共産主義者。1941年・1945年。No.1109No.1110No.1111/@         

ヴェノナ

ヴェノナ

旧題名・「ユダヤ民族と日本民族は同族か? 天皇の祖先はユダヤ人か?」
   ・   ・   ・
 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。 ↗   
   ・   ・   ・   
 坂口安吾「(対英米蘭戦争=太平洋戦争を始めたのは)東条であり軍部であるが。そうでもあるが、然し又、日本を貫く巨大な生物、歴史のぬきさしならぬ意志であったに相違ない。日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったに過ぎない」
   ・   ・   ・   
 ハーヴェイ・マンスフィールド「人間は負けると分かっていても、これだけは許せないと思って戦う瞬間がある」(『男らしさ』)
   ・   ・   ・   
 1941年12月7日 ハーバート・フーバー元大統領は、回顧録の執筆に取り掛かった。
 ルーズベルトの対日外交方針を正確に批判するべく、ワシントンやアメリカ軍の情報提供者からできるだけ多くの内部情報を入手した。
 「戦争はそもそもルーズベルト大統領が欲したものであり、日本はそれに引きずり込まれたまでだ」
 「(原爆は)落とす必要はなかった。天皇制保持をアメリカ側が予め明言しておきさえすれば、日米双方の多くの人命は失われずにすんだ。和平はもっと早く実現できた」
 「そもそもスターリンと組んで戦争に参加して世界に自由を押し付けるなどというのは茶番である」
 アメリか政府は、軍国日本やナチス・ドイツなどファシスト諸国を打ち負かしアメリかに勝利をもたらしたというルーズベルト神話を守るべく、フーバー回顧録の出版を封印した。
 フーバー回顧録は、批判されている全ての政府高官や軍首脳が死去した2012年に
スタンフォード大学から刊行され、今までルーズベルト神話で隠されてきたルーズベルト政権内部の極秘情報が白日の下に曝け出した。
   ・  ・   ・   
 フーバー特使は、1946年に来日し、マッカーサー総司令官と話し合うべく5月に日比谷のお堀端にある第一生命ビル内のGHQ総司令部を訪れた。
 フーバーとマッカーサーの話し合いは、3日間で述べ5時間に及んだ。
 話題は、日本への食糧支援の他に日米戦争の開戦と終戦についてであった。
 マッカーサーは、フーバーの考えに同意した。
 「私はマッカーサーに向かい、私が1945年5月中旬トルーマンに手渡したメモランダムについて話した。その提案をあの時日本にしておきさえすれば、我々の対日戦の主要目標は達成され日本との和平は成立し得たはずだ、と言った。マッカーサーはその通りだと言い、アメリカ側がその提案さえしておけばあらゆる余計な損失や、原子爆弾や、ロシアの満州侵入を回避し得たであろう、といった。私は日米戦争とはことごとく米国の参戦を望んだあの気違いせいだ、と言った。マッカーサーは頷(うなず)き、さらに1941年7月の米国の金融制裁措置はただ単に挑発的な措置であるのみか、(石油輸出全面禁止などの)制裁が解除できない限り、日本はたとえ国家的自殺であるとわかっても、戦争に突入せざるを得なかったのだ、と述べた」
   ・   ・   ・   
 昭和天皇と軍国日本は、なるべく早く戦争を終結させるべく講和交渉のつてを探したが、全てアメリカに拒絶されていた。
   ・   ・   ・   
 東京裁判で、ローガン弁護士は、アメリカが行った経済制裁・経済封鎖はパリ不戦条約で戦争行為にあたり、日本が経済制裁・経済封鎖を理由にして戦争を始めたのか自衛戦争であり侵略戦争ではないとして、日本を擁護した。
 つまり、経済制裁や経済封鎖は宣戦布告と同等行為にあたると力説した。
   ・   ・   ・   
 昭和天皇A級戦犯達も、アメリカと戦っても勝てない事は分かっていた為に、何としても対米戦争を回避するべく外交交渉を続けた。
 アメリカの頑なな態度に絶望し、如何なる譲歩案を提示しても拒否され、和平を求める手段全てが拒絶された為に「やむなく」戦争を決断した。
   ・   ・   ・   
 昭和16年の凶作で国内産米の収穫が激減し、その不足分を仏印ベトナム)・タイ・ビルマミャンマー)から輸入したかったが、アメリカ・イギリス・オランダの経済制裁として海外日本資産凍結(食断)と石油輸入禁止(油断)でその道を完全に遮断されてしまっていた。
 昭和天皇A級戦犯東条英機らは、アメリカとの戦争で勝てない事が分かっていただけに、何とかしてアメリカと戦争を避けるべく話し合いによる外交交渉を求め続けた。
 東条英機は、昭和天皇の内意を受けて、朝鮮人テロリストによる昭和天皇暗殺テロ未遂事件や中国共産党便衣隊による数多くの日本人居留民虐殺事件を不問として、仏印に派遣した軍隊の撤退と中国戦線を華北まで後退させる等の譲歩案を提示した。
 軍部は不満であったが、平和を求める昭和天皇の強い意向に従い、戦争を避ける東条英機東郷茂徳らの部分撤兵譲歩案を受け入れた。
 ルーズベルト大統領は、ナチス・ドイツとの戦争に参戦する事を決断していたが、世論は参戦反対に反対していた。
 世論を参戦賛成に誘導する為には、ドイツ軍にアメリカ軍を攻撃させる必要があったが、ヒトラーアメリカの参戦を防ぐべく海軍にアメリカ軍艦船への攻撃を固く禁じていた。
 ルーズベルトは、ドイツ軍が嫌がらせに我慢し挑発に乗らないと分かるや、参戦の切っ掛けを日本に求めた。
 発狂した「気違い(きちがい)」か、本を読まず人の話を聞かない世間を知ろうとしない無知な幼児的低能者でない限り、冷静に考えればアメリカと戦争して勝てない事は分かっていた。
 特別な思想に洗脳され、特異な思考に囚われない限り、アメリカとの戦争は不可能である事は自明の理であった。
 農産物輸出国での食料購入を遮断され(食断)、海外で確保した食料を国内に運ぶ輸送船を動かす石油を遮断されては、日本は、国民を飢えさせない為に経済制裁を行ったアメリカ・イギリス・オランダとの戦争を決断した。
 イギリスは、アメリカの対独戦参戦を求めたが、その切っ掛けを日本にする様に助言したわけではなった。
 日本をアメリカとの戦争に誘導したのは、ソ連であった。
 スターリンコミンテルンの指示に従って日本を戦争へと追い込んだのが、中国共産党日本共産党などの共産主義者であった。
 日本は、国内外の敵に追い詰められて「やむなく」、平和を諦め戦争を決断した。
 太平洋戦争は、食糧確保の為の自衛戦争であった。
   ・   ・   ・    
 昭和天皇東条英機A級戦犯達は、アメリカとの戦争を避ける手段としてユダヤ人を利用すべく、ナチス・ドイツから逃げて来たユダヤ人難民を保護し助け、希望する安全な地に送りだした。
 アメリカとイギリスは、国内の反ユダヤの人種差別から、国際的著名人や富裕層のユダヤ人難民を受け入れたが、貧困層ユダヤ人難民の入国拒否した。
 アメリカまで辿り着いたユダヤ人難民を入国させず、ヨーロッパに追い返した。
 ヨーロッパの港に上陸したユダヤ人難民は、その国の警察で不法入国者として逮捕した。
 ユダヤ人難民を逮捕した国は、ナチス・ドイツへの友好の証として、ユダヤ人難民達を貨物列車に押し込めてドイツへと送りだした。
 ナチス・ドイツは、ユダヤ人難民が乗せられている外国の貨物列車のままポーランド絶滅収容所に送り込み、そして虐殺した。
   ・   ・   ・   
 東条英機は、昭和天皇の強い希望に従い、対米戦を早期に終わらせる道筋を作るべくローマ法皇に特使を派遣した。
 ローマ法王は、共産主義の魔の手から世界を救うべく行動を取っていたが、ユダヤ人虐殺というホロコースト情報は偽情報として黙殺した。
 アメリカやイギリスも、ホロコースト情報を得ていたが黙殺し、ユダヤ人の救出も、ホロコーストの阻止も行わなかった。
   ・   ・   ・    
 陸軍参謀本部アメリカ課は、アメリカでの情報収集を行う為に、在米日本人一世の中で天皇への尊崇と祖国日本への愛着を強く持つ者を組織化してスパイ網を作り上げていた。
 陸軍、海軍、外務省、満鉄などは独自の情報網を持ち、独自に仕入れた機密情報を他の情報機関に知らせず隠匿した。
 情報機関が別の情報機関を競争相手として嫌い、手に入れた機密情報を別の情報機関に知らせない事は、日本だけではなく全ての国でも行われている当たり前の事であった。
 情報機関とは他人不信が大原則であり、別の情報機関に敵のスパイもしくは敵に情報を流している利敵行為者がいると可能性があるとして行動していた。
 事実。官公庁には、アメリカやソ連に国家機密を流していた「モグラ」が存在していた。
 日本に協力するアメリカ人やロシア人はいなかったが、アメリカやソ連に協力する日本人はいた。
 日本に協力したのは、ドイツ人やイタリア人ではなくポーランド人やトルコ人など中東の人々であった。
 そして、アフリカ系アメリカ人(黒人)であった。
   ・   ・   ・   
 日本軍部諜報機関は、東京のアメリカ大使館とワシントンとの外交暗号電報を傍受し、解読情報を首相と陸軍・海軍・外務省に伝えていた。
 日本軍の暗号解読能力は、欧米列強に劣ってはいなか。
 外務省の暗号電報は解読されていたが、陸海軍が使用していた軍暗号は難解であった。
 海軍の暗号は解読され、ミッドウェー海戦の敗北や山本五十六司令官機撃墜などの原因となった。
 陸軍の暗号は、アメリカ軍との直接対決が少なかった為か解読されずに済んでいた。
   ・   ・   ・   
 イギリスの暗号解読機関は、ケーブル・ワイヤレス社の協力を得て、日本の全ての暗号を解読していた。日本語は世界的に難解な言語であり、その言語の壁ゆえに日本の暗号は解読できないと盲信している者は、無能な日本人である。
 日本外交の暗号通信はもちろん日本海軍の暗号も、イギリス情報機関は解読していた。
   ・   ・   ・   
 真珠湾奇襲攻撃は、戦争史上、他に類例を見ない偉大な快挙であった。
 アメリカは、日本軍の攻撃時間を知っていたが、日本軍が真珠湾を攻撃する事は知らなかった。 
 アメリカ軍暗号解読班の最終電文第14部の暗号を傍受・解読した時間、ワシントン時間・12月7日午前4時半頃。
 日本政府は、ハル国務長官への手交する時刻を「7日午後1時」と指定し、さらに直ちに暗号機を破壊する様に命じた。
 ワシントンの軍中枢から海外の米軍基地への警告文。ワシントン時間・午前11時52分(ハワイ時間午前6時22分) スターク海軍作戦部長は、マーシャル参謀長に、機能が優れた海軍無線局を使って海外の警備部隊に警告を発するべきと意見した。
 マーシャル参謀長は、海軍の提案を拒否し、陸軍無線局からパナマ、マニラ、サンフランシスコの警備部隊に警告文を送ったが、ハワイには直接ではなく民間回線で送った。
 この警告文は、遅れて配達された。
 FBIは、ワシントンの日本大使館から、何かを大量に燃やしている煙を確認している。
 日本大使館から立ち上る煙と外交暗号電文解読情報などを総合判断すれば、午後1時以降に日本軍が何処かを攻撃する事は予想が付いた。
 もし、予想できなかったら軍人としての能力が無い証拠である。
 日本軍による奇襲攻撃は予想さえていた、ただし、真珠湾攻撃だけが予想されていなかった。
 真珠湾奇襲攻撃は、戦争史上の大偉業である。
 真珠湾攻撃時間、日本時間・12月8日午前7時55分、ハワイ時間・同日3時25分。
 野村吉三郎駐アメリカ大使と来栖三郎特命全権大使がハル米国務長官に「対米覚書」を手交しました時間、ワシントン時間・12月7日午後2時20分、日本時間・12月8日午前4時20分。
  ・   ・   ・  
 日本海軍の真珠湾奇攻撃は、卑怯な騙し撃ちではなかった。
 アメリカは、日本の外交暗号傍受し解読し、日本が何を考えているかを知っていた。
 そして、「7日午後1時」以降に日本軍が軍事行動を起こす可能性がある事を理解していた。
 日本側も、東京のアメリカ大使館とワシントンの外交電報を傍受していた。
 アメリカ軍が日本海軍の奇襲を知らなかったとすれば、アメリカ軍は日本軍との情報戦に完敗した事になる。
 それは、決してあり得ない事である。
   ・   ・   ・   
 アメリカ軍は、総力を挙げて日本陸軍の暗号解読に務めたが解読できず、逆に日本陸軍アメリカ軍の暗号が解読されている事を恐れていた。
 日本陸軍中野学校の諜報能力は、世界レベルにあり、アメリカやイギリスに負けてはいなかった。
 だが。日本海軍と外務省の諜報能力は低く、アメリカとの情報戦で敗北していた。
   ・   ・   ・    
 アメリカ軍は、日本軍が真珠湾を奇襲攻撃しないと確信していた為に無防備のまま放置していた。
   ・   ・   ・    
 アメリカ軍諜報機関は、ワシントンやホライト・ハウスに潜る込んでいるソ連スパイおよび協力者の暗号無線を傍受していた。
   ・   ・   ・   
 1945年4月12日 鈴木貫太郎首相は、ルーズベルト大統領急死に対する「深甚(しんじん)なる弔意」表明を同時通信による外国向けの英語発信のみでおこなった。
 国内向けではなかった為に、日本の新聞各社は紙面に載せなかったが、ニューヨーク・タイムズは記事として報じた。
 トーマス・マンは、対独放送で日本首相の弔意を例として、ナチス・ドイツと軍国日本の違い、ゲルマン魂・騎士道と日本精神・武士道の違いを述べた。
 「ナチス国家社会主義ドイツ国にもたらしたと同じような道徳的破壊と道徳的麻痺は、軍国主義日本では生じなかった。日本にはいまなお人間の品位に対する感覚が存在する。これが独日両国の差異だ」
 ハーバート・フーバーやジョゼフ・グルーら知日派グループは、鈴木首相の弔意表明には軍国日本が戦争終結交渉を望んでいるというシグナルが隠されていると読み解いた。
 5月28日 トルーマンは、ドイツ降伏後のヨーロッパの食糧危機に対処する為にフーバーの智恵を借りるべくフーバーと会談した。
 フーバーは、食糧問題解決に協力する事を快諾して、日本との戦争を終結させる為の早期講和を始めるべきだと助言し、同月31日に予定されている演説で次のメッセージを加える様に提案した。
 「日本を除く全ての敵国は降伏した。我々は日本との講和を望む。我々は天皇の地位を破壊しようとする意図はなくそのような事は望んでいない。ただしそれ以外の要求をゆるめる事は一切しないであろう」
 グルー国務次官は、トルーマンとフーバーの会談が終わって2時間後にトルーマンと面談し、演説に「天皇制度と皇室の保全」に言及する言葉を加える様に進言した。
 グルーは、「天皇制度と皇室の保全」について、スチムソン陸軍長官、フォレスタル海軍長官、マーシャル陸軍参謀総長、ローゼンマンなど軍首脳部の了解を得ていた。
 同じ頃、超極秘の「日本への原爆投下実験」であるマンハッタン計画が進行していた。
 トルーマンとワシントンの極少数の最高首脳部は、日本の降伏より日本への原爆投下実験を優先していた。
 5月31日 トルーマンは、フーバーやグルーらの「天皇制度と皇室の保全」という文言を演説には入れなかった。
 6月1日 スチムソン陸軍長官を委員長とする「原爆投下実験」特別委員会は、原爆投下実施に関する重要な決定を下した。
 1,原子爆弾は日本に対して可能な限り速かに使用すべき事。
 2,2重の目標──即ち軍事施設または軍需工場にして、しかも周囲は損害を受け易い家屋その他の建築物の密集せる場所に対して使用すべき事。
 3,爆弾の性質に関して予告せずして使用すべき事。
 バード海軍次官のみが、日本に原爆の威力を知らせる為に、まず無人島か海上で爆発させて予告するべきと意見を述べたが却下された。
 アメリカは、宗教的白人至上主義の人種差別意識真珠湾の騙し討ちと日本軍による連合軍兵士捕虜への虐待等の理由から、日本人なら日本軍兵士はおろか女子供の非戦闘員を大量虐殺しても人道に反する事なく、正当行為として許されると確信していた。
 事実。アメリカの国民世論は、日本に対する報復を要求し、昭和天皇の死刑を含む極刑を求めていた。
 無条件降伏する事なく戦う敵軍の女子供が、戦闘に巻き込まれて大量に死のうとも容赦する必要はない、と。
 総力戦である以上は犠牲はつきものである、と。
 「勝てば全て許され、負ければ全てが罰せられる」、勝者には罪はない、それが揺るぎない厳然たる世界常識であり国際正義とされた。
 故に、昭和天皇や軍国日本が切望した早期終戦、原爆投下実施前の降伏は承認される事はなかった。

   ・   ・   ・   ・

大暴落1929 (日経BPクラシックス)

大暴落1929 (日経BPクラシックス)

大不況下の世界――1929-1939 改訂増補版

大不況下の世界――1929-1939 改訂増補版

 全ての元凶は、アメリカ・ウオール街で発生した大恐慌である。
 1929年 世界大恐慌によって、大学卒業者の半数以上が就職難に陥り、就職できなかった者は就職難民として街に溢れた。
 就職できなかった文系大学卒業者は、難関を突破し世界に通用する高等教育を受けた自分が就職でず社会に受け入れられず貧困に陥るの世の中が間違っていると考え、社会を有るべき姿に正す必要があると確信して行動し始めた。
 或る者は右翼に走って国粋主義者となり、或る者は左翼に走って共産主義者になり、或る者は宗教の道に進んだ。
 日本政府は、就職難民となった大学卒業者が過激な「危険思想」集団に加盟し革命運動に暴走する事を警戒した。
 働き口のない都市部から退去させるべく、地方活性策として田舎出身者は帰郷させるUターン就職を勧め、都市部出身者やUターン就職を希望しない者には満州や南洋などの海外への飛躍を薦め、才覚を頼りに独立したい者には自営への道を促した。
 だが、農村部も世界的農業恐慌で疲弊し、田舎へのUターン就職を歓迎しなかった。
 政府は、日本経済の再建の為に都市部救済を優先し農村部救済を後回しにし、貧困に喘ぐ農家には自力救済を強制した。
 政府に見捨てられたと感じた農村部は、軍部に救済を求めた。
 最も危険な共産主義は、日本国内に浸透していった。



    ・   ・   ・   

ヘンリー・スティムソン回顧録 上

ヘンリー・スティムソン回顧録 上

Freedom Betrayed: Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath (Hoover Institution Press Publication)

Freedom Betrayed: Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath (Hoover Institution Press Publication)

ルーズベルトの開戦責任: 大統領が最も恐れた男の証言

ルーズベルトの開戦責任: 大統領が最も恐れた男の証言

ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕 (上)

ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕 (上)

アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄 (祥伝社新書)

アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄 (祥伝社新書)

日本人が知らない 最先端の「世界史」

日本人が知らない 最先端の「世界史」